2020年9月28日月曜日

なんでもないものを食べて美味しいと感じる幸せ


 

生の食パンがとてもおいしい

トースターで焼いていない生の食パンを食べていて「おいしいなあ」と思った。

食パンと言っても今はやりの高級食パンではない。コンビニで買ったごく普通の食パンである。確か値段は158円だったはずだ。

バターもジャムもつけず、ハムも野菜も挟まず、パンだけ食べても本当においしいのだ。

こんな何でもない食べ物がなぜこれほどオイシいのだろう。高級レストランのイタリアンは値段が高いからオイシいのは当然だろうが、158円の食パンは安い食べ物なのにこれだけオイシいのだ。

だとすると高級レストランでなくても、美味しいものはいくらでも食べれるではないか。

 

「おいしいなあ」は「幸せだなあ」につながる

人々は誰でも幸せを求めている。幸せはどこにあるのか、といつも探し続けている。でも幸せは目の前にあるではないか。食パンを食べて「おいしいなあ」と思うときが幸せなのだ。

食パンだけでない、大抵の人は1日3度の食事をするが、その食事で「おいしいなあ」と感じられれば、それだけでも1日3度の幸せを味わっていることになる。

幸せはそれほどたくさんあるのだ。 「おいしいなあ」だけで1日何回も幸せを味わっている 。

1日3回の食事を「おいしいな」と感じることができれば、少なくとも1日に3回も幸せを味わっていることになる。

幸せはそれほどたくさんあるのだから何も探し求めることはない。大切なのはものを食べて「おいしいなあ」と感じることが幸せなことであると、気づくことである。

それができれば幸せは無限に見つけることができるのだ。

 

「おいしいなあ」は健康だから感じられること

ものを食べてオイシいと感じるのは当たり前のことではない。人々がものを食べてオイシいと感じるのは体が健康だからだ。

世の中には健康な人だけではなく、病気で苦しんでいる人達も少なくない。ではそうした人たちはものを食べてオイシいと感じるのであろうか。

たいていはそうではなく、少しも美味しさを感じることなく、義務のように無理やり食事をしているのではなかろうか。

そうなのだ。物を食べてオイシいと感じるのは健康な体を維持していてこそのことなのである。

つまり「健康=食事が美い味しい=幸せ」という図式なのに違いない。

かつては何を食べてもまずい時期があった。 5年から3年前にかけて喉と大腸の病気で各々数ヶ月の闘病生活をおくった。

もちろん病院での入院生活をおくったのだが、その入院期間と退院後しばらくは食事がまずく、何を食べても少しもオイシいと感じることができなかった。

それだけに食事が少しも楽しくなく、なにか義務でも果たすように無理矢理に食べているという状態だった。

でも考えてみればこれほど不幸なことはない。人間の3代本能である「食べる」ということで少しも満足が得られないからだ。

これこそが不幸なことと言わずなんと言おう。

 

食べる幸せを過小評価していないか

人は往々にしてどこにでもあったり、いつでも経験できることを過小評価するきらいがある。

例えば、食べ物をオイシいと感じることを当たり前のことで何でもないことであると思うのだ。

これはものを食べてオイシいと感じることが幸せなことであるのを気づいていないからなのだ。

それに気づかないのは食べることを過小評価しているからなのではないだろうか。

食べることは人間の3代本能の一つで、極めて大切なことである。

人は本能が満足すると幸せなのであるから3つの本能の一つでも満足できれば非常に幸せなことなのではないか。

食べてオイシいと感じられることこそ幸せなのだ。それを過小評価してはいけない。

 

