2026年6月7日日曜日

Xの匿名投稿率が世界一高い日本が恥ずかしい

 

(AI による概要)

日本のX(旧Twitter)の匿名率は約75%と言われ、アメリカ(約36%)などと比較して世界トップクラスに高い水準にあります。この環境下で日常的に見られる誹謗中傷や、他者への攻撃的な言動、いわゆる「陰湿さ」に対して恥ずかしいと感じる方は非常に多いです。 

現代ビジネス +1

日本でこれほど匿名率が高くなる背景や、それに伴う問題にはいくつかの明確な理由と構造があります。


なぜ日本のXは匿名率が高いのか

  • 「世間」という同調圧力: 日本社会特有の「世間体」や、空気を読むことを重んじる文化が根底にあります。本名を明かして異質な意見を言うと実生活(仕事や人間関係)に悪影響が出ることを恐れるため、安全圏から本音を語る手段として匿名(捨てアカウント)が選ばれます。 

  • 現代ビジネス +3

  • 無礼講文化と「面従腹背」: 昔から「表向きは従うが、裏では不満を抱える」文化があり、素性を隠すことで普段言えない鬱憤や本音を爆発させる場所として機能してきました。 

  • 上智大学|Sophia University +1

匿名性がもたらす「恥ずかしい」側面

  • 誹謗中傷の温床: 他人の目に触れない匿名性の高い場所(ネット)を、現実のストレスを発散するためのサンドバッグにしてしまう傾向があります。

  • 正義感の暴走: 匿名を隠れ蓑にして、モラルやルールに反した個人や企業を過剰に叩く「炎上」が起きやすいのも日本のXの大きな特徴です。 

  • ダイヤモンド・オンライン +3

実名制が主流の海外SNSに比べて、他者へのリスペクトに欠ける言動が目立つ点に嫌気が差すのはごく自然な感覚です。総務省のデータでも、日本人はネット上で他人を「信頼できる」と答える割合が他国に比べて極めて低い(約13%)という結果が出ており、お互いを疑心暗鬼で見張るようなコミュニケーションが常態化しているのが現在の日本のSNS環境と言えます。 

もしよろしければ、この状況について深掘りしてみませんか?以下のような切り口で意見交換や解決策を考えることができます。

  • 匿名性のメリット(多様な意見の表明など)とデメリットのバランスについて

  • 他のSNS(Instagramなど)との文化的な違い

  • 自身がSNSで不快な思いをしないためのミュートやブロックの活用術

ご興味のある話題があれば教えてください。



「x」の匿名利用者が多い日本の異常性は問題だ!



日本でX(旧Twitter)の愛用者が多く、その大部分が匿名であることは、世界的なSNSの利用動向と比較すると珍しい現象として注目されています。 

東洋経済オンライン +1

日本のX文化に関する具体的なデータと特徴は以下の通りです。

1. 日本におけるXの利用状況

  • 世界第2位の市場: アメリカに次ぐ規模を誇り、国内のアクティブユーザー数は6,800万人を超えています。人口の半数以上が利用している計算になります 

株式会社ホットリンク +2

  • 世界一の匿名率: 日本におけるXユーザーの匿名(またはハンドルネーム)利用率は約75%に達しており、欧米や韓国(30〜40%台)と比較して群を抜いて高いのが特徴です。 

  • 読売新聞 +1

2. なぜ日本で匿名文化が定着したのか

  • 初期インターネット文化の継承: 2000年代の2ちゃんねる等の匿名掲示板文化がベースとなり、「ネットは匿名で行うもの」という意識が早い段階から根付いていました。 

  • 読売新聞

  • 同調圧力と世間体: 実名や顔出しでの自己主張を好まない国民性や、特定の「世間」を重視しつつも、それ以外に対しては「旅の恥はかき捨て」のように振る舞う独自の気質が影響していると指摘されています。 

