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人っ子ひとりいない薄暗い深夜のロビーで下津とそんなことを話してから一週間ほどたったある日の夜、道夫にはまるで想像することもできないような、彼が引き起こしたとんでもない事件を知った。
その夜十時に勤務についた時、リーダーの森下や他のボーイたちの間に普段とは違った、なにかただならぬ気配が漂っていたのだ。
道夫はいぶかりながら後輩の小山に聞いてみた。
「浜田さん知らなかったのですね、昨日お休みで。大変なことをしたんですよ、下津さんが」
大変なことって、いったい下津さんが何をしでかしたというのであろうか。
小山は興奮さめやらぬという口調でそう言ったあと 「でも僕が話すよりリーダーの森下さんに訊いてください。その方がいいと思います」
その時チーンと鳴った呼鈴に、フロントの方へ向かおうというしぐさを示しながら小山は言った。
その時道夫も十時からのエレベーター当番に向かうところで、リーダー森下を探して下津のことをたずねる時間的余裕はなかった。
それから次々と切れ目なく続く客を乗せて、ひっきりなしにエレベーターを上下させていた道夫だが、頭からは下津のことが消えなかった。
小山は言っていた。「下津さんが大変なことをしでかした」と。
そう言えば今日はまだ彼の姿を見ていない。休んでいるのだろうか。それもその〈大変なこと〉に関係あるのだろうか。
いったい何だろう。あの下津さんが何をしでかしたというのだろう。
とにかくエレベーター当番が終わったらすぐ森下リーダーのところへ行って聞いてみよう。
また一階で客を乗せて十四階まで上がり、最後に十二階で止まって、五十年配の二人ずれの女性客が降りて行き、両足を一階フロアに乗せたところで、その内の一人がチラッと横目で道夫を見て聞こえよがしに言った。「無愛想なボーイさんだこと」
その声に道夫はハッとした。さっきから下津のことばかり考えていて、客に対しての大切な笑顔が消えていて、おまけに客がフロアに着いて降りるとき言わねばならない「~階です。お休みなさいませ」と言うセリフまですっかり忘れていたではないか。
「いかん、いかん」 またドアが閉まり、一階に下りはじめてから道夫はそう呟くと両手でビシッと頬をたたいた。
十一時ジャストの小山にエレベーターを引きついで、この時間に決まってリーダーの森下がいるロビー奥のクロークルームへと急いだ。
チェックイン忙しそうだけどまあいいか。たとえ今夜のチップが少なくても仕方がない。それより下津さんのことのほうがうんと気がかりだ。そう思いながら道夫はクロークルームへと向かっていた。
思ったとおり森下はそこにいて、その日預けっぱなしになっている荷物を数えてそれをリストにつけていた。
「浜田です。ちょっとお邪魔してもいいですか」
「おお浜田か、そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ、下津のことを聞きに来たんだろう。おまえ彼とわりに仲がよかったからなあ。でも下津の奴、大変なことをしてくれたもんだよ。まあ中に入れ、ここだと人の耳もあるし」
森下は無表情でそういうと、荷物棚の横手にあるドアを押して奥の小部屋へ入っていった。道夫もすぐ後に続き、事務机の前までやってきて、そばにあったパイプ椅子に腰をかけた。
「それで下津さんは?」 座るや否や間髪をいれず、道夫がたずねた。
つづく
次回(最終回)4月16日(木)