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「あの、今日のことだけど、外寒いし、どうだろう、これからおいしい食べ物がいっぱいある居酒屋なんかへ行くっていうのは」
この前の夜のようにうろうろするのはもうゴメンだとでも言うように、いきなり進次が尋ねた。
「居酒屋さんねえ、わたしまだ行ったことないのだけど、先輩の人とかはよく行ってるみたい。神戸のほうだけど。わたしも一度行ってみたいわ。いいわ。そこにしましょうよ」
進次もそうだったが、和子にしても言葉づかいがこの前に比べてずいぶん砕けてきていて、どことなく親密感も漂っており、やはり最初のとき十時間以上も一緒に過ごしたことは無駄ではなかったのだ。
大通りへ出て、阪急百貨店の手前で左折して、二人はこの界隈の繁華街の一つである阪急東通りへと入っていった。この通りだと居酒屋も多いだろうと、進次が目星をつけていた所なのだ。
すでに五時を過ぎていて通りは活気に満ちており、店々の前に立つ呼び込みの人も、「さあこれからだ」と言わんばかりに威勢のいい掛け声を辺りの人々に向かって投げかけていた。
二人は喧騒に満ちた人混みの中を、しっかり手を繋ぎあってゆっくりと歩いて行った。
「すごい人ねえ。わたしこんな人混みって初めてだわ」 辺りをキョロキョロ見渡しながら、和子が目を大きく見開いて言った。
「土曜日だし、それに新年会のシーズンだしね」
「そうなんだ。だと居酒屋さんも混んでるかもね」
「うーん、そうかもしれない。でもいいよ。居酒屋って少し賑やかなほうが雰囲気があって」
その通りへ入って百メートルほど歩いただろうか。すぐ前を歩いていた二人と同年輩の三人連れの若者が左手の大きな赤提灯が吊ってある居酒屋らしき店へ入ったのを見て進次が言った。
「あそこ居酒屋みたいだね。今の男の人たちも入ったようだし、行ってみようか、あそこへ」
「そうね、大きそうだし、良さそうだわ」
入口のこのドアは開いていて、すぐ横に進次よりもっと若そうなハッピ姿の店員が立っており、二人に向かって「いらっしゃい」と威勢よく言った。
間口に比べ中は思ったより奥行きがあり、かなりのスペースがある店内は、このところはやっている剥き出し丸太を基調にしたログハウス風の造りであった。
「わー、素敵な感じ! なんだかペンションみたいで」
店員に案内され席へ向かって歩きながら、和子がややオクターブを上げて言った。
でもこれまでペンションと名のつくところへは一度も行ったことのない進次としては返事に詰まってしまい、「そうだね、なんとなく田舎風で落ちつくね」と答えるのが精一杯だった。
中ほどに位置する壁際の席に案内され、二人は顔を向き合わせてテーブルに付いた。
辺りを見渡しても二人連れというのはあまりなく、あちこちからグループ客と思しき人たちの談笑の声が聞こえてきた。]
「進次さんの言ったとおりだわ。やっぱり新年会多いみたい」
「そうだねえ、でもいいじゃない活気があって。何かこちらまで元気が出そうで」
「さて、何にしようか」 進次はテーブルの端に立てかけてあるメニューを手にとって和子に見せた。
「わたしよく分からないわ。初めてだし。進次さんにおまかせするわ」
「そう。じゃあまずは飲物からと、ぼくはレモンチューハイにするけど、君は口当たりのいいライムがいいかな。それに食べ物は、ええっと、君きらいなものある?」
「そうねえ、ええっと、納豆とナマコぐらいかな。それ以外だったら何でもOKよ」
間もなく店員が注文を取りにやってきて、進次は頭の中で今日の予算と相談しながら、飲物二つと食べ物五品を注文した。
「ねえねえ進次さん。ここにあるポパイと言うの何かしら?」
店員が去った後、和子がメニューをしげしげと眺めながら聞いてきた。
「ポパイねえ、ポパイと言えば思い出すのは強いこと、それにホウレンソウの缶詰ぐらいか。たぶんそれホウレンソウ関係の料理じゃないかな」
「ふーん、そういえばそうかもね。でもおもしろいわ、ポパイだなんて」
そう言いながら和子はクスクスと声を出して笑った。
和子のそんな様子を見ながら進次は思った。 ―この人は素直で素朴で、その上とても純真だ。育ちのせいだろうか、それにあどけなさもまだ残っており、何より好感が持てるのは全体にみなぎる初々しさだ。この様子だと、たぶんまだ処女だろう ―
つづく
次回 9月24日(木)