2026年7月16日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈7〉進次と和子の青春グラフィティ(1)

 

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 1960 進次と和子の青春グラフィティ 


1960  進次と和子の青春グラフィティ』はこんなお話


1960年の正月三日、四国の実家から大阪の下宿へ戻る途中の英語専門学校生・山中進次(21)は、混雑する列車内で服飾専門学校生の針谷和子(19)と偶然出会う。

進次は一目惚れした和子と少しでも長く過ごしたい一心で、本来の目的地ではない神戸の三宮駅で下車した。

深夜の街で二人はラーメン屋に入り、専門学校生同士として急速に意気投合する。

その後、霧の立ち込める神戸港のベンチで初めてのキスを交わした。

進次は「朝まで一緒に過ごしてほしいが、変なことは絶対にしない」と約束し、古びたホテルへ和子を誘う。

内心では微かな期待を抱いていた和子だったが、進次は約束を頑なに守り、和子に手を出すことなく紳士的に添い寝をして朝を迎えた。

下宿へ戻った和子は、隣室の友人・紀子に進次との顛末をウキウキしながら語る。

和子は純粋に進次へ惹かれており、実はそれ以上の進展も期待していたため、彼の理性を嬉しく思う反面、女としての魅力不足を少し不安に思ったりもしていた。

その週末、二人は梅田で二度目のデートを果たす。

進次は予算と相談しながらこぎれいな居酒屋へ和子を連れていき、和子は初めての居酒屋や「ポパイ」という料理、お酒を心から楽しんだ。

しかし、店を出た直後に和子が悪酔いして激しい吐き気に襲われてしまう。進次は動転しながらも和子を介抱し、彼女の暮らす高級住宅街・芦屋の下宿まで送り届けた。

コタツの中で抱き合い、再び激しいキスを交わしたものの、進次は和子の体調を気遣ってこの夜も理性を保ち、何もせずに眠りについた。

翌朝、和子が健気に作ってくれた朝食をごちそうになり、進次はバラ色の幸福感に包まれながら帰路についた。

その後、進次の金欠や和子がインフルエンザで寝込んだことが重なり、二人の会えない日々が二週間ほど続く。

お互いに一日千秋の思いで待ち焦がれ、一月の最終土曜日に三度目のデートを迎えた。アルバイトの給料日後で懐に余裕のある進次は、和子を喜ばせようと梅田の高層ビル23階にあるラウンジへと連れていく。

二人はきらめく大都会の夜景を眺め、ムーディなピアノ演奏に耳を傾けながら、贅沢な地中海料理とビールを堪能した。

最高潮に高まったロマンチックなムードのまま、二人は手を繋いで扇町公園近くのラブホテルへと向かう。

これまでのデートで進次の優しさと男らしさを確信していた和子は、身を委ねるようにしてついていった。

部屋に入るや否や、進次はこれまでの我慢を爆発させるように和子を激しく抱きしめ、今夜を待ち侘びていた和子もまたその情熱を受け入れる。

二人は朝が訪れるまで、時間を忘れて何度も互いの体を貪り合い、ついに心も体も結ばれるのだった。

        

                                1      

その冬の正月三日、終着駅の大阪まで帰るはずだったのに、どうした訳か進次は神戸の三宮で降りていた。

すでに午前0時を過ぎているというのに、降車ホームは帰省から帰る人々であふれており、出口へ向かう通路も押しあいへしあいで随分ゆっくりとしか進まないせいか、右手に二つ、左手に一つの荷物の重みが次第にずしっと肩にかかってきた。

 「重たいでしょう、私ひとつ持ちましょうか」

かたわらを小さな手提げカバン一つ持って歩く女が恐縮そうに言った。

 「いいですよこれくらい、これでもぼく男ですから」

力にはからっきし自信がないはずなのに、進次は見栄を張ってそう応えた。

 その女とはほんの三十分ほど前に知り合ったばかりであった。

 座席がなく、出口に近い通路に立っていた進次のすぐ横に、その女も窓の方を見ながら立っていた。

 三つぐらい年下だろうか、いや二つかな、ときおり横目で観察して、そんなふうに考えながら、進次はしきりに話しかけるタイミングを計っていた。

 確か姫路を過ぎた頃であったろうか、列車がガタッと左右に大きく揺れて、進次と女の身体が窓の方に大きく傾いて、お互いが体勢を整えたすぐ後で、弾みでなのか目と目が合った。

