2026年4月16日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈5〉下津さんの失敗・ナイトボーイの愉楽②(12)最終回

    

                 

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「お前知ってるかなあ、ちょこちょこここへ泊るポルノ女優の〈青木かおる〉って人」


「ええ知っていますよ。一度チェックインを担当したことがあります。背はあまり高くないけど色白でぽっちゃりしたひとでしょう。歳は二四~五の、でもその人が何か?」


三ヶ月ほど前チェックインに当たったとき、チップはくれなかったけど「どうもありがとう」と、少し甘ったるい声で言いながら、セクシーな流し目で道夫を見た、あの妖艶な青木かおるの姿を思い出しながら、道夫はやや不審なおももちで答えた。


「下津なあ、その青木かおるを客室の中で襲おうとしたんだよ」


森下のズバッと核心をついたその答えに道夫は思わず椅子から腰を浮かすくらい驚いた。


「えっ、何ですって、下津さんが青木かおるを襲ったですって?」


「襲ったんじゃない。襲おうとしたんだよ。あいつ昨夜、彼女のチェックインを担当して、そのときは何もなかったんだけど夜中に彼女の部屋へ行ったんだ。その時に・・・」


「夜中に部屋へ行ったって、それ彼女に呼ばれたんですか」


「うーん、そこがはっきりしないんだ。彼の話だとチェックインのとき、彼女が『何時に仕事終わるの? 終わったら遊びに来ない』と流し目を送りながら言ったというし、彼女の話だと、『部屋へ来いなどと言った覚えはない』と言うんだ。


それはともかく、下津の奴、部屋へ入るなり浴衣姿の彼女の肩に手をかけて、いきなり抱きしめようとしたらしいんだ。


でも激しく抵抗されて、すぐ引き下がって部屋を出たと言うんだが。


どうも両者の言い分が違っててなあ。青木かおるの方は、ベッドに押し倒され、浴衣の中へ手を突っ込まれ胸を激しく触られたと言うんだ。


いずれにしても下津が悪い。自分の立場も忘れて深夜女性客の部屋へ入っていくなんてのは」


そこまで森下の話を聞いて、道夫はその後しばらく言葉が出なかった。そして頭の中では一週間ほど前、深夜のロビーで下津が言った「女もそれを望んでいるんだよ」というセリフだけが頭の中をぐるぐると回っていた。


「それで下津さんはどうなるんですか?」


「まあこれだろうな」 やや間をおいた道夫の質問に、森下は手の平を横にして首にあてるしぐさして呟くように答えた。


「くびですか。でも青木かおるの証言は信用できるんですか?」


「うん、そうとも言えない。なにぶんあの手の女優のこと、自らスキャンダラスな話題をでっち上げて名前を売ろうとすることもあり得るからな。


でも下津が深夜彼女の部屋へ入り込んだのは事実だからな。それは本人も認めているんだし、それが悪いんだ。たとえ青木かおるの証言になにがしの脚色があるにしろ、相手は客だ。安全と信用を売り物にするホテルとしては、この際、やはり客の言い分を立てるのが筋だろうし」


「それでこの事件、外部にも知られたんですか?」


「いや、それはなかったらしいよ。最初は警察に訴えると息まいていた彼女も、支配人と社長の平謝りと何がしかの見舞金で一応は丸くおさまったらしいよ。ただ下津をくびにするという条件つきだったらしいけど」


ここまで森下の話を聞いて、下津が引き起こした今回の事件のあらましをすべて理解した道夫だったが、なぜだか急に体の力が抜けていき、立ち上がるのもおっくうな気がしてきて


あの下津さんがくびになるのかと、言いようのない切なさが胸にこみ上げてきて、頭の中では 「あのな浜田、女とつき合うには手順とやり方があるんだよ」 という下津の言ったセリフが駆けめぐっていた。


(終わり)


次回からは「紳士と編集長」をお届けします。


第一回掲載 4月30日(木)


ご期待ください!