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2020年9月23日水曜日

今この本に注目!・これが韓国のシビアな現実


書評「韓国社会の現在」春木育美・
 中公新書 

若者の就業率、教育費負担、男女の賃金格差など先進国の中で"最悪"の数値を示す韓国。

「圧縮した近代」の結果、特に1を切った出生率、60%が無年金者という高齢者の貧困率・自殺率は深刻だ。

他方で問題解決のため大胆な政策を即実行し、デジタル化などは最先端を行く。

本書は少子高齢化、貧困・孤立化、デジタル化、教育、ジェンダーの5つを柱に、深刻化した現状と打開への試行錯誤を描く。韓国の苦悩は日本の近未来でもある。

出典・Amazon 

 

もくじ 


第1章 世界で突出する少子化―0.92ショックはなぜ


第2章 貧困化、孤立化、ひとりの時代の到来


第3章 デジタル先進国の明暗―最先端の試行錯誤


第4章 国民総高学歴社会の憂鬱―「ヘル朝鮮」の実情


第5章 韓国女性のいま―男尊女卑は変わるか


終章 絶望的な格差と社会―若者の活路は

 

 

著者紹介春木育美[ハルキイクミ]


1967年東京都生まれ。韓国延世大学校大学院修士課程修了、同志社大学大学院社会学研究科博士課程修了(博士・社会学)。慶應義塾大学研究員(PD)、東洋英和女学院大学准教授、東京大学非常勤講師、米国アメリカン大学客員研究員などを経て、早稲田大学韓国学研究所招聘研究員、(公財)日韓文化交流基金執行理事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

 

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《 これが韓国のシビアな現実(内容紹介 本書より抜粋)》 

 

驚くほど低い高齢者の年金

平均受給額5万円 50%は3万円以下 

貧困と聞けば、子どもの貧困、女性の貧困、そして高齢者の貧困などがよく耳にするキーワードだが、韓国で特に問題になっているのが高齢者の貧困である。

65歳以上の高齢者が頼りにするのは年金であるのは万国共通であるが問題は受給額であり、その多寡が幸せ度を測る尺度になると言っても過言ではない。

言うまでもなく受給する年金額が多いほど幸せの度合いは高くなるのだ。

では韓国の場合がどうかというと、はっきり言ってこの数値は極めて低い。

最新のテータによる韓国高齢者の平均年金受給額は5万円強でしかない。

とはいえこれはあくまで平均であり、データによればこの内50%が3万円以下になっている。

つまり全高齢者の半分が月にわずか3万円以下で生活をしのいでいるのである。

これを高齢者の貧困と言わず、他になんと言えるだろうか。

まさに今の韓国は貧困にあえぐ高齢者で満ちているのだ。

  

日本以上に進む晩婚化

日本でも結婚しない若者が次第に増え、いま晩婚化が深刻な問題になっているが、驚くなかれ韓国はその日本の上を行っているのだ。

近年の日本と韓国の初婚年齢は次のようになっている。

 

(日韓 平均初婚年齢比較) 

日本男性 ⇒ 31.1歳

日本女性 ⇒ 29.4歳

 

韓国男性 ⇒ 33.2歳

韓国女性 ⇒ 30.4歳 

 

出生率低下で急ピッチに進む人口減少 

人口の増減を決める最大の要因は出生率である。なぜなら「出生者数-死亡者数」で人口増減が決まるからである。

ところが近年の韓国は出生者数を死亡者数が上回っているのである。言うまでもなくその結果生じるのが人口減少なのだ。

 

日本と韓国 出生率比較 

日本 ⇒ 1.42

韓国 ⇒ 0.96 

 

労働力確保を南北統一に期待 

晩婚化が大きな原因になっている韓国の急激な出生率低下だが、人口が減少すれば当然のごとく労働力が不足してくるがその解決策にについて意外なところに目をつけている。

それは将来的な南北統一に望みをかけているのである。つまり、韓国より若年層が多い北朝鮮を統一することにより労働力不足を補おうという魂胆なのである。

しかし南北朝鮮が冷え切った状態にある今、たとえ将来的なこととはいえ、こんな楽観論の実現が可能なのであろうか、疑問が多い。 

 

