2026年2月5日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈5〉下津さんの失敗・ナイトボーイの愉楽②(2)

 

                 


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 下津はつい三日ほど前にも道夫にこう話していた

 

 「なあ浜田、チップはその日の運ということもあるけど、腕の良し悪しも大きいよ。例えばよくある夫婦らしくないカップルのチェックインに当たった時だ。客としては例え相手がボーイだとはいえ、浮気現場を見られているようなもんだから、なんとなくオドオドしていて、態度がぎこちない。まずこのぎこちなさを解かなければいけないんだ。


こんな客を前にした時、俺はできるだけ明るく振舞う。そしてカップルの女性の方に向かって、ごく自然に奥様という呼称を連発するんだ。


たとえば 『奥様、お部屋は十二階の一二〇八号室でございます』とか、『奥様、明日のモーニングコールは何時に致しましょうか』とか、とにかくなんでもいいから先に奥様とつけてしゃべり始めるんだよ。


そうしているといつの間にか相手のぎこちなさ消えていき、次第に打ち解けてきて、いろいろ質問してきたりするんだ。


 こうなればもうしめたもの。思い切り二人の下僕にでもなったつもりで、帰りぎわに丁重にこう言うんだ。


『私この部屋の担当の下津と申します。ただ今からご出発までの間、どんなことでもお客様ご夫婦に役立つことをするのが私のつとめです。ご用がありましたらいつでもこの私にご命じください』


 これでばっちり、これまでこのやり方で、これはと目をつけたカップルからのチップは二千円を下ったことはないよ」


 道夫は三日前、深夜のロビーで自信たっぷりに語った下津のそんなセリフを思い出しながら、 よし、今夜は僕もあの手でいこうと、二人を先導して薄暗い十一階のフロアを歩いていた。


そして、もう五~六歩で部屋へ着くというところまできて、さて奥様といつ切りだそうかと、しきりにタイミングを計っていた。


 突き当たりから二つ手前、1109号室のドアの前まできて、「奥様、こちらがお部屋です」と言おうとしたが、「お、お」と喉から出そうになったが意識しすぎたせいか、なんだかドモリそうな気がしてそうは言えず、「こちらがお部屋です。」とだけ言ってドアを開け、ライトをつけて、いつもするように左手でドアを支えながら今度も「どうぞお入りください」とだけ言った。


 まずいなこりゃあ。言おうと思えば二度「奥様」とつけるチャンスがあったのに、どうも下津さんのようにはいかないな。


 二人のあとから部屋に入って、ベッドの奥のバゲッジスタンドに荷物を置きながら、道夫は次のセリフを考えていた。 


できるだけ明るく振舞うか。そうだそうしなくちゃいけないんだ。 


下津の言ったそんな言葉を思い出し、部屋の明るいライトの下に立つと、思い切り笑顔をつくり二人に向かって切りだした。


 「大阪にはよくいらっしゃるんですか?」


 「そうじゃなあ。年に二〜三回かのう」 すでにソファーに腰をおろしていた男性の方が聞き覚えのある中国地方のなまり言葉で答えた。


 広島の人かな、それとも岡山だろうか。 そう思いながらそのことは聞かず「お仕事で?」と続けてたずねた。


 「まあ半々じゃのう。なああんた」 男性はそう言いながら、カーテンごしに北の盛り場のネオンがチラチラする窓のそばに立っている女性の方へ目をむけ返事を求めた。


 「そうねえ」 女性は窓の方を向いたまま、ただそれだけ言ってうなずいた。


 道夫は、今度はさっと女性の方へ向き直って言った。


 「お、奥様、ご存知かもしれませんが一応お部屋について説明させていただきます。バスルームはドアの左手、浴衣はクローゼットの中、非常口は二部屋先の廊下の突き当たりにあります。それからルームサービスは深夜二時まででダイアル5番です。

