2026年5月7日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈6〉紳士と編集長(2)

  

  

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結局つぎのバスがやってくるまで彼は現れず、僕はその日五十分間もバス停に立ち尽くしていたのだ。


その次の日、つまり最初に彼と会ってから三日目の十月終りの木曜日、その日は仕事がどうしても定時の五時半に終わらずに、結局四十分も残業を強いられて、バス停に着いたのはいつもより二台も後のバスが来る少し前だった。


こりゃあ今日も駄目だ。一時間も遅れたんじゃあ。彼たとえ来てたにしても、もうバスに乗って帰ってしまっただろう。


そう思って、僕が残念そうに「チェッ」と舌打ちしてコンクリートの地下街入り口の囲いに持たれかけようとした時だった。


「やあ、先日はどうも」


背後から聞き覚えのある耳ざわりのいい声が聞こえてきた。とっさにふり向くと、目の前に三日前のあの紳士が立っていた。


「ど、どうも」

待ち人がふいに現れて、しかも駄目だと諦めかけたときの思わぬ出現に、僕はまるで久しぶりに恋人に会ったときのような感激的な気分につつまれ、思わず上ずった声でかろうじてそう答えた。


「この前より一時間ほど遅かったのですがあなたもそのようで、よかった。よかった。またお会いできて」


彼はきわめて嬉しそうな笑顔を浮かべながらそう言ったあと、「失礼ですが少し時間はおありですか」とたずねた。それに対して僕は「ええ、ありますけど」と、躊躇することなく反射的に答えていた。


「よろしかったらコーヒーでも飲みながらお話しましょうか。この地下にいい喫茶店があるんですよ」


彼と僕は並んで地下街へ通じる階段を下りていき、ラッシュ時でごったがえす人波を抜けて最初のコーナーを左に曲がって、角から三軒目の喫茶店へと入っていった。


奥まった席に向かい合って座った後、すぐまた彼が口を開いた。「この喫茶店、コーヒーもうまいんですけどBGMがまたいいんですよ。ほら、今かかっているのもモーツアルトの交響曲です。えーっと何番だったかな。そうだ第四十番だ。♪チャララ、チャララ、チャララッラ♪ いいでしょうこの旋律。若いころは毎日のように聞いたものですよ。クラシックはお好きですか?」


「え、ええ。まあまあ」


とっさの彼の質問についそう答えたものの、ふだん聴く音楽といえば演歌かポピュラーがせいぜいで、クラシックなどとはとんと縁がないことを思い出して、この後も彼がその話題を続けるのを恐れていた。


それにしても彼、外見も立派だけど音楽の趣味にしてもまた立派なもんだ。僕なんかがとんと理解できないクラシック音楽のファンだなんて。やはりこの人只者ではないな。 


彼の次のセリフにいささか不安を抱きながら、あらためてその紳士について感心していた。


「ところで先日の雑誌のリベーラ、もう読み終わりましたか?」


「は、はい。二~三の興味の湧かない記事をのぞいてはだいたい」


紳士が話題をかえて二人の最大の関心事ともいうべき事柄に移して口を開いたので、ほっと胸をなでおろしてそう答えた。


「この前お話しかけたんですが、実はあの雑誌、わたしの甥が編集長をやってるんですよ。ですからわたしも大変関心をもっていて、先日あなたがあれを読んでいらっしゃるのを見たとき、つい嬉しくなって話しかけた次第なんです。お読みになっていかがでしたか。良かったとしたらどんな点が?」


