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2022年4月6日水曜日

新宿ゴールデン街にいってみた

 


東京へ行ったらぜひとも訪れてみたいとかねてより思っていたところの一つに新宿ゴールデン街がある。だがここ10年ほどの3回の上京ではなぜかそれははたせず、今回の4度目でようやく目的がかなった。

新宿駅からかなり離れていて場所を探すのに少し手こずったが、実際に目にしたのはネットなどで調べていた予備知識をはるかに凌ぐスケールの大きな姿だった。

店舗数は約200というが、5本の筋に分かれて店舗が広がっているせいか、規則正しく作られた四角形のように整然としたたずまいの飲み屋街である 

佇まいが他の飲み屋街と異なっているのは、かつて青線だったからなのか 

新宿ゴールデン街の特徴の一つは同じような形状の小さな店舗ばかりが密集している点である。

おおかたの飲み屋街のように異なった形状の大小様々な店舗が並んでいるのではなく、極めて小ぢんまりとした同じような外観の店ばかりが並んでいるのだ。

どの店も5~6人、多くても10人も入ったらいっぱいになるようなキャパの小さい店ばかりなのだ。

これは,かつてこの地域が青線(注1)だったからだと言われている。そのせいで、ひっそりと小さくて目立たない店構えが必要だったのだろう。  

かつては作家や映画俳優など文化人の客が多かった 

新宿ゴールデン街が有名になった理由の一つはその客層にある。。いまでこそそうでもないが、かつては常連客として作家を筆頭に、俳優、映画監督などの文化人が多くあつまることが人々の話題になっていた。

そのため、中には文壇バーと呼ばれる個性的な店も少なくなかった。こうして理由から、一時は東京のサブカルやアングラ文化の発信地と目されたこともあった。 

作家の田中小実昌はことさらこの街を愛していた 

上述のようにこの街は作家を中心に文化人の客が多かったが、中でも連日足繁く足を運んで、この上なくこの街を愛した人が作家の田中小実昌(注2)である。

惜しくも2000年にこの世を去ったが、生前は作家としてより、多少変人めいたところもあったが、その人懐っこい風貌と性格が人々を惹きつけていた。

その彼は自著のエッセイで新宿ゴールデン街について次のように語っている。

 


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田中小実昌のエッセイ「ぽくぽく子馬」抜粋  ほろ酔い天国より 

だいたいホステスなんてのがいない。新宿ゴールデン街は、もともと青線のせまい路地に並んだ、小さな飲み屋街で、客が五、六人か、十人も入ればいっぱいになるような店がおおく、たいていママひとりしかいない。こんな店はバーかスナックか飲み屋か、名前のつけようがなくて、こまることがある。 

ママのほかに女のコがいるような店もあるが、これだってホステスといった感じではない。。ホステスなんていったら、みんなふきだすだろう。ホステスのいないバー街。ホステスがいないどころか、ホステスという言葉さえおかしいバー街・・・ ゴールデン街はそんなところだ。 

新宿ゴールデン街は、お酉様で有名な花園神社のもとの青線、花園だ。新宿区役所の前を入っていくと、もとは都電の線路があり、これをこすと、ゴールデン街というアーチがたっている。 

いつだったかゴールデン街の路地にはいっていくと、きれいきれいにお化粧したゲイのおにいさん・おねえさんがコム草履をはいて走ってきて「お金ちょうだい」と、真っ赤にマニキュアした、ごっつい手をだした。「ね、千円ちょうだい。はやく、はやく、わたしいそがいんだから」ゲイ・バーの中ではない。ぼくは、ただゴールデン街の路地を歩いていただけだ。それにぼくはこのゲイさんの店で飲んだことがあっただろうか。   

まだゴールデン街なんて名前もなく、ただ花園とよんでいたずっとまえに、菜々ゾノの路地のいちばん奥にできた「お和」や「奈々津」。お和は週刊誌の記者やぼくなど、よくさわいだが、あそこにはピアノがあったなあ、と、このあいだ、奈々津で言ったら、「うちにもピアノはありますよ」と奈々津のママがピアノをゆびさした。「奈々津」はカウンターの上には鍋がならび、そのなかに、タケノコや魚の煮たのがはいっていたりする。ピアノがあるんだよなあ。 

