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それから十五分の間、進次はなんとか間を繕おうと、自分のことを中心にしゃべっていた。
つまり、歳は二十一歳で、大学を二年で中退して、今はアルバイトをしながら英語の専門学校へ通っていること、大阪の叔母の家に下宿していて、四国の実家からの帰途であること、アルバイトが夜勤なので昼間の英語学校では居眠りばかりしていること、などというふうに,いわば自己紹介を兼ねて真面目に話したつもりだった。
そんな進次の話を女は頷きながら黙って聞いていたが、昼間は居眠りばかりとくだりでは、クスッと声を出して笑ったので進次は前にもましてホッとした。
―ひょっとしてこの人、三宮で降りた後も少しくらいだったらお茶にでも付き合ってくれるかもしれない。十二時を少し回っているとはいえ、今夜はまだ正月三日で、おまけに明日は日曜日、すぐ帰らなければいけないなどと、堅いことは言わないかもしれないー そんな安易な期待を抱いて、次第に胸を膨らませながら進次は次の展開を考えていた。
列車のスピードが少し落ちて、街の灯が次第に濃くなり、それが窓いっぱいに広がってきたとき、「あと三分ほどで神戸です」と、また車内アナウンスが流れてきた。神戸から三宮までは五分とかからない。あと五~六分もするといよいよ列車を降りるのだ。
「あのう、そろそろ支度しましょうか。お荷物は?」
多分網棚に乗せているのだろうと、下ろしてあげるつもりで進次がたずねた。
「は、はい。あの二つですけど、でもわたし自分で下ろします」女がそういって網棚に手を伸ばそうとしたので、進次は一瞬先にその方に手を伸ばし、まず大きいほうのバッグを女の足もとに下ろし、続いてもう一つを下ろしてその上に乗せた。
自分のことだと決してこうはしないだろうというほどの素早い動作で、三宮で下車した後の展開を意識した精一杯の得点稼ぎに違いなかった。
「すみません。重かったでしょう。母が持っていけとあれこれ入れるもんですから」
女が恐縮しながら、さっきより打ち解けた表情で言ったので、降りた後の可能性が少し増してきたと、進次はいっそう胸を膨らませていた。
出札口のほうへ向かってゆっくり流れていた人の群れが、その手前二十メートルぐらいの所でピタッと止まり少しも動かなくなった。
背伸びして先を見渡すと、三列くらいで動いていた人の群れは、先へ行くほど次第にに細くなっており、先頭の人が大きな荷物を抱えて、窮屈そうに横向きになって出札口を抜けていた。
「出るまでに少しかかりそうですねえ」 立ち止まった進次はそう言って両手の荷物をそっと下に降ろした。
さっきから肩と腕の痛みが増していて、耐え切らないほどになっており、本当はドサッと投げ出すようにでも降ろしたかったのだが、女に力なしと思われなくないばっかりに、ここでも見栄を張って何げない顔をしてゆっくりと降ろしたのだ。
でもそんな進次のことを察したのか、また列が動き始めたとき、女は「わたし一つ持ちます」と言うや否や、小さいほうのバッグにさっと手を伸ばすと、進次より少し早く進み始めた。
進次は、やはりぼくがと、取り戻そうと思ったのだが、 ―まあいいか、これでもあちらより二倍くらいは重そうだし― そう思いなおして、またノロノロと出口へ向かっていった。
それからさらに二~三度立ち止まり、やっと出札口を抜けて待合室のベンチまで来たときは、下車してかれこれ十五分くらいはたっていた。
「すごい人混みでしたねえ、年末年始はこれだから嫌なんですよ。疲れたでしょう、ここに座ってしばらく休みませんか」かろうじて二人分の空席を見つけて、進次が女に言った。
「ええかなり、わたしこんな小さなバッグ一つだけなのに、もうぐったりです」そう言って女は素直に応じて進次の横に腰を下ろした。
「無理もないですよ。列車ではずっと立ちっぱなしだったし、あー疲れた。できたら早くどこかで横にでもなりたい気分です」進次のそんな本音ともつかないセリフがおかしかったのか、女がクスッと声を出して笑った。
―オッ、いい雰囲気、このタイミングを逃してはならない― そう思って進次はすぐまた口を開いた。
「今日はまだ正月三日、おまけに明日は日曜日だし、別に急いで帰らなくてもいいんでしょう。せっかく知り合ってこのまま別れてしまうのもなんですし、よかったら喫茶店でも行って少しお話しませんか?」ありきたりで少しも気の利いたセリフではなかったが、思い切って女を誘ってみた。
進次のその申し出に、さすがに女は少しためらいを見せてはいたが、チラッと腕時計に目をやってから小さな声で答えた。
「もう一時前でしょう。どうしようこんな遅くに、でもせっかくですから少しぐらいでしたら」 女の口調は先ほどの打ち解けた感じからまた最初のはにかみ口調に変わっていたものの、進次にとっては小躍りしたいほどの嬉しい返事であった。
でも時計は確かに一時少し前を指しており、それほど長くは引っ張れないとも思っていた。