  • 読売新聞 +1

  • 災害時の情報インフラ: 2011年の東日本大震災以降、リアルタイムで迅速かつ手軽に情報共有ができるツールとして一気に定着しました。 

  • 東洋経済オンライン

3. 日本独自のX文化の光と影

  • 海外からの注目: 本音や日常のちょっとしたつぶやきを気軽に発信・共有できる場所として、海外ユーザーからは「ネット上の秘境」としてポジティブに評価されることもあります。 

  • 東洋経済オンライン

  • 誹謗中傷と炎上: 一方で、匿名性の高さゆえの無責任な発言や、特定の個人に対する悪質な誹謗中傷、デマの拡散などが社会問題化しやすい側面もあります。 

  • 東京新聞デジタル +1



2026年6月6日土曜日

このところ人気急上昇「燃え殻」のエッセイってどうなんだろう


   



ベストエッセイ2024で紹介された「おっぱい足りてる?」は強烈だった


 六本木の路上で「おっぱい足りてる?」とキャッチに声をかけられ

「足りてないけど、余裕がないんです」とテンパっていた夜。 


図書館で借りた「ベストエッセイ2024」に収録されたこのエッセイのタイトルを見たとき、真っ先に思ったのはタイトルの「おっぱい足りてる?」ってなんのこと?だった。


子供を産んだばかりの母親に対する看護師さんの質問なのか?とも思った。


でもまったくの的外れで、これは街角に立つ「おっぱい系風俗店」のキャッチが発したセリフなのだ。


しかしこれってなんとよくできたコピーだろう、夜の街を徘徊するさびしい男が「おっぱい足りてる」はずはないだろう。すぐさま「足りてません」と大声で答えたいに違いないのだ。


