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睡眠不足にも関わらず、戻ってからずっとウキウキしていて、早く誰かに聞いてもらいたいと思っていた矢先の紀子からの橋渡しで、和子は昨夜の電車の中からのいきさつを残らずしゃべってしまった。
最初は止めておこうと思ったホテルのこともすべて話した。
「へえー、和ちゃんおとなしそうな顔していて、案外やるじゃない」
「だってわたし、今度こそ、と賭けていた初恋の人に会えなくて、もう必死だったんだもの。願かけまでして今年こそはボーイフレンドを作ろうと」
「今年こそって、まだ四日たっただけじゃない。それなのに幸先よすぎるわ。願かけってやはりやってみるもんね。でもょかったわねえ和ちゃん」
和子の部屋のコタツの中で、二人は進次のことを話題の中心に据え、夕食の支度のことも忘れて長い間話し込んでいた。
けっきょく紀子とは二時間以上話していて、疲れたといって彼女が自分の部屋に戻り、その後で家から持って帰ったお餅で雑煮を作って食べ、おなかが膨れたら急に猛烈な睡魔が襲ってきて、いつの間にかコタツの中で眠ってしまい、目が覚めたのが対先ほどで時計は既に九時半を指しているではないか。
休みだとはいえ、こんな時間まで朝寝坊したことは記憶になかった。
―わたし疲れているのかしら、こんなに寝坊してしまって、でもまあいいか、学校はまだ休みなんだし、今日は一月五日の月曜日、学校があさって始まって、そうだわ、その三日後にまた進次さんに会えるんだわ。ああ、早く来ないかなあ土曜日が―
和子はコタツの中でまだハッキリしない意識のまま、進次との次のデートのシーンを思い描いて、また心を弾ませていた。
心が躍ったせいか、次第に目も頭も冴えてきて、ふと、二日続きで布団の中で寝てないことに気がついて、慌ててコタツを出て立ち上がり、「さお、正月気分も終わり終わり」と独りごとを呟きながら、洗面へと元気に立っていった。
その週の土曜日の午後、進次はソワソワと落ちつかない気持ちを持て余しながら、その日最後の授業に臨んでいた。
「LC」とか「Shipment」などの用語が頻繁に出てくる、あまり気乗りしない貿易英語の時間であった。
英会話とか英文読解だとそうでもないのだが、この科目だと、眠たくなくても、なぜかあくびばかり出てくるのだ。
この日夕方五時には梅田で和子と会う約束があり、気もそぞろで、授業の内容はさっぱり頭に入らず、終了時間ばかりが気になっていた。
あの朝九時過ぎに目が覚めて、二人で三宮まで歩いていき、前の晩閉まっていた駅前の喫茶店で十一時まで話していて、その後阪急電車に乗り、和子とは芦屋川の駅に着いたとき車中で分かれたのだ。
そして、その日の夜からまたバイトが始まって、木曜から学校の授業が開始になり、正月気分吹き飛んでまた忙しくはなっていたが、何故だか何をするにも気はそぞろで、朝からいったい何度時計を見たことだろうか。
待ち侘びた授業終了のベルが鳴ると進次は誰よりも速くノートを片付けて、真っ先に教室を飛び出した。
とは言え、約束の五時までには一時間以上あり、それまでどうして時間をつぶそうかと思案した。
外は思いのほか寒く冷たい北風が頬を刺すようで、和子と会った一週間前の夜の暖かさがウソのように思えた。
この日まで落ち着かない気分の毎日であったが、それもみな土曜日の和子とのデートの約束のせいだった。
その土曜日がやっとやって、進次は梅田のほうへ向かって歩きながら、しきりに懐具合を気にしていた。
ポケットの有金すべてで1万三千円。
先週末までは三万円ほどあったのだが、あの夜の出費がホテル代を含めて1万二千円、それに月曜からの食費などに五千円、併せて一万七千円で、差引き一万三千円というわけなのだ。
アルバイトの給料日は二十日だが、それでも残り十日となれば、少なくとも七~八千円は残しておかなければならない。
そうだとすれば今日出費できるのは五〜六千円ということになり、デートの予算はこの前の晩の半分くらいしかない。
十時ごろまで一緒にいるとして五時間か。喫茶店だと長く粘れたとしても二時間ぐらい、あと三時間はどこへいこうか。
こんなに寒くては屋外の公園などで過ごすのも無理だろうし、時間が時間だけに夕食も引っかかってくる。
できたら素敵なレストランにでも行ってムーディな雰囲気で食事でもしたいものだが、この予算ではそれは無理だし、うーん、どこにしようか。
そうだ、居酒屋なんかはどうだろう。決してムーディとはいかないけど、彼女はこの前なんかラーメン屋だって嫌な顔ひとつせずついてきて、それなりに楽しそうに過ごしていた。
その後ホテルでビールを飲んだけど、アルコールにも弱くはなさそうだった。居酒屋だと食べものも多く、別の食事にいく必要もないではないか。
そうだ、そうしよう。ちょっとこぎれいな居酒屋に。
つづく
次回 9月10日(木)