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進次はやっと結論を出すと、もうお金に対する不安は消えており、またウキウキした気分を取り戻して、裸のイチョウ並木が続く歩道に沿って軽やかに歩いて行った。
和子との待ち合わせ場所は梅田の阪急電車の駅の入口手前にある大きな本屋の前だった。
四時少し前にそこへ来て、一応場所を確認して、まさか一時間も早くからそこへ佇むわけにも行かないと思い、とりあえず前の本屋へ入って立ち読みでもしようと、大阪でも屈指の規模を誇るその大きな本屋へと入っていった。
さいわい入口近くが雑誌コーナーになっており、その前に立つと、「悪いな立ち読みだけで」とは思って多少気おくれを感じたが、その割には次々と雑誌を手にとっていき、ペラペラとページをめくりながら、グラビアを中心に十冊近くも眺めていた。
けっきょく本屋では四十分ぐらい過ごし、待ち合わせ時間の二十分前になってそこを出た。
先ほど下見をして、その場所で待とうと決めていたコンクリートの大きな柱の前まで戻ってきて辺りをグルッと見渡した。
和子はまだ来てないだろうと思ったが、でも万一と思って見渡してみたのだ。
スペースが広く、場所的にも分かりやすいせいか、ここは若者を中心にした待ち合わせ場所の一大メッカになっていることもあってか、まだ五時前だと言うのに、辺りはすでに人であふれていた。
土曜日ということを考えれば別段不思議ではなかったが、進次はここまでの人ごみを予想してはいなかった。
―和子さん分かるだろうか、この場所が。
「行ったことあります」とは言っていたけど、この人混みだと探すのも大変だろうし、だからといってこちらが動けばすれ違いが生じ、もっと大変だし―
進次はそんなふうに考えて少し不安な面持ちを浮かべながら、ムンムンするほどの人混みに取り囲まれたコンクリートの柱の前からいくぶん離れ、その辺りでは比較的すいていると思われる場所を見つけ、そこで目を凝らして立っていた。
―一週間ぶりに彼女と会う。三宮で乗った帰りの電車の中で「次の土曜日ぐらいにまた会いたいな」と言ったとき、「えっほんと、嬉しいわ、またすぐ会えるなんて」彼女は目を輝かせて明るい声で応えてくれた。
あの様子だと気変わりするはずもないし、もう少し待つときっと急ぎ足でやってくるに違いない―
たぶん約束の時間の五分前くらいには来るだろうと、極めて常識的に考えていた進次だが、その時刻はおろか、時計が五時ちょうどを指したときになっても和子は現れず、進次は少しいらついてきた。
「最初の約束なんだし、五分や十分ぐらいは早く来てもよさそうなのになあ」
そんな独り言を呟くと、進次はグルッと身体を回転させながら、さっきよりうんと先まで視線を延ばして、また目を凝らした。
身体を半回転くらいさせたとき、三〜四メートル離れたさっきとは別のコンクリートの柱の前に立っているピンク色のレザーコート姿の女が目に入ったとき、進次の視線がピタッと止まった。アッあの人ひょっとして和子さん?
背丈も髪型もよく似てる。 でも服装と全体の雰囲気がこの前とは随分違う。なんと言うか、この前はあんな派手さはなかったはずだ。
そう思って進次はいったん目をそらせたが、また振り返って女のほうを見た。
横向きになっていて、こちらには気づかないようだったが、前方を目を凝らすようにして眺めていて、誰かを待っているのは間違いないようだった。
やはりあの人は和子さんかもしれない。一度しか会ってなく、まだそれほどよく顔を覚えているとは言えないんだし、そうだ、近くへ行ってよく確かめてみればいいんだ。
進次は女のほうへ向かって十歩ほど歩いて、手前一メートルぐらい前で立ち止まると、「あのう、ひょっとしたあなたは」とまで言ったところで女がくるっと振り向いた。
「進次さん、進次さんですね」
さっきまで目を凝らして真剣に前方を見つめていた女の表情がパッと明るい笑顔に変わり、まじまじと進次の顔にそそがれた。
「わたし十分前から来てたのよ。でも人が凄く多いし、それにわたしの目も少し悪いし、キョロキョロ探し回るより一ヶ所でじっとしてたほうが良いと思って、ここで待ってたの。進次さんいま来たのですか?」
そう聞かれて進次は一瞬迷った。「いや、二十分も前からまっていたのだ」と答えようかどうかと。
「五分ぐらい前かな、ここへ来たのは。ここ凄く広いし、あちこちまわって見たりしていて」
またつまらぬ見栄を張って事実とは違うことを言ってしまっていた。
「でも和子さん、この前とは凄く感じが違っていて、まるで別人みたいだよ」
色鮮やかなピンク色のコートを羽織った和子をしげしげと見つめながら進次が言った。
「ああこのコートねえ、目立つかしら。去年母に買ってもらったのだけど、着たのは今日が初めてなの。普段はこんなは派手な色のもの着ないんだけど、今日は特別」
今日は特別と聞いて、進次はなんとなく嬉しく思った。彼女がこの日のことを大切に思っていてくれた証であると思えたからだ。
つづく
次回 9月17日(木)