 「よく揺れますね、この列車」 

女がまた窓の方へ向き直ったとき、その横顔を遠慮がちに眺めながら進次がはにかみ口調で言った。

 「えっ、ええそうですね」

不意に声をかけられたせいか、女は少し戸惑いを見せながら、チラッと進次の方を振り向いて答えた。

 さっき思ったとおり、やはりこの人ぼくより二〜三歳年下に違いない。口紅はうっすらと塗ってはいるが、それ以外は化粧をしている様子もない。ほっぺたがつやつやと光っており、まるで少女のように染まっているではないか。

それに、さっき返事をしたときも、このぼく以上にはにかんでいて、まるで純情そのものだった。

ひょっとしてこの人はまだボーイフレンドがいないのかもしれない。

進次はそんなふうに考えて、少し期待を膨らませながら次のセリフを考えていた。

  

 真冬とはいえ、通路の隅々までぎっしりと乗客の詰まった車内は人いきれとスティームの暖房とでむせ返っていて、両側の窓は真っ白に分厚くくもっており、その上に通過する街の灯がぼおーと鈍く映っていた。

 「あのー、どちらまでいらっしゃるのですか?」

 車内アナウンスが、「次の停車駅は明石です」と伝えた後、進次が二度目の口を開いた。

 さっきから女の行き先を考えていて、神戸だろうか、それとも大阪だろうか? 

いずれにしてももっと会話を進めないと、この先の進展はないだろうし、ましてや次の明石などで降りられたのでは一巻の終わりではないか。そう思って少し焦って聞いたのであった。

 「三宮なんです。芦屋まで帰るんですけど、これあそこで止まらないでしょう。私鉄ももうないし、三宮からタクシーで帰ります」

 さっきほどのためらいは見せなかったものの、女はまだ幾分か恥じらいを含ませながら、今度は進次の目を見て答えた。 

 再び問いかけに応じてくれたことに気をよくした進次であったが、三宮で降りると聞いて、焦る気持ちに拍車がかかった。

 どうしよう、三宮だとあと十五分ぐらいしかない。もうすこし話して、せめて名前と電話番号だけでも聞いておこうか。

でも教えてくれなかったらどうしよう。これまた一巻の終わりではないか。

できることなら今夜中にもっと話し合って一気に仲良くなりたい。

この人だって、さっきの応え方からして、けっしてぼくのことを嫌がっているようでもない。

いやそれどころか、恥じらいながら答えた様子からして、むしろ好感を抱いてくれたのではないだろうか。そう思って、今度は意を決して切り出した。

 「へえー、三宮なんですか。それじゃあ同じですねえ。ぼくもそこで降りるんです。いや、下宿は大阪なんですけど、今夜は灘の姉の家へ寄る予定なんです」

 灘に姉がいるのは事実だった。でも小さな子どもが二人いて、もうとっくに寝てしまっているのは知っていて、今夜寄るつもりなど毛頭なかったのだが。

 進次は女にそう告げて、とりあえずほっとした。少なくともあと十五分ポッキリでこの女と別れることだけは避けられたのだと。

 進次の降りる駅が三宮だと聞いて、女は「えっ、そうなんですか」と短く応えただけだったが、表情にはそれまで見せなかった明るい笑みを浮かべていた。


つづく

次回は7月23日(木)


2026年7月13日月曜日

書評「ベストエッセイ2025」日本文芸家協会編 光村図書 村上春樹他78名の作品


キャッチコピーには「名文の宝庫! 78篇の珠玉のエッセイ」とあるが、果たしてどうなのだろうか



毎年夏に出るこのシリーズを読むのは今回で確か12冊目になると思いますが、書評の感想文でいつも書いていることがあります。それはベストエッセイと名乗っているとはいえ、掲載された78篇の作品すべてが優れているのではないということです。