 いまなにかご注文があれば私がうけたまわりますが」


 出だしで少しドモリはしたが、やっと奥様と一回言うことができ、少し安心して相手の反応を待った。 


 「そうねえ、ねえあなた、ビールでも持ってきていただく?」


 男と違って、こちらはなんのなまりもないきれいな言葉だった。


 「そうじゃのう。風呂から上がってでええがな」

 「そうねえ、じゃあ一時間後にビール二本お願い」 男のその言葉をうけて女がこたえた。


 「承知いたしました奥様。それからなんでしら明朝のモーニングコールうかがっておきますけど、明日はお早いんですか?」


 「そんなに早くはないわ。十時ぐらいにここを出るつもりなの。普通に起きればいいんだし、モーニングコールはいいわ」


 二度目はどもらずに奥様と言えて、ホッとした道夫だが、さっきまでは窓のほうを向いていた女が正面に向き直り少しだけ笑みを浮かべてそう答えたとき、黄色いワンピースの豊満な胸の部分の大きなカットが目に入り、奥様と二度言えてホッとしていた道夫を再び落ち着かなくさせており、まだ言うことがあるのに「では私はこれで」と、つい頭を下げてしまった。


 こりゃあまずい。ひょっとしてチップはもらえないかも。 そう思ってドアの方へ向かおうとしたとき女が「ちょっと待って」と言った。


  「しめた!」と思い「はいなにか?」と応えてまた女の方を振り返った。


 女はテーブルからハンドバッグを取り、裸のまま紙幣を取り出していた。


 「これ少ないですけどタバコ代にでも」 おさつを四つ折にして、女がそう言って差し出したとき、「そ、それはどうも」と、すこし照れたような口調で答えながら、手だけはサッとだしていた。


 「それでは一時間後におビールを」 ドアの前まできて、そう言って深々と頭を下げて部屋を出た。


薄暗い廊下に出てエレベーターに向かって歩きながらあたりの人影がないのを確認してから貰ったおさつを広げてみた。 


 オッ、二枚ある。下津さんは二千円を下ったことはないと言ってたけど、なんとかその線は保てたな。奥様と二度言って二千円か。もしもう二〜三回言ってたら果たしてどうだったろう。


つづく


次回2月12日(木)


2026年2月3日火曜日

これ本当の話 noteの投稿者9割が徒労に終わる 《noteの真実》シリーズ1~2




(シリーズ1)

まずnoteに関する最新の驚くべきデータを2つ見てください。


・1日の投稿者数:4万件超

・月間アクティブユーザー数:7,359万


これって競争率観点から言うと、参加するのは自殺的行為に近いといえませんか。


これを念頭に置いて、以下のAI記事をご覧ください。



AI による概要


「noteへ投稿する人の9割が徒労(あるいは挫折)に終わる」という話は、実態としてかなり本当(事実)に近いと言えます。


検索結果に基づくnoteの厳しい現実と、なぜ徒労に終わるのかの理由は以下の通りです。


1. noteの厳しい現実(データ


3ヶ月で9割が辞める: 多くのクリエイターや運用代行の分析によると、開始3ヶ月以内に更新を停止する人が約9割にのぼると言われています。


稼げない人が大多数: noteで収益化できている人は累計でも全体のわずか2%程度というデータがあり、ほとんどのユーザーは継続的な収益化に至っていません。


上位1,000人がほぼ独占: note全体の売上の94%は、トップレベルのクリエイター1,000人で占められているという分析もあります。


反応がない: 1記事にスキが0個という状況が続き、やめてしまうケースが非常に多いです。 


2. なぜ「徒労」に終わるのか?(主な原因)


収益化・反応目的の限界: 「お金を稼ぎたい」「すぐに有名になりたい」という動機だけで始めると、結果が出ない期間(数ヶ月〜1年)にモチベーションが続かず、挫折します。


