AIですら言っているのになぜ気づかない人たちが多いのか
偶然観た金曜夕方のテレビでNHKで目下放映中の朝ドラ「ばけばけ」の終了を記念する特集番組が放映されていました。NHK松江の特設会場とNHK大阪のスタジオをつないだ二元放送で、NHK大阪放送局の高瀬アナが司会を務める、出演者による座談会形式の番組でした。
これを観ていて気になったのは、司会者をはじめ出演者や会場入場者たちの異常とも思える熱量の高さです。
私は朝ドラは見ない派の人間で、もともとあまり興味を持っていないのですが、熱心に観ている多くのファンが対象の番組とはいえ
司会者を筆頭に出演者や出席者の方々の異常とも言っていいほどの盛り上がり方がまったく理解できません。
常日頃から思っているのですが、なぜNHKの朝ドラファンは、毎回似通ったテーマで長年放送を続けるこうした連続ドラマに、これほど熱を上げて視聴を続けるのでしょうか。
傍観者にとっては、不思議に思えて仕方ありません。
と同時に、こうした連続ドラマや小説などにあまりにも熱心に入れ込むことは、場合によっては有害になることをお教えしたいぐらいです。
以下はこれに関してのAIによる説明です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドラマや小説という虚構の世界に長く身を置くことの危険性
(AI による概要)
ドラマや小説という虚構の世界に長く身を置くことは、想像力を豊かにし、他者の人生を体験できるというメリットがある一方で、現実逃避や価値観の歪みといった危険性もはらんでいます。具体的には、以下のようなリスクが挙げられます。
現実と虚構の境界が曖昧になる(自己喪失・現実逃避)
物語の世界に没入しすぎるあまり、現実の厳しい問題や日常的な責任から目を背けるようになり、現実生活が疎かになる「現実逃避」に陥る危険があります。
「虚構」の感情や論理が日常会話や価値判断の基準となり、現実の人間関係や社会生活に適応しづらくなるケースがあります。
価値観の固定化と極端化
特定のジャンルや同じような作風のドラマや小説ばかりに長く触れていると、その世界観が「真実」であると誤認し、現実の多様な価値観を受け入れられなくなる(視野が狭くなる)恐れがあります。
強烈なエモーション(感情)の麻痺
物語の中で日常的にドラマチックな出来事や感情の起伏に触れ続けると、現実の些細な出来事に対する感受性が低下し、感情が麻痺する可能性があります。
虚構を「真実」と錯覚する危険
特に自伝的要素が強いドラマ、小説や、歴史的背景を舞台にした作品において、作者の創作した描写を「真実」として記憶し、現実の事実と混同してしまう危険性があります。
これらの危険性を理解し、ドラマや小説という「虚構の世界」を楽しみつつ、常に「現実」という地面に足をつけておくバランス感覚が重要と言えます。