それが何故かを説明するのはここでは省きますが、まあ「世の中って万事そんなもの」とでも思ってくだされば結構です。


で、時間を有効に使いたい方向けに78篇の中から私が独断で選んだ秀作15篇をご紹介したいと思います。これこそ、まさに「ベストの中のベスト」と言えます。


ここに選んだ15名の作者で特に注目したいのは高嶋政伸、ERIKO、村上春樹の3氏です。俳優、モデル、作家という陣容ですが、中でも光るのは俳優の高島政伸氏です。


ご存じ高島忠夫、寿美 花代 を両親に持つ、まさに俳優として申し分のない血筋です。


しかし優れているのは俳優の才能だけではないのです。この本に挙げられた「インティマシーコーディネーター」というエッセイを読めば、その優れた文才に驚かされます。その卓越した文章力でこの類まれな秀作が生み出されたのです。


78作品の中の《ベストの中のベスト》

この15名の作品が特におススメです


・松永K三蔵  「押せども引けども雨後菜ぬ扉」小説家

・ERIKO 「世界の日常を旅する」モデル、定住旅行者

・川内有緒 「画面の中の孤島」ノンフィクション作家

・富田望生 「わたしのブギウギ」女優

・ほしよりこ「お屋敷の奥様」漫画家

・西山繭子 「うちの娘です」女優、作家

・早見和真 「その声は誰の声?」小説家

・燃え殻  「僕を魚博士にした祖母の褒め殺し」作家

・高嶋政伸 「インティマシーコーディネイター」俳優

・上坂あゆ美「ひび割れた世の中だけど君だけは」歌人

・小川洋子 「おじいさんと通りすがりの者」作家

・星野知子 「たばこ」俳優、エッセイスト

・村上春樹 「小澤征爾さんを失って」作家

・五木寛之 「愛嬌にない時代」作家

・上間陽子 「若い母たちの振り袖姿に」教育学者




この中で私が推す最も優れた3作品は


No.1   高嶋政伸(俳優)「インティマシーコーディネイター」


No.2   ERIKO(モデル、定住旅行者)「世界の日常を旅する」


No.3   村上春樹(作家)「小澤征爾さんを失って」



高嶋政伸の作品「インティマシーコーディネーター」について


インティマシーコーディネーターという言葉を聞いたことがある人は、おそらく日本では数少ないと思われます。


下の説明でお分かりいただけると思いますが、最近になって映画界でよく使われるようになった専門用語です。


高嶋氏は俳優であるゆえにこれをテーマとして取り上げたのです。専門用語とはいえ、映画は楽しみと安らぎを与えてくれるエンタメとして人々から切り離すことができません。


それ故に今回高島氏がエッセイのテーマに取り上げた「インティマシーコーディネーター」は私たちも関心を持つべき事柄なのではないでしょうか。


高嶋氏は自身が主演したNHKドラマで実の娘に性的暴行を加える父親を演じますが、その娘役の若い俳優を気遣ってこのエッセイを書いているのです。


間違っても父から性的暴行を受けるという演技が後々トラウマとなって残ることがないように、インティマシーコーディネーターの指導と協力を得ながら極めて慎重に撮影の望んでいる姿が実によく描かれています。


特に感銘を受けたのは、暴行の最中に手で娘の口をふさぐシーンがあるのですが、手の感触や臭いで相手の女優が不快な気持ちにならないようにと、自らが薬局に出向き、店員のアドバイスを受けながら良質な除菌のウエットティッシュを買い求めるているのです。


こうした様子もこのエッセイには書かれています。


いずれにしても共演の女優を守ろうが故に行った、インティマシーコーディネーター共同作業についてを、400字原稿用紙10枚以上の長いエッセイを書き上げているのです。


おそらく氏のこの作品には、多くの読者が強い共感をえたものと確信します。



インティマシーコーディネーターとは


(AIによる概要)