街は仕事がない若者で溢れている 

労働力不足が心配される一方、いま韓国は若者の失業者で溢れている。

これはひとえに求職者と求人者のミスマッチが起きているからだ。

いま韓国は世界有数の高学歴国家になっている。したがって求職者の圧倒的な数が大卒の高学歴を持つ若者で、それ故に職業に対する選択眼が厳しい。

要するに高学歴にふさわしい高収入職業の選択意識が強いのだ。

とういうことは当然のごとく一労働力として安易な妥協はせず、希望する職種に就けないのなら失業もいとわないのである。

かくして街には高学歴の若者の失業者が溢れるのだ。

 

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2020年9月19日土曜日

高級食パン専門店は不思議だらけ


 連日終業前に「本日完売」のお知らせがかかるのはなぜ?


上のお知らせ書きは高級食パン店で名高い「乃が美」の店頭に出されたものです。

見たのは夕方の4時0分頃でした。確か駅前から4時20分発のバスに乗る少し前でしたから、時刻に間違いはありません。

それにしてもコロナ禍でどの店も売上不振の今、終業予定時間の前に完売とは羨ましい限りです。

いったいなぜこれほど好調な売上が達成できるのでしょうか。

これにはどんな秘策があるのでしょうか。是非とも知りたいのです

 

駅前だけで3軒も「高級食パン専門店」があるのはなぜ?

パン屋さんといえば百貨店の地下やスーパーの中にはよくあるが街中の繁華街ではそれほど目にしない。

ところが最近になって目立ってきたのが「高級食パン専門店」である。なんと駅前商店街を中心にしたJRの駅から半径300メートル以内だけで3軒もあるのだ。

ちなみに普通のパン屋さんはこのエリア内にスーパーや百貨店内の店舗を除いて独立した店舗は2軒しかなく高級食パン専門店より少ない。

 

取扱商品が「高級食パン」一品のみなのはなぜ?

パン屋さんといえば、なんといってもその魅力は商品の種類の多さではなかろうか。

どの店でも広々とした陳列台やショウケースには様々な形と大きさの美味しそうなパンが所狭しと並んでいる。

この品揃えに引きつけられて、客はトレイを抱えて「今日はどのパンを買おうか」と品定めを楽しむのである。

一方「高級食パン専門店」はどうであろうか

 

一商品のみの販売で商売が成りたつ不思議

普通のパン屋さんだと食パン以外に、様々な惣菜パンや菓子パンなど、その種類は実に多い。

それに対して高級食パン店の商品は「高級食パン」一品のみ、これででよく商売が成り立つものだ。

いったいその秘密はどこにあるのだろうか。 

 

高級食パン専門店はなぜ高い利益率が見込めるのか

高級食パン専門店の取扱商品は高級食パンのみである。

普通のパン屋さんのように多種類のパンを取り扱っていないので広い商品陳列スペースは必要ない。

ということは狭い店舗で営業が可能になり、第一の利点として家賃が安くてすむ。

利点の第二は高級食パン一品のみの販売なのでそれほど人手がかかりらず人件費が節約できる。

第三の利点は食パンという人々がいつも食べるものゆえに、リピーターを増やすことが可能になり販売が安定する。

そして最後に上げられる利点は少品種多量販売により高い利益率が実現できるという点である。

 

高級食パン専門店 高利益率の理由(まとめ)

・狭い店舗で家賃がが安い

・人手が少なくてすむので人件費が抑えられる

・いつも食べるものなのでリピーターが狙える

・少品種多量販売 ⇒ 高い利率実現


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2020年9月14日月曜日

いまさら言うまでもないが、この世でネット検索ほど便利なものはない


ノーベル賞を超えているかも!