「プーサン」も古い店だ。ゴールデン街では、いちばん大きなバーかもしれない。U字型のカウンターがあって、若手の噺家などが、さかんに歌をうたう。テレビの「クイズ・ダービー」で有名なマンガ家のはら・たいらさんも、よく見かける。ープーサンの路地だけでも、戸波山文明座長やなくなったたこ八郎など芝居の連中がよくくる「クラクラ」。ゴールデン街にしては紳士があつまる「花の木」「ナベさん」。この路地には「薔薇館」もあった。おキヨがママで・・・・あのころ。おキヨはいくつだったのだろう?。素人がどんな考えでか、ひょいと店をあける。ゴールデン街はたいていそんなふうだった。 

出典:《ほろ酔い天国》河出書房新社 

(注1)青線

1946年連合軍総司令部の指令によって日本の公娼(しょう)制度は廃止されたが,従来の遊廓地帯と私娼街を特殊飲食店街と呼んで,その女給と任意に行われる買売春は黙認された。この特飲街指定地域を〈赤線地帯〉といい,これに対し裏口買売春を行う私娼街を〈青線地帯〉と呼んだ。赤線青線の名は,地図上に赤線・青線で該当地域を囲んだことに由来する。1957年の売春防止法施行時には赤線およびこれに準ずる地域は全国1800ヵ所,業者3万9000軒,売春婦12万人(警察庁調)だった 百科事典マイペディア 

 

      (注2)田中小実昌

   小説家翻訳家。東京生まれ。東京大学哲学科中退。第二次世界大戦中、中国大陸を兵士として転戦、敗戦後復員して、東京大学に入学。新宿のストリップ劇場で働き、そこに集まる群衆と踊り子の生態をユーモラスに描いた随筆で認められた。1979年(昭和54)7月『浪曲師朝日丸の話』『ミミのこと』で第81回直木賞、同年9月『ポロポロ』で第15回谷崎潤一郎賞を受ける。小説にはほかに『自動巻時計の一日』(1971)、『幻の女』(1973)、『乙女島のおとめ』(1974)、『香具師(やし)の旅』(1979)、『海辺でからっぽ』(1986)などがあり、一見とぼけた軽い文体でつづられた私小説風だが、その〈私〉を突き抜けたところに展開する〈私〉の孤独に、この人ならではの魅力がある。

   古林 尚]

   『『自動巻時計の一日』(1971・河出書房新社)』▽『『ポロポロ』(中公文庫)』

         

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2021年5月23日日曜日

日本人、中国人、韓国人・顔は違うのだろうか?


 ユーチューブで「日本人、中国人、韓国人の見分け方」を見たが 

YOUTUBEに「日本人、中国人、韓国人の顔の見分け方」という動画があった。インドネシアで現地のいろいろな層の人に、3者の違いについて尋ねるという内容のものだった。

少し期待して見たのだが満足のいくような応えは皆無だった。

インタビューを受けた大抵の人が肌の色の微妙な違いとか、髪型の違い、あるいは体格の違いなどについて述べていたが、確信的なものはなかった。

結局のところ、彼らにもよくわからないのだ。とすれば3者には決定的な違いはないのかもしれない。

もし、これがひと昔前だったら、服装の違いで見分けられたかもしれない。それは経済力で優位にあった日本人は圧倒的に服装が良かったからだ。

しかし今は経済的にも完全に両国に追いつかれていて、3者に服装の違いはまったくないと言っても過言ではない。

要は顔立ちだけでなく服装にも違いはなくなったのだ。これで見分けろと言われても、所詮無理なことではないのか。

 