インティマシー・コーディネーター(Intimacy Coordinator)は、映画やドラマなどの制作現場で、ヌードや肌の露出、性的な身体接触を伴うシーンを調整・監督する専門職です。出演者の心身の安全と尊厳を守りつつ、演出意図を最大限に実現するための橋渡し役を担います。 [1, 2]

具体的な役割は以下の通りです。

  • 事前調整: 脚本を読み込んで性的なシーンの範囲を確認し、監督の演出意図をヒアリングします。

  • 同意の確認: 俳優と面談し、どこまでの露出や接触が可能か、事前にお互いの境界線(同意範囲)を明確にします。

  • 現場でのサポート: 撮影時にセットへ立ち会い、俳優のプライバシーを守りながら、あらかじめ合意された範囲で演出が行われているか確認・調整を行います。 [1, 2, 3]

この職種は2018年頃にハリウッドで確立され、日本でも2020年頃から本格的な導入が始まりました



・・・・・・・・・・・・・・・・

■ベストエッセイ2025収録作品著者(全78名)

青山ゆみこ(文筆家)/ 浅田次郎(作家)/ 浅野忠信(俳優)/ 五木寛之(小説家・随筆家)/

井上荒野(作家)/ 上坂あゆ美(歌人)/ 上間陽子(教育学者)/ 江﨑文武(音楽家)/

蛭子能収(漫画家・タレント)/ ERIKO(モデル・定住旅行家)/ 大川慎太郎(将棋観戦記者)/

小川洋子(作家)/ 小佐田定雄(落語作家)/ 小山内恵美子(小説家・元新聞記者)/角田光代(作家)/ 笠井瑠美子(製本技術者)/ 川内有緒(ノンフィクション作家)/河﨑秋子(作家)/ 川添 愛(言語学者)/ 川村 湊(文芸評論家)/ 岸本佐知子(翻訳家)/ 鯨庭(漫画家)/ 齋藤陽道(写真家)/ 最果タヒ(詩人)/ 柴門ふみ(漫画家)/佐伯一麦(作家)/酒井順子(エッセイスト)/ 佐々木幹郎(詩人)/ 佐佐木 陸(小説家)/ 沢木耕太郎(作家)/市街地ギャオ(作家)/ 柴田一成(京都大学名誉教授)/ 鈴木咲子(花屋店主)/鈴木涼美(作家・エッセイスト)/ 鈴木俊貴(動物言語学者・東京大学准教授)/スズキナオ(ライター)/ 千 宗室(茶道裏千家家元)/ 髙樹のぶ子(小説家)/ 髙嶋政伸(俳優)/天童荒太(作家)/ 富田望生(女優)/ 西山繭子(女優・作家)/

延江 浩(ラジオプロデューサー・作家)/ 信友直子(映画監督)/ 長谷川 宏(哲学者)/蜂飼 耳(詩人)/ 林 真理子(作家)/ 早見和真(小説家)/ 原田宗典(作家)/平松洋子(エッセイスト・作家)/ 平芳裕子(神戸大学大学院教授)/広瀬浩二郎(国立民族学博物館教授)/ 深沢 潮(作家)/ 福井尚子(ライター・編集者)/福田尚代(美術家)/ 藤沢 周(作家)/ 藤村忠寿(HTB「水曜どうでしょう」チーフディレクター)/星野知子(俳優・エッセイスト)/ ほしよりこ(漫画家)/ 穂村 弘(歌人)/ 堀江敏幸(作家)/町田 康(作家)/ 松永K三蔵(作家)/ 三浦しをん(作家)/

