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2025年4月20日日曜日

「 いいエッセイ書くなあ、この人」と思った秀作エッセイのご紹介

 

読み物の中ではエッセイがいちばん好きで、ネットで目にしたものはことごとく読んでいますが、残念ながらすべてが良い作品というわけにはいきません。

つまり、読み終えて、「うーん」と唸るような良い作品にはあまり当たらず、たいていの作品が「まあまあだな」程度の感想で終わるのです。

こう書いていて、ふと思い出したのが、「イギリス毒舌日記」というブログのエッセイです。

名前の通り、イギリスがテーマのエッセイで、作者の長年に及ぶイギリス生活記なのですが、筆法鋭く辛口で書いているところがとても魅力的で、すごく気に入った作品です。

偶然なのか今回ご紹介するのもイギリス生活がテーマになっています。それにこの作者も12年という長期滞在で生活体験が豊富な方です。

偶然とはいえ、私はイギリス生活をテーマにしたエッセイと相性がいいのでしょうか。

久々に「うーん」と唸った良い作品でした。


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瀬戸際の七瀬ちゃん

生活費危機のイギリスで収入ダウン!家賃値上げで「国外退去」の崖っぷち

2025/04/18 06:00

#代田七瀬#コラム&エッセー

大手小町 (読売新聞オンライン)



ケンブリッジの家の庭先で、自転車のハンドルを握りしめたまま思わず叫んでしまった。

“Are you an angel ?!”

庭のトネリコの大木で身を休めていたリスや小鳥たちも、あまりにも大きな声に何事かと目を覚ましたに違いない。


60代のイラン人の大家さんは、私の月々の収入がガタ落ちしたことを知り、来月から私の住民税を支払ってくれるという。

生活コストの上がったイギリスで、同僚の研究者や友人たちは「来月から家賃を10%値上げします」という恐怖の通達を次々に受けている。このタイミングで家賃や光熱費や住民税の値上げとなれば、私にとっては国外退去命令も同然だ。


しかし、私の目の前にエンジェルが舞い降りてきた! 大家さんは人懐っこい愛猫ザーラを抱えて、インテリらしい丁寧な語り口で言った。

「僕も大学関係者だったから、研究職を続けるのがどんなに難しいかよく分かる。外国人ならなおさらだ」


30代半ばで交際相手に振られ、「日本には帰らない!」と踏ん張っている底辺研究者の私が、家賃の高いケンブリッジに居続けられるのは、こうやって私の生活を経済的にも精神的にも支えてくれるエンジェル大家さんのような人が数人いるからだ。


彼らは口をそろえてこう言ってくれる。「Nanaseは家族だから」と。


シェアハウスで暮らすイギリスの若者たち

ケンブリッジは首都ロンドンから電車で1時間ほどの町。中心部を流れるケム川(River Cam)にかかる橋(bridge)が地名の由来と言われている。川にゆかりのある「七瀬」という名前の私が、この町に身を置いているのも、何かの縁かもしれない。


ケム川沿いから10分ほど歩くと、私の暮らす一軒家がある。150年以上前に建てられた家屋はフレームだけを残してリノベーションされ、内装も外観もモダンハウスといったたたずまいだ。


広い庭には樹齢100年を超えるトネリコの大木が堂々と根を張り、ラベンダーや水仙やクロッカスが季節ごとに現れる。庭の壁にはブドウやイチジクやバラも顔を出す。手作りの小さな池には、黄色い花を咲かせるマーシュマリーゴールドや紫色のアヤメが咲く。エンジェル大家さん自慢の庭だ。


私はこの一軒家の2階の一室を間借りしている。窓を見下ろすと、1階に暮らす大家さんが愛猫ザーラとほのぼのと庭で散歩をしているのが見え、遠くに目をやれば、ゴシック様式の教会が尖塔をのぞかせる。日曜日の朝には、教会の鐘がこれでもかというほど鳴り響く。