自己流の運用: 読者のニーズを考えず、ただ日記や熱量の低い記事を投稿し続けると、誰にも読まれません。


日常の忙しさ: 仕事や家事が忙しく、文章を書く時間を継続的に捻出できない。


SEO・マーケティング不足: タイトルや内容が検索されない、拡散されない仕組みのまま発信している。 


3. 「徒労」にしない(9割側に入らない)ためのコツ


上位1割に残る、または徒労に終わらせないためには、以下の視点が必要です。


「すぐ稼げる」と思わない: 最初の半年〜1年は反応がないのが普通と割り切り、週2回などの少ない頻度でも続ける。


目標を「収益」にしない: 「アウトプットの練習」「記録を残す」など、やめにくい目標設定にする。


改善する: 60点でもいいので投稿し、反応を見て修正する。


AI等を活用する: ChatGPTなどのツールを使い、執筆のハードルを下げる。 


結論として、何も戦略を立てずに「ただ日記を投稿する」だけでは、9割の人が徒労に終わる厳しい環境です。しかし、継続するための習慣化や、読者を意識した発信を行うことで、結果は変わってきます。


・・・・・・・・・・・・・・・


「9割が徒労」という話、あながち間違いではありませんが、何をもって「徒労」とするかで意味が変わります。


1. 収益化の面では「9割どころか98%」

お金を稼ぐことを目的にすると、現実はかなりシビアです。


収益化の壁: 全会員数(約1,000万人)に対し、累計で一度でも売上が発生した人は約2%程度と推測されています。


稼げる金額: 収益が出ている人の中でも、3ヶ月の平均売上は約8,000円、中央値はさらに低く月1,000円未満が大多数という分析もあります。


結論: 「副業で稼ぐ」という定義なら、9割以上が期待した成果を得られず「徒労」と感じる可能性は極めて高いです。 


2. 「注目される」という面では「99.9%が徒労」


競争率: 1日約2.6万件の投稿に対し、公式の「今日の注目記事」に選ばれるのはわずか14件前後。確率は約0.05%です。


埋もれるリスク: 多くの記事は数PV(閲覧数)しかつかず、誰にも読まれないまま流れていくのが一般的です。 


3. ただし、ポジティブな側面も


「徒労」に終わらないためのデータもあります。 

読者の質の高さ: note利用者の約9割に「課金経験がある」という調査もあり、他のプラットフォームより「良いものには払う」文化が根付いています。


継続の価値: 有料コンテンツを販売しているクリエイターの継続率は約67%と高く、一定のファンを掴めばビジネスとして成立している層も存在します。

 

もし「noteで稼ぎたい」と考えているなら、まずは「どのジャンルなら需要があるか」をnote公式の分析レポートなどで確認するのが近道ですよ。


あなたは収益化を狙いたいタイプですか?それとも、まずは多くの人に読んでほしいという感じでしょうか?





2026年2月1日日曜日

とある外資系ホテルCEOと私 二人に関する過去のおはなし (Part 1~3)


(Part 1)


 Yとは転身先のホテルPで知り合った

私とYは1970年大阪EXPO開催に合わせて、大阪福島区にオープンしたホテルプラザの一期生として入社した同期生です。

二人はそれぞれ東京と大阪を代表する名門ホテル出身で、このホテルへ将来に向けた大きな夢を託してやってきたのです。

ここでの二人の遭遇がこのお話の始まりです。


ホテルプラザは関西随一のホテルを目指して1970年に華々しく開業した

ホテルプラザ(1999年廃業)は、大阪福島区の朝日放送に隣り合わせた場所で1970年に大阪千里丘陵で開催された大阪EXPO(大阪万博)に合わせて開業しました。


ホテルプラザ

当時、大阪の一流ホテルといえば、ロイヤルホテル(現リーがロイヤルホテル)とその系列の大阪グランドホテル(2009年閉業)ぐらいしかありませんでした。

そうした中でホテルプラザは、それら二つのホテルを凌ぐ大阪一の高級ホテルを目指して華々しくオープンしたのです。

それまでロイヤルホテルに勤めていた私は、上司に連れられるようにして夢を抱いてこのホテルに転籍しました。

なにしろ経営母体が朝日放送で、社長を務めるのが元住友銀行頭取ということもあって、業界はもちろんのこと、メディアからも大きな注目を浴び、開業前から華々しい報道合戦が繰り広げられていました。

