2025年5月15日木曜日

T.Ohhira エンタワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(5)

     

             
  〈前回まで〉H市で小中学生対象のフランチャイズ学習塾を運営している砂田文夫は、部下の男女二人に関して良からぬうわさが本部の社員間で流れていることを知り、真偽を質すため真相解明に乗り出した。まずは当事者の二人に事情を訊くことから始めようとターゲットになっている浜岡康次と南三枝に当たったが、予想通り二人とも強く否定した。その過程で南三枝が本部社員の二名、浅井と木島の名前を口に出した。キャンプ場の食堂で浜岡と二人で講師ミーティング用に夜食のおにぎりを作っているところへ巡回と称して二人がやってきたのだという。浅井と木島、砂田の脳裏に二人の名前が焼き付いた。木島はともかく、浅井という本部管理社員に対して強い疑念が沸いたのだ。

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 それから数時間後、あたふたとやって来た二人の話を午後一時までの二時間余りに渡って文夫は熱心に聞き入っていた。そして結論として言えることは、この二人が大阪の本部社員の間で広まっている、あのいかがわしい噂にあるようなことは断じて行っていないということだった。


 二人が帰った後も、文夫はデスクに座ったままずっと考えていた。事務員の沢井多恵がお茶を運んできて、「塾長、お食事は?」と聞くまで、昼食時間がもうとっくに過ぎていることにさえ気がつかなかった。たいした空腹感もなかったのだが、彼女の言葉に促されて、文夫はとりあえず外へ出て、事務所から三軒先の〈喫茶・幸〉へ足を向けた。時計はもう一時半を指していた。


 昼食時間を過ぎていたせいか、店内はガランとしていてウェイトレスが待ってましたとばかり「いらっしゃいませ」とすこぶる愛想のいい声を発しながら注文取りにやってきた。

 こんな時間の食事じゃ、重たい物にすると夜の酒がまずくなるな。そう思ってサンドイッチとコーヒーを注文した。旨いともまずいとも思わないそのサンドイッチを無表情でほうばりながら文夫はまた考えた。


 本部社員の浅井と木島か。あの二人が今回の噂を流した張本人たちなのか。木島はさておき、浅井ならやりそうなことだ。あの男はついこの前の八月の半ばまで本部のスーパーバイザーとして、この地区の担当者だったのだ。確か二年くらい前からだったろうか、月に一~二度こちらへやってきて、業務指導という形でいろいろこちらの講師たちと接触してきていた。彼のことに関しては浜岡くんや南くん、その他の講師たちもよくこぼしていた。

 特に南三枝にそれが多く、彼がやってきて帰っていくたびに訴えていた。


 「塾長、あの浅井さんていうひと、いったい何なんですか。来る度にわたしが担当している教室にやってきては、やれ時間効率が悪いたとか、やれ生徒の欠席が多いだとか、もう文句ばっかり言って。そのくせ、『じゃあどうすればいいのですか?』と反問すると、スーパーバイザーのクセに何ひとつ具体的な案を出さないのです。


それでいて『ねえ、仕事終わったらちょっと付き合わない、いい店があるんだ』とか言って、人を気安くに誘ったりして。もうこの一年間、そんなことばっかり。塾長、あの人何とかなりませんか。別の方と担当者を交代させるとかして。ついこの前なんかひどかったんですよ。最後のレッスンが終わる八時ごろ、またわたしの教室にやってきて、授業中なのにわたしを外に呼び出して『レッスンが終わるまで外で待ってるから』って言うんです。


 わたし『終わったら用事があるし、そんなことしてもらったら困ります』と応えたんです。

でも彼、ずうずうしくも待合室のソファで一時間近くも待っていて、終わるや否や『飲みに行こう』と誘うんです。でもわたし断りました。以前一度だけ彼に付き合って居酒屋へ行って懲りたんです。だって彼の話ったら、もう会社や上司の悪口ばっかり。あんな話ばかり聞かされて、何がおもしろいのですか。おまけに酔ってくるとイヤラシイことも平気で言うんです。そのときも居酒屋を出た後で、彼が『もっと付き合え』としつこく誘うので、わたしはっきり言ったんです。