NYAre you chinese?と訊かれたことを思い出した 

若い頃NYに住んでいたことがある。トレイニーとしてNYのホテルで働いていたのだ。

住んでいた下宿屋の近くに「チャーリーのカフェ」という店があった。

ほとんど毎日訪れていたのだが、その店のマスター、チャーリーが、何度目かに訪れたとき、突然「Are you chinese?」と訊くではないか。

それに対して、やや声を荒げて「No, I’m Japanese」と応えていた。声を荒げたのは少し腹が立ったからだ。

なぜ腹が立ったかと言うと、当時は日本と比べて中国や韓国は経済的にうんと下位の国で、そんな国の人と同等に見られるのがイヤだったからなのだ。

でもチャーリーが日本人を中国人に間違えるのはなんの不思議もない。なぜならNYには大きななチャイナタウンがあってそこには10万人を超える中国人が住んでいるのだ。

それに対して日本人の居住者はわずか1万7千人程度でしかなかった。

当時のアメリカで外国人としてメジャーなのは中国人で、日本人はマイナーな存在だったのだ。

 

3者に決定的な顔立ちの違いはない

日本人は変な優越感からか、我々の顔は中国人や韓国人と同じではない、と思いたがる傾向があるようだが、果たしてそうだろうか。そう思うのは単なる錯覚ではないのだろうか。

たとえば日本に住んでいる中国人、韓国人にそれぞれ5人づつ登場してもらい、「この中に日本人が3人混じっているから見つけて」と言われたとする。

仮に回答者が5人いたとすると、各々は見つけようと必死になり、なんとか適当な3人づつを指名するに違いない。

でも「この中に日本人は一人もいない」と指摘できる人は皆無であるに違いない。

それはそうだろう。10人全員が日本人にも、中国人にも、韓国人にも見えるからだ。

 

日本の立場が弱くなるほど、中国人や韓国人に間違えられることが増える

上述したようにニューヨークで日本人が中国人によく間違えられるのは、NYでは日本人より中国人の方がメジャーだからである。人は何事においてもメジャーなものを優先するのだ。

いまや日本を凌駕するような勢いのある中国や韓国は、経済的にも日本よりメジャーな雰囲気を持つようになっている。

とすれば、今後日本人が中国人や韓国人に間違えられることが今以上に増えてくるのではないだろうかか、と心配になってくる。

 

 

 

2020年9月10日木曜日

本を売って酒代をつくっていた頃が懐かしい

 


若い頃 給料前の金がないときは古本を売ってしのいでいた

酒が飲みたくて飲み屋に行きたいのだが給料前で金がない。貯金もないので下ろせない。さてどうしよう。

なんとかして飲み代を作らなければ、質屋に行こうか、でもめぼしい質草がないので無理、他に方法はないか、そうだ本を売ろう、たまっている本を古本屋に持っていくのだ。

こんな結論に達して、私はよく古本屋へ通ったものです。まだ社会へ出て間もない20代前半のころの話です。

 

大阪駅地下にあった店は古本を高く買ってくれた

古本屋へよく通ったのは20代前半ですから昭和40年頃のことです。その頃は大阪中之島の都市ホテルでホテルマンとして働いていました。

西淀川区の叔母宅へ下宿しており、通勤にはトロリーバスを使って梅田まで出て、阪神デパートの前でちんちん電車に10分ほど乗って職場まで行っていました。

古本屋はその通勤途上の大阪駅の地下街にあったのです。

大阪駅の地下街といえば今はきれいなショッピングアーケードが広がっていますが、当時はそれほど整備されてはおらず、狭いエリアに種々雑多な商店街がひしめいており、単に地下にあるだけの平凡な商店街でした。

その店は古物商で、扱っているのは本だけでなく、カメラや貴金属もあったようです。

この店を選んだのは通勤途上で便利がいいだけでなく、こちらの期待以上に高く買ってくれたからです。

どれくらい高く買ってくれたかというと、例えば新刊書の売れ筋の本だと定価の70%ぐらいも出してくれるのです。つまり1000円で買ったものは700円、1500円だと1050円にもなるのです。

この金額、今の古本価格に比べると雲泥の差があります。今では、例えばブックオフとかの古本屋だと、新刊書でも買取価格は定価の1割り程度でしかありませんから、まさに比較になりません。

なぜそれほど高かったのかといえば、当時は新刊書の古本があまり出回っておらず希少価値があったからに違いありません。つまり、今と違って市場価値が高かったのです。

 

