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「なあ浜田、おまえ最近ガールフレンドができたらしいな」
その夜、道夫とともに朝四時までのナイトワークの当番だった下津が、仕事が一段落ついた三時を少しまわったころ、道夫をロビーのソファーに誘い、勢いよくドサッと座ったあとで唐突に聞いた。
「僕にガールフレンド、なんですかそれ? そんなこといったい誰が言ったんですか。いませんよそんなもの」
それにしても、下津さんなぜ知っているのだろう?
道夫は脳裏にチラッと章子の清楚な姿を描きながら、横目で下津の表情をうかがってから、しらばっくれて答えた。
「誰に聞いたって、そりゃいろいろだよ。七階のメイドのキャプテン、なんていったかなあ。そうそう中村さん。俺は彼女から聞いたんだよ。他にフロント係の西山さんも言ってたよ。お前と七階のメイドの池上という女が御堂筋を仲よく歩いているのを見たって」
中村さんといえば、章子さんに手紙を渡した日、彼女を呼んでくれた人、御堂筋といえば、二人がコマ劇場を出たあと、喫茶店に向かう途中で歩いた道。
うーん、下津さんの言うこと信憑性があるなあ。そう思って何か言い返さないと考えたが、しばらくは言葉に詰まって黙っていた。
「オッ、今度は黙ってるな、さては本当のことなんだ」 下津は例のニタッとした表情を浮かべながら、自慢げに言った。
「うーん、確かに池上さんとは二~三度一緒しましたよ。でもガールフレンドといえるかどうか」
と応えたものの、二人にも証言されたんじゃ仕方ないかと思って、横に座った下津の顔は見ずに正面を向いたままぼそっと言った。
でも御堂筋で見たという西山さんはさておき、メイドのキャプテンの中村さんは何故だろう。
彼女にはあの朝、仕事上のことと偽って章子さんの所在をたずねただけなのに、ひょっとして章子さん、彼女に僕とのことを言ったのだろうか。
そんな疑問を抱いて考えているとき、となりの下津がすぐまた口を開いた。
「それでお前、あの娘とはもうやったの?」
「や、やったですって、何ですかそれいったい?」
下津のその大胆極まりない質問は、道夫をこの上なく驚かせ、かろうじてそう答えたとき、声はずいぶん上ずっており、おまけにドモってしまっていた。
何たる事を聞くんだ。この下津さんは、彼女とはまだキスもしてないすごく清い交際だというのに、それにあの清楚な章子さんを知っていながら、「もうやったのか?」などという下品なことをいうとは、この人の神経はいったいどうなっているんだろう。
そう思いながらも下津の次のセリフを待っていた。
「あのなあ浜田、女とつき合うには手順とやり方というのがあるんだ。最初は一緒にお茶飲んで、次は映画にでも行き、それから夜の公園へでも行ってキスをして、その次がホテルへ行ってやることをやる。これが普通のコースだよ。
一週間に二度会うとして、半月以内、週に一度しか会えないにしても一ヶ月以内だ。お前もう一ヶ月以上なんだろう」
「一ヶ月以上なんだろう」と言った下津の言葉に道夫は再びドキッとさせられ、今度は何か自分のやり方がまずいんじゃないかと、不安な気持ちになってきた。
「ええ、一ヶ月以上たちますけど、でも下津さん、それは下津さんだけのやり方で、何もそれが正しいこととも限らないでしょう」
不安な気持ちを出さないように、無理にゆったりと装って言葉を返した。
「ばかだなあ浜田。正しい正しくない、そんな問題じゃないんだ。そんなこと言ってたらお前、女に逃げられてしまうよ。女もそれを望んでいるんだよ。
ましてやあんなかわいい娘、狙っている奴も多いはずだし、もたもたしていると手の速い誰かにさっと持っていかれるよ」
ずいぶんと自信ありげな下津のそのセリフに道夫の中の不安な気持ちはますます増幅していき、何かじっと座っていられないようなせかされた気分になってきていた。
「でも下津さん、ホテルに誘うって、女の人そんなに簡単についてきますかねえ」
「そりゃあ簡単にはついてこないよ。いい女ほど。だけどそこが男の腕と頭を使うところじゃないか。思い切り考えて、そのためのステージと雰囲気をつくり、粋な殺し文句を二つ三つ用意するんだよ。
そうじゃなくて、なんの努力もせず、いつまでたっても茶のみ友達のままでウジウジしているのなんて最低だぜ浜田。男と女はそんなんじゃ駄目なんだよ」
「下津の言葉は次第に説得力を帯びてきて、もうすぐ早寝の当番が起きてくる四時近くになるというのに、道夫は眠たさも忘れてすこぶる熱心に耳を傾けていた。
つづく
次回 3月9日(木)