2026年4月15日水曜日

noteの異常とも思われる人気はパーソナライズされたTOPページに理由がある


皆さんはいま巷で大人気の投稿サイト「note」に興味や関心をお持ちでしょうか。もしそうなら、「私もやってみよう」と始める前にまずこれをお読みください。

その前にあなたにお尋ねしますが、検索のパーソナライズについてご存じですか。googleをよく利用される方なら既にお気づきかもしれませんが、パーソナライズとは個人によって検索結果(内容)が異なることを言います。

今回のnoteに関するテーマは、そのパーソナライズ検索が関係することです。まずは下の、noteの人気とパーソナライズ検索の関係を説明したAIの記事をご覧ください。

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人々がnoteに引き付けられる要因として、パーソナライズされたトップページ(レコメンド機能)は非常に大きな役割を果たしていると考えられます。その理由の背景には、情報過多の現代において「自分にとって価値のある情報に効率的に出会える」という体験があります。

noteのトップページやレコメンド機能が人々を引き付ける主な理由は以下の通りです。

興味関心に合ったコンテンツとの出会い
ユーザーの過去の閲覧履歴や「スキ」の傾向を分析し、好みに近い記事を優先的に表示することで、知りたい情報や新しい視点を持つ記事に自然と出会えるようになっています。

熱量の高いコミュニティへの接続
パーソナライズされたトップページは、単にキーワードで検索するよりも、特定のテーマや趣味について深く語られた「熱量の高い」記事を見つけやすくします。

偶発的な発見(セレンディピティ)
自分の興味の範囲内で、これまで知らなかった視点やクリエイターを見つけることができ、読書の幅が広がる体験を提供しています。

このように、パーソナライズされたトップページは、ユーザーが「心地よい情報空間」に滞在し続けられるよう、高度なレコメンド機能を通じて支援しています。

 

noteのトップページやカテゴリページは、単なる新着順やアクセスランキングではなく、「読めば読むほど自分にぴったり」が見つかる高度なパーソナライズ(レコメンド)が大きな魅力となっています。

note株式会社 +1

人々がnoteに引き付けられる理由として、以下の仕組みが挙げられます:


1. 「ランキング」に頼らない出会いの創出

多くのサイトが採用する「PV数ベースのランキング」を、noteはあえて置いていません。

note株式会社

理由: ランキングがあると、クリエイターが数字を意識した過激な内容やバズ狙いの発信に偏ってしまうためです。

仕組み: 独自のAI(レコメンドエンジン)が、ユーザーの過去の閲覧履歴や「スキ」の傾向を学習し、一人ひとりに最適な記事を提示します。

note株式会社 +1

2. 「深い読了」を重視するアルゴリズム

noteは単にクリックされた数(PV)だけでなく、その記事がどれだけ深く読まれたかを評価しています。

評価指標: 最後まで読み切ったか(読了率)、滞在時間、「スキ」の早さやコメント数などが重視されます。

効果: これにより、派手なタイトルで釣る記事よりも、読者の心を動かす「良質なコンテンツ」がトップに並びやすくなっています。

3. レコメンドエンジンの進化(2026年2月の刷新)

2026年2月にはAIレコメンドエンジンが全面刷新され、「書けば、届く」仕組みがさらに強化されました。

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カテゴリの細分化: 記事の意図や熱量をAIが読み取り、50以上の詳細なカテゴリへ自動でマッピングします。

フォロワー数に依存しない: SNSでの拡散力やフォロワー数が少なくても、中身が良ければそのテーマに関心がある読者へピンポイントで届く構造になっています。

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このように、自分好みの記事が自然と集まる「居心地の良さ」と、無名でも良いものを書けば誰かに見つけてもらえる「期待感」が、読み手と書き手の双方を引き付けている要因といえそうです。


2026年4月13日月曜日

ビルゲイツはやはり天才だった・書評「ビルゲイツ自伝」 早川書房

 