一番高く売れたのは平凡社の百科事典

時期はうんと後になりますが、30代の中頃に一度だけ随分高価で古本を売ったことがあります。

その時は大阪駅地下の店ではなく、桜橋の第三ビル1階にあった古書店です。

そのときは少しまとまったお金が必要でしたので、考えた末、苦労して月賦で買った平凡社の世界大百科事典を売ることにしたのです。

どこに売ったらよいかよくわからず、そうしたことに詳しい友人が教えてくれたのが大阪駅に近い桜橋にある古書店です。

その百科事典は日本で最も大きいと言われる全部で35刊にもなる豪華装丁のもので、購入価格は確か14万円ぐらいだったのではないでしょうか。

それほどの金額の高価な書物ですから、買取価格もある程度は期待しており、少なくても定価の2割以上はかたいだろう、と思っていました。

さて、いくらで買ってくれたかといえば、なんと期待額を大きく上回る5万5千円もだしてくれると言うではありませんか。

即座にOKの返事を出して売却したのは言うまでもありません。後にも先にも、これだけの金額で古本を売却した事は他にありません。

 

昔は本を売って生活費の足しにした作家が少なくなかった

今ではよく名の知れた文豪と呼ばれるような有名作家でも、まだ売れていない貧乏な時代がありお金に苦労したこともあるようです。

そうした作家のエッセイなどを読むと、お金がないとき金策に苦労した話がよく出てきます。

今のように消費者金融が発達していない時代ですから、金策のための選択肢は多くありません。

最も多いのは知り合いに借金を申し込むこと。次が質屋に行くこと。そして3番目は本棚においてある自分の蔵書を売ることです。

なんと行っても作家ですから本はたくさん持っています。その中から金になりそうなめぼしい物を選んで古本屋へ持っていくのです。

いや自ら行かなくても、事前にははがき1枚出しておけば、相手方が出張して取りに来てくれるところもあったようです。

いわゆるお得意さんになっているようなお店なのでしょうが、文豪と呼ばれる作家でもそんな懇意な取引先ができるほど頻繁に本を売っていたのです。

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2020年7月11日土曜日

ダサいと言われたら終わり


「ダサい」はいちばん言われたくないことば

ダサいの意味は 野暮ったい、田舎臭い、ブサイク、垢抜けない などで、どれをとっても悪いことばかりです。

それは ・イケてない ・カッコわるい ・モサい などの同義語を見てもよくわかります。

更にダサいについて理解を深めるためにこの言葉の反対語を調べててみると次のような語句が出てきました。


ダサいの反対語

・カッコいい ・イケてる ・クール ・オシャレ ・垢抜けている


ご覧の通りこちらの方はダサいに比べると良いことばかりです。できることなら人からはこう言われたいものです。



ダサい人は人生終わっている

youtubeでホリエモンが「この男の人生終わっている」と言っているのを聞いて、思わずハッとした人は少なくないはずです。なぜなら、聴いた瞬間にそれを自分に当てはめて考えるからです。

つまり「自分の人生のことではないのか?」「俺の人生も終わっているのではないだろうか?」というふうに思うのです。

でも大抵の人の人生はまだ終わっていないはずですから心配には及びません。

とはいえ中には、この指摘が当たっている人もいます。それは周りからダサいと言われる人たちです。


・ダサい人に良いことは何もない
ダサい人は早くそれに気づき改善すべきです。なぜならダサければ何も良いことがないからです。

要するに悪いことばかりなのです。それ故に「人生終わっている」などと言われるのです。


・ダサい人は真っ先にいじめの対象になる
いじめは良くないことですが、一向になくなりません。その原因の一つに周りには必ずと言っていいほどターゲットになりやすい人がいるからです。

いじめの格好の対象になるのがダサい人なのです。ダサい人がいなくならない限りいじめは減りません。

・ダサい男は絶対にモテない
男なら女性モテたいものです。でもダサい人は絶対に女性にモテない、と断言できます。

これだけでも「人生終わっている」と言えるのです。

・外見だけでなく心もダサい
外見が悪くても心が良ければいい、ということを時々聞きます。
でもダサい人にはこれは通用しません。なぜならダサい人は往々にして心もダサい人が多いからです。