 「わたし、あなたとは金輪際お付き合いする気はありません。スーパーバイザーと言う仕事にかこつけて、必要もないのにわたしの教室にやってくるのは止してください』と。

 その言葉を聞いて、彼はすごく怒ったみたいで『そうか分かった。後で後悔するなよ』と、何か捨てゼリフのような言葉を吐いて去っていったんです。塾長、わたしはもうあの人に会うのがイヤです。


 二ヶ月前に三枝はそう文夫に訴えていたのだ。 

 すると今回のことは三枝に対する浅井の復讐なのだろうか? 最後の一切れのサンドイッチを口に押し込み、冷えかけたコーヒーをすすりながら、文夫はそんなことも考えていた。

                                 

 二時半に事務所へ戻ると沢井多恵から三件の電話があったことを伝えられた。でもどれもすぐに応答する必要のないものばかりだと思って、返事の電話はかけなかった。

 普段だとそうでもないのだが、さっきから頭にはずっと浅井のことがこびりついていて、その他のことはすべて些事に思えていたのだ。 


 四時から始める九人の教室責任者への電話連絡にはまだ時間があった。やらねばならない事務処理は山ほどあったのだが、それにも手をつけず、タバコに火をつけると、最初に深く吸い込むと、天上に向かってフウッと煙を吹き出しながら椅子の背にグッと背中をもたせかけ、しきり本部社員の浅井忠夫について思いを巡らせていた。


 浅井忠夫、年齢は今年三十一歳だったろうか。京都のK大の出身だと社長の小谷がいつか言っていた。 三年前にそれまで勤めていた印刷会社を辞めて、教育事業に関心があると言って、この真剣塾に新聞の求人広告を見て入ってきたのだとも聞いた。入社してから一年間は本部社員として傘下のフランチャイジーの指導に当たるスーパーバイザーとしての教育を施され、二年前から前任者に栗山に代わってこの地区の担当者になったのだ。


 仕事はまんざらできなくもないのだが、いつも物事を正面からでなく斜めから眺めているような、いわばシニカルとでも言おうか、何ごとに対しても妙に理屈っぽく、おまけに人に対しては好戦的な態度で臨むことが多く、相手にする者のことごとくになんらかの敵愾心を抱いて接するような男なのだ。その上女性講師には、自分のスーパーバイザーという役職を振りかざし、それを利用して相手につけこみ、不埒な行動をとろうとすることがしばしばある。


 南三枝に限らず、これまでそんな彼の行動を訴えてきた女性講師は何人もいたのだ。

 それに彼に関しては、忘れもしないあの出来事もあるではないか。

 あれはいつだったろう? そうだ、窓から見える歩道のイチョウの木が丸裸になり、時おり冷たい北風が吹いてきた頃の、この真剣塾の各教室に暖房の用意を整え終えた十一月の終わりの頃だった。 あと数日で師走に入るという十一月最後のあの土曜日、その月半ばに開校した、このH市の隣のT市の第二教室開設を祝して、塾長の文夫以下、講師十六名、それにこの地区担当の本部スーパーバイザーの浅井を含めた総勢十八名は駅前のシティホテルの宴会場でブッフェパーティを催したのであった。


 新規の教室を開設する度に、それまでも何らかの形でそうした催しは行ってきていたが、その時はちょうど生徒数が五百名を突破した時でもあり、その記念という意味も含めて、それまでになく盛り上がったパーティだった。

 でもせっかく盛り上がったそのパーティも、終わり近くになって男性講師の一部と本部社員の浅井のと間でちょっとした小競り合いが始まったせいで水を差されてしまったのだ。


 H市の地区がここまで伸びたのは、塾長以下、講師が一丸となって努力した賜だと講師たちが主張するのに対して、浅井は「それは違う。本部の知名度とたゆまない宣伝活動があったからこそ、いまにH市地区の繁栄があるのだ」と、暗に講師たちの努力を否定するかのような口振りであったのだ。


普段はおとなしい浜岡もこの議論に加わっていて、「浅井さん、それは違いますよ。浅井さんを含めて本部の力もある程度は認めます。でもそれは全体の一~二割程度で、大部分は我々の日常活動、つまり商店をまわっての軒先を借りたポスター貼り、それに週に一度はやった講師全員による早朝の校門前のビラ配り、こうした地道な活動に負っているんですよ。本部、本部とあまり言わないで下さい」