書評・「ビルゲイツ自伝」 早川書房


分厚い本だが最初から引きつけられ、わくわくしながら読んでいたが、少し読み進んだところですごく驚かされたことがあった。それは86ページの次の一節である。


父も母も本にはお金を惜しまなかった。我が家でひときわ大事にされていたのが、1962年版の「ワールドブック百科事典」だ。赤と青の20冊に記された情報の量に僕は驚嘆した。光沢のあるページに色鮮やかなイラストが掲載されていて、特にすごいのが透明のプラスティックでできたページだ。骨、筋肉、臓器が描かれたページを重ねていくと完全な人体が出来上がる。「ワールドブック」は自然、地理、化学、政治、世界のほとんどすべての知識へつづく扉のようだった。9歳のころに僕はAからZまでほぼ全巻を通読した  。                 

         

 ビルゲイツ自伝86ページから引用


驚いたのは、言うまでもなく最後の太字の部分です。下に写真がありますが、百科事典といえば1冊だけでも分厚くてページ数が多いのに、それを20冊すべてを読み通したというのです。しかもまだ幼い9歳のときにです。こんな彼を天才と呼ばずして、なんと呼べばいいでしょうか。



ワールドブック百科事典


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出版社内容情報

学校に馴染めなかった少年が、後のマイクロソフトを創業するまでの20年。読書に没頭した幼少期、盟友ポール・アレンとの出会い、親友の死、ハーバード中退。単なる成功者の自伝に留まらない、若き日のゲイツから学ぶ「成長の源泉」とは? 全3部作の第1巻



内容説明

マイクロソフト共同創業者にして、世界有数の資産家であり慈善活動家。その知られざる原点を、自ら語る。机を片づけられず鉛筆を噛む少年は、興味のない授業には身が入らず反抗ばかり。それでも、好きなことには驚異的な集中力を発揮した。高校生のころ、のちの盟友ポール・アレンへの対抗心からプログラミングにのめりこみ、趣味はやがて事業へと進化していく―。人生観を変えた、ある親友の事故死。仲間たちと徹夜でコードを書き続けた青春の日々。ハーバード進学後、学業での挫折。そして、同い年のスティーブ・ジョブズとの邂逅。パーソナルコンピュータ革命の夜明け前、ゲイツはすでに未来をその目に見ていた。1955年の誕生からマイクロソフト創業期までの軌跡を描く。マイクロソフト50周年、ゲイツ70歳の節目に始動した自伝三部作、第一巻。


目次

第一章 トレイ

第二章 ビュー・リッジ

第三章 合理的

第四章 運のいい子

第五章 レイクサイド

第六章 フリータイム

第七章 ただの子ども?

第八章 現実世界

第九章 ひとつの幕と五つの九

第一〇章 ませた子

第一一章 ワイルドカード

第一二章 きちんと正しく

第一三章 マイクロ=ソフト

第一四章 ソースコード


著者等紹介

ゲイツ,ビル[ゲイツ,ビル] [Gates,Bill]

技術者、経営者、慈善家。1975年に旧知のポール・アレンと共にマイクロソフト社を設立。現在はゲイツ財団の会長を務めている。また、クリーン・エネルギーやそのほかの気候変動に関わる技術の商業化を目指すブレイクスルー・エナジー、および革新的な原子力の開発に投資するテラパワー社の創業者。


(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出典:紀伊国屋ウェブ


2026年4月11日土曜日

「山本周五郎と質屋の関係」についてgeminiとchatgptに訊いてみた

 


山本周五郎の小説には市井の貧乏人をテーマにした作品が少なくありません。

昔の貧乏人にとって欠かせないのが質屋の存在です。

そこで思いついたのが氏と質屋の関係についてです。

今回はこのテーマに関して代表的なAIであるgeminiとchatgptに訊いてみました。

さて真実性と具体性に関して、どちらに軍配を上げたらいいでしょうか。


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(gemini)

山本周五郎にとって「質屋」は、彼の人生と作家としてのアイデンティティを語る上で欠かせない場所です。

筆名の由来と質屋

山本周五郎というペンネームは、彼が丁稚(でっち)奉公をしていた質屋の主人、山本周五郎氏の名前をそのままもらったものです。

Wikipedia +2

奉公時代: 本名・清水三十六(さとむ)は、小学校卒業後の1916年から、東京・木挽町(現在の銀座周辺)にあった質屋「山本周五郎商店(きねや質店)」に住み込みで働いていました。