高齢者が嫌われるのはダサいから

年代的にいえば、いちばん嫌われるのは高齢者です。でもなぜなのでしょうか。第一の理由はダサいからです。 

まず身なりですが、多くの高齢者は服装が地味過ぎる上にセンスがありません。それがダサく見せる最大の原因です。

高齢者の皆さん,周りからダサいと見られないように、何はともあれもっと服装に気を使いましょう。

2019年4月15日月曜日

なんと2年間で1000冊も!  ホリエモン 驚異の読書量

 
 
堀江貴文が物知りわけ、服役中の2年間だけでも1000冊もの本を読んでいる
 
若くしてIT企業(ライフドア)の社長として君臨し一財産を成したホリエモンこと堀江貴文氏ですが、2年間の服役という苦節のピリオドを乗り切り、今は時代の最先端を行くロケットの開発をはじめ様々な分野で活躍しています。
 
さらには次々と多くの本を執筆し続け、アイデアマンとしても卓越した才能を発揮しています。
 
彼が本に書いたりメディアで話したことは何かと話題になりますが、それは発想がユニークで人々にとって魅力的であるからに違いありません。
 
でも次々と繰り出す彼のアイデアの源泉はいったいどこにあるのでしょうか。ずばりそれは彼の並外れた読書量にあります。
 
氏がライブドア事件で2年間服役したことは誰もが知っていますが、刑務所での2年間をどのように過ごしたかを知っている人はそれほど多くないでしょう。
 
 
服役中の2年間、ホリエモンは死ぬほど読書を続けていた
 
ホリエモンの著書の中にネットがつながらなかったので仕方なく本を1000刷読んで考えた」という恐ろしくタイトルの長い本があります。
 
でもこの本タイトルの長さだけで驚いてはいけません。真に驚くべきは彼の読書量のすごさです。
 
タイトルのごとく、2年間の服役中に読んだ本について書いているのですが、注目すべきはその量です。
 
読んだ本は2年間でなんと1000冊。ということは730日あまりで1000冊ですから2日で3冊程度読んだことになります。
 
刑務所生活は服役というくらいですから労役が課せられ決して暇ではありません。自由時間は普通の人とそれほど変わらないくらいです。ただ外へ出られない分だけ、中ですごす時間が多くなり、それを読書に当てることとができるのです。
 
堀江氏はそうした自由時間をことごとく読書に当てたのです。あけてもくれてもその時間の彼は死ぬほど読書を続けたのです。
 
 
ホリエモンは服役中にこんな本を読んできた
 
ではホリエモンが刑務所の中で読んだのはどのような本であったのでしょうか。ここではその一部をご紹介することにします。
 
 
ホリエモンが刑務所で読んだ本
 
・新装版 こんな僕でも社長になれた
・カレチ コミック 5巻完結セット (モーニングKC)
・シャーロッキアン! コミック 1-4巻セット (アクションコミックス)
・理系の子 高校生科学オリンピックの青春 (文春文庫 S 15-1)
・バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!
・ロケットボーイズ〈上〉
・宇宙は「地球」であふれている -見えてきた系外惑星の素顔- (知りたい!サイエンス)
・放射線医が語る被ばくと発がんの真実 (ベスト新書)
「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)
A3〈上〉 (集英社文庫)
・外資系金融の終わり―年収5000万円トレーダーの悩ましき日々
・山賊ダイアリー(1) (イブニングKC)
・ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法
・破天荒でいい――「人生に倍賭けする」生き方【生き様】
・ヘルタースケルター (Feelコミックス)
・トラオ 徳田虎雄 不随の病院王 (小学館文庫)
・人間仮免中
・獄窓記 (新潮文庫)
[まとめ買い] ムショ医
・超闘(スーパー) 死刑囚伝―孫斗八の生涯 (現代教養文庫―ベスト・ノンフィクション)
・成りあがり―矢沢永吉激論集 (1978年)
・五体不満足 完全版 【講談社英語文庫】
・オトことば
PLATONIC SEX
・僕の小規模な失敗
・風俗行ったら人生変わったwww
・とんび (角川文庫)
・かくかくしかじか コミック 5巻完結セット (愛蔵版コミックス)
・東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン (新潮文庫)
天地明察
JIN-仁- 全巻セット (ジャンプコミックスデラックス)
・青雲の梯 老中と狂歌師 (100周年書き下ろし)
・チャンネルはそのまま! コミック 全6巻完結セット (BIG ・SPIRITS COMICS SPECIAL)
・電波の城 コミック 23巻完結セット (ビッグコミックス)
・江戸のお金の物語 (日経プレミアシリーズ)
・武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)
・リーマン侍江戸語の世渡り (扶桑社BOOKS)
・日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門 もう代案はありません
・グラゼニ 全17巻完結セット コミック (モーニングKC)
・フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
・暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
・カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 1巻 細胞生物学 (ブルーバックス
 