ネット検索だと、どんな調べごとも1秒でわかる

 

今日のニュースがすべてわかる

なんと言っても人々の最大の関心事は世の中の出来事です。

人はいつも、「What's  new ?」 とか、「なにかおもしろいことない?」などと、まるで挨拶のように言い交わすことでも分かるように、常に新しい出来事に関心を持っているのです。

この新しい出来事が分かるのがネットニュースです。

ニュースをはじめ、検索だとクリック一発で世界中の出来事が瞬時に分かるのです。

 

天気もすぐわかる

洗濯するにも、外出するにも、旅行の予定を立てるにも、気になるのが天気です。

あいにくテレビや新聞の天気予報を見ておらず、予定日の天気の状態ががわかりません。

でも心配いりません。ネットで検索すればいつの天気でも一発でわかるからです。

検索窓に【何月何日何時の天気】と入れさえすれば即座に該当日時の天気がわかるからです。

その日だけでなく時間単位の天気が分かるとは、なんと便利なことでしょうか。

 

あらゆる辞書の役割を果たしてくれる

辞書といえばすぐ目に浮かぶのは分厚い紙の辞書です。一体その種類はどれくらいあるでしょうか。

下の写真にはそうした辞書がズラリと並んでいますが、すべてを並べるとこんなものではなく、おそら



くこの5倍ぐらい、(いや10倍か、それとも100倍か?)はあるでしょう。

でもそれたたとえ何倍、何十倍、何百倍であっても、ネットにはそれらの情報がすべて収められていて、検索すれば瞬時に解答が得られるのです。 

 

どんな料理でも作り方がすぐわかる

いま男性で料理をする人がどんどん増えています。一昔前までは料理といえば女性の専売特許だったはずです。なのになぜいま男がこぞって料理をするようになったのでしょうか?

その理由を考えてみて、まず第一に上がられるのはインターネットではないでしょうか。

「なにか料理を作りたい、でも作り方がわからない」そんな得やることはネット検索をクリックするだけでいいのです。

「何々料理の作り方」と検索窓に入れるだけで、瞬時にわかりやすいレシピが出てくるのです。

種類は問わず、世界中のあらゆる料理が。これだと男性といえ料理に興味を覚えないはずはありません。

 

スポーツの結果がすぐわかる

インターネットができる前は、その日のスポーツの結果を知るにはテレビやラヂオのスポーツニュースか翌日の新聞に頼るしかありませんでした。

しかし今は違います、今日のプロ野球、今日の大相撲、今日のJリーグの結果など、どんなスポーツでもスマホやパソコンでいつでも、どこからでも好きな時間に検索師さえすれば一発で結果がわかるのです。

それだけに、スポーツの好きなサラリーマンがアフター5の飲み屋で会話の話題に困ることはないのです。

 

Time is Money !

検索のおかげで調べごとに要する時間の短縮は計り知れない 

時は金なり(Time is Money) 今の世の中まさにこれに尽きます。いわばお金儲けの真髄と言っていいでしょう。

これを追求することこそが、すなわちお金儲けそのものなのです。今をときめくITの雄GAFAを見ても、この真髄が浸透しています。

これを真っ先に追求して成し遂げたのがgoogle検索なのに違いありません。検索が成し遂げた調べ事に対する時間短縮が社会に与えて恩恵は計り知れません。

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2020年9月10日木曜日

本を売って酒代をつくっていた頃が懐かしい

 


若い頃 給料前の金がないときは古本を売ってしのいでいた

酒が飲みたくて飲み屋に行きたいのだが給料前で金がない。貯金もないので下ろせない。さてどうしよう。

なんとかして飲み代を作らなければ、質屋に行こうか、でもめぼしい質草がないので無理、他に方法はないか、そうだ本を売ろう、たまっている本を古本屋に持っていくのだ。

こんな結論に達して、私はよく古本屋へ通ったものです。まだ社会へ出て間もない20代前半のころの話です。

 