主人の恩義: 店主の山本周五郎氏は、文学を志す彼を温かく見守り、仕事の合間に英語学校へ通わせるなど、親代わりのように面倒を見ました。

筆名の採用: 1926年、文壇へのデビュー作『須磨寺付近』を発表する際、恩人の名をペンネームとして名乗り、生涯それを通しました。

ジャパンナレッジ +2

質屋の経験が作品に与えた影響

質屋での丁稚生活は、山本周五郎の作風である「庶民への温かい眼差し」の原点となりました。

市井の人々を描く: 質屋には、その日の暮らしに困る人々が大切な品を持って集まります。そこで目にした庶民の哀歓や、貧しくとも矜持を持って生きる人々の姿が、後に『赤ひげ診療譚』や『さぶ』といった名作を生む土壌となりました。

逆境の記憶: 関東大震災で勤め先の質屋が被災し、職を失って生活苦に陥った経験も、彼の作品に流れる「苦難の中でも誠実に生きる」というテーマに強く反映されています。 

 

(chatgpt)

山本周五郎と質屋の関係

山本周五郎と「質屋」には、いくつかの興味深い関係があります。

① 自身の経験としての質屋

山本周五郎(本名:清水三十六)は若い頃、かなり生活が苦しく、質屋に物を持ち込んで生活費をしのいだ経験があります。
当時は作家として成功する前で、原稿料も安定せず、衣類や持ち物を質入れすることが日常的だったといわれています。

この体験は、彼の作品に出てくる庶民の貧しさや現実感に強く影響しました。

② 作品に描かれる質屋

周五郎の作品では、質屋はしばしば登場します。
特に江戸や下町を舞台にした作品では、

貧しい人々の生活の象徴

人情と打算が交錯する場所

社会の裏側を映す装置

として描かれることが多いです。

たとえば、彼の代表作である赤ひげ診療譚などでも、貧困や弱者の生活がリアルに描かれ、その背景として「物を手放さざるを得ない生活」が感じられます。

③ 人情作家としての視点

山本周五郎は「人情もの」の名手として知られていますが、
質屋という存在はまさに、

人の弱さ

生活の苦しさ

それでも残る誇り

を象徴する舞台でした。

そのため彼の描く質屋は、単なる商売の場ではなく、人生の分岐点や人間ドラマが生まれる場所として扱われています。

まとめ

山本周五郎にとって質屋は、

自身の貧しい時代のリアルな体験

庶民の生活を描くための重要なモチーフ

人間の本質を描くための舞台

という三重の意味を持っていました。

 


2026年4月9日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈5〉下津さんの失敗・ナイトボーイの愉楽②(11)

        

                 

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人っ子ひとりいない薄暗い深夜のロビーで下津とそんなことを話してから一週間ほどたったある日の夜、道夫にはまるで想像することもできないような、彼が引き起こしたとんでもない事件を知った。


その夜十時に勤務についた時、リーダーの森下や他のボーイたちの間に普段とは違った、なにかただならぬ気配が漂っていたのだ。


道夫はいぶかりながら後輩の小山に聞いてみた。


「浜田さん知らなかったのですね、昨日お休みで。大変なことをしたんですよ、下津さんが」 


大変なことって、いったい下津さんが何をしでかしたというのであろうか。


小山は興奮さめやらぬという口調でそう言ったあと 「でも僕が話すよりリーダーの森下さんに訊いてください。その方がいいと思います」


その時チーンと鳴った呼鈴に、フロントの方へ向かおうというしぐさを示しながら小山は言った。


その時道夫も十時からのエレベーター当番に向かうところで、リーダー森下を探して下津のことをたずねる時間的余裕はなかった。


それから次々と切れ目なく続く客を乗せて、ひっきりなしにエレベーターを上下させていた道夫だが、頭からは下津のことが消えなかった。


 小山は言っていた。「下津さんが大変なことをしでかした」と。


そう言えば今日はまだ彼の姿を見ていない。休んでいるのだろうか。それもその〈大変なこと〉に関係あるのだろうか。


いったい何だろう。あの下津さんが何をしでかしたというのだろう。


とにかくエレベーター当番が終わったらすぐ森下リーダーのところへ行って聞いてみよう。


また一階で客を乗せて十四階まで上がり、最後に十二階で止まって、五十年配の二人ずれの女性客が降りて行き、両足を一階フロアに乗せたところで、その内の一人がチラッと横目で道夫を見て聞こえよがしに言った。「無愛想なボーイさんだこと」