三日前、バスに乗った後もすごく気になっていた途切れたセリフの続きを彼はサラッと言ってのけた。


「甥っ子さんが編集長、あの雑誌の?」

意外なことをあまりにもサラッと言いのけた彼に対し、僕はいささか自分の耳を疑いながら聞き返した。


「ええ。兄の子なんですけど、もう二十年もいろいろな雑誌の編集に携わっていましてね。今年四十三歳になったところです。もちろん東京に住んでいます」


「へえー。あのリベーラの編集長が甥っ子さん!」

さっきと同じようなセリフをかろうじて一言返したが、その後なんと話しを繋げばいいのかと、しばらく言葉を詰まらせていた。


紳士の言ったことは少なからず僕を驚かせ、いささか頭に混乱を生じさせていたのだ。


「甥に伝えてやりたいのですが、どんな点が、あるいはどんな記事が良かったのでしょうか?」


ポカンとしている僕を見て彼が催促の質問をした。


「そ、そうですね。一言でいえばユニーク性でしょうねえ。これまでのモノにはない」まだあまり実感がつかめないまま、とりあえずそう答え次の質問を待った。「そのユニーク性どいうことですが、具体的に言って例えばどんな点が?」


「そうですねえ、まずあのサイズでしょうね。隔週発行ということですから、ジャンルとしては週刊誌の中に入ると思うんです。それがあの月刊誌並の小サイズで、なにか奇をてらうところがあって」


つづく


次回5月14日(木)


2026年5月5日火曜日

Space speaks。空間(間隔)は語る・再掲載シリーズ No.24

 

 


初出:2010年11月3日  更新:2026年5月5日

 

10年以上前になるが、高校英語「NEW HORIZON」(Ⅱ)の教科書に今でも忘れられない印象的な記事が載っていた。

それは本日のブログテーマの「Space speaks」と題した、人が会話するときのお互いのスペースには「国によって違いがある」ということが主な内容の読物である。

それまでそんなことを聞いたことも、また意識したことも無かったので私にはすごく新鮮で魅力テーマに思え、読んだ後には少なからず感銘を覚えたものだ。

内容はざっとこういうものである。

このアメリカ人の著者は、ある時外国からの外交官の訪問を受けたのだが、その時のエピソードを綴ったものが今回の話である。

「その南米から来た外交官は私と話し始めると、次第に私のほうへ少しずつ前進して間隔を狭めようとした。

私としてはそれにつれて後ずさりをはじめ、もとの間隔を保とうとした。

すると彼は『何で後ずさりなんかするのだろう、私は友好的に話し合うために近寄っていっているだけなのに』とでも思うかのように、怪訝そうな表情をして、しだいに話しにくそうなそぶりを示し始めていた」

著者としては自分が話しやすいと思うスペースを保とうとして「21インチ」ほど後退しただけなのだが相手はそれを理解しなかったのである。

そのことについて後になって、会話のときの心地いいスペースというのは国によって違いがあるのではないかと気づいたのである。

つまり自分たちが心地よいと考えているスペースは違う国の人々には必ずしもそうでなく、むしろ話し憎くて、心地悪いと感じるのかもしれないというふうにである。

例えば南米の人は一般的なアメリカ人より狭いスペースを心地よいと感じるようだが、逆にそのスペースで会話を続けることはアメリカ人にとっては好ましい状態でなく、むしろ不快感さえ感じるのである。

著者はまた次のようにも綴っている。

「一般的にアメリカ人はごく親しい人との会話を除いての普通の会話では、だいたい2〜3フィーとの距離を保っている。

でもラテンアメリカの人々はそれでは間隔が空きすぎると感じるので次第に前進して間隔を詰めてくるのである。

そしてアメリカ人はというと、そんなに間隔をつめられるのは馬鹿にされているというふうに感じ、後ずさりするのである。

でも決して彼らは前進することを止めないので、最後は机の下にもぐってでも間隔を保たざるを得なくなってしまうのである」

最後の部分は著者のジョークであろうが、「Space speaks」というこの話、中々興味が湧く含蓄ある内容ではあった。

さてわれわれ日本人が好む会話の際のスペースはいったいどれぐらいなのであろうか。


2026年5月2日土曜日

開高健の「香水を飲む」は本当か? 書評「作家と酒」 平凡社

 


「えっ 昔の物書きは香水まで飲んだって、 いくらアルコール分が高いからといって、それはないだろう」


開高健の「香水を飲む」は本当か?