豊かな英国ライフを絵に描いたような、いかにも“丁寧な暮らし”をエンジョイしているように思われるかもしれないが、実態は楽じゃない。イギリスでは経済的な理由から、学生や若い社会人はシェアハウスで暮らすのが一般的だ。


私も、香港から来たリンとキッチンやバスルームをシェアして暮らしている。ケンブリッジ大の博士課程に籍を置くリンは機転の利く、早口で気前のいい女性だ。仕事の愚痴やガールズトークを何時間もする関係ではないけれど、「どうぞ」と書いた紙切れをそっとキッチンに置いて、チョコレートやスイーツを交換してお互いをねぎらう。


ケンブリッジでワンルームタイプのアパートを借りる場合、家賃相場は1200~1800ポンド(約22~35万円)。イギリスの大卒初任給が1600~2500ポンドと言われているので、アパートを借りて一人暮らしなんてとてもできない。大手の投資銀行や有名なコンサル、世界的なIT企業に勤めるか、安定した収入のあるパートナーと同棲でもしない限り1LDKなんて夢のまた夢だ。


その上、イギリスはここ数年続く記録的なインフレで、2021年頃からcost of living crisis(生活費危機)に襲われている。急激な物価高や家賃の高騰などで生活苦に陥り、冬に暖房代を払えない人たちも出始めた。多くの地域で「フードバンク」ならぬ「ウォームバンク」と称し、暖を提供する公共スペースやNGOやカフェが日中に人々を迎え入れた。


そんな生活費危機が身近に押し寄せている中、ケンブリッジ大でポストドクター研究員としての1年間の契約は終わり、講師に切り替わった。研究員であれば一定の月収をもらえるが、講師は教えた分を時給で受け取る。だから、授業のない長期休暇中に収入はない。私の所得が大幅に減ることははっきりしていた。


経済的に支え合えるパートナーがほしい

エンジェル大家さんの計らいで、生活費危機とワーキングプアのダブル・ピンチをなんとか乗り越えられそうだが、こうなると、やっぱりパートナーがほしい。経済的に支え合える「家族ユニット」的なチームメートがいれば、生活は少しでも楽になるのにと考えずにいられない。


そして私はまたデートアプリを開いてスワイプを始める。最近は、「家を買った」という人とアプリでマッチして会うことがよくある。

先日会ったのは、ケンブリッジから1時間ほど郊外にあるスポールディングという小さな町に暮らす30代後半の男性だ。身長は175センチくらい。短く刈り込んだ髪の毛はやや少なくなりはじめ、これといって特徴のない顔だけれどニコッと笑顔になるとチャーミングだ。


彼はコーヒーを片手に、子どもの時にサッカーで「スーパー補欠」というトロフィーをもらったと笑いながら話していた。カッコつけない自然体な人だった。そして数年前に「自宅を買った」ということも。


家族、友人、仕事、家、コミュニティー……、友人を除いて私が持っていない全てを持っているように見えた。「経済的に頼もしい。一緒に住んだら家賃0ポンドかな」とか、「家持ちの彼氏なんて超ラッキー」くらいに思えればいいのに、私は心のシャッターをそっと下ろしていた。


“I don`t want to die in Spalding…”

スポールディングで一生を終えたくない……。だって、外国人の私がそんな田舎に住んだら孤独になる。そして私にできる仕事は、たぶんそこにはない。あなたには「家」よりも「国際感覚」を持っていてほしかった。私は密かにそう思っていた。


夜中に狭いキッチンでリンとすれ違った。そういえば、落ち込んでいたリンに、彼女の大好きなポルトガルのパステル・デ・ナタを買ってきて、キッチンに置いておいた。

「タルトをありがとう。本当、うれしかった」と早口で言うリンの背中に、「しっかり休んで」と声をかけた。自分の部屋に戻り、私は静かにドアを閉めた。

ソファー代わりのベッドの端に座り、スポールディングから来た彼に、次のデートのお断りの返信メッセージを送る。私は小さく息を吐いた。


(英・ケンブリッジ大講師 代田七瀬)


