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「お前知ってるかなあ、ちょこちょこここへ泊るポルノ女優の〈青木かおる〉って人」
「ええ知っていますよ。一度チェックインを担当したことがあります。背はあまり高くないけど色白でぽっちゃりしたひとでしょう。歳は二四~五の、でもその人が何か?」
三ヶ月ほど前チェックインに当たったとき、チップはくれなかったけど「どうもありがとう」と、少し甘ったるい声で言いながら、セクシーな流し目で道夫を見た、あの妖艶な青木かおるの姿を思い出しながら、道夫はやや不審なおももちで答えた。
「下津なあ、その青木かおるを客室の中で襲おうとしたんだよ」
森下のズバッと核心をついたその答えに道夫は思わず椅子から腰を浮かすくらい驚いた。
「えっ、何ですって、下津さんが青木かおるを襲ったですって?」
「襲ったんじゃない。襲おうとしたんだよ。あいつ昨夜、彼女のチェックインを担当して、そのときは何もなかったんだけど夜中に彼女の部屋へ行ったんだ。その時に・・・」
「夜中に部屋へ行ったって、それ彼女に呼ばれたんですか」
「うーん、そこがはっきりしないんだ。彼の話だとチェックインのとき、彼女が『何時に仕事終わるの? 終わったら遊びに来ない』と流し目を送りながら言ったというし、彼女の話だと、『部屋へ来いなどと言った覚えはない』と言うんだ。
それはともかく、下津の奴、部屋へ入るなり浴衣姿の彼女の肩に手をかけて、いきなり抱きしめようとしたらしいんだ。
でも激しく抵抗されて、すぐ引き下がって部屋を出たと言うんだが。
どうも両者の言い分が違っててなあ。青木かおるの方は、ベッドに押し倒され、浴衣の中へ手を突っ込まれ胸を激しく触られたと言うんだ。
いずれにしても下津が悪い。自分の立場も忘れて深夜女性客の部屋へ入っていくなんてのは」
そこまで森下の話を聞いて、道夫はその後しばらく言葉が出なかった。そして頭の中では一週間ほど前、深夜のロビーで下津が言った「女もそれを望んでいるんだよ」というセリフだけが頭の中をぐるぐると回っていた。
「それで下津さんはどうなるんですか?」
「まあこれだろうな」 やや間をおいた道夫の質問に、森下は手の平を横にして首にあてるしぐさして呟くように答えた。
「くびですか。でも青木かおるの証言は信用できるんですか?」
「うん、そうとも言えない。なにぶんあの手の女優のこと、自らスキャンダラスな話題をでっち上げて名前を売ろうとすることもあり得るからな。
でも下津が深夜彼女の部屋へ入り込んだのは事実だからな。それは本人も認めているんだし、それが悪いんだ。たとえ青木かおるの証言になにがしの脚色があるにしろ、相手は客だ。安全と信用を売り物にするホテルとしては、この際、やはり客の言い分を立てるのが筋だろうし」
「それでこの事件、外部にも知られたんですか?」
「いや、それはなかったらしいよ。最初は警察に訴えると息まいていた彼女も、支配人と社長の平謝りと何がしかの見舞金で一応は丸くおさまったらしいよ。ただ下津をくびにするという条件つきだったらしいけど」
ここまで森下の話を聞いて、下津が引き起こした今回の事件のあらましをすべて理解した道夫だったが、なぜだか急に体の力が抜けていき、立ち上がるのもおっくうな気がしてきて
あの下津さんがくびになるのかと、言いようのない切なさが胸にこみ上げてきて、頭の中では 「あのな浜田、女とつき合うには手順とやり方があるんだよ」 という下津の言ったセリフが駆けめぐっていた。
(終わり)
次回からは「紳士と編集長」をお届けします。
第一回掲載 4月30日(木)
ご期待ください!