この本の中で開高健は「香水を飲む」というエッセイで次のような興味ぶかい話を書いていますが、果たして本当にあったことなのでしょうか。冒頭で本人も「あてになるような。ならないような」と言っているのですが。 


   「香水を飲む」

小説家の話だからアテになるような。ならないようなと承知しておかねばなるまいが、この国のアル中には”パフューム・ドリンカー”というのがいるそうである。酒を切らしていてもたってもいられなくなると、女房の香水をひっかけてその場をしのぐというのである。香水に入っているアルコールは度数がグっと高いから少量でも緊急の渇えはおさえられるかもしれないが、聞いていて身につまされた。白昼に「夜間飛行」をひっかけて、ウム、こいつはトリップできる、などと呟くのであろうか。「シャネル」の5番は「ディオリッシモ」よりもグンと書けるゼ、などと言いかわしあっているのであろうか。取材費を惜しむといいしごとにならないというのはどこでもおなじだろうが、それにしても香水をあおってゲップを洩らしている深夜の鬼という光景は、ちょっと・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

出版社内容情報

【収録作品(掲載順)】

1 酒呑みの流儀
正しい酒の呑み方七箇条/おいしいお酒、ありがとう 杉浦日向子  
二十年来の酒 立原正秋 
或一頁 林芙美子 
ビールの歌 火野葦平 
酒と小鳥 若山牧水 
ビールの味 高村光太郎 
あたしは御飯が好きなんだ! 新井素子 
酒のエッセイについて 二分法的に 丸谷才一 

2 酒の悪癖
酒徒交伝 永井龍男 
失敗 小林秀雄 
酒は旅の代用にならないという話 吉田健一
一品大盛りの味─尾道のママカリ 種村季弘
更年期の酒 田辺聖子
やけ酒 サトウハチロー
『バカは死んでもバカなのだ赤塚不二夫対談集』より 赤塚不二夫×野坂昭如
ビール会社征伐 夢野久作

3 わたしの酒遍歴
ホワイト・オン・ザ・スノー 中上健次
音痴の酒甕 石牟礼道子
酒の楽しみ 金井美恵子
eについて 田村隆一
先生の偉さ/酒 横山大観
酒のうまさ 岡本太郎
私は酒がやめられない 古川緑波
ビールに操を捧げた夏だった 夢枕獏
妻に似ている 川上弘美

4 酒は相棒
ブルー・リボン・ビールのある光景 村上春樹
薯焼酎 伊丹十三
サントリー禍 檀一雄
香水を飲む 開高健
人生がバラ色に見えるとき 石井好子 
パタンと死ねたら最高! 高田渡 
風色の一夜 山田風太郎×中島らも 
冷蔵庫マイ・ラブ 尾瀬あきら 
『4コマ ちびまる子ちゃん』より さくらももこ
こういう時だからこそ出来るだけ街で飲み歩かなければ 坪内祐三  
焼酎歌 山尾三省

5 酒場の人間模様
未練 内田百? 
カフヱーにて 中原中也
三鞭酒 宮本百合子 
星新一のサービス酒 筒井康隆 
とりあえずビールでいいのか 赤瀬川原平 
「火の車」盛衰記 草野心平 
水曜日の男、今泉さんの豊かなおひげ 金井真紀 
終電車 たむらしげる 

内容説明

きょうも一杯、いい気分。開高健、吉田健一、赤塚不二夫、中上健次、さくらももこ、内田百〓…。酔いどれ作家46名のエピソード。

目次

1 酒呑みの流儀(正しい酒の呑み方七箇条/おいしいお酒、ありがとう(杉浦日向子)
二十年来の酒(立原正秋) ほか)
2 酒の悪癖(酒徒交伝(永井龍男)
失敗(小林秀雄) ほか)
3 わたしの酒遍歴(ホワイト・オン・ザ・スノー(中上健次)
音痴の酒甕(石牟礼道子) ほか)
4 酒は相棒(ブルー・リボン・ビールのある光景(村上春樹)
薯焼酎(伊丹十三) ほか)
5 酒場の人間模様(未練(内田百〓)
カフヱーにて(中原中也) ほか)