 
 

2018年6月6日水曜日

このエッセイ集がすごい!これぞ珠玉のエッセイ36編 ・ 書評 「直木賞受賞エッセイ集成」 文芸春秋


直木賞受賞実力派作家36人による名文集


分厚い読み応えのある本でした。

それもそうでしょう。36人の作家が一人20枚もの原稿を書いているのです。

単純に計算しても20×36=720ですから、400字原稿用紙720枚の量になるのです。

これは普通の本の2冊分に当たります。

量だけではありません。質の方も負けてはおらず、下の収録内容が示す通り、まさに滅多にないほどの珠玉の名編揃いなのです。

収録作品はこれ

  • 愛憎のイナズマ / 山本文緒 []
  • 「早稲田文学」のこと / 重松清 []
  • 母親の顔 / 藤田宜永 []
  • 今までも、これからも / 唯川恵 []
  • もうひとつの『あかね空』 / 山本一力 []
  • 残したい情景、残したくない自分 / 乙川優三郎 []
  • 人には〈幸福とは呼べぬ幸せ〉を選ぶ自由がある / 村山由佳 []
  • 一九九六年四月、牡羊座の運勢は / 石田衣良 []
  • 恋愛は無敵だと書きたい私としては / 江國香織 []
  • やっぱり、日本的なものが好きなんです / 京極夏彦 []
  • 十年経って言うのもなんだが / 奥田英朗 []
  • わがままであまのじゃく / 熊谷達也 []
  • 書くこと、旅すること / 角田光代 []
  • あのカバンの意味を探して / 朱川湊人 []
  • 楽しいゲームでした。みなさんに感謝! / 東野圭吾 []
  • 父に捧ぐ / 森絵都 []
  • 生きるとは、本を読むこと / 三浦しをん []
  • 「受付の人」が引っ込んでから / 松井今朝子 []
  • 絶望が花よ / 桜庭一樹 []
  • ずっといる / 井上荒野 []
  • 思い起こすままに / 天童荒太 []
  • 本のある家 / 山本兼一 []
  • どこ行くの / 北村薫 []
  • 卵の殻のむけるまで / 佐々木譲 []
  • 何もかも全部、小説のせい / 白石一文 []
  • いつでもどこでも書いていた / 中島京子 []
  • いい気になるな / 木内昇 []
  • 小さなノートといっしょに失くしたもの / 道尾秀介 []
  • 田舎育ちの乱歩好き少年 / 池井戸潤 []
  • 青春という闇の匂い / 葉室麟 []
  • 十七歳のサイン会 / 辻村深月 []
  • ルーレットの目 / 朝井リョウ []
  • 道中四景 / 安部龍太郎 []
  • 愚かで愛しい時間 / 桜木紫乃 []
  • 毛玉たちへ / 朝井まかて []
  • 原稿用紙に書く前 / 姫野カオルコ []