出典:大手小町


2025年2月15日土曜日

書評 人生の滋味 池波正太郎かく語りき      池波正太郎 幻戯書房

 

時代小説の大家だが 食と映画でもプロ並みの卓越した知識

池波正太郎のエッセイ集を読むとき、決まって頭に持ち上がるのはテレビの時代劇「鬼平犯科帳」や「剣客商売」それに「必殺仕事人」であり、ロングセラーのエンタメ時代劇は彼の独壇場と言っていいのだ。

要するに彼はおもしろい時代小説の書き手の第一人者であるという点がまず頭に浮かぶのである。

でもここで言いたいのはそれだけではない。彼には時代劇を描くことの他に別の大きな得意技があるのだ。それは食(料理)と映画の知識が卓越していることだ。

これら二つのうち、料理については他でいろいろ紹介されているので、ここでは割愛することにして、もう一つの映画の方に焦点を当ててみることにしよう。


小説家でこれほど外国映画に詳しい人は他にいない

この本の166ページ「回想のジャン・ギャバン フランス映画の旅」から188ページまでの

22ページぐらいは、映画についての回想で占められているのだが

中でもすごいのはジャーナリスト・古谷剛正、映画評論家・白井佳夫との対談である。

ここでは戦前の外国映画について、この道の大家二人との対談が繰り広げられているのだが、専門家の二人を差し置いて

話す内容も彼らより詳しく、完全にこの対談のリーダーシップを握っているではないか。

これを読むだけで彼の外国映画に関する知識が、いかに卓越したものであるかが良くわかる。


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内容紹介(出版社より)

江戸を想い、昭和を生きた男が遺した、雑誌や新聞で語った言葉。全集にも未収録だったその志が初めて本に。
ぼくの書く鬼平で、平蔵が部下にねぎらいの言葉をかけるのがいいということになってるが、それが普通なんですよ。今ね、女が気がつかないっていうのは、しょうがないよね。男の気が回らないこと、実にこれはおびただしいもんだ、ああ……。(本文より)
証券会社から、保健所、都税事務所へと移った十七年間のサラリーマン時代    
手製のパン焼器    
体操をつづけて痔の苦しみから救われる 私の闘病記    
締め切りさえ守っていれば    
男の常識をたくわえるということは、結局、自分の得になるんだ    
人生の滋味を堪能したいきみに    
おしゃれは、まず自分を知ってから 私の一流品考    
亭主関白の愛情作法    
感激の東富士打倒 一年がかり、けたぐりで    
2
私と平蔵の出合い
自分の命を賭ける生き方最近の時代小説
むずかしい新聞小説 流行作家は楽でない
人斬り半次郎について 新連載時代小説 序にかえて
新国劇の「風林火山」井上靖あて書簡
構想はあまり練らず
蝶の戦記』を終えて 歴史的背景に重み 骨が折れる“忍者小説” 裏の裏かく描写で
人間近藤勇 歴史夜咄
九年の歳月 大河小説「真田太平記」の連載を終えて

三波伸介 ホンモノの芸人    
田中冬二の世界    
こころの平和の源泉    
闘う城    
田舎に限るよ、旅は    
『回想のジャン・ギャバン フランス映画の旅』付言    
もう一度見たい映画は?    
弁士の名調子に酔う    
『ブルグ劇場』封切のころ    
一枚の“手札写真”に捺された我らがヰタ・セクスアリス プロマイド座談会〈戦前編〉   -古谷綱正、白井佳夫と
ベニス紀行 座談会 -吉行淳之介、小田島雄志と  
4
受賞のことば    
直木三十五賞/小説現代読者賞/吉川英治文学賞
最後 追悼・藤島一虎さん    
なつかしい人 浜田右二郎さん    
八白土星の風貌 追悼・野間省一氏    
素人が売れる時代は心配だな 紫綬褒章受章    
初出一覧  宮澤則雄編