出典:紀伊国屋ウェブ 


2026年4月30日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈6〉紳士と編集長(1)

 

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小説『紳士と編集長』は こんなおはなし

 ある日、主人公の青年「僕」は駅前のバス停で、初老の紳士から声をかけられる。紳士は、僕が読んでいた創刊号の雑誌『リベーラ』に強い関心を示し、上品な物腰でその内容を絶賛した。紳士の洗練された風貌に惹かれた僕は、バスを一台見送ってまで再会を待ち、二人は後日、喫茶店で言葉を交わすことになる。

 紳士は自らを弁護士の「木谷」と名乗り、甥がその雑誌(リベーラ)の編集長を務めているのだと明かした。ロンドン留学の経験を語り、知的な話題で僕を魅了する木谷に、僕は深い信頼を寄せていく。

しかし、交流を重ねるうちに、木谷の言動にわずかな綻びが見え始める。留学先を「ロンドン」と言ったかと思えば次は「パリ」だと言い張り、あんなに熱心だった雑誌リベーラの話題にも興味を失ったかのような素振りを見せる。そして三度目の夜、公園のベンチで木谷は突如として僕の手を握ろうとし、執拗に身体的な接触を求めてきた。その豹変ぶりに恐怖を感じた僕は、彼を振り切って逃げ出す。

 困惑する僕のもとに、後日、木谷の息子から電話が入る。そこで明かされた真実は、僕が抱いていた紳士像を根底から覆すものだった。木谷の本職は弁護士ではなく会計士であり、現在は重度の「躁鬱病」を患って通院中だというのだ。

雑誌の編集長の甥という話も、留学の経験も、すべては病による「大言壮語」が生んだ空想に過ぎなかった。息子は、父が「躁」状態にあるため、これ以上の接触を控えてほしいと僕に懇願する。

 冬が訪れたある日、僕は公園で偶然木谷に再会する。かつての活気は消え、うつろな表情で大量の買い物を袋に詰める彼の姿は、辞書で調べた「躁鬱病」の症状そのものだった。僕はいたたまれなさを感じ、足早にその場を立ち去る。

華やかな紳士の仮面の裏側にあった、病と孤独という残酷な現実を突きつけられた僕は、夜の冷たい風に吹かれながら、彼に対してやるせない同情を抱き、一人佇むのだった。



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その初老の紳士が話しかけてきたのは、僕が駅前バス停前の地下街入り口のコンクリートの囲いにもたれて、その月発刊されたばかりの雑誌の目次に目を通している時だった。


おおかたの月刊雑誌と同じサイズでA5版のその雑誌は、厚みこそ週刊誌並ではあったが、〈リベーラ〉という名前にどことなく知的な雰囲気を漂わせていて、目次を読む段階で僕はすっかり魅了されていた。


「あのすいませんが」

紳士はセリフこそ月並みであったが、すこぶるトーンのいい上品な声で僕にそう話しかけながらすぐ横に立っていた。


「はい。なんでしょうか」

クリーム色の薄手のスーツを粋に着こなしたその身なりのいい紳士にチラッと目をやって、わずかな警戒心を抱きながら、僕もまた月並みの返事をした。


「今お読みのその雑誌、今月発刊されたばかりのリベーラですね」

「ええそうですが、それがどうか」


警戒心は少ないものの、見ず知らずの人からの思わぬ質問に、やや当惑気味にそう答え、あらためてその紳士に視線を送った。


六十を少し超えているだろうか、頭髪はほば半分くらい白く染まっているが、黒とまだらになったその髪が妙に顔立ちとあっていて、それがこの人の風貌をより魅力的に見せていた。


