2026年8月20日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈7〉進次と和子の青春グラフィティ(6)

  

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 「本当に何もしない? それだったら泊ってもいいわ」 女はまた微かに身体を震わせながら細い声で言った。

進次は飛び上がりたいほどの嬉しさをかろうじて抑えながら、女の手をとってゆっくりベンチを立った。港に背を向けて、また大通りのほうへ戻っていき、路地を渡る度に左右をキョロキョロ見渡した。


どこかにホテルか旅館のネオンサインがあるはずだった。大通りまで三本あった路地のうち、一本目と二本目は暗いばかりで、それらしきものは一つも見つからず、三本目まで来て、やっと左手五十メートルくらい先にオレンジ色のネオンサインが見えた。目を凝らしてよく見ると、「ホテル しのだ別館」と書いてあった。


 「あそこにしましょうか。他にはないみたいだし」 女は進次の手を握り締めたまま、不安そうな面持ちで黙ってついてきた。


 ホテルといってもそこは旅館風の建物で、近代的と言うにはほど遠く、かなり古びた建物で、戸を引くとガラガラという音がした。

帳場には初老の男の人が座っており、二人が入っていくと「いらっしゃい」とも言わず、ジロッと視線だけを向けたきた。


 「あのうすいません。僕たち兄妹でして、明日の朝の高松行きのフェリーに乗るんですが、それまで休ませたいただきたいんですけど」

歳の若さを警戒されて断られるのを恐れ、進次はそんなデタラメを言ってピョコンと頭を下げた。

 「二人部屋だと和室しかありませんよ。それでよかったら八千円」

先ほどの鋭い視線とは裏腹に、男の人はすでに警戒心を解いたのか、そうあっさり返事した。 

「八千円か、ちょっと痛いな」 

進次がそう思ったのは確かだったが、でもそれは表情には出さず、「はい、それでけっこうです」と即座に勢いよく応えていた。


 鍵を受け取ると、はやる気持ちを抑え、二〜三歩後をついてくる女を時々振り返りながら、少しきしむ階段を上り、二階へと向かって行った。


 目的の二〇二号室は右手突き当りの一つ手前にあった。鍵穴にキーを入れるとき、手が震えていたのか、うまくかみ合わず、すぐにはドアを開けることができなかった。

 女はドアの二~三歩手前のところで、下を向いて立ち止まっていた。

「入りましょう、さあ」進次がそう手招きすると、「でもわたし」と、この場になっても女は躊躇していた。

「さあ早く、大丈夫ですから」進次のその言葉で、女はしぶしぶ部屋に入ってきた。


和室と聞いていたのに、手前はソファとテーブルの洋室で、その奥の一段高いところに畳の小部屋があり、中には赤い夜具が敷いてあり、正確に言えば和洋折衷の部屋であった。 

「なんだか疲れましたねえ」そう言ってドサッとソファに座り込んだ進次につられてか、女もすぐ前にゆっくり腰を下ろした。 


 「何か飲みましょうか?」壁ぎわの冷蔵庫を目にした進次はそう女に尋ね、立ち上がってそちらのほうへ歩いて行った。

ビールとジュース、スタミナドリンク、それに三種類ほどのおつまみが中に入っていた。それらのうち、ビール二本とつまみ一袋を取り出した。


 「ビール少しぐらいだったら飲めるんでしょう?」 まだ十九歳だし、決してアルコールに強そうなタイプには見えなかったが、進次はとりあえずそう尋ねながら女の前にグラスを置き、八分ほどビールを注いだ。


 「お酒強いんですか?」進次が一杯目を一気に飲み干したのを見て、女はびっくりしたような表情で尋ねた。「弱いほうではないと思います」

 本当は「ハイ、とても強いです」と答えたかったのだが、「わたしお酒飲みは好きじゃありません」とでも言われたら困ると思い、少し控えめな返事をしたのだ。


 「わたし、これまでビール飲んだのは二回だけです。それも父や兄と自分の家で」

 少し前、夜具のほうにチラッと目をやり、一層身体を硬くしていた女が幾分和らいだ表情でそう言ったので、進次はいくらか気が楽になった。

 「二回か。でしょうね。まだ未成年なんだし、じゃあ飲んでもまだ苦く感じるだけでしょう」

「友達はみんな苦いって言うんですけど、わたしはそうでもないんです。喉が渇いたときなんか、ピリッとしてとてもおいしいと思うの」

 「へえー、二回しか飲んでいないのに、素質あるんだ。お酒飲みの」

 「わたしのうち、みんなお酒強いんです。父も兄も、それにお母さんも」

そう言いながら女はコップのビールをあらかた空けてしまっていた。それを見て進次はすぐにつぎ足した。


 進次としても、最初部屋に入ったときは緊張していて、この先の展開に少なからず不安を抱いていたのだが、女のそんな言葉でうんと気が楽になり、ビールをもっと飲みたい気分になってきた。


つづく

次回 8月27日(木)