2026年6月6日土曜日

このところ人気急上昇「燃え殻」のエッセイってどうなんだろう


   



ベストエッセイ2024で紹介された「おっぱい足りてる?」は強烈だった


 六本木の路上で「おっぱい足りてる?」とキャッチに声をかけられ

「足りてないけど、余裕がないんです」とテンパっていた夜。 


図書館で借りた「ベストエッセイ2024」に収録されたこのエッセイのタイトルを見たとき、真っ先に思ったのはタイトルの「おっぱい足りてる?」ってなんのこと?だった。


子供を産んだばかりの母親に対する看護師さんの質問なのか?とも思った。


でもまったくの的外れで、これは街角に立つ「おっぱい系風俗店」のキャッチが発したセリフなのだ。


しかしこれってなんとよくできたコピーだろう、夜の街を徘徊するさびしい男が「おっぱい足りてる」はずはないだろう。すぐさま「足りてません」と大声で答えたいに違いないのだ。


そうした男たちの心理を実にうまくとらえているではないか。


正直言ってこのセリフに出会ったときは、「なんと見事なコピーだろう」と感心して、これをエッセイのテーマに取り上げた作者の豊かな作家センスに衝撃を受けたぐらいだ。


図書館に燃え殻の作品は1冊もなかった


そして次に思ったのがこの作者の作品をぜひ読んでみたい、であり、翌日に図書館へ向かって、エッセイコーナーの「も」の欄で作品を探した。


でも燃え殻という作者の作品は1冊も棚に並んでいなかった。


「おかしいな、なぜだろう。これまでベストエッセイで紹介された加藤シゲアキとか田中卓志などの作品はすべて見つけることができたのに」と思ってあきらめて帰ったのだ。


本屋へ行ってみるという選択肢もあったが、その時はそこまでの行動に移すところまではいかなかった。


別の図書館の棚に4冊も燃え殻の作品があった


それから2カ月ほどたった5月の末、いつも行く図書館から所変えて分館の方へ行ってみた。


規模は小さいが新刊書はむしろ本館より多いということを知っていたからだ。


さっそくエッセイコーナーに向かい、棚の「も」の欄に目を移すと、なんと「燃え殻」の作者名の真新しい本が4冊も並んでいるではないか。


すぐ手に取ったのはいうまでもなく、4冊は多すぎるのでとりあえずその中から2冊を借りることにした。


それが上の写真にある文庫の「夢に迷ってタクシーを呼んだ」とペーパーバック「これはいつかのあなたとわたし」である。


2冊とも「おっぱい足りてる?」のような衝撃的な作品はなかった


期待が大きすぎたのか、2冊を読んだ後の感想はいずれも「うまくまとまってはいるものの、もうひとつ物足りない」というのが正直なところである。


これまでベストエッセイで紹介された作品を読んだ作家のものは、田中卓志、加藤シゲアキ、穂村弘 西村賢太など、すべて「すばらしい」と感銘して読んできた。


でも今回は違う。最も新しい田中卓志の作品と比べてみても、エッセイに限って言えば田中氏の方に軍配を上げたいぐらいだ。


本の厚みや余白の広さが気になるのだが


それに作品の内容以外で気になったことが一つある。それは本の厚みと余白についてである。


まず厚みだが、文庫の方はページ数が少なく厚みはない。これはひとえに作品数が少ないからに他ならず、才能豊かな新人としては寂しいことだ。


一方ペーパーバックの方は厚みは普通だが、分厚い用紙を使用してページ数の少なさをカバーしている節がある。多分これは価格対策なのだろう。


ペーパーバックの方でもう一つ気になるのは余白の広さである。


これは文字数の少ない作品で一定のページ数を保つためにとられる方法で、これによりボリューム感をあげるのを意図しているに違いない。


こうした手法がとられたことは、将来性のある作者の作品に対するものと考えると、一抹の寂しさを感じるのである。


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「夢に迷ってタクシーを呼んだ」



出版社内容情報

いつか僕たちは必ずこの世界からいなくなる。ネットニュースで、三週間前に会った知人の死を知った日。「もうダメだ」と言い続けていた最悪な時代の仲間との再会。「で、お前いつ帰るんだ?」が口癖だった祖父との思い出。恵比寿の焼き鳥屋で見かけたヨーダ似のお爺さんと美少女。日常を生きていく寂しさと、心もとなさにそっと寄り添ったエッセイ集。文庫特典「巣ごもり読書日記」収録。

内容説明

いつか僕たちは必ずこの世界からいなくなる―。ネットニュースで、三週間前に会った知人の死を知った日。「もうダメだ」と言い続けていた最悪な時代の仲間との再会。「で、お前いつ帰るんだ?」が口癖だった祖父との思い出。恵比寿の焼き鳥屋で見かけたヨーダ似のお爺さんと美少女。日常を生きていく寂しさと心もとなさに、そっと寄り添ったエッセイ集。文庫特典「巣ごもり読書日記」収録。