かくして脚光をあびながら、ホテルプラザは大阪EXPO開業に合わせて1970年堂々オープンを迎えたのです。


スタッフは 京大、神戸大、慶応大、立教大、青山大、同志社大など出身のエリート揃い

ホテルプラザが大阪トップクラスのホテルを目指すには、開業に際してまず優秀なスタッフを集めることが先決です。

そのためには有名大学卒業生を獲得することですが、1970年のスタート時のメンバーを眺めてみると、京大、神戸大、慶応大、立教大、青山学院大、同志社大など実にそうそうたるメンバーではありませんか。

これほど立派な人材は当時日本中のホテルを見渡してもどこにもなかったのではないでしょうか。

こうした人材は(新卒生を除いて)ほとんどが東京の名門ホテルオークラ、大阪を代表するロイヤルホテルなどを中心に既存の一流ホテルから集められた人たちです。


私は彼らと張り合うためにNYのホテルへ研修に旅立った


ホテルマンとして職業人生をまっとうすることに決めていた私ですが、新しい職場仲間がこれほど高学歴揃いだとは流石に予想していませんでした。

でも現実を知ると、これほど優秀な同僚たちの間に入って、英語系専門学校出身の私が果たして仕事面で伍していけるかと、次第に不安が募ってきたのです。

とはいえ大きな夢を抱いて入ったのですから簡単に引き下がるわけにはいきません。

そこで色々思案を巡らし検討を重ねてた結果、ホテルマネージメントを学ぶため、先進国アメリカのホテルで研修を受けることを計画しました。

そのために約1年間を費やして、NYのめぼしいホテルに手紙でアプローチし、連絡を重ねた結果、2社から、面談の上決めよう、というゼネラルマネジャーの快い返事をもらいました。

そして大阪万博が終わった1970年の秋、NYへと旅立ったのです。


バークレイ、ニューヨーカー、NYヒルトンなどと面談を重ね、最終的に研修先はスタットラーヒルトンに

ニューヨークでは最初にバークレイホテル、続いてニューヨーカー、3番目はニューヨークヒルトン、そして4番目のスタットラーヒルトンと面談を重ねていき

結局最後のホテルで条件面、その他で折り合いがつき、このスタットラーヒルトンホテルで職場研修性として勤務することが決まったのです。

スタットラーヒルトン(後にホテルペンシルバニアに改名)は名前のとおりヒルトン系のホテルです。

場所はペンステーションの近く7番街33丁目にあり、すぐ前にはスポーツの殿堂で有名なマディソンスクエア―ガーデンがある極めて分かりやすい場所にあります。

高層ビルのメッカNYにあって、23階建てという高さは目立ちませんが、その反面敷地面積が広いため、外観はどっしりとした構えで安定感を感じます。

それに何と言っても誇るべきは2200という客室数です。

1970年代初めにこれほどの客室数を持つホテルはNYでも僅か数軒でしかありません。



 

スタットラーヒルトン


Part 2 に続く



2026年1月30日金曜日

T,Ohhira エンタメワールド〈5〉下津さんの失敗 ・ナイトボーイの愉楽②(1)

 

                 


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浜田道夫が二十一歳になったその年の七月は何年に一度かというような、すこぶる涼しい夏で、月の終りになっても熱帯夜だとかいう、あのむせかえるような寝苦しい夜はまだ一度もやってきていなかった。