 彼にしては珍しいくらい興奮した面持ちで、そんなふうに言いながら浅井に詰め寄っていた。 そんな中で浅井はなおも反論を試みようとしていたが、何しろ多勢に無勢、思うように主張が通らず、くちおしさからか、その表情は次第に陰険なものに変わっていって、まだ催しの時間が三十分も残っているというのに、いきなり席を蹴って去っていってしまったのだ。

その夜の祝賀会はそんな後味の悪さを残して間もなく終わった。


つづく

次回 5月22日(木)

2025年5月10日土曜日

書評「ブラック企業戦記」角川新書

 



出版社内容情報

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内容説明

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目次

第一章 求人広告はウソだらけ
第二章 ハラスメントの暴風雨―セクハラ、パワハラ、マタハラ
第三章 地獄の長時間労働と残業代不払い
第四章 去る者許さず―退職妨害
第五章 そんな理由で解雇?不当解雇と退職強要
第六章 ブラック企業による「人災」労働災害の実態
付録 知っておきたい働く人のためのキーワード



出典:紀伊国屋書店ウェブストアー


2025年5月8日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(4)

 


 〈前回まで〉 三枝はしばらく言葉が出なかった。寝耳に水とはこのことなのか。塾長は言った。一ヶ月前のキャンプ場の食堂でわたしと浜岡さんが・・・。

 信じられない。わたし達に関してこんな汚らわしい噂が本部で広がっているなんて。三枝は屈辱感と絶望感が全身に広がって次第に気力が萎えていくのを感じた。でも砂田塾長は私たちの無実を信じ、真相解明のために戦ってくれるに違いない。そうだ、負けてはいられないのだ。私たちこそ塾長の助けにならなければいけないのだ。そう思ったとき、三枝の脳裏にあの夜の光景がありありと浮かんできた。あの夜私と浜岡さんが、講師ミーティングに出す夜食のおにぎりを作っていたときだった。当番の巡回なのか、不意に本社管理社員の浅井と木島が食堂に入ってきた。そして浅井の方が「何だ、浜岡くんと南さんじゃないの。こんな薄暗いところで今ごろ何してるの?」と、何か意味ありげなニヤッとした目つきで私たちに言ったのだ。

そんなことを思い出した三枝はふと思った。《ひょっとして噂を流したのはあの二人かもしれない?》



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 翌朝文夫はずいぶん早く目覚めた。いや、目覚めたと言う表現は適切ではないかもしれない。何しろ前の晩の十二時に自宅に戻って、一時過ぎに床へついてからも一向に気は治まらず、眠ろうとすればするほど逆に目が冴えてきて、三枝が電話の最後に口に出した本部社員の浅井と木島の姿た絶えず瞼に浮かんできていた。

 それでも時おり睡魔に襲われ浅い眠りに入るものの、それも三十分と続かず、この夜ほど打った寝返りの多かったことも過去の記憶になかった。


 玄関のドアがガタガタと鳴り、急ぎ足で去っていく人の足音が聞こえた。

 ああ、もう朝刊が配達される時間なのかと、薄明かりの中で枕もとの時計に目をやると五時五分前を指していた。


どうしよう、こんなに早く目覚めてしまって、女房も子どもたちもあと一時間半ぐらいしなければ起きてはこない。このまま六時半までこうしていようか。いや駄目だ。昨夜、いや今朝と言ったほうがいいのか、一時過ぎにベッドに入って、五時になるまでの四時間の間、ずっと悶々としていて、一向に深い眠りにはつけなかったではないか。これ以上床の中にいるのは苦痛のほかの何物でもない。起きよう。むしろその方が楽だ。

 

 文夫はそう思って横で心地良さそうな寝息を立てている女房の里子に気づかれないようにそっとベッドを抜け出すとダイニングのテーブルのほうへ忍び足で歩いて行った。


 外からゴミ収集車のものらしい音が微かに聴こえてきたが、やがてそれが遠ざかると、もう辺りからは物音一つ聴こえてこず、まだ近隣の誰一人として起きている気配はなかった。


 さて、コーヒーでも飲もうか。一瞬そう思ったが自分で湯を沸かすのも面倒に思い、仕方なく新聞を取ってくると、たいして気の向かないまましばらくは所在なさげにそれに目を通していた。

 それでも六時半近くになって、やっと我が家の他の三人が起きてきて、ようなくバタバタとした朝の活気を取り戻してきた。

 