目次

この世界ってさ、ロマンチックなことが少な過ぎるんだよ
夢を五分で挫折したことがある
きっと、僕たちは今度もまた大丈夫だ
こっち見てんじゃねーよ、ゾンビ
青春は未だ完結していない
で、お前いつ帰るんだ?
仲良くなるという目標は達成できそうにない
まったくの他人より、ちょっと知っている人のほうが気まずい
月の綺麗な夜だった
前野くんと来年、フジロックに行きたい
ゴリポンと呼ばれたくなかった
「下心よ去れ」と心の中で唱えていた
うまいでしょう、一杯三千円です
早い!安い!うまい!重い!
『働きアリに花束を』
「生粋の社会人」なんているのだろうか
不潔とケチはモテない
ラジオなんですけど
あなたは女の人に救われた経験はある?
高尾山以上、富士山以下の過酷さ〔ほか〕

著者等紹介

燃え殻[モエガラ]
1973(昭和48)年神奈川県横浜市生れ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出典:紀伊国屋ウェブ

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「これはいつかのあなたとわたし」


出版社内容情報

笑って、怒れなかった、あの日のあなたがここにいる。大人気エッセイ集。「原稿、泣きながら拝んで読みました」と持ち上げながら必ず直しを命じる編集者。BE:FIRSTのLEOさんが涙ながらに語った決意、初ラブホでの醜態、母の口癖、J-WAVEに届くブラックなお悩み相談。日常と非日常の忘れられない/忘れかけたことを綴り、あるあると哀愁に満ち満ちた随想、これぞ日本のオアシス。

【目次】

内容説明

人も街も夢も変わっていく。笑えなかった怒れなかったあの日のあなたがここにいる。名画のラストシーンが珠玉の短篇集みたいなエッセイ集。

目次

バディ
人生は、ぬか喜びの連続な気がする
「燃え殻、推薦!」
人も、街も、夢も変わっていく
ズバリ!幕の内弁当一食分
精一杯のお手
美しい鼻歌と、セブンスターの香り
思っていたまんまの印象
住んでいる世界が違う
人はとかく大〓みだ
テイクばかりの人
「絶対に出るな、かけるな」
自意識感知レーダー
プロの「すみません使い」に出会った
咄嗟に取りつくろってしまう
底辺は存在しない
あの日のことをまた書いてしまった
大橋裕之 マンガ「連載200回を超えて」
第二回錦糸町プチ同窓会
ピンクパンティー事件〔ほか〕

著者等紹介

燃え殻[モエガラ]
1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出典:紀伊国屋ウェブ


2026年6月4日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈6〉紳士と編集長(6)

 

  

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「よろこんで」ねえ。ほかでも聞いたことがありますよ、こういう返事。客に感謝の意を伝えようとしていて、悪くないと思いますよ僕は。英語にもウイズプレジャーって返事がありますし」


「ウイズプレジャーですか。でもそれとちょっとニュアンスが違うんじゃないですか」


僕はそう応えながら、このことに関して彼の同意が得られなかったことに軽い失望を覚えながら、つまるところ感性の違いなんだと、わりきって考えていた。


「よろこんで」か、〈居酒屋 よろこんで〉なんて店の名前もいいんじゃないですか」


同意はしなかったものの、横で彼がひょこっとそんな滑稽なことを言ったので、二人は顔を見合わせて大笑いした。


喧騒に満ちたその店で彼と僕とは二時間近く飲んでいて、何度も何度も話題をかえて話し合った。


でも僕が不満かつ不審に思ったのは、途中で何度か話を例のリベーラと彼の甥の編集長のことにもっていこうとしたにもかかわらずその度に彼は「うん、うん」とうなずくだけで、それについて自分から何も発言しようとしなかったことだ。


 いったいどうしたんだろう彼?そもそも二人のきっかけはあのリベーラだったはずなのに、しかも彼の甥がその編集長であるというのに。


やや不審なそんな面持ちで、「九時過ぎか、そろそろ出なければ」と、すでに半分ぐらい席の空いた店内を見渡しながら僕がそう考えていた時、また彼が唐突に妙なことを口にした。


 「ところで僕、近々また若い頃いたパリに行ってみようと思っているんです」


 パリ?おかしいな。ロンドンじゃなかっただろうか。この前ホテルのバーで、二十三のとき、ロンドンのロースクールに留学していた。


確かそう言ったはずだ。ロンドン以外にこの人パリにもいたことがあるのだろうか? 


