孤独死をなぜ”悲惨な死に方”というのか?
作家五木寛之氏は最近の著書「新老人の思想」の中で、増えつつある老人の孤独死の考え方に関して次のような見解を述べています。
「超高齢化社会で独居老人があふれている今は、もはや”孤独死は悲惨な死に方”とばかりは言っていられない」
というものです。
今ではこの意見に賛同する人は多いのではないでしょうか。
なぜなら日頃からマスコミの孤独死に関する報道の仕方に疑問を抱く人が多いと思われるからです。
ことに阪神淡路大震災や東日本大震災の後になってからは、新聞やテレビなどのメディアは、なぜだか孤独死をことさら大きく取り上げてセンセーショナルに報道するきらいがあります。
孤独死に対するこうした報道の仕方は、高齢化社会が急ピッチに進んでいる今では次第に違和感を感じるようになっているのです。
メディアは、なぜ病気や体調悪化のせいで一人で死んでいく人を、仰々しい「孤独死」という呼び方で騒ぎ立てるのでしょうか。
そもそも孤独死とはどんな死に方を言うのでしょうか。はたしてニュースになるほど珍しく変わった死に方なのでしょうか。
孤独死とは一人住まいの老人が、自宅の一室で、誰も知らないうちに、人に見守られることなく、一人でひっそり死んでいくことを言うのでしょう。
でもそれをなぜ悲惨な死に方と決めつけるのでしょうか。
独居老人が急増している今 孤独死が増えるのは自然なこと
人間誰でも死んでいくときは一人で、心中でもしない限り一緒に死んでくれる人はいません。
したがって死に際になって枕もとで悲しみに暮れてくれる人がいたとしても、死にゆく人にとって、何か有難みがあるでしょうか。
いいえ、そんなものがあるはずはありません。もしあったとしても死に向かう人にとってはもはや無意味です。
そればかりか、安らかにそっと死を迎えたい、と思っている本人にとって、枕元での励ましや慰めの声は、むしろありがた迷惑で煩わしく感じるのではないでしょうか。
死を前にした、人生最後の局面で、そうした煩わしさを味わいたくはないものです。
どうせ一人で死んでいくのなら、死ぬ前も一人で静かにいたい、こんな風に思う人がいても決して不自然なことではないでしょう。
「死は多くの家族など多くの見守られて迎えるもの」
孤独死を悲惨な死に方と考える人は、おそらくこうした固定観念に縛られている人が多いに違いありません。
こうした人たちは、今は世の中は大きく変わっていることを自覚する必要があるのではないでしょうか。
高齢化社会真っ只中の今の日本には、死に最も近い高齢者と呼ばれる層が、実に人口の4分の1の3000万人以上もいます。さらにそのうちの30%以上が一人住まいの独居老人なのです。
たとえば東京都だけを見ても、2013年度には孤独死が4515軒もあり、自宅で亡くなった人の34%を占めています。
こうした現実の姿を目の当たりにしたとき、どうして孤独死を悲惨な死に方などと言えるのでしょうか。
昔のように自分の周りにいつも誰かがいる昔のような大家族時代だとそう言えるかもしれませんが、時代は大きく変わったのです。
孤独死で問題なのは、発見が遅れること
これまで述べてきたように、今のような高齢化社会では誰にも看取られずに一人で死んでいくこと自体は、とやかく言われることではありません。
とはいえ、まったく問題がないわけではありません。
問題になるのは死んだ後のことです。つまり死後の発見が遅れることが問題につながる可能性があるのです。
中でも大きいのは発見が遅れたために必要になる特殊清掃です。
特殊清掃とは、普通の清掃では汚れや臭いを消去することが出来ないため、特殊な薬品や器具などを使用して時間をかけて施す清掃です。それ故に高い費用が掛かるのです。
これが必要になるのは、死体の発見が遅れれると、時間の経過とともに部屋のあらゆるものに死臭が染み込むからです。
そうした死臭を除去するには普通の清掃では間に合わず、特別な薬品や器具の助けを借りることが必要になり、そのために費用が嵩むのです。
それも数万円程度ですむのならまだしも、数十万円から、時には100万円を超えることも珍しくないようです。
それだけではありません。アパートなどだと、その後しばらくは使用できず、空室による多大な損害を被ります。
このように死んでしまった人はいいとしても、遺族をはじめ周りの人に多大な迷惑がかかるのです。
孤独死の最大の問題はこの点なのです。
これからは誰もが孤独死の心づもりをしなければいけない時代
今後の人口予測よると、2030年には独居老人も含めて単身世帯は40%にも達すると言われています。
これだけ多くの一人住まいの人がいるということは、孤独死が増えるのも当然のことで、むしろ自然な姿と言えるかもしれません。
なにしろ近い将来、10人中4名もの一人暮らしになる時代がやってくるのです。
つまり一人暮らしの40%の人には孤独死の予備軍になるのです。
これほど多くの予備軍がいるとすれば、孤独死を特別な死に方と考えていて良いはずがありません。
そうでなく、むしろ孤独死を、時代がもたらした新しい死に方のパターン、と捉える方が自然なのではないでしょうか。
だとすれば、これからは誰にも孤独死に対する心づもりをしておくことが必要になるのです。
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