そうした男たちの心理を実にうまくとらえているではないか。


正直言ってこのセリフに出会ったときは、「なんと見事なコピーだろう」と感心して、これをエッセイのテーマに取り上げた作者の優れた言語センスに衝撃を受けた。


図書館に燃え殻の作品は1冊もなかった


そして次に思ったのがこの作者の作品をぜひ読んでみたい、であり、翌日に図書館へ向かって、エッセイコーナーの「も」の欄で作品を探した。


でも燃え殻という作者の作品は1冊も棚に並んでいなかった。


「おかしいな、なぜだろう。これまでベストエッセイで紹介された加藤シゲアキとか田中卓志などの作品はすべて見つけることができたのに」と思ってあきらめて帰ったのだ。


本屋へ行ってみるという選択肢もあったが、その時はそこまでの行動に移すところまではいかなかった。


別の図書館の棚に4冊も燃え殻の作品があった


それから2カ月ほどたった5月の末、いつも行く図書館から所変えて分館の方へ行ってみた。


規模は小さいが新刊書はむしろ本館より多いということを知っていたからだ。


さっそくエッセイコーナーに向かい、棚の「も」の欄に目を移すと、なんと「燃え殻」の作者名の真新しい本が4冊も並んでいるではないか。


すぐ手に取ったのはいうまでもなく、4冊は多すぎるのでとりあえずその中から2冊を借りることにした。


それが上の写真にある文庫の「夢に迷ってタクシーを呼んだ」とペーパーバック「これはいつかのあなたとわたし」である。


2冊とも「おっぱい足りてる?」のような衝撃的な作品はなかった


期待が大きすぎたのか、2冊を読んだ後の感想はいずれもテーマごとに「うまくまとまってはいるものの、もうひとつもの足りない」というのが正直なところである。


週刊誌などの連載ものが多く、文字数制限に合わないテーマがあるせいかもしれない。


とはいえ、これまでベストエッセイで紹介された作品を読んだ作家のものは、田中卓志、加藤シゲアキ、穂村弘 西村賢太など、すべて「すばらしい」と感銘して読んできた。


でも今回は満足度が少し違う。最も新しい田中卓志の作品と比べてみても、エッセイに限って言えば田中氏の方に軍配を上げたいぐらいだ。


本の厚みや余白の広さが気になるのだが


それに作品の内容以外で気になったことが一つある。それは本の厚みと余白についてである。


まず厚みだが、文庫の方はページ数が少なく厚みがない。これはひとえに作品数が少ないからに他ならず、才能豊かな新人としては寂しいことだ。


一方ペーパーバックの方は厚みは普通だが、分厚い用紙を使用してページ数の少なさをカバーしている節がある。多分これは価格対策なのだろう。


ペーパーバックの方でもう一つ気になるのは余白の広さである。


これは文字数の少ない作品で一定のページ数を保つためにとられる方法で、これによりボリューム感をあげるのを意図しているに違いない。


こうした手法がとられたことは、将来性のある作者の作品に対するものと考えると、一抹の寂しさを感じる。


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「夢に迷ってタクシーを呼んだ」



出版社内容情報

いつか僕たちは必ずこの世界からいなくなる。ネットニュースで、三週間前に会った知人の死を知った日。「もうダメだ」と言い続けていた最悪な時代の仲間との再会。「で、お前いつ帰るんだ?」が口癖だった祖父との思い出。恵比寿の焼き鳥屋で見かけたヨーダ似のお爺さんと美少女。日常を生きていく寂しさと、心もとなさにそっと寄り添ったエッセイ集。文庫特典「巣ごもり読書日記」収録。

内容説明

いつか僕たちは必ずこの世界からいなくなる―。ネットニュースで、三週間前に会った知人の死を知った日。「もうダメだ」と言い続けていた最悪な時代の仲間との再会。「で、お前いつ帰るんだ?」が口癖だった祖父との思い出。恵比寿の焼き鳥屋で見かけたヨーダ似のお爺さんと美少女。日常を生きていく寂しさと心もとなさに、そっと寄り添ったエッセイ集。文庫特典「巣ごもり読書日記」収録。

目次

この世界ってさ、ロマンチックなことが少な過ぎるんだよ
夢を五分で挫折したことがある
きっと、僕たちは今度もまた大丈夫だ
こっち見てんじゃねーよ、ゾンビ
青春は未だ完結していない
で、お前いつ帰るんだ?
仲良くなるという目標は達成できそうにない
まったくの他人より、ちょっと知っている人のほうが気まずい
月の綺麗な夜だった
前野くんと来年、フジロックに行きたい
ゴリポンと呼ばれたくなかった
「下心よ去れ」と心の中で唱えていた
うまいでしょう、一杯三千円です
早い!安い!うまい!重い!
『働きアリに花束を』
「生粋の社会人」なんているのだろうか
不潔とケチはモテない
ラジオなんですけど
あなたは女の人に救われた経験はある?
高尾山以上、富士山以下の過酷さ〔ほか〕

著者等紹介

燃え殻[モエガラ]
1973(昭和48)年神奈川県横浜市生れ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出典:紀伊国屋ウェブ

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「これはいつかのあなたとわたし」


出版社内容情報

笑って、怒れなかった、あの日のあなたがここにいる。大人気エッセイ集。「原稿、泣きながら拝んで読みました」と持ち上げながら必ず直しを命じる編集者。BE:FIRSTのLEOさんが涙ながらに語った決意、初ラブホでの醜態、母の口癖、J-WAVEに届くブラックなお悩み相談。日常と非日常の忘れられない/忘れかけたことを綴り、あるあると哀愁に満ち満ちた随想、これぞ日本のオアシス。

【目次】

内容説明

人も街も夢も変わっていく。笑えなかった怒れなかったあの日のあなたがここにいる。名画のラストシーンが珠玉の短篇集みたいなエッセイ集。

目次

バディ
人生は、ぬか喜びの連続な気がする
「燃え殻、推薦!」
人も、街も、夢も変わっていく
ズバリ!幕の内弁当一食分
精一杯のお手
美しい鼻歌と、セブンスターの香り
思っていたまんまの印象
住んでいる世界が違う
人はとかく大〓みだ
テイクばかりの人
「絶対に出るな、かけるな」
自意識感知レーダー
プロの「すみません使い」に出会った
咄嗟に取りつくろってしまう
底辺は存在しない
あの日のことをまた書いてしまった
大橋裕之 マンガ「連載200回を超えて」
第二回錦糸町プチ同窓会
ピンクパンティー事件〔ほか〕