「いかがですかその雑誌。おもしろいですか?」

さっきより少し表情をくずして紳士がまた聞いた。


「ええまあ。中身はこれからですが目次を読んだかぎりではなかなかおもしろそうですね。それにこの表紙とか装丁とかもこれまでのものにないユニークさもっていて」


何者かはわからなかったが、そこはかとなく上品さを漂わせているその紳士に、僕はもうすっかり警戒心を解いていて、思ったまま正直に感想を述べていた。


「そうですか。それを聞いてわたしも大変嬉しく思います。実はこの雑誌なんですが」紳士がそう言って次の言葉をつなごうとした時、目の前に僕の乗るバスがやってきた。彼はどうやらそのバスでないらしく、それに乗るんですかと、問うようなまなざしで僕を見ていた。


「では僕はこのバスに」そう言いかけて、バスの方へ一歩踏み出してから思った。 

どうしよう、あの人まだ何か話したそうだし、このままこれに乗ってもいいものだろうか。バス一台遅らせて話を聞いてみようか。でも次のバスまで三十分もある。今日は少し疲れているし、さらに三十分も待つのキツイな、やっぱりこれに乗ろう。あの人にはまた会えるだろうし、話は次に機会に聞けばいいんだし。


そう結論を出して、今度は彼に向かって会釈しながらはっきり言った。

「あのう、僕このバスに乗りますから、いつもだいたいこんな時間にここから乗りますので、また次にお会いしたときに」


僕のその言葉に、彼は少し名残惜しそうな表情を見せたが笑顔はくずさず、「はい。じゃあその時に」と言って、ゆっくり頭を下げていた。


バスが発車して駅前を左折してからも、まだその紳士のことが気になっていた。


「実はこの雑誌なんですが」で途切れた、いや途切れさせてしまったあの言葉、いったい後にどういうことが続くのだったんだろうか?それにしても全身に漂わせいたあの上品な雰囲気、人口六十万のこの地方都市にだって、あの歳のあんな人はめったにいるもんではない。ああ言って別れたんだから、近いうちにまた会えるには違いないけど、こんな気持ちになるんだったら、例え三十分待つにしても次のバスにして、話の続きを聞けばよかったのかも。


そんな後悔めいたことを考えながら、ふと気がついて手にしたままのリベーラの表紙をまじまじと眺めていた。


その次の日、昨日とほぼ同じ時刻にバス停にやって来て、今度はスタンドで買ったスポーツ紙を読みながら立っていた。十分ほど待って昨日乗ったバスがやって来て、ぼく以外の数名を乗せて発車した。


そこへ行く前から、今日はたとえ一~二台やり過ごしてもあの人の話を心ゆくまで聞いてみよう。と決めていただけに、次のバスを待つことになんら苦痛めいたものは感じなかった。


でもそれにも限度があった。そこでおおかた三十分ちかく立っていたのに、いっこうに昨日の初老の紳士が現れるけはいはなく、僕は少しソワソワしはじめていた。


昨日、別れ際に確かに言ったはずだ。「いつもだいたいこの時間にこのバスに乗りますから、お話は次にお会いしたときに」と、そして彼も「はい。じゃあその時に」と答えていた。


それを今日だと思うのはこちらの勝手なんだけど、でもまあいいか、もし今日会えなければまた明日ということもあるんだし。


そんなふうに考えながら、昨日は話の腰を折って、自分の方から先にバスに乗ってしまったというのに、一夜明けただけの今日は、その話の続きを聞くために、今度はあっさりバスをやり過ごしてまで、くるという何の保証もないのに彼のことを熱心に待っている。


そんな自分が我ながら滑稽に思えてきて、思わずニタッとした照れ笑いを浮かべると、それをスポーツ紙の紙面に投げかけていた。

つづく


次回 5月7日(木)

2026年4月27日月曜日

30代のはじめ頃だったが、ある日、親しくもなかった顔見知りの女性が職場を訪ねて来たのは何故? (Part 1~2)の2

    GEMINI



(part 2)


Aさんはなぜ親しくもなかった私に頼み事をするため職場までやってきたのだろうか


このシリーズPart 1では、Aさんが私の職場を訪れてきた目的は生命保険の勧誘であったこと。それに対して、私はよく検討もせず、安易に承諾し契約を結んでしまったことを後で深く後悔したところまで書きました。