 さらに三十分たって、やっと目の前に並べられたいつもの目玉焼きとトースト、それに牛乳の朝食を済ますと、文夫は普段より二十分ぐらい早い七時半にはもう家を出ていた。


 五分ほど歩いてバス停まで行き、やってきたバスに乗り、中を見渡すとそこにはいつもとは違った顔ぶれの乗客の姿があった。


 十五分ほどで駅前に着き、そこから事務所までの十五分ほどの道のりを文夫は普段よりずっと速足で歩きながら、昨日から片時も頭を離れないあの噂の真相について考えていた。


 とにかく早く浜岡君と連絡して、その後南さんから昨夜の続きを聞いて、本部の二人に当たってみて、真相を糾すのはその後だ。 その結果もしこれがいい加減なデマだったら、あの二人は只ではおかないぞ。 文夫はそう思ってグッと表情を引き締めると、それまでより更に歩を速めて花川町の事務所へと向かって行った。


 そのせいもあって事務所のドアを開けたときは、普段の出勤時間より三十分ぐらいも早い九時少し前だった。


 どうしよう。浜岡君には九時半以降に電話して欲しいと言ってあるし、それまでまだ三十分もある。待とうか? いや待てない。こちらから電話しよう。


 そう決めると、文夫はすこし荒っぽく受話器を取ると浜岡宅のナンバーを一つづつ力を込めて押していった。昨夜と違って呼び出し音が七〜八回続いてからやっと『もしもし』と、少し眠たそうな男の声が聴こえてきた。浜岡康二の声だった。

 

 二時に仕事を終えるとすると、帰って寝るのは三時半頃か、今が九時だし、六時間の睡眠時間か。それだと少し眠たいかな? いや、眠たいのはお互い様だ。こちらだって昨夜はろくに眠れはしなかったのだから。でもとにかく浜岡が電話に出てきたのだ。これで真相を糾すための質問が思い切りできるのだ。


 文夫は作や三枝に電話したときの、聞きたいことをズバッと言えないまどろっこしさをこの際一気に浜岡にぶつけてみようと、グッと身を乗り出すようにして受話器に迫った。


 「浜岡君、オハヨウ、砂田です。長かったよ昨夜は。お母さんから聞いてくれたとは思うけど、昨夜も君に電話したんだよ。あいにく君はアルバイトを始めたとかで、それ知らなかったものだから。まあそれはいいとして、実は君と南さんのことでずいぶんおかしな噂が本部社員の間に広まっていてね。そのことなんだ、用件というのは」


 「はい塾長、そのことについては今朝八時ごろ南さんからの電話で知りました。でも内容については彼女はどうしても喋ろうとはせず、塾長から直接聞いて欲しいの一点張りで、ぼくとしては何のことだかさっぱり分からないんです。変な噂とはいったい何なんですか?」


 浜岡はいつものボソボソとした調子で応えたが、心底不審がっているのが口調からよく伺えた。


 「やはりそうなのか。南くんは君に電話したものの、噂の内容については言わなかったのか。そりゃあ言えないだろうなあんなこと、若い女性の口からは。いや君が昨夜いなかったもので、彼女に先に話したんだよ。嫁入り前の女性にあんなこと訊くのは冷や汗ものだったんだけど、とにかく核心についてだけは伝えたかったんだ。でも南さんと違って君は男だ。遠慮せずにズバッと言うから、そのつもりで聞いて欲しい」


 文夫はそう前置きした後、事の詳細について、昨夜三枝に話した表現よりうんと露骨に,しかも念入りに浜岡に伝えた。なにしろ男同士、酒席などで時には猥談めいた話しも交わすこともあり、今度は三枝の時のような冷や汗はかかなかった。


 「何ですか、いったいそれは? 本当にそんな噂が本部で広まっているんですか?」

 普段のボソボソとした調子が一気に引っ込み、こんなふうにも喋れるのか、と文夫が驚くほど浜岡は毅然とした声で言った。


 「認めたくないけど本当のことなんだ。大阪での打合せ会議の後で小谷社長から聞いたんだよ」

 「それでそんな噂、小谷社長も信じているのですか?」

 「ウーン、それはなんとも言えない。しかし社長は本部びいきだからな。君たちのこともよく知らないし、半分ぐらいは信じているかもしれないよ」


 「よしてくださいよ、塾長。そんな非常識なこと誰がしますか。断っておきますけど、これでも彼女とはまだ清い交際を続けているんです。ましてや子どもたちを引率していったキャンプ場なんかで。いったい誰なんですか? そんなとんでもない噂を流して喜んでいる奴は」