僕は次第に不審な気持ちをつのらせながらそう考えていたが、そんな僕を尻目に彼はなおも話し続けた。


「いいですよ。あのシャンゼリゼの大通り。小高いモンマルトルの丘。それにあのメトロにももう一度乗ってみたいなあ」


「木谷さん、この前ロンドンに留学していたと言われましたがパリにもいらしたんですか?」


 不審な気持ちを少しでも晴らそうと、僕はとりあえずそうたずねてみた。


 「えっ、ロンドン。僕そんなことを言いましたか? パリですよ。パリ。僕が留学していたのは」


 ここへきて僕は彼のことがよくわからなくなっていた。


 うーん、どうもよくわからない。創刊されたばかりの雑誌リベーラの編集長が彼の甥であるということ、法律事務所をやっていて、今はそこの顧問であり、仕事は息子に任せており、彼自身は週に二~三度しか顔を出さないということ


つい一週間前に、若い頃ロンドンに留学していたと言ったかと思うと、今日は、いやそうでなくて留学していたのはパリだと言ったりして。


でも何より不思議なのは、最初あれだけ熱心に語っていた雑誌リベーラと甥の編集長について、ここんとこまったく触れようとしないことだ。


そんなふうに考えていると、酔いも手伝ったせいか、次第に頭に混乱を来たし、何がなんだかよくわからなくなってきて、早くここを出て外気に当たって頭を冷やさなければと思っていた。


「いい時間ですし、そろそろ出ましょうか」

伝票の方へ手を伸ばしながら僕が言った。


「えっ、もう帰るんですか?もう少しいいじゃないですか。パリのことなどまだいろいろお話したいことがありますし」


 この前のバーでは出るのをすんなりと応じた彼が、その日は渋ってすぐ立とうとはしなかった。


「でも僕少し酔ったみたいだし、外へ出て早く冷たい外気に当たりたいんです」


「おや、ご気分でも悪いんですか? いや、そんなふうでもありませんね。顔色も良くて。


でもそうですね。出ましょうか。出て外の新鮮な空気を吸いましょう。


そうだ。この近くに公園があるでしょう。酔いを覚ますためにそこへ行ってしばらく散歩でもしましょう」


彼のその言葉に、僕は時計に目をやり、まだ九時半だ。と時間を確認し、そうだな、酔ったままバスに乗るより、少し歩いて頭をすっきりさせてから帰ったほうがいいかと、「公園ですか。


でもそんなとこ、この近くにありましたか? いいですよ。とにかくここを出てそこへ行ってみましょう」と、伝票をつかんでややふらつく足で席を立った。


つづく


次回 6月11日(木)


2026年6月2日火曜日

NHK大相撲中継でアナが出場力士を《満身創痍》と言っていたが



大相撲は一種の格闘技で激しいスポーツですから、力士が思わぬ怪我にみまわれることは珍しくありません。


したがって怪我で休場する力士が出るのはやむを得ないことだと誰もが思っています。


そんな中で本場所に出場した力士を満身創痍と呼ぶアナがいるのは、いったいどういうことなのでしょうか。


つい先日もありました。その日の担当アナが「満身創痍の状態でこの活躍は見事なものです」と出場力士に誉め言葉をおくっていたのです。


でも考えてみるとこの発言には疑問が残ります。


普通に考えれば満身創痍の力士が休場することなく場所に出てしていること自体が不思議に思えるからです。


いったい満身創痍とは身体的にどのような状況なのでしょうか。


はたして場所を休むことなく、出場して闘えるような状態なのでしょうか。


この問題も含めてAIに訊いてみました。



満身創痍とは


「満身創痍(まんしんそうい)」とは、体中にたくさんの傷を負っていることや、そこから転じて、極限まで疲れ果てたり、ひどく痛めつけられたりしてボロボロの状態であることを意味します。

各漢字の意味

  • 満身(まんしん): 体全体、全身

  • 創痍(そうい): 切り傷や打撲などの傷、負傷 [1]