目次(「BOOK」データベースより)

1(大川の水/いまに残る江戸八百八町ー大川端の昔といま ほか)/2(私と平蔵の出合い/自分の命を賭ける生き方 ほか)/3(三波伸介 ホンモノの芸人/田中冬二の世界 ほか)/4(受賞のことばー直木三十五賞/小説現代読者賞/吉川英治文学賞/最後ー追悼・藤島一虎さん ほか)


著者情報(「BOOK」データベースより)

池波正太郎(イケナミショウタロウ)
大正12(1923)年1月25日、東京市浅草区聖天町生まれ。昭和10(1935)年、下谷区西町小学校卒業、株式仲買店勤務。昭和14年より三年ほど証券取引所にあった剣道場へ通い、初段を得る。旋盤機械工を経て昭和19年、横須賀海兵団入団。敗戦の翌年、東京都職員として下谷区役所の衛生課に勤務。昭和23年、長谷川伸門下に入る。昭和25年、片岡豊子と結婚。昭和26年、戯曲「鈍牛」を発表し上演。新国劇の脚本と演出を担当する一方、小説も執筆。昭和30年、転勤先の目黒税務事務所で都庁職員を辞し、作家業に専念。昭和35年、『錯乱』で直木三十五賞受賞。受賞歴はほか吉川英治文学賞、大谷竹次郎賞、菊池寛賞等。平成2(1990)年5月3日、入院していた東京都千代田区神田和泉町の三井記念病院で死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出典:RAKUTENブックス


2024年9月27日金曜日

ベストエッセイ2023を読んで気づいたこと


 毎年1冊づつ出ているこのシリーズ、たしか2011年から読んでいるからこの2023年で13冊目である。

毎回、読むごとに感想文を書いているから、こちらの方も今回で13回目になる。

この感想文でいつも書くことがあるのだが、それはベストエッセイと名乗っていても、必ずしもすべての作品が優れてはいない、ということだ。

この本には毎回75編ぐらいのエッセイが載せられているが、ベストエッセイと名乗っているのだから、これら75編が今年(前年に発表されたもの)の最も優秀な作品ということになる。

このことに対していつも疑問に感じているのだ。なぜなら、いくら真剣に読んでもベストな作品と思われるのは全体の10編前後でしかないからである。

つまりエッセイとして最高の作品と思われるのは全体の12~13%程度でしかないのである。


上手な人はいつも上手 それはこのシリーズの常連組


この12〜13%の中に毎回上がってくる作者たちがいるが、それはこのシリーズの常連組である。


どのような分野の人かというと、最も多いのがエッセイイストと名乗っている人たちである。


具体的に名前を上げると酒井順子、平松洋子、阿川佐和子、穂村弘など各氏である。


これらのメンバーは、この10年ほどほとんど変わっていない。故に常連と言えるのである。


エッセイスト以外にいろいろな職種の人が書いているが、職業は非常に多岐に及んでいるようだ。


ちなみに具体的な分野を多い順に上げると、小説家・作家、エッセイスト、漫画家、翻訳家、歌人というふうになる。


これらの職種で特に注目したいのが《歌人》である。


新たにエッセイが上手な2人の《歌人》を知った


歌人の一人に穂村弘という方がいる。この方がエッセイが上手なのは定評があるが、それを証明するのは、ベストエッセイシリーズに毎回名前が挙がっていることだけでなく、特筆したいのはエッセイ分野で最高の賞と言われる講談社エッセイ賞を受賞していることだ。


でも受賞した当時から現在まで、歌人というこの方の職業は特に意識しておらず、偶然のことだと思っていた。


歌人にエッセイが上手な人が多いと気づいたのは、今回の2023年シリーズからである。


それはこの集に出てきた2つの作品を読んでいるとき、「この作品とても上手だけど、作者はどんな人なのだろう」と思い、終りの出ている職業名を見ると、二作品とも職業が歌人になっていたのだ。