 もっとも週のうち六日間を快適な全館冷房のホテルで過ごす道夫にとっては、その熱帯夜とかもさして気になる代物でもなかったのだが。


 とにかく涼しい夏で、巷ではビアガーデンの客入りがさっぱりだと囁かれていた。


 そんな夏のある夜のこと、道夫は例のごとくまたエレベーター当番にあたっていて、切れ目なくやってくる客を乗せては、せわしげにフロアを上下していた。


 あと十分もすればその当番も終りになる十一時少し前になって、それまで間断なく続いていた客足がやっと途切れ、ロビーに立ってホッと一息ついた。


 エレベーター前から広いロビーを見渡すと、人影はもうまばらでフロント係がボーイを呼ぶチーンというベルの音だけがやけに周りに響きわたっていた。


 十一時か、チェックインあとどれぐらい残っているんだろう。今夜はしょっぱなからエレベーター当番で、まだ一度もあたっていないんだ。十二時まであと一時間の勝負か。たっぷりチップをはずんでくれるいい客に当たるといいんだけど。

 

所在なさそうにロビーを見渡しながら胸の中でそうつぶやいた。


 二〜三度連続して気前のいい新婚客にでも当たらないかなあ。

 またそんな虫のいいことを考えながらさらに二回エレベーターを上下させ、一階に下りてきたときは十一時を三分ほどまわっていた。待っているはずの次の当番、下津の姿はまだなかった。


  「チェッ、下津さんまだ来てない。二~三分前に来て待っているのが普通なのに、ほんとにあの人はルーズなんだから、来たら文句のひとことふたこと言ってやらなければ」 


そうつぶやいてまた時計に目をやり、道夫が少しいらつき始めた十一時六分すぎに、やっと下津がもう一台のエレベーターから降りてきた。


 「オッ、すまんすまん浜田、さっきチェックインに当たった新婚客が大阪の観光についてねほりはほり聞くもんで、つい説明に手間どってしまって、本当にすまんな、明日仕事が終わったらコーヒーでもおごるからな」 


下津に先まわりされてそう言われ、結局ひとことの文句も言えず、「いいですよ」と心にもない妥協のセリフを残すと、そそくさとロビーの方へ歩いていき、入り口ドアの前の待機場所へ戻ると、そこへいた後輩の小山とともにチェックインの客を待っていた。


二〜三分たってから、まず身なりのいい中年の日本人男女、続いてビジネスマン風の浅黒い色をした外人男性の二人ずれと、相次いでタクシーから降りてきた。


 「浜田さん、今日まだチェックインに当たってないんでしょう。あの二組の客のうちどちらがいいですか?まず浜田から先に選んでいいですよ」 


客を値踏みしながら小山が殊勝なことを言った。 


「オッ、そうか。すまんな小山、じゃあ先に入ってきたきた日本人の方」


 「やっぱりねえ、そうだと思いましたよ。あの中年のカップル、身なりはいいし、なんとなく夫婦には見えないし、チップをはずむタイプのですよ、あれは」


 「どうかなあ、でもそうだと嬉しいよ。もっともあの中近東系の二人の外人よりはどう見ても脈がありそうだけどな」


 肘で小山のわき腹あたりをつつきながら小声で答えた。


 間もなく鳴ったチーンという音で、「じゃあな」とひと言残し、道夫の方が先に動いた。


 フロントカウンターの前まで進み、「いらっしゃいませ」と普段よりずっと深々とカップルに向かって頭を下げ、フロント係から鍵を受け取り男の客のやや大型の旅行カバンを手にすると、二人を先導してゆっくりとエレベーターへ向かった。


 それにしてもこの二人、どういうカップルなんだろう? 

 ついさっき交代したばかりの下津の運転するエレベーターの中で、胸の部分が大きくカットされた黄色の派手なワンピース姿の女性の方へチラッと目を向けながら思った。


 男の方は五十歳ぐらいだろう。白っぽいスーツがバリッと決まっていて、なかなか貫禄があるな。女とは二十歳ぐらいも違うみたいだし、やはりこの二人夫婦じゃない。


 「十一階です。どうぞ」 エレベーターが止まり、下津が客に会釈しながら言った。


 カップルが降りて、道夫も荷物を持ってすぐしたがった。降りぎわに下津が道夫の肩にそっと触れてニタッと意味ありげな笑みを浮かべた。下津がなにを言いたいのかわかっていた。


 彼もこういうカップルのチェックインが大好きなのだ。


つづく


次回 2月5日(木)