 温和な浜岡の声が次第に怒りを込めたものに変わっていくのが文夫にもよく分かった。

 「うん、そのことなんだ。昨夜南くんがチラッといったんだけで、何か食堂で君たち二人が夜食を作っているとき、不意に本部社員の浅井くんと木島くんが入ってきたとかで」

 「ああ、あの二人ですね。そうです、確かに入ってきました。オニギリを二十個作り終えて、打合せまでまだ少し時間があるからと、ぼくたちは食堂の隅にあるベンチに腰掛けて話していたんです。


そのときです。浅井さんと木島さんが入ってきたのは。ぼくたちは、熱いのとまぶしいのとで、厨房の電気といちばん隅の蛍光灯一本以外は全部消していたんです。そしたら浅井さんは入ってくるなり電気をパッパッと全部つけて、そして隅っこに座っていたぼくたちに気がついて、何か薄ら笑いを浮かべたような陰険な目つきで見ていました」


「そうか、それも南くんに聴いたのと同じだ。浅井と木島か、木島はさておき、どうもあの浅井という男はどうも虫が好かん、陰険で。ほら君も覚えているだろう。新幹線の指定席の切符のこと」


 「ええ、覚えていますよ。キャンプの時の大阪までの切符、取れなかったと言って、ぼくと南さんの座席を別々の車輌に取ったこと、その後塾長が、『まだ一ヶ月も前なのにそんなはずはない』と言って、隣り合った席を取り直してくださった」


 「そうだ、そのこと。それに彼については君が知らない別のことでもいわくがあるしね。とにかくそれはそうとして、南くんが十一時ごろ事務所へ来るんだ。できたら君にもそのとき同席して欲しいんだ。電話で二人と話して、ぼくにもだいたいの輪郭が見えてきたのだけど、二人に同席してもらってもう一度詳しく事実を確認したいんだよ」


 「はい承知しました。ぼくと南さんの名誉の問題です。塾長、お願いです。徹底的に真相を追究してください」


 「そうだな、君たちだけじゃない。責任者のぼくにとっても大切なことなんだ。なにしろ君たちはぼくの部下なんだから。とにかく十一時に待っているから」


つづく


次回 5月15日(木)


2025年5月4日日曜日

郵便配達員を見るたびに心に浮かぶこと



バイクで町中を走り回っている郵便配達の人を見るたびに思い出すことがある。


郵便配達員の姿は外出したら必ずと言っていいほど目にするのに、そのたびに思いだすとは、よほど印象に残ったことに違いないのだが、いったいどのようなことなのだろうか。


それは何かの記事で読んだことがあるのだが、たしか小学1年生になったばかりの男の子が、おばあちゃんと一緒に通りを歩いているときの話である。


その子は街をバイクで走り回っている郵便配達人を目にしたとき、おばあちゃんにこういったのだ。


「おばあちゃん,ぼく大人になったら、あの人みたいに郵便配達の仕事したいな」 


おばあちゃんが孫に言ったのは残念な内容だった


すると、おばあちゃんは孫の発言を受けてこう応えたのだ。


「郵便配達ねえ、おまえは子どもだからまだわからないと思うけど、おばあちゃんは良いと思わないないわ、だって仕事はきついし、その割にお給料は安いし、おとなは誰もいい仕事とは思ってないんだよ」


おばあちゃんの豪直球でストレートな応え

なんとストレートな発言なんだろう。しかも剛速球で、せっかくの返球も、これではこどもが受け止めることはできるはずがない。


おばあちゃんは何も孫の発言を真に受けて応えなくてもよかったのだ。なぜなら、こどもは何事に対して直感で反応し、よく考えて発言することなどないからだ。


要するに孫は、赤いバイクに乗って走り回る郵便配達員をカッコいいと思い、瞬間的に「僕もやってみたい」と、たまたま側にいたおばあちゃんに語りかけただけなのだ。


したがってこの思いを大人になるまで持ち続けることはまずないだろう。おばあちゃんはこの場面で郵便局員の仕事をネガティブに語ることはないのだ。


第一人の職業をけなすことは「職業に貴賎なし」という考えに反しているのではないか。それにもっと良くないのは「子どもの夢をも壊す」ことにつながるからだ。


おばあちゃんはこういえばよかったのだ


では人の仕事をけなさず、子供の夢を壊さずに、おばあちゃんはこの場合、孫にどのように話せばよかったのだろうか。以下はその一例である。


ああ、あの郵便局の人のようにね。それもいいかもしれないね、みんなが楽しみに待っている手紙なんか届けてあげる仕事だし。 


でもねえ、世の中には人に役に立つ仕事はいろいろあるから、一つづつ見ていってゆっくり考えたらいいとおばあちゃんは思うよ。


2025年5月1日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(3)