その作家名と作品は、平岡直子氏「幽霊」大辻隆弘氏「漕代駅」である。



歌人はなぜエッセイが上手なのだろうか


では「なぜ歌人にエッセイの上手な人が多いのだろうか」という問題である。


エッセイストや小説家なら分かるが、歌人とエッセイを結びつける点は特にはない。


というか、エッセイストや小説家に比べるとエッセイを書く機会はうんと少ないように思う。にもかかわらずベストエッセイには歌人による秀作が多数掲載されているのだ。


この事実を知って「なぜだろう?」と思うのは私だけではないかもしれない。


短歌がSNSでバズって歌人が注目されたのも理由なのか


SNSを中心にして、いま空前の短歌ブームを迎えているが、その理由としてgoogleAIは次のような点を挙げている。


SNSで短歌がバズった理由としては、次のようなことが考えられます。

短歌とSNSの短文の親和性
短歌が若者のニーズに合ったこと
SNSが認識のあり方に変化をもたらしたこと

短歌は、5・7・5・7・7の31音で構成される短い詩で、日本古来の伝統文化です。短歌批評家の渡辺祐真氏は、短歌とSNSの短文との親和性を指摘し、ちょうどよい文字数で自由に詠める短歌が若者のニーズに合ったと分析しています。また、SNSは「エモい」や「映える」といった発想の拡大と通俗化に大きく貢献しており、「バズる」という現象にも影響を与えています。

さらに、新型コロナウイルス禍でつながりが薄れた時代、人々が短歌に託す知られざる“物語”が背景にあるとも考えられています。短歌を読み、共感を覚えて救われたり、明るい歌に元気をもらったりすることで、メンタル面にもポジティブな影響を与えている可能性があります。


これを読んで思ったのは、いま歌人にエッセイの上手な人が多いのは、短歌ブームによって、文才のある優秀な人材がこの分野に多く集まったからではないか、ということである。


残念ながら、浅学で凡人の私には、そのほかの理由を挙げることはできない。





2023年8月4日金曜日

このエッセイは味がある 「舌の良し悪し」藤原正彦 文藝春秋8月号


祖母が作ってくれたおはぎのことで面白いことを書いている

このエッセイは文藝春秋8月号に載っている藤原正彦のエッセイです。

タイトルは「舌の良し悪し」というものですが、ここに紹介するのはその中になんとも味がある一文です。まずは以下をお読みください。

 

私の家族は満州から引き揚げ帰国した後、住む家もなく信州の草深い村にある母の生家に身を寄せた。百姓家にある食物は、自分の畑でとれる野菜だけだった。そのせいか今も、キュウリは味噌をつけてかじるのが一番だ。甘味ではなんといっても祖母がお盆などに作ってくれたおはぎである。いつも野良仕事で爪の間に土がはさまっている祖母の手が、おはぎを作ってくれた後はきれいになっていたのを思い出す。

出典:文藝春秋8月号巻頭エッセイ 「舌の良し悪し」藤原正彦


いかがでしょうか。いうまでもなく味があるというのは下線の部分です。

しかしこんなことを書くのは勇気のいることです。なぜなら読者の取りようによっては不衛生と思われるかもしれないからです。

なにしろ畑仕事で爪に土が入るなどして汚れていたはずの祖母の手が、おはぎを作った後はきれいになっていたというのですから、汚れは紛れもなくおはぎにくっついたのです。

これを不衛生といわずになんといえばいいでしょう。

でも筆者はこのことを計算ずくで書いています。つまり今なら不衛生極まりないと思われることでも、時節は戦後すぐのことで、人びとが食糧難にあえいでいた頃です。おはきなどめったに口にすることのできないとっておきの御馳走だったに違いありません。