その続編として、このPart 2`は始まるのですが、まず書きたいのは、そもそもAさんはどんなプロセスを経て私を訪問することを決めたのかということです。この点がとてもミステリアスで私にはよくわからないのです。


というのもAさんと私はRホテルの親会社である株式会社Sホテルに同期入社した間柄というだけで、別に親しくお付き合いしたこともありません。いうなれば出会ったときに挨拶を交わす程度のうすい関係の間柄でしかないのです。


それに私は親会社を離れて傘下のチェーンであるRホテルへ移動し、さらにその後ホテルPへ転身したのです。その間7年間Aさんには全く会っていません。


それ故にAさんの存在は忘れかけていたのです。これはAさんにしても同じことで、7年も会っていない私のことなど、とっくに忘れて去っていていいはずです。


そうした状況で、Aさんが突然私を訪問してきたことが解せないのです。それに合わせて気になったのは次のタイトルにある点です。


7年以上会っていないのに何故Aさんは私の新しい職場がわかったのだろうか


上に書いたようにǍさんには7年以上会っておらず、その存在すら忘れかけていましたのです。それ故に突然訪問を受けた時の驚きが大きかったのです。


驚きだけではありません。不思議なのはなぜAさんが私の新しい勤務先を知っていたのだろうかということです。


系列のRホテルへの転籍については、社内ニュースなどで知り得た可能性がありますが、その後のホテルPへの転身は部外者は知り得ないことなのです。


なのにAさんは私の新しい勤務先を知っていたのです。いったいなぜなのか、この点がまったく解らないのです。


Aさんはこれまでどんな人生をたどってきたのだろうか


親しくもない私に保険の勧誘にきたAさんについて私はいろいろ考えたのですが、結論から言えることは、彼女は決して幸せな人生を歩んできていないのでは、ということです。


周りの誰もがうらやむほど、抜群の美貌を持つ彼女なら男性にも持てたはずです。


それ故に経済力のある男性に恵まれ、幸せな結婚生活を送っていても不思議はないはずです。


でも実際の彼女は、若い女性にとって決して良い職業とは言えない(当時は)、保険のセールスという厳しい世界に身を投じていたのです。


私には「これには何か深い事情があるに違いない」と思えて仕方がないのです。



ひょっとして悪い男に騙されて不幸な人生を送っているのかも


特別親しくもなく、もう何年も会っていないAさんが、突然私を訪ねてきて、しかもその目的が保険の勧誘だったということに対して、私はどうしても納得できないどころか、事態のこうした成り行きに対して、何か陰謀めいたものさえ感じてきたのです。


それもそうでしょう。単なる顔見知りであいさつ程度しか交わさない相手で、しかも何年も会っておらず、消息さえ掴みにくい相手を探し出し、保険の勧誘に出かける。このようなことは、普通に考えて世間一般ではあり得ないことだからです。


陰謀めいたものを感じるというのは、この計画が彼女自身が考えてものではなく、誰かにそそのかされてのことなのではないか。と思えるからなのです。

その誰かとは、彼女が交際している男なのではないか。その男はかつて私と職場が同じで、私とは親しい関係にあって、私のことをよく知っている人物なのかもしれない。


それ故に私の消息もよく掴んでおり、当然その後の私の職場についても知っていたのだろう。それを交際相手のAさんに教え、保険の勧誘を指示したのかもしれない。


そうだ、Aさんの行動は交際している男にそそのかされてのことなのではないだろうか。こう考えると、不思議に思えたAさんの行動も納得できるではないか。


長い人生では理解に苦しむような出来事の遭遇することもある


私の古い知り合いで悪い男。と考えると、2~3人の姿が頭に浮かんできて、この中の誰かだろうか、と思ったりしました。


でも私は、この件に関してこれ以上考えるのは止めることにしました。


いくら考えてもキリがなく、憶測を生むだけで決して明快な結論には達し得ないと考えたからです。


長い人生には、時として、まったく理解に苦しむようなことに遭遇することがあるものです。


こう考えて、ここまでで、この話を終りにすることにしました。