 



〈前回まで〉H市のフランチャイズ学習塾塾長の砂田は本社社長小谷から妙な話を聞かされた。それは砂田の部下である男女の講師についてのことで、二人が生徒を引率したサマーサマーキャンプ場の誰もいない深夜の食堂で、いかがわしい行為をしていた、という本部社員間での噂についてであった。だが砂田はそれを信じなかった。「婚約を交わしている間とはいえ、あの二人に限ってそんなことがあるはずがない、きっと何者かが仕組んだ陰謀に違いない」と強い疑念を抱いたのだ。そして「放っておく訳にはいかない」と、真相解明を決意し、その第一段階として噂の当事者である二人の講師(浜岡康二と南三枝)に、当時の事情を聞くことから着手した。本部から戻った夜、最初に電話した浜岡康二は留守で、仕方なく南三枝から事情を聞くことにした。


         3

  

 三枝はしばらく返す言葉が出なかった。寝耳に水とはこのことなのか。塾長は言った。一ヶ月前夜のキャンプ場の食堂でわたしと浜岡さんが・・・。

 信じられない。わたし達に関してそんな汚らわしい噂が本部で広がっているなんて。


 でもどうしてなのだろう? どうしてそんな噂がたったのだろう?

 夜の食堂、そう言えば二日目の夜にそこへ行くには行った。その夜十時から始まる付添いで参加した講師たちの打合せの席で食べるオニギリが足りないということで、リーダーに頼まれてわたし一人がそれを作りに行ったんだわ。


十個ぐらい作って、やっと半分できたと思っていたところに、『手伝おうか』と浜岡さんが入ってきて、二人だ更に十個ぐらい作って、お盆にそれを乗せてテーブルの上に置き、『打合せまでまだ二十分もあるし、ここで少し休んでいこうか』と言った浜岡さんの言葉にうなづいて、二人でいちばん隅にあった長椅子に腰掛けて話していたんだわ。


 本部社員の浅井さんと木島さんが入ってきたのは、それから五分ぐらいたってからだったかしら、二人とも最初はそこにわたし達がいることに気がつかなかったみたいで、何やら楽しそうに談笑しながら入ってきて、まぶしいからと言って、つい少し前浜岡さんが消した四つの蛍光灯のうち、三つのスイッチを一斉に入れ、パッと部屋が明るくなってから、浅井さんだけがこちらに近づいてきて言ったんだ。『おや、そこに誰かいるの?』と。


 どうやら彼らはわたし達が夜食用のオニギリを作りに来ていることを知らなかったみたいで、ドアーの側に立っていた二人とわたし達が座っていた長椅子との距離は十メートル近くあり、おまけにテーブルを仕切ってあるツイタテに隠れていて、見えたのはお互いの顔だけだったけど、あのとき浅井さん『何だ、浜岡くんと南さんじゃないの。いま頃こんなところで何してるの?』

そう言いながら、ニヤッとした何か意味ありげな目つきでわたし達を見てたんだわ。


二人はわたし達の側には近づいてはこず、今度は木島さんのほうが『そろそろ打合せが始まるよ』と言って、二人はそのまま外へ出て行った。


浜岡さんとわたしがいやらしい事してたっていうのは、あのときのことなのだろうか?  そうだ、そうに違いないわ。あのときのわたし達を見て、勝手にイヤラシイ想像をして、あんな噂を流したんだわ。あの二人が。


 「南くん、ねえ南くん。何とか言ってくださいよ。ぼくもこんなこと本当に聞きづらいんだ。でもさっきも言ったように」

 文夫はチラッと腕時計に目をやりながらそう言ったものの、心の隅では今夜はこれ以上彼女を追及するのは止しておこうか、とも思っていた。

 

 「塾長、わたし悔しいやら情けないやらで涙が出そうなんです。でももしそんな噂が流れているのでしたら、わたしもはっきり釈明しなければなりません。もちろん浜岡さんだって同じでしょうが。わたしが考えていて一つ気づいた点があります。


じつは二日目の夜、わたしと浜岡さんが食堂で夜食用のオニギリを作っているとき、とつぜん本部社員の浅井さんと木島さんが入ってきたんです。 ひょっとしてあのときのことをあの二人が? 