蓑田沙希(「古本と肴 マーブル」店主)/ 牟田都子(校正者)/ 村井祐樹(東京大学史料編纂所准教授)/村上春樹(作家)/ 村田喜代子(作家)/ 燃え殻(作家)/ 山極壽一(総合地球環境学研究所長)/ヤマザキマリ(漫画家・文筆家・画家)/ 横尾忠則(美術家)/ 吉田篤弘(作家・デザイナー)/吉峯美和(テレビディレクター・映画監督)/ 柳亭こみち(落語家)/ わかぎゑふ(劇作家・演出家)/鷲田清一(哲学者)


2026年7月10日金曜日

バレーボール女子世界大会のTV中継 何故ブラック企業がスポンサーなのか


(AI による概要)

女子バレーボールの世界大会中継で、いわゆる「ブラック企業」や労働環境が問題視された企業がスポンサーにつくのは、テレビ局側の莫大な放映権料・制作費を回収するための高額なスポンサー料が必要である一方、批判を恐れずに広告効果を求める企業側の思惑が一致するからです。

理由は主に以下の3点に集約されます。

  • テレビ局の莫大なコスト: 世界大会の放映権料や中継・イベント運営にかかる費用は非常に高額です。局は巨額の赤字リスクを抱えるため、資金力のある大口スポンサーを確保する必要があります。 [1]

  • 知名度アップの必要性: 一般的に「ブラック企業」と噂される企業は、労働問題等で企業のイメージが低下していることが多く、それを払拭するための「大規模なテレビ露出(企業の知名度や安心感の向上)」を強く求めています。

  • ターゲット層の一致: バレーボール中継は家族層や幅広い年代の視聴者が多く、特に地方の主婦層などに向けた認知度向上を狙う企業(通信教育、不動産、人材派遣など)にとって、非常に費用対効果の高い広告枠となります。

こうした構図により、資金提供を求めるテレビ局側と、大規模な露出によるイメージ刷新や知名度アップを図りたい企業側の利害が一致し、スポンサー契約が成立しています。


バレーボール女子世界大会のスポンサーに買取専門店などの企業が多いのは、「メインの視聴者層(40〜50代女性)」と「買取業界のメインターゲット層」がぴったり一致しているからです。

また、近年のコロナ禍以降、従来の大手企業がスポーツ協賛を控える傾向がある中、業績が好調な買取店が多額のスポンサー料を積極的に支払っていることも大きな理由です。

主な理由は以下の3点に集約されます。

  • 視聴者層との高い親和性
    貴金属やブランド品などの査定・買取を利用するメイン層は40代〜50代の女性です。テレビのバレーボール中継は主婦層やファミリー層の視聴率が高いため、この層に向けてダイレクトに認知度や信頼性を高められる絶好の場となっています。

  • 認知度と信頼性の向上
    「買取大吉」などの企業が大会のタイトル(冠)スポンサーになる理由は、全国展開を進める上で、テレビCMとの相乗効果を狙うためです。世界的な国際大会のスポンサーを務めることで、「安心できる企業」というブランドイメージを視聴者に強く印象付けることができます。

  • 資金力と業界のトレンド
    日本のリユース・買取市場は堅調に伸びており、店舗拡大や利益率の高さから高い広告費を捻出できる資金力を持った企業が増えています。


バレーボール女子世界大会のスポンサーに買取専門店などの企業が多いのは、「メインの視聴者層(40〜50代女性)」と「買取業界のメインターゲット層」がぴったり一致しているからです。また、近年のコロナ禍以降、従来の大手企業がスポーツ協賛を控える傾向がある中、業績が好調な買取店が多額のスポンサー料を積極的に支払っていることも大きな理由です。

主な理由は以下の3点に集約されます。

  • 視聴者層との高い親和性
    貴金属やブランド品などの査定・買取を利用するメイン層は40代〜50代の女性です。テレビのバレーボール中継は主婦層やファミリー層の視聴率が高いため、この層に向けてダイレクトに認知度や信頼性を高められる絶好の場となっています。

  • 認知度と信頼性の向上
    「買取大吉」などの企業が大会のタイトル(冠)スポンサーになる理由は、全国展開を進める上で、テレビCMとの相乗効果を狙うためです。世界的な国際大会のスポンサーを務めることで、「安心できる企業」というブランドイメージを視聴者に強く印象付けることができます。