ですから、子供たちがこのとびきりのごちそうを目の前にしたときは、早く食べたいと焦るばかりで、作ってくれた祖母の手の汚れのことなどに気を回す余裕はまったくなかったのです。

作者はそれをよく知っていて、今だから言えることとして、多少のいたずら心にユーモアも交えて書いているのです。

これも名エッセイストと評判の高い藤原正彦だからできることなのでしょう。



 

 


2022年3月21日月曜日

コンビニ人間の村田沙耶香 小説だけでなくエッセイも素晴らしい

 


村田沙耶香といえばなんと言ってもすぐに思い浮かぶのは芥川賞受賞の小説「コンビニ人間」です。コンビニをテーマとしたなんともユニークな作品で、その独特の魅力は万人をひきつけ空前のベストセラーになりました。

人気は国内だけではありません。読者は広く海外にまで及び、今や世界30カ国以上で翻訳出版されブームを呼んでいます。

今回ご紹介するのはその作家が出したエッセイ集「となりの脳世界」という作品です。 

 

  書評 村田沙耶香エッセイ集 「となりの脳世界」 朝日新聞社 

このエッセイ集には著者の20代半ばから現在の30代後半にかけての作品が70数点集められています。

作家はえてして小説だけでなくエッセイにも力を入れれ書くのですが、出来栄えの方は必ずしも評判になった小説同様に良い作品になるとは限りません。

極端な場合は「あの小説家がこんな下手なエッセイとは」と思わせるほどの駄作を出すこともあるのです。

でもこの著者は違います。コンビニ人間で見せたユニークな発想はエッセイでにも生きておりどの作品も読む人をひきつけて放さない魅力に溢れています。

70数編の作品の大半が素晴らしいのですが、ここでは読み終えて特に心に残った3編をご紹介することにします。

 

となりの脳世界 心に残った3つの作品

 

こそそめスープ 

このエッセイを読むのは2度めである。たしか光村図書から出ているベストエッセイ集にも掲載されており、1回目はそれで読んだはずだ。読む機会が2度訪れるのはこの作品が良いエッセイの証拠だろう。さて内容だが、著者はコンソメスープのことを正しい名前はコソソメスープだと長い間信じて疑わなかった。誰もが「こんそめ」と言っているのはわかっていても、それはどこにでもある安物の食堂で出まがいもののスープあり、「こそそめスープ」こそ一流シェフが作る高級店の本物のスープだと確信しているのだ。

 

相撲を夢見た日 

小学校3年生のときの学校での体育の授業の話です。ある日の授業で先生が「今日の授業では相撲をやる」と言います。著者は思います。「相撲だなんて、私は何もわからないし、技も知らない。でも相撲で重油なのは押しのちからなのでは、それなら何となくできると思う」そう考えてクラスの女子との対戦では腰を低くして相手を押しまくったのです。するとどうだろう、気がついてみればトーナメントでクラスの女性を全部破っていたのだ。それで今度は男子生徒に挑戦したのだが、流石に男の子には力及ばず初戦で敗退。その後相撲のことが忘れられないようになり、中学へ進学すると相撲部へ入部しようと、早速部室やメンバーを探したが、残念ながらこの中学に相撲部はなく、諦める他なかった。

 

猿と人 

温泉に入る猿で有名な地獄谷温泉へ友達と行きました。多くの猿が温泉に入る様子は圧巻で、面白おかしく眺めていました。でもさるだけを楽しませておくわけには行かないと人間の自分たちも入ることにしました。温泉の中から猿たちを眺めていると、「あの人間たち、温泉に入って一体何を考えてているのだろうか?」などと、猿の方から人間が観察されているような妙な気持ちになりました。

 

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出版社内容情報 

【文学/日本文学評論随筆その他】デビューから現在まで各紙誌に書いてきたエッセイを一冊にまとめた決定版。小さな頃の思い出から、影響を受けた本や音楽、旅先での出来事、今まで気づかなかった勘違いに、コンビニバイトのこと。Twitterで話題の『「走らせている人」たち』も収録!