大阪駅地下にあった店は古本を高く買ってくれた

古本屋へよく通ったのは20代前半ですから昭和40年頃のことです。その頃は大阪中之島の都市ホテルでホテルマンとして働いていました。

西淀川区の叔母宅へ下宿しており、通勤にはトロリーバスを使って梅田まで出て、阪神デパートの前でちんちん電車に10分ほど乗って職場まで行っていました。

古本屋はその通勤途上の大阪駅の地下街にあったのです。

大阪駅の地下街といえば今はきれいなショッピングアーケードが広がっていますが、当時はそれほど整備されてはおらず、狭いエリアに種々雑多な商店街がひしめいており、単に地下にあるだけの平凡な商店街でした。

その店は古物商で、扱っているのは本だけでなく、カメラや貴金属もあったようです。

この店を選んだのは通勤途上で便利がいいだけでなく、こちらの期待以上に高く買ってくれたからです。

どれくらい高く買ってくれたかというと、例えば新刊書の売れ筋の本だと定価の70%ぐらいも出してくれるのです。つまり1000円で買ったものは700円、1500円だと1050円にもなるのです。

この金額、今の古本価格に比べると雲泥の差があります。今では、例えばブックオフとかの古本屋だと、新刊書でも買取価格は定価の1割り程度でしかありませんから、まさに比較になりません。

なぜそれほど高かったのかといえば、当時は新刊書の古本があまり出回っておらず希少価値があったからに違いありません。つまり、今と違って市場価値が高かったのです。

 

一番高く売れたのは平凡社の百科事典

時期はうんと後になりますが、30代の中頃に一度だけ随分高価で古本を売ったことがあります。

その時は大阪駅地下の店ではなく、桜橋の第三ビル1階にあった古書店です。

そのときは少しまとまったお金が必要でしたので、考えた末、苦労して月賦で買った平凡社の世界大百科事典を売ることにしたのです。

どこに売ったらよいかよくわからず、そうしたことに詳しい友人が教えてくれたのが大阪駅に近い桜橋にある古書店です。

その百科事典は日本で最も大きいと言われる全部で35刊にもなる豪華装丁のもので、購入価格は確か14万円ぐらいだったのではないでしょうか。

それほどの金額の高価な書物ですから、買取価格もある程度は期待しており、少なくても定価の2割以上はかたいだろう、と思っていました。

さて、いくらで買ってくれたかといえば、なんと期待額を大きく上回る5万5千円もだしてくれると言うではありませんか。

即座にOKの返事を出して売却したのは言うまでもありません。後にも先にも、これだけの金額で古本を売却した事は他にありません。

 

昔は本を売って生活費の足しにした作家が少なくなかった

今ではよく名の知れた文豪と呼ばれるような有名作家でも、まだ売れていない貧乏な時代がありお金に苦労したこともあるようです。

そうした作家のエッセイなどを読むと、お金がないとき金策に苦労した話がよく出てきます。

今のように消費者金融が発達していない時代ですから、金策のための選択肢は多くありません。

最も多いのは知り合いに借金を申し込むこと。次が質屋に行くこと。そして3番目は本棚においてある自分の蔵書を売ることです。

なんと行っても作家ですから本はたくさん持っています。その中から金になりそうなめぼしい物を選んで古本屋へ持っていくのです。

いや自ら行かなくても、事前にははがき1枚出しておけば、相手方が出張して取りに来てくれるところもあったようです。

いわゆるお得意さんになっているようなお店なのでしょうが、文豪と呼ばれる作家でもそんな懇意な取引先ができるほど頻繁に本を売っていたのです。

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2020年9月4日金曜日

いまだに百貨店の売上高にこだわるのはなぜ?