著者等紹介

燃え殻[モエガラ]
1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出典:紀伊国屋ウェブ


2026年6月4日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈6〉紳士と編集長(6)

 

  

adobe stock


          

「よろこんで」ねえ。ほかでも聞いたことがありますよ、こういう返事。客に感謝の意を伝えようとしていて、悪くないと思いますよ僕は。英語にもウイズプレジャーって返事がありますし」


「ウイズプレジャーですか。でもそれとちょっとニュアンスが違うんじゃないですか」


僕はそう応えながら、このことに関して彼の同意が得られなかったことに軽い失望を覚えながら、つまるところ感性の違いなんだと、わりきって考えていた。


「よろこんで」か、〈居酒屋 よろこんで〉なんて店の名前もいいんじゃないですか」


同意はしなかったものの、横で彼がひょこっとそんな滑稽なことを言ったので、二人は顔を見合わせて大笑いした。


喧騒に満ちたその店で彼と僕とは二時間近く飲んでいて、何度も何度も話題をかえて話し合った。


でも僕が不満かつ不審に思ったのは、途中で何度か話を例のリベーラと彼の甥の編集長のことにもっていこうとしたにもかかわらずその度に彼は「うん、うん」とうなずくだけで、それについて自分から何も発言しようとしなかったことだ。


 いったいどうしたんだろう彼?そもそも二人のきっかけはあのリベーラだったはずなのに、しかも彼の甥がその編集長であるというのに。


やや不審なそんな面持ちで、「九時過ぎか、そろそろ出なければ」と、すでに半分ぐらい席の空いた店内を見渡しながら僕がそう考えていた時、また彼が唐突に妙なことを口にした。


 「ところで僕、近々また若い頃いたパリに行ってみようと思っているんです」


 パリ?おかしいな。ロンドンじゃなかっただろうか。この前ホテルのバーで、二十三のとき、ロンドンのロースクールに留学していた。


確かそう言ったはずだ。ロンドン以外にこの人パリにもいたことがあるのだろうか? 


僕は次第に不審な気持ちをつのらせながらそう考えていたが、そんな僕を尻目に彼はなおも話し続けた。


「いいですよ。あのシャンゼリゼの大通り。小高いモンマルトルの丘。それにあのメトロにももう一度乗ってみたいなあ」


「木谷さん、この前ロンドンに留学していたと言われましたがパリにもいらしたんですか?」


 不審な気持ちを少しでも晴らそうと、僕はとりあえずそうたずねてみた。


 「えっ、ロンドン。僕そんなことを言いましたか? パリですよ。パリ。僕が留学していたのは」


 ここへきて僕は彼のことがよくわからなくなっていた。


 うーん、どうもよくわからない。創刊されたばかりの雑誌リベーラの編集長が彼の甥であるということ、法律事務所をやっていて、今はそこの顧問であり、仕事は息子に任せており、彼自身は週に二~三度しか顔を出さないということ


つい一週間前に、若い頃ロンドンに留学していたと言ったかと思うと、今日は、いやそうでなくて留学していたのはパリだと言ったりして。


でも何より不思議なのは、最初あれだけ熱心に語っていた雑誌リベーラと甥の編集長について、ここんとこまったく触れようとしないことだ。


そんなふうに考えていると、酔いも手伝ったせいか、次第に頭に混乱を来たし、何がなんだかよくわからなくなってきて、早くここを出て外気に当たって頭を冷やさなければと思っていた。


