2022年9月19日月曜日

井伏鱒二の小説「多甚古村」が面白い


 多甚古たじんこという片田舎の村 素朴な駐在所巡査の日記風日常記録

多甚古村たじんこむらという南国の小さな田舎の村の駐在所に勤務する甲田巡査の日記のような日常記録だがその村で人が起こす小さな事件との関わりにこの巡査は思いやりある温かい気持ちで接しているがそこに作者井伏鱒二の深い人間性を感じる

読んでいて心温まるだけでなくテンポがいい軽快な展開がとても面白く小説として出来の良い優れた作品であるまさ小説家井伏鱒二の実力を証明する一作ではないだろうか

下に紹介するのは年末大晦日の日の日記だがこの特別な日の出費を家計簿ふうにまとめている

正月元旦の1日前、年に何度もないいわば非日常的な日の家計の出費を記しているのだが、戦時中のこととはいえ、その質素なことに驚かされる

それに何より不思議なのは正月前だというのに酒の準備がないことだ

 



十二月三十一日

 今年の最終の巡回を終り町の年越詣り雑沓取締りの応援に出張する私たちはみな帽子の顎紐をかけて手に提灯を持ち左右の通行人にせいてはいけませんよ押しては子供が危いなどと叫ぶのである戦時中のため参詣人は特に雑沓する大道商人や屋台店や見世物やバナナ屋なども今年は例年の五倍もたくさんゐたしかし例年と違ひ今年は喧嘩が一つもなくてその代り地味でみな理由の通る密会が四組ほど挙げられた

 帰って来てからも私は家計簿を調べ購入品の消費額と日割りの対照に自分ながら興味を持った左のような入費の割合であった

米二升十日分七十四銭醤油一升二十日分四十銭酢五合二十日分十三銭砂糖十日分五十銭味噌百目五日分七銭大根一本二日分五銭炭一俵二十日分一円三十銭煉炭十二箇十二日分五十銭炬燵と火鉢のたどん三箇一日分一銭コーヒー一箇月分九十銭めざし二日分三銭バット二箇一日分十六銭電気代九十銭新聞代一円散髪代三十銭月一回

 他に必需品と関係のないものは十二月分はコサック従軍記古本五十銭レ・ミレザブル古本二十銭一回十一銭小魚五回五十銭うどん二回十銭慰問袋二箇一円管内貧困者へ寄付一回七十銭菓子七回七十銭靴墨葉書インキ等四円也以上のような割である

 私は自分のこの物品消費の状況を見て国家から金銭をもらってゐる私はこれだけの物品を消費して果してそれに値するだけの人間奉仕をしてゐるだろうかと熟考したそれに値する代物かどうかといつくづく考えたが自分で軽軽に判定することは差しひかへることにしたそれでも私は月四十三円のほかに手当をもらひ年末のボーナスをもらふので実家に毎月十五円づつ仕送りをして母と弟にも小遣をすこし送れるというものだ.。


出典:日本文学全集 43 筑摩書房

 

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井伏鱒二
(1898-1993)広島県生れ本名満寿二中学時代は画家を志したが長兄のすすめで志望を文学に変え、1917(大正6)年早大予科に進む。1929(昭和4)山椒魚等で文壇に登場。1938ジョン万次郎漂流記で直木賞を、1950本日休診他により読売文学賞を、1966年には黒い雨で野間文芸賞を受けるなど受賞多数。1966文化勲章受賞

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