内容説明 

読み終えた後、目の前の世界が変わる。芥川賞作家が書き続けてきた日常と想像のあれこれ。デビューから15年、初の決定版エッセイ集。


 

目次

小さい頃について(スーパーの蜃気楼;宙返りの終焉 ほか)
日常について(歌舞伎町の店員;四度目の出会い ほか)
好きなことについて(文庫本が並ぶ本屋の想い出;安らかな爆破 ほか)
散歩、旅することについて(ダイアログ・イン・ザ・ダーク;港区芝公園界隈 ほか)


 

著者等紹介 

村田沙耶香[ムラタサヤカ]
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年に『授乳』で第四十六回群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞し、デビュー。09年『ギンイロノウタ』で第三十一回野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第二十六回三島由紀夫賞、16年『コンビニ人間』で第百五十五回芥川賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

                          


出典:紀伊國屋書店

 

 

2021年2月7日日曜日

とんでもないことを言っている人がいる


「小説は無理でもエッセイなら誰でも書ける」という文章教室の講師

 

まず下の文章を読んでください。

 

あなたもエッセイストになれます。小説を書くには、やっぱり才能が必要です。シナリオを書くのも、同様でしょう。ところが、エッセイを書くのに才能は不要です。ふつうに日本語を話し、読み書きできれば、誰にでもエッセイを書くことができます。強いて必要なことを挙げれば、「観察眼」でしょう。エッセイを書くことを念頭に日々、観察眼を磨いていけば、必ず上達します。さあ、あなたも「夜のエッセイ塾」へ、どうぞ。

 

かがでしょうかこの文章は。ちなみにこれを書いた方は、このエッセイ塾の講師で、かつてはメジャー週刊誌で編集長をされていた人です。


元週刊誌編集長で、今はエッセイ塾講師と聞けば、もうバリバリの文章のプロです。間違ってもおかしな文章は書けません。


ところがどうでしょう。上の文章がおかしくないと言えるでしょうか。私にはとうていそう思えません。


どう読んでもおかしな文章だからです。まず挙げられるのば次の文節です。「小説やシナリオを書くには才能がいるが、エッセイにはそれはいらない」


そして次は結論として書いている「才能がいらないから誰にでも書ける」です。


どう考えても立派な経歴の持ち主である文書のプロが本気でこう思っているとは考えられません。多分この方はエッセイ教室の生徒集めのためにしかたなく書いた宣伝のためのものに違いありません。



エッセイの目的とは?

作家など文筆を主業とする方がよく書くのがエッセイです。なぜなら小説とともに人々に最もよく読まれるのがエッセイだからです。でもなぜエッセイはよく読まれるのでしょうか。わたしが考えるのに、おそらく読者には次のような目的があるからではないでしょうか

 

・文章の手本にしたい

良い文章を書きたいがなかなかうまくいかない。良い手本はないだろうかと作家の書いたエッセイからを見つけようとする

 

・心の栄養剤がほしい

仕事や日常生活からのストレスで心が荒んで来ている。健全な状態に戻すためには心の栄養剤が必要だ。良いエッセイでも読んでみよう。

 

・あたらしい知識を得たい

インプットがないとアウトプットは続かない。会議での発言やレポートのためにも新鮮で魅力的な言葉を覚えなければいけない。

 

人々のエッセイを読む目的が上のような点にあるとすれば、書き手としては当然のごとくこうした点を踏まえて執筆に臨まなければいけません。

 

つまり

・手本になるようや良い文章を書く

・読者の心に栄養剤になるような話を書く

・新しい知識で人々を啓蒙する

 

の3点にあるに違いありません。

 

したがってこれを踏まえて書かれたものが良いエッセイであり、そうでないのがつまらないエッセイということになります。

ということは、上の文章にあるような、「エッセイは誰にでも書ける」というような

易しいものでは決してないのです。