使い方・例文

元々は戦などで文字通り「全身が傷だらけ」の様子を表していましたが、現代では肉体的な疲労や精神的なダメージに対しても幅広く使われます。

  • 肉体的な疲労: 「長時間の激務と残業で、今の私の体は満身創痍だ」

  • 精神的なダメージ: 「数々のトラブルを乗り越えたが、心は満身創痍の状態だ」

  • 困難な状況: 「連日の試合で、主力選手たちは満身創痍で戦い抜いた」

類義語・言い換え表現

  • 疲労困憊(ひろうこん憊): 疲れ切って動けなくなること

  • 精根尽き果てる(せいこんつきはてる): 心身のエネルギーを完全に使い切ってしまうこと

  • ボロボロ: 心身がひどく疲れ、限界を迎えているカジュアルな表現


この説明で満身創痍がどういう状態かお分かりいただけたと思います。


そこで質問です。こうした状態にある人が大相撲のような激しいスポーツができるでしょうか。


おそらく回答者の全員が「ノー」と答えることでしょう。


これでお分かりのように「満身創痍」の状態では、力士は土俵に上がって闘うことは不可能なのです。


にもかかわらず中継放送で、アナが勝ち力士に対して「満身創痍の状態でよくガンバっています」などと称賛の言葉を送っているのです。


これに対して違和感を覚えるのは私だけでしょうか。


おそらく少なからずに人たちが「満身創痍って本当なの?」と、疑問を抱くのではないでしょうか。


概してNHK大相撲担当のアナは力士の怪我などによる体調不良を事実よりオーバーに言うことが多いように思います。


事実を正確に伝えるのがアナのモットーであるはずなのに、こうした傾向があるのは非常に残念なことです。



2026年6月1日月曜日

高級ホテルのロビーはなぜ「怪しい人」を引き寄せるのか?元フロントマンが明かす華やかな社交場の裏側・NotebookLM 記事分析シリーズ No.6




一流の空間に漂う、得体の知れない「違和感」の正体


高級ホテルのロビー。そこは豪華なシャンデリアが輝き、洗練された調度品が並ぶ、いわばハイソサエティの象徴です。


私がかつて身を置いていたのは、当時「関西ナンバーワン」との呼び声も高く、政界のVIPが日常的に出入りするような格式あるホテルでした。


しかし、日米で20年にわたりフロントに立ち、この「社交場の表裏」を観察し続けてきた私には、その華やかさの裏側が見えていました。


そこには、宿泊客でもレストランのゲストでもない、ロビーという「共有スペース」だけを目的にたむろする、得体の知れない人々が確実に存在するのです。


一流の空間が醸し出す「安全神話」を隠れ蓑にする、彼らの奇妙な生態系についてお話ししましょう。


詐欺師が「豪華なロビー」を舞台に選ぶ心理学的理由


詐欺師という人種は、何よりも「舞台設定」を重んじます。彼らにとって高級ホテルのロビーは、ターゲットを仕留めるための、いわば「武装されたオフィス」なのです。


なぜ彼らはここを好むのか。その鍵は、来訪者を心理的に「浮き足立たせる」効果にあります。


高級ホテルのロビーといえば、格が上がれば上がるほどその設備は豪華で、また時にはそこを行き来する有名人などの姿も目にすることもあり、来訪者を非日常的な、言わば豪華な気分へといざなう場所でもある。


詐欺師はあえて相手をそういう状態に持っていき、優位な立場で仕事?をすすめていくのである。


非日常的な豪華さに圧倒されたターゲットは、知らず知らずのうちに判断力を奪われ、地に足がつかない状態に陥ります。詐欺師はその「浮き足立った」一瞬の隙を突き、ホテルが長年かけて築き上げた信頼とステイタスをあたかも自分の実力であるかのように偽装し、優位に交渉を進めるのです。


「国際親善」の仮面をかぶった夜の案内人たち


外国人客が半数以上を占めるような高級ホテルには、その「格」に擬態したプロフェッショナルたちが現れます。


まず目を引くのが、モデル並みのビジュアルを誇るハイクラスなコールガールたちです。彼女たちは知的な大卒者も多く、流暢な英語を操り、欧米系の富裕層をターゲットにするため、あえて「大柄で垢抜けた」容姿を整えています。その洗練された佇まいは、フロントマンの目から見てもホテルの雰囲気に完璧に溶け込んでいます。


また、バリッとしたスーツを着こなし、一見するとエグゼクティブに見える「高級ポン引き(客引き)」も常連です。 彼らは巧みな話術で外国人に近づき、世間話から夜の遊び、そして最終的には女性の紹介へと誘導します。


ぼったくりでなければ「国際親善」と笑い飛ばせるのかもしれませんが、これがひとたびトラブルになれば、ホテルの、ひいては国の信用に関わる問題へと発展するのです。


憧れが暴走する人々:芸能人・外国人「かぶれ」の迷惑


ホテルの品位を損なうのは、何も「裏社会」の住人だけではありません。


私が勤務していたホテルの親会社はテレビ局であり、建物が隣接していたという特殊な事情がありました。そのため、芸能人の出入りが他のホテルに比べて「抜群」に多く、それに伴う「追っかけ」の集団がロビーを占拠することも日常茶飯事でした。


高級ホテルの静謐な空気を切り裂く彼女たちの熱狂は、運営側にとっては頭の痛い「迷惑な対象」でしかありません。


さらに、外国人と見れば見境なく片言の英語で声をかける「外国人かぶれ」の人々も厄介な存在です。


国際交流を装いながら宿泊客を困惑させる彼らの行動は、高級ホテルという場所が持つ「ステイタス」への過剰な憧れが、独りよがりに暴走した結果と言えるでしょう。


最後に笑うのは誰か?リラックスの裏に潜む「置き引き」の影


これら心理的な駆け引き以上に、最も