  • 資金力と業界のトレンド
    日本のリユース・買取市場は堅調に伸びており、店舗拡大や利益率の高さから高い広告費を捻出できる資金力を持った企業が増えています。



2026年7月9日木曜日

NotebookLM 記事分析シリーズ No.8

 自己完結型」の人は利己主義で冷たいのか?誤解されがちな彼らが実は「誰よりも努力家」である理由


現代の「つながり過ぎる」社会への問いかけ


SNSを開けば誰かとつながり、些細な悩みもすぐに周囲へ相談して合意形成を図る。そんな「開かれたコミュニケーション」が美徳とされる現代において、何でも自分一人で決めて完結させてしまう「自己完結型」の人々は、どこか近寄りがたい存在に映るかもしれません。


「冷たい」「わがまま」「利己的」――。

そんなネガティブな言葉で語られがちな彼らですが、ふとした瞬間に、彼らとの間に「冷たい壁」を感じたことはありませんか?しかし、その壁は決してあなたを拒絶するためのものではありません。


実はそれこそが、自分を律し、他者に甘えないための「規律という名の盾」なのです。今回は、誤解されがちな彼らの内面にある、圧倒的な努力と誠実な美学を紐解いていきましょう。


テイクアウェイ1:他人に頼らないのは、裏を返せば「圧倒的な努力」の証である


自己完結型とは、疑問や問題に直面した際、安易に周囲を頼るのではなく、自分自身で考え、納得し、結論を出すまでを完結させるスタイルを指します。


彼らがなぜ他人に頼らないのか。それは決して他人を軽視しているからではなく、**「自分の決断に全責任を持つ」**というストイックな覚悟があるからです。


  • 責任の転嫁を許さない: 誰かに相談して決めることは、失敗した際に「あの人が言ったから」という逃げ道を作ることにもなり得ます。彼らはその「甘え」を最も嫌い、すべての重荷を自分で背負うことを選びます。

  • 「負け」られない緊張感: 独立独歩の姿勢を貫くためには、誰からも文句を言わせない結果が必要です。そのため、彼らは失敗しないよう、人一倍の準備と努力を自分に課しているのです。

彼らの自立心は、怠慢の対極にある、強烈な責任感の表れと言えます。


テイクアウェイ2:独善的どころか、実は「客観性とバランス」を誰よりも重視している


「自己完結型は自分の意見を押し通す独善的な人だ」というイメージは、実は大きな誤解です。むしろ、自分一人で決断を下すからこそ、その判断が「独りよがり」になることを誰よりも恐れています。


ソースによれば、彼らの行動指針には次のような一節があります。


「自己完結型(※ソース内では自己実現型)は物事を決めるのに人の力を借りません。とはいえ、独善的にならないよう、客観性を大事にします。」


彼らは決して「誰の意見も聞かない」わけではありません。ただ、その相談相手が周囲の人間ではなく、「本」を通じた先人の知恵や歴史的な視点であるだけなのです。日頃の読書から得た多角的な「バランス感覚」こそが、彼らにとっての内部顧問会議であり、周囲との調和を保つための真の知恵となっています。


テイクアウェイ3:彼らの「沈黙」と「観察」の裏にある戦略的思考


自己完結型の人は無口に見えることが多いですが、その沈黙は無関心ではなく、生存のための「戦略的観察」の時間です。


  • 「彼を知り己を知れば百戦危うからず」: 孫子の兵法を地で行く彼らは、負けが許されないという緊張感の中にいます。セーフティネットを持たない彼らにとって、周囲を慎重に観察し、状況を正確に把握することは、自分を守り、正しい判断を下すための不可欠な情報収集なのです。

  • 謙虚な内省: 彼らは自分の行動が利己的になっていないか、常に自分自身を厳しくチェックしています。他人に指摘されない分、自分の中に厳しい「検閲官」を飼い、絶えず反省を繰り返す謙虚さを持ち合わせています。


