宇野千代さんは何かと話題の多い作家です。
彼女に対して人々が特に関心を持つのは4回にも及ぶ結婚と離婚です。
しかも相手は尾崎史郎、東郷青児、北原武夫など, それに結婚はしていないが梶井基次郎とも交際しています。
すべて大物芸術家ばかりで、なんというそうそうたる顔ぶれなのでしょうか。
こんなすごい男性たちから結婚や交際相手に選ばれた彼女もまた大物女性であったに違いありません。
それにしても宇野千代という女性は男性遍歴のすごさもさることながら、さらに感嘆すべきはその生き方の自由奔放さではないでしょうか。
今と違って窮屈だった時代の道徳や価値観にいっさいとらわれず、自分の考えのまま人生を押し通して自由気ままに生きた、意志の強さ、ガンコさ。
宇野千代は〈女性版〉無頼派作家なのだろうか?
その自由奔放な生活には、数多くの男だけでなく、酒あり、麻雀などのギャンブルありで、欲望の赴くまま、自由奔放さをいかんなく発揮しているではありませんか。
これって、例えば太宰治や坂口安吾など男性作家によくあてはめられる無頼派作家の特徴と共通するところが多いことから
さしずめ宇野千代を女性版版無頼派作家と呼んでもいいのではないでしょうか。
エッセイには浮気を奨励するようなことを書いている
彼女は「結婚には愛情の交通整理が必要である」というタイトルのエッセイの中で,次のようなことを語っています。
〈結婚生活中にときどき訪れる他の人を相手にする大小の浮気はお互いに黙殺すること。どうしても黙殺できない、というガンコな考えの人だけが、私が3回も4回もしたように、そのたびに離婚をすることである〉
〈相手が浮気するときには、こっちも期せずして浮気をしているか、もしくは浮気したいなァと思っているのある〉
〈よく聞くことだけど、「私の方だけは、決して浮気はしないのだから、彼には決して浮気はさせない」と言うひとがある。私はこういう言葉を聞くたびに、何だか分からない悲しい気持ちになる。私はこういう人に対して、ごく自然に感情の動きに耳を傾けてごらんなさい、と言いたい気持ちになる。そして出来ることなら、ちょっとだけ、浮気をさせてあげたい〉
〈浮気をするということは決して好いことではない。しかし悲しいことに私は浮気を一度もしないと断言する人には、相手の気持ちが分からない。こういうときにはこういう気持ちになる、ということが分からない〉
〈浮気という決して好いことではないことをして見て、初めて人の気持ちが分かる、ああいうときにはああいう気持ちになる、という恋愛のコースが分かる。曲がり角も分かるし、行きつくところも分かる〉
出典:精選女性随筆集(文藝春秋)
評判になった「花咲婆さんになりたい」というエッセイ
精選女性随筆集(文藝春秋)という本の中に宇野千代の「花咲か婆さんになりたい」というちょっと変わったタイトルのエッセイが載っています。
一読して思ったのは、収録されている他のエッセイに比べてトーンが全く異なっていることです。
他と比べてテーマがユニークなこともさることながら、コンテンツ全編が前向きでポジティブ志向で貫かれており、それだけに読んでいて勇気が与えられ元気になってくるのです。
このエッセイただものではない、と思ったので、さっそくネットで調べてみたところ、思った通り、いたるところで評判になっており、いろいろなサイトにこのエッセイを称賛する記事が数多く載っていました。
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