その声に道夫はハッとした。さっきから下津のことばかり考えていて、客に対しての大切な笑顔が消えていて、おまけに客がフロアに着いて降りるとき言わねばならない「~階です。お休みなさいませ」と言うセリフまですっかり忘れていたではないか。


「いかん、いかん」 またドアが閉まり、一階に下りはじめてから道夫はそう呟くと両手でビシッと頬をたたいた。


十一時ジャストの小山にエレベーターを引きついで、この時間に決まってリーダーの森下がいるロビー奥のクロークルームへと急いだ。


 チェックイン忙しそうだけどまあいいか。たとえ今夜のチップが少なくても仕方がない。それより下津さんのことのほうがうんと気がかりだ。そう思いながら道夫はクロークルームへと向かっていた。


思ったとおり森下はそこにいて、その日預けっぱなしになっている荷物を数えてそれをリストにつけていた。


「浜田です。ちょっとお邪魔してもいいですか」


「おお浜田か、そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ、下津のことを聞きに来たんだろう。おまえ彼とわりに仲がよかったからなあ。でも下津の奴、大変なことをしてくれたもんだよ。まあ中に入れ、ここだと人の耳もあるし」


森下は無表情でそういうと、荷物棚の横手にあるドアを押して奥の小部屋へ入っていった。道夫もすぐ後に続き、事務机の前までやってきて、そばにあったパイプ椅子に腰をかけた。 


「それで下津さんは?」 座るや否や間髪をいれず、道夫がたずねた。


つづく


次回(最終回)4月16日(木)


2026年4月7日火曜日

30代のはじめ頃だったが、ある日、顔見知でしかないのに、とある女性が職場を訪ねて来たのは何故? (Part 1~2)の1


    GEMINI


とつぜん私の職場を訪ねてきた女性は、以前勤務先が同じだったAさんだった


これは30歳になって間もないころの話です。その頃の私は大阪福島区に新しくオープンしたホテルPに勤めていました。その前まで勤めていたRホテルから転属してきたのです。


ある日職場のフロントオフィスで裏作業を行っている時、表に立っていた同僚が、「オーさん来客ですよ、きれいな女性の方です」と突然告げに来ました。


「きれいな女性の来客っていったい誰だろう」とやや首をかしげながら、カウンターに出てみると、どこかで見たことのある女性がいくぶん遠慮がちな表情で立っていました。


「どこかで会ったことがあると思いましたが、果たして誰だったろう」と考えている間に相手が口を開きました。「Rホテルのお仕事で一緒だったAです」


R`ホテルはつい3ヶ月前まで在籍していた職場です


彼女にRホテルでご一緒だった、と指摘されて改めて気づいたのですが、それは私が3か月前まで在籍していた職場です。


そこでの最後の職場はフロントオフィスでしたが、その場所にこの女性はいなかったはずです。


「はてRホテルのどこで一緒だったのだろうか」と、少し時期を遡って考えてみたところ、やっと思いだしました。


「そうだフロントオフィスの前の客室係をしていた頃に知り合った同期入社のAさんではないだろうか」と。


7〜8年前のことで定かではなかったのですが、滅多にいないと思えるほどの、その美貌からして、彼女に違いないと思ったのです。


でもそうだとしても、彼女とは別に親しい間柄ではなく、出会ったとき挨拶を交わす程度で長く話したことなど一度もありませんでした。それゆえ名前以外はまったく知らないのです。