国内の経済動向に関するメディアのニュースなどでは、必ずと言っていいほど挙げられるのがデパートの売上高です。

つまり、「今年上半期のデパートの売上高」とか「昨年度のデパートの売上高」というふうな名目で発表されるのです。

でも正直言って、いまデパートの売上高を知ることは意味があるのでしょうか。

なぜなら一昔前に比べて大きく落ちており、いっときの小売業界の雄と呼ばれていた時代の栄光は少しも感じられないからです。

下に上げたコンビニ、スーパーなどとの売上高比較でもわかるように、デパートは今や衰退産業の代表的な業種で、もはや小売業の代表でもなんでもないのです。

したがってその売上を小売業の指標としてあげること自体あまり意味がないのです。



スーパー コンビニ 百貨店 売上高比較(2019

百貨店   7547億円

スーパー ⇒ 12兆4324億円

コンビニ ⇒ 11兆4456億円


デパート、百貨店に関するキーワードはネガティブなもが目立つ

・百貨店潰れる

・百貨店いらない

・百貨店儲からない

・百貨店人離れ


デパートの売上高はもはや経済の指標にならない?

国内経済における景気の指標としてよく引き合いに出されるデパートの売上高ですが、これははたして適当なことなのでしょうか。

なぜなら、過去はともかく、現在では売上高が大きく落ち込んでいて、同じ小売業のスーやコンビニなど比べて格段の差をつけられているからです。

落ち込みと言っても僅かなものなら問題はないのですが、従前に比べて半分以下というような大きな落ち込みだと、これはもう経済指標として参考にならないのではないでしょうか。

なぜなら、この落ち込みが経済状況の悪化だけによるものではなく、デパートという業態に構造上の問題によると考えられるからです。

つまりデパートは今や民衆から背を向けられつつあり、もはや日本におけるリーダー的な小売業とは言えなくなっていると考えれるからです。


デパートの凋落ぶりを示す象徴的な話

デパートは今大きく売上を落としています。

売上が下がれば顧客に対するサービスや設備投資にも影響します。要するにサービスも設備も悪くなるのです。

はっきり言って今のデパートはサービスが悪化し、店舗の設備も改善が遅れています。

それを示す象徴的な話を一つあげることにします。

これは地方の百貨店の話です。兵庫県H市には2つの老舗デパートがありましたが、そのうち1軒は深刻なデパート不況には勝てず、100年余の歴史を惜しまれながら2年前に閉店しました。

残りの1軒はJR駅前の好立地でなんとか生き残っているようですが、そのサービスはお寒いものです。

その代表的なのが店内のトイレの設備です。

いまや商店のトイレ設備といえば、ほとんどのところが最新のシャワートイレを整えています。

そうなのです。今や街の商店といえば、キレイなトイレが決り文句と言っていいでしょう。

ところがです。小売業の代表的な百貨店であるこの店は、なんといまだに旧式のトイレ設備のままなのです。

これはなんということでしょう。今では自宅でもシャワートイレを付けている家庭が少なくないというのに、有名デパートが未だに旧式トイレのままとは信じがたいことです。

でもこれは事実です。地方のデパートにはいまトイレを改装する費用も捻出できないほどの不況なのです。


2020年9月1日火曜日

作家とエッセイ


原稿料はいくら?

