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二度目に和子にあった日から三日たった水曜日、進次は午後の二コマ目の授業を終えて外へ出た。いつもだとすぐ西淀川の下宿へ帰り、夜勤に備えて寝床につくのだが、この日は週二回の休みの日に当たっていて、慌てて帰ることはなかったのだ。
―さて、どこかを少しぶらつくか― 懐はからきしさびしいのに、そう考えて梅田のほうへ向かって歩き始めたとき、背後から「山中、もう帰るのか」と言う聞き覚えのある声がした。振り返ると同じ英語専攻コースの塩崎が足早に追っかけてきていた。
「なあ山中、良いところあるんだけど行かないか?」
「良いとこって、どこだよそれ?」
「あれだよ、あれ。ピーピングショーってやつ」
「ピーピングショーって、何だよそれ?」
「あれっ、おまえ英語専攻コースのくせして、そんなことも分からないのか。覗きだよ、覗き部屋のことだよ」
塩崎はジロッと進次を振り向き、見下したような口調で言った。
この男塩崎はいわゆる帰国子弟とかいうやつで、家族とともにニューヨークに八年近くすんでいて、十八のとき大阪へ戻ってきて、当然のことながら英語にはめっぽう強い。そのせいか横文字の話が出たときは、何かにつけて人を馬鹿にしたような口を聞くのだ。
「覗くってピープだろう。ピーピングは覗くこと。つまり覗きのことをいうのか?」
「お前、何をもぐもぐ言ってるんだ。ピーピングと聞いてパッと理解できないようでは英語専攻コース落第」
「ピーピングッて言うから分からなかったのだよ。ピープショーといえば分かったのに」
「そんなのどっちでもいいの。なあ、それで行くの、行かないの?」
「幾らだそれ?」
「三十分で二千円。六時からだと三千円だけど、昼間は割引で二千円二割引になるんだ。いいぞ、素っ裸の女が三十分も見られて」
塩崎のその言葉に、進次は思わず身体をゾクッと震わせた。脳裏に和子の下宿の部屋が浮かんできて、コタツに寝そべってキスをしたとき、胸で圧迫した彼女の柔らかい乳房の感触が蘇ってきた。
あのときどうしてあのまま寝てしまったのだろう。彼女、別段嫌がっている様子は見せなかったというのに、ガツガツしていると思われるのが嫌だったのか、それともそのことしか頭にないと思われるのが嫌だったのか。
それに彼女、悪酔いの後の言わば病み上がりの状態だったし。あそこであれ以上の行為をしなかったのは賢明だったのではないだろうか。
では神戸のホテルのときはどうなのだ。確かに「何もしないから」と言ってホテルに入った。 でもあんなの、所詮はホテルに入る前の男と女の言葉のゲーム。真に受けるなんて馬鹿げてる。
そのうえ、あとで「約束守ったよ」とキザっぽく言ったりして。
本当は百パーセントあのことだけしか頭にないクセに、馬鹿だよバカ、本当にぼくはバカ。
「山中、なにボケッと考えてるの? 行くの、行かないの?」
JR大阪駅に通じる陸橋付近まで来たとき、塩崎が急かすように聞いてきた。
「せっかくだけど、下宿のおばさんにドアの修繕を頼まれていて、バイトが休みの今日しかできないので、俺やっぱり帰るよ。またな」
そんなデタラメを言って塩崎の誘いを断った。でも塩崎はずいぶんあっさりと 「そうか、じゃあ俺一人で行ってくるよ」と言い残すと、足早に去っていった。
本当は一緒に行きたかった。ピーピングショーに実態がハッキリして、さっきから裸の女の姿が目の奥にチラついて、すぐにでも行って穴越しに目を凝らして実物の女の裸を見たかった。 でもポケットの残金が六千円しかなく、この中から二千円の出費は痛すぎる。バイトの給料日まであと一週間もあり、残金六千円だと一日千円も当たらないのだから。
塩崎が去った後、なぜだか同方向へ歩くのは気が引けて、気がついたら陸橋の上に上がっていた。その中央辺りまで進んでいき、冷たい風が身に染みてきたのでコートの襟を立て、立ち止まって下を走る車の流れに目をやりながら、また和子のことを考えていた。
今度はいつ会おうか。給料を貰った後だと、あと一週間もある。待ち遠しいなあ。本当は毎日でも会いたいのに。
和ちゃん、いま頃何しているかなあ。学校から帰って部屋の掃除をしているのだろうか。それとも洗濯だろうか。洗濯と言えばパンティーやブラジャー。塩崎の言っていたピーピングショーのことがまだ頭に残っていたせいか、またあらぬ妄想が脳裏を駆け巡った。
進次はそれを頭から振り払おうと、両手でバシッと頬を叩き、下宿へ帰って久しぶりの掃除でもするかと、バス停のほうに向かって今度は足早に歩いて行った。
つづく
次回10月22日(木)