でも塾長、今夜はもう遅いですし、わたし少し混乱しています.この続きをお話しするのは明日では駄目でしょうか.もしそれでよろしかったら,明日のお昼前に事務所のほうへお伺いしますけど」


 そう言った三枝の声は悔し涙でも流しているのか、僅かだが震えているようだった。

 「分かりました。明日でけっこうです。浜岡君にも朝いちばんに話を聞いて、その後あなたとお会いしましょう。夜遅くこんなことで電話して申し訳なかったね。では今夜はこれで」


 三枝には極力冷静さをつくろって、そう言って電話を切ったが、瞼の奥には三枝から名前を聞いた本部社員の浅井と木島の姿が浮かんできて、今回の忌まわしい噂を流した張本人はあの二人なのかと、文夫の胸には次第にムラムラとした怒りの感情がこみ上げてきた。


 それでもまた時計に目をやり、既に十一時を過ぎているのを確認し、とにかく今夜はここまでで、後は明日だと、グッと拳を握りしめながら、そう自分に言い聞かせて事務所を出ると、来るときと違って今度は階段をゆっくり下りて真っ暗な外へ出て行った。


 暑さは既に峠を越しているとはいえ、まだ心地よい秋風は吹いておらず湿気を含んだ生暖かい微風が文夫を頬をまつわりつくように撫でていた。

 辺りには人影はなく、車道の車の波だけが規則正しく流れていた。その波の中からやってくるタクシーに向かって手を上げながら文夫は小さく呟いた。

 「南くん、ぼくもどうやら今夜はよく眠れそうにないな」


つづく


次回 5月8日(木)


2025年4月27日日曜日

「人生終わっている」という怖いことば

 


バス停へ向かう人けのない道を歩いていると、遥か前方から両手を前後に大きく振りながら歩いて来る女性がいました。


「変わっているなあ、あの女性」と思って次第に近づいて来る姿をさらに観察すると、手は上下だけでなく、左右にも振られています。


それに髪の毛がボサボサで、服装もパジャマのような寝間着です。


散歩にしてもここまで人目をはばからない、のはどうなのでしょうか。


それで思ったのです。「ひょっとして、あの女性の人生はもう終わってるのかも」と。



「人生終わってる !」 と 言われないように


「人生終わっている」というフレーズを時々耳にしますが、もし自分に向けてこう言われたらどうでしょう。おそらくぞっとするほど恐ろしい思いをするのではないでしょうか。


でもこの言葉の意味がもうひとつよくわかりません。いったいどのような状態を指して言うのでしょうか。さっそく検索してみました。

 

AI による概要

人生が終わっている人とは、自分の失敗や不都合を他人のせいにしたり、自分を見つめ直す機会を自ら潰したりする人を指します。


【人生が終わっている人の特徴】

自分の失敗や不都合を、すべて他人のせいにする

「環境が悪かった」「周りのサポートが足りなかった」と、いつも被害者の立場を取る

自分を見つめ直す機会を、自ら潰している


【本気で生きている人の特徴】

迷わず行動できる

自分の人生をかけて成し遂げたいことが理解できています

ゲームやSNSなどの目先の快楽に目移りすることもありません


【楽しい人生の過ごし方の特徴】

笑顔が多い

楽観的な性格をしている

常に前向きな考え方をする

楽しい・得意なことを理解している




この回答を読んでも、わかったような、よくわからないような複雑な気持ちですが、まとめて言えば、人生終わっている人とは、何事に対してもポジティブな態度で前向きに取り組もうとしない人のことをいうのでしょうか。

でもまだよくわかりません。そこで腕組みしてじっくり考えてみました。

その結果、次のようなことが分かりました。


「人生終わってる」の正しい捉え方

人生終わってると思って、何もしないで落ち込んだままの状態でいる人は本当に人生が終わってしまうのではないでしょうか。

一方、「いやそんなことはない」と、心機一転、ポジティブに再度人生に挑戦してみようとする人とで大きな違いが出てくるのです。