エッセイはよく読みます。おそらく活字の作品の中で最も多く読んでいるのではないでしょうか。

それ故によく思うのがエッセイの値段についてです。

今も手元に1冊のエッセイ集があります。タイトルは「ベストエッセイ2019」。

タイトルでも分かるように、この本は2019年(2018~2019)に出たエッセイの中から、良い作品だけを選んだアンソロジーです。

つまり作家が書いた最新のエッセイ優秀作品の集大成ということになります。

収録されているのは80作品です。なにしろ80人もの作家が書いたすばらしいエッセイの作品集ですから読む前からワクワクします。

でも今回は作品の内容はさておき、テーマにしたいのは収録作品の原稿料です。

なんと言ってもベストエッセイと銘打った作品揃い、さぞかし原稿料も張るに違いありません。

はたして1篇の作品に対して出版社はいくらの原稿料を支払っているのでしょうか。


このエッセイでいくら原稿料を貰っているのか 

収録されたエッセイの長さはまちまちですが概して短いものがほとんどで、文字数で言えば1200~2000文字程度が大半を占めているようです。

400字詰め原稿用紙で言えば、3枚~5枚ということになります。

あえて400字詰め原稿用紙というのは、今でもこれが原稿料の計算単位になっているからです。

つまり、出版社は作品の原稿料を400文字原稿用紙一枚に付きいくらというかたちで算出するのです。


原稿料は400文字単位で計算される

でもなぜ400字詰め原稿用紙1枚単位で原稿料が計算されるのでしょう。

それは作品の長さを測るのにこれが使われているからです。つまりこの小説は400字詰め原稿用紙300枚、このエッセイは400字詰め原稿用紙6枚の長さ、というふうに言い表されるのです。



今ではたいていの場合、原稿執筆はパソコンが主流で原稿用紙に手書きする作家は少数派なのですが、出版社はいまだに原稿用紙から離れられないのです。


作家のエッセイはどんな文章でも1文字10円に

では実際にいまエッセイ作品は原稿用紙1枚に対していくら支払われているのでしょうか。

ズバリ言いますと4000~6000円が主流です。

ということは平均が5000円とすると、400字詰め原稿用紙5枚(2000文字)のエッセイは2万円ということになります。

2000文字2万円だと、1文字あたり10円に当たります。

ふーん、1文字10円。はたして高いのか、それとも安いのか?


2000文字のエッセイは2時間もあればじゅうぶん書ける

エッセイ1編の価格2万円が高いか安いかを判定するには、まず最初に執筆の所要時間を知る必要があります。つまりこれを書き上げるのにかかった時間です。

常日頃パソコンを使ってブログを綴っているわたしの推測では2000文字の文章だと2時間もあればじゅうぶんかけます。書くだけでなく、何度か読み直して推敲も入れた時間です。

ちなみに今回のこのブログも2000文字程度です。

アマチュアのわたしでさえこうなのですから、作家というプロの文筆家だともっと速いかもしれません。

2時間で2万円の仕事ができるということは、時給に直せは1万円ということになります。

まあプロの作家なら、これくらいとってもいいでしょう。

しかしそれが言えるのは作品の質が高くて、エッセイとして立派な作品である場合のみです。

はたしてベストエッセイ2019に作品はどうなのでしょうか?


こんな駄作を誰に読まそうというのだ

そもそも今回のブログでエッセイの値段をタイトルに掲げたのは、「ベストエッセイ2019」の収録作品の質に疑問を感じたからです。

つまりベストエッセイと銘打っていながら、あまりにも質の低い作品が多すぎるのです。

いや多すぎると言うより、ほとんどがつまらない作品といったほうが良いかもしれません。

要するに読んでいて失望の連続なのです。はっきり言って「良いな」とか「まあまあ良いな」と、合格点がつけられる作品は全体(80作品)の1割程度でしかありません。

その他は読む作品、読む作品が、これがプロが書いたエッセイなのか、と、読んでいて失望のため息ばかりが出るのです。

その結果、一体こんなつまらない作品に出版社はいくらお金を払っいているのだろうか、という疑問が湧いてきたのです。

私がネットに書いてきた記事は最高で1文字2円

作家のエッセイが1文字10円であるのが高いか安いかの判定の参考にしていただくために、いま盛んなウェブサイトの記事の価格について書いてみることにします。

いまは活動を休止していますが、わたしは長らくの間ウェブライターとして活動してきました。

ウエブライターとは、様々なウェブサイト専門に記事を書くライターのことを言います。

ウェブライターに対して、雑誌などに紙の媒体に記事を普通のライターがいますが、一般的にウェブライターより原稿料は倍ぐらい高いようです。私の場合、原稿料が最も高くて1文字2円でした。

一方は1文字10円以上、他方は1文字2円、何という差でしょうか。

でもこれは決して質の問題から発生したことではなく、単に紙媒体とウェブ媒体の根拠のない値段の差によるものなのです。

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