テイクアウェイ4:「Self-contained」という言葉が持つ本当の豊かさ


英語で自己完結型を意味する「self-contained」という言葉には、非常にポジティブで豊かなニュアンスが含まれています。


  • 必要物がすべてそろった(自給自足の)

  • 自制心のある、冷静な

  • 自己充足した

これは、例えば「生活に必要な設備がすべて整ったアパートメント」を指す際にも使われる言葉です。つまり、自己完結型の人間とは、**「自分の中に必要な知恵や強さをすべて備えた、一つの豊かなエコシステム(生態系)」**のような存在なのです。


近年注目される「おひとりさま」という生き方も、単なる孤独の推奨ではありません。自分自身で自分を充足させられる、真に自立した精神のあり方を肯定しているのです。


テイクアウェイ5:あえて「コメントを求めない」という、新しい情報の受け取り方


情報の濁流に飲み込まれがちな現代において、彼らは独自の「知の防衛策」を持っています。

あるブロガーは、趣味のブログを15年間運営しながらも、あえて「コメント」を求めないスタンスを貫いています。それは、顔の見えない無責任な意見に心を乱されるよりも、情報の質を高く保つための賢明な選択です。


  • 信頼の基準をどこに置くか: ネット上の不確かな声に惑わされるより、何十年、何百年と読み継がれてきた「本」に知恵を借りる。

  • 情報の取捨選択: あえて周囲の反応を遮断することで、自分の頭で深く考える「聖域」を守っているのです。

15年という長い歳月、自分を信じて発信を続けられるのは、他者からの承認ではなく、自分の中に確かな基準を持っているからに他なりません。


結論:真の自立とは何か


自己完結型の生き方とは、決して周囲を拒絶し、孤立することではありません。それは、**「周囲の安易な意見に流されず、自分自身の足で立ち、自分を磨き続ける」**という、非常に誠実でストイックな自立の姿です。


彼らは他人に依存しない分、人知れず知識を蓄え、状況を観察し、絶えず自省を繰り返しています。その背中は、時に孤独に見えるかもしれませんが、その内側には誰よりも豊かな世界が広がっています。


あなたは周囲の意見に迎合せず、自分一人でも「これは正しい」と言い切れるほどの確かな信念を、今日ひとつでも持ちましたか? 時にはスマートフォンの通知を切り、誰かに相談したい気持ちをぐっと堪えて、自分自身と深く対話する時間を持ってみてください。


そこには、他人に依存していたときには見えなかった、真の強さが眠っているはずです。


元記事:自己完結型で何が悪い (2)

https://tuneoo.blogspot.com/2024/12/blog-post_9.html


2026年7月7日火曜日

小説のようなエッセイ ・シリーズ No.4

「私の部屋は2階だけど、はしごで上がればバレないから」と彼女は言った




初対面の若い女性社員は新聞を広げて見ていた


東京下北沢の、その頃勤めていた会社の幹部研修所で、営業所長のための実務研修を終了し、新人所長として私は初めて大阪福島区の事務所に出社した。


室内には6名の新人社員が待機していたが、目立ったのは20代中頃と思しき女性社員で、席に座って新聞を大きく広げて見ていた。確か朝日新聞だったと思う。


「ほう、珍しいな。今どきの若い女性が職場で新聞を読んでいるとは」と思ったが、立ち上がってお辞儀した女性は、知的でチャーミングな風貌をしていた。


会社は数年前に設立された図書販売会社で本社は東京新宿だったが、関西の拠点づくりを強化しており、その一環として設けられたのが大阪市の福島営業所であった。


その営業所長として、つい数か月前まで、一営業社員だった私に白羽の矢が当たり所長としての任につくことになったのだ。


私が新しい営業所の所長なら当然社員も全員が新人である。


全部で6名いたが、その中の唯一の女性が頭文字「EI」という25歳の彼女だったのだ。


私がこの会社を選んだのは


学窓を巣立って以来約20年間務めたホテルマンを訳あって辞め、図書販売という未知の業界に飛び込んできた私は既に30代半ばを過ぎ、あと数年も経てば40歳を迎える年齢になっていた。