「いい時間ですし、そろそろ出ましょうか」

伝票の方へ手を伸ばしながら僕が言った。


「えっ、もう帰るんですか?もう少しいいじゃないですか。パリのことなどまだいろいろお話したいことがありますし」


 この前のバーでは出るのをすんなりと応じた彼が、その日は渋ってすぐ立とうとはしなかった。


「でも僕少し酔ったみたいだし、外へ出て早く冷たい外気に当たりたいんです」


「おや、ご気分でも悪いんですか? いや、そんなふうでもありませんね。顔色も良くて。


でもそうですね。出ましょうか。出て外の新鮮な空気を吸いましょう。


そうだ。この近くに公園があるでしょう。酔いを覚ますためにそこへ行ってしばらく散歩でもしましょう」


彼のその言葉に、僕は時計に目をやり、まだ九時半だ。と時間を確認し、そうだな、酔ったままバスに乗るより、少し歩いて頭をすっきりさせてから帰ったほうがいいかと、「公園ですか。


でもそんなとこ、この近くにありましたか? いいですよ。とにかくここを出てそこへ行ってみましょう」と、伝票をつかんでややふらつく足で席を立った。


つづく


次回 6月11日(木)


2026年6月2日火曜日

NHK大相撲中継でアナが出場力士を《満身創痍》と言っていたが



大相撲は一種の格闘技で激しいスポーツですから、力士が思わぬ怪我にみまわれることは珍しくありません。


したがって怪我で休場する力士が出るのはやむを得ないことだと誰もが思っています。


そんな中で本場所に出場した力士を満身創痍と呼ぶアナがいるのは、いったいどういうことなのでしょうか。


つい先日もありました。その日の担当アナが「満身創痍の状態でこの活躍は見事なものです」と出場力士に誉め言葉をおくっていたのです。


でも考えてみるとこの発言には疑問が残ります。


普通に考えれば満身創痍の力士が休場することなく場所に出てしていること自体が不思議に思えるからです。


いったい満身創痍とは身体的にどのような状況なのでしょうか。


はたして場所を休むことなく、出場して闘えるような状態なのでしょうか。


この問題も含めてAIに訊いてみました。



満身創痍とは


「満身創痍(まんしんそうい)」とは、体中にたくさんの傷を負っていることや、そこから転じて、極限まで疲れ果てたり、ひどく痛めつけられたりしてボロボロの状態であることを意味します。

各漢字の意味

  • 満身(まんしん): 体全体、全身

  • 創痍(そうい): 切り傷や打撲などの傷、負傷 [1]

使い方・例文

元々は戦などで文字通り「全身が傷だらけ」の様子を表していましたが、現代では肉体的な疲労や精神的なダメージに対しても幅広く使われます。

  • 肉体的な疲労: 「長時間の激務と残業で、今の私の体は満身創痍だ」

  • 精神的なダメージ: 「数々のトラブルを乗り越えたが、心は満身創痍の状態だ」

  • 困難な状況: 「連日の試合で、主力選手たちは満身創痍で戦い抜いた」

類義語・言い換え表現

  • 疲労困憊(ひろうこん憊): 疲れ切って動けなくなること

  • 精根尽き果てる(せいこんつきはてる): 心身のエネルギーを完全に使い切ってしまうこと

  • ボロボロ: 心身がひどく疲れ、限界を迎えているカジュアルな表現


この説明で満身創痍がどういう状態かお分かりいただけたと思います。


そこで質問です。こうした状態にある人が大相撲のような激しいスポーツができるでしょうか。


おそらく回答者の全員が「ノー」と答えることでしょう。


これでお分かりのように「満身創痍」の状態では、力士は土俵に上がって闘うことは不可能なのです。


にもかかわらず中継放送で、アナが勝ち力士に対して「満身創痍の状態でよくガンバっています」などと称賛の言葉を送っているのです。


これに対して違和感を覚えるのは私だけでしょうか。


おそらく少なからずに人たちが「満身創痍って本当なの?」と、疑問を抱くのではないでしょうか。


概してNHK大相撲担当のアナは力士の怪我などによる体調不良を事実よりオーバーに言うことが多いように思います。


事実を正確に伝えるのがアナのモットーであるはずなのに、こうした傾向があるのは非常に残念なことです。