36人の作家・渾身のエッセイ


作家は小説だけでなくエッセイもよく書きます。でも上手な小説が書ける人がエッセイも上手かと言えば、それは少し違うようです

こちらが期待して読んだ作品がつまらなくて失望することも時にはあります。

作家と言えどもいつでも読者を満足させる作品を書くことはできないのです。

その原因はテーマの選択ミスであったり、書くタイミングの問題などいろいろあるでしょう。

とは言え、稀ではありますが、アンソロジーとして1冊にまとめられたエッセイ集のすべての作品が素晴らしい本も中にはあります。この本がまさにそれに当たります。

ここには上に挙げたリストのとおり36人の作家のエッセイが1篇づつ収められていますが、そのすべてが優れた作品なのです。

これほどの作品が一堂に会すると、中には、不出来な作品が混じっていても不思議はないのですが、それがないのです。

すべての作品が作者が精魂を込めて書いた名エッセイなのです。

まさに稀に見る珠玉のエッセイ集と言っても過言ではありません。


なぜこれだけすばらしい作品が書けたのか


このエッセイ集を読んでいて強く思うことは、よくもこれだけすばらしいエッセイばかり36篇もそろったものだ、ということです。

それにしてもなぜこれほど素晴らしい作品ばかりが書けたのでしょうか。それはこの本のタイトルを見ればわかります。

あらためて眺めてみますと、この本のタイトルは「直木賞受賞エッセイ集成」となっています。

これで分かるように、ここに収録された作品はすべてが直木賞受賞者が執筆したものです。

しかも受賞記念エッセイとして文芸春秋発行の「オール読物」誌上に掲載されたものばかりなのです。

直木賞を受賞するような作家ですから、言うまでもなく実力派ぞろいです。

その実力派作家が直木賞受賞を記念して書いたエッセイですから良い作品でないはずがありません。

どの作家も受賞の感激もあって、執筆意欲は最高潮に達していたはずですから、おのずと良い作品が生まれるのです。

つまり、モノを書くタイミングが良く、それに旺盛な意欲が重なり、それが相乗効果となって、その結果良い作品が生まれたのです。

作家と言えども、いつも良い作品が書けるわけではない


上でも書きましたが小説の上手な著者が書いたエッセイが必ずしも良い作品とは言えません。

時には、こんなつまらない作品があの作者が書いたものだろうか?と、読んで落胆することもあります。

でも文章のプロである作家がなぜつまらないエッセイを書くのでしょうか。

思うに、その原因は二つあります。一つは作品を多く書き過ぎてネタ切れになっているのです。

エッセイのネタは何でもいいわけではありません。読者を惹きつける面白いエッセイを書くためには、材料であるネタが良くなくてはいけません。

もう一つの理由は原稿に締め切りにあります。人気作家はいつもたくさんの仕事を抱えています。

週刊誌や月刊誌の小説やエッセイの連載物、書下ろし小説、などいつも大量の仕事を抱え締め切りの追われています。

そのため締め切り間際になった時など、時間に追われ、つい不本意な内容の作品を書いてしまうのです。


エッセイで20枚を書くのは難しい


エッセイはよく読む方ですが、これまで読んだものに原稿用紙20枚にも及ぶ長いものはいそれほどありませんでした。

たいていは4~5枚、長いものでも8~10枚が良いとこです。

でも今回は36人の作品すべてが400字詰め20枚の長い作品ばかりなのです。


この作品を後に読んだ「ベストエッセイ2015」と比較してみた



直木賞受賞エッセイ集成がいかに優れた本であるかを証明するために、同じようなアンソロジー型の他のエッセイ集と比較してみることにしました。

比較の対象に挙げたのは最近読んだ「ベストエッセイ2015」です。

この本の概要は以下になります。

・収録作品 76
1篇 2000~8000文字
・日本文藝家協会編
・編集委員 門田光代、林真理子、藤沢周、町田康、三浦しをん
・光村図書

この本は作家に限らず、2014年度にあらゆる新聞、雑誌に取り上げられたエッセイから上記選考委員によって選ばれた作品が掲載されています。

読む前は「直木賞受賞エッセイ集成」同様に面白い作品ばかり載っているのだろうと、期待していました。しかしその期待は外れました。

全76編のうち、良かったと思われるものはわずか10作品程度で、まあまあ、が30作品ぐらい、残りはどうでもいいような、いわば駄作とも言える作品でした。

要するに「直木賞受賞エッセイ集成」に比べて、大きく見劣りがしたのです。

この比較の結果からも、「直木賞受賞エッセイ集成」がいかに優れているかがよく分かります。