Aさんは職場で評判の美人だった


あえて知ってるといえば、彼女は同期入社20名ほどの女性の中で際立った美貌の持ち主であるということで、その印象が強烈だったゆえ7年過ぎたその時でも顔を覚えていたのです。


でもこちらが覚えていたとしても、彼女の方が自分のことを覚えていたのは不思議です。彼女にしてみれば私は単なる同期入社15名ほどの男性社員の一人にすぎなかったはずだからです。


どう考えてみても私という男性をいつまでも忘れ得ないほどの強いインパクトを与えたとは思えません。それ故にいくら考えても突然の訪問を受けたことが解せないのです。


とはいえ、彼女の突然の訪問に私は大いに驚いたものの別に不快ではありませんでした。


というのも彼女が評判の美人だったからに違いありません。たとえどんな形にせよ、美人の訪問を受けていやな気持になる男はいないと思います。


それに、同僚たちに「オーさんには、こんな美人の知り合いがいたのか」という羨望の気持ちを抱かせるのも小気味良いものです。


なにしろ、彼女は回りのすべての男性を虜にするほどの素敵な美人女性だったのですから。



彼女はなぜ親しくもなかった私をわざわざ訪ねてきたのだろう


それにしてもなぜ彼女は親しくもなかった私をわざわざ訪ねてきたのだろうか、という疑問はその後長い間消えませんでした。


繰り返しますが、彼女とは同期入社の関係で顔見知りだとは言うものの、出会ったときに挨拶を交わす程度で、親しく話したリ、行動を共にしたことは一度もないのです。


この程度の密度の薄い関係では、一般的に一方がわざわざ相手の職場を尋ねてくることなどないことだ、と思うからです。


とはいえ、かつて私は心の隅で、こんなにきれいな人を彼女にできたらどんなに幸せなことだろうと憧れたことはあります。


ひょっとしてそんな私の下心を彼女は見透かしていたのかもしれません。もしそうだとしたら、彼女の突然の訪問は分からなくもありません。


つまり、自分に憧れていた僕を甘く見て「この人だと聞いてくれるかもしれない」と、何か頼みごとを企てて、やって来たのかもしれないのです。



驚くべきかな、彼女の目的は保険の勧誘だったのだ


悲しむべきかな、私のそんな予想は的中しました。


さすがに遠慮がちな表情はしていたものの、彼女の口から出た用件は、なんと「生命保険に入っていただけませんか」というものでした。


訪ねてきて、最初に見た彼女は、最初に出会った頃の美貌は幾分失せていて、何か疲れていて寂しそうな雰囲気が漂っているのを感じました。


そんな様子から、ひょっとして彼女は何か頼み事をするためにやってきたのでは、と思っていたのですが、その予想が的中したのです。


驚くべきことに、彼女は保険の外交員になっていたのです。


その頃の私は保険の外交員のことを、いわゆる「おばちゃん」と呼ばれるような50歳を超えた、年配女性の仕事と思い込んでいました。


それ故に、まだ30歳にも手の届かない彼女のような若い彼女が、その職業に転身していたことに大きな驚きを感じたのです。



何故私は彼女の頼みを即決で承諾してしまったのか


最後に私の後悔話しを書くことにします。彼女が保険のセールスレディに転身していたことに大きな驚きを感じた私ですが、「生命保険に入ってください」という彼女のリクエストには、ほとんど抵抗することなく承諾してしまったのです。


でも、数日後には、これが大失敗であったことに気がつきました。


生命保険の契約は人生で数ある契約ごとの中でも決して小さなものではありません。それ故に頼まれたからとはいえ、簡単に決めていいものではありません。


ましてや私は既に妻帯者の身で、妻も子どももいたのです。生命保険は必要なものとはいえ、当然配偶者である妻に相談して決めるべきものです。


それを独断で、しかも特に親しくもなかった女性から頼まれたその日に即決で承諾し、契約を結んでしまったのです。


なんという軽はずみな行為でしょうか。


このことで妻との関係に少なからずヒビが入ったことは言うまでもなく、その後しばらくしてからの離婚の一因になったことは確かです。


(Part 2)につづく