再就職先にこの会社を選んだのは、本が好きだからというのも理由だが、それにも増して、社長が東大卒という点に惹かれたのだ。


それに歴史は浅いが、全国に営業所を展開しており、売上高も年商が200億円以上に達しており、先行き明るいと見込んだのだ。


彼女とは年齢は一回りほど違ったがなぜか気がよく合った

話し上手でお酒も強くアフターファイブの格好の相手になってくれた


彼女については、この会社へ入るまで、どのような経験を積んできたのかよく知らなかったが、すこぶる社交家で、話がとても上手で、人を引き付ける術をよく心得ていた。


特に男性の気を引くのがうまく、相手を「自分に気がある」と思わせる術を心得ていたようだ。


だから、たいていの男はなすべなく彼女に操られてしまい、彼女の思うままになってしまうのである。


私を自宅に誘うのに彼女が放った驚くべき大胆なセリフとは


ある日の仕事終わりに、彼女といつも行く居酒屋で過ごしたが、時間はアッと言う間にすぎ、帰宅時間が迫っていた。


でも二人とも未練が残り、そのままおとなしく帰る気持ちになれずにいた時、彼女が思いもよらないようなことを言ったのだ。


「ねえ所長、これから私の家へ来ませんか」 


それを聞いて私は耳を疑った。部下の女性が上司の男性を誘う、それも夜の夜中に、よりによって「私の家にきませんか」とは。


いったい何事なのか。世の中にこんなことがあるのか。


私は驚きを隠せないまま、彼女に訊いた。


「私の家に来ないかと言っても、家には両親や家族がいるでしょう」


すると、なんと大胆なことか、彼女はこう言い放ったのだ。


「大丈夫ですよ、私の部屋は2階で、はしごで上がればバレないから


これを聞いた私はどうしたかというと、たいていの心ある男だと、酒に酔った勢いのそんな女性の誘いには乗らないはずなのに、明日が土曜で休日ということもあってか、いとも簡単にそれに同調したのである。


後で考えたのだが、その頃の私の家庭生活は妻との不仲がピークに達しており(他人にはわからない深い事情があった)、荒れに荒れた悲惨な状態にあったからかもしれない。


彼女の自宅は阪急電車沿線のI駅から徒歩10分ほどの住宅地にあった。小さな門の奥に2階建て住宅があり、暗い中、目を凝らして見ると、敷地の隅の方の地面から2階に向けて「はしご」らしきものが立てかけてある。


でも、今夜誰か来ることを予想していたのだろうか。それとも訳あって、いつもそうしているのだろうか。不思議に思ったが、私は彼女に指示されるまま、静かにはしごを登って行ったのだ。


翌朝、父親の声に驚かされた


春先だったが、彼女の部屋にはまだコタツがあった。二人はその中で夜を過ごした。


翌朝のことだ。突然階下から「〇子、新聞代〇〇あるか?」という声と共に、階段を上がってくる大きな足音が聞こえた。


どうやら父親らしい。新聞の集金が来て小銭がなかったのだ。


私は驚きに驚いた。バレたら一巻の終わりだ。


で彼女はどう反応したかというと、私にジェスチャーで「コタツの中にもぐる」ように指示したのだ。


これまた大胆かつ素早い判断で、昨夜同様に私は舌を巻いてしまったのだ。


こうして、夜の彼女の自宅訪問は無事に終わったのだ。嘘のような話だが、本当のことである。


果たして翌朝部屋にやってきた父親は気づいていたかどうかは不明である。


いずれにしても勝負を決めたのは彼女の大胆さにあったと言っていいだろう。


そんな彼女は、その後半年ぐらいたって、家庭の事情ということで、会社を去っていった。


はなはだ型破りで、この上なく大胆だった彼女は、その後どのような人生を送っているのだろうか。幸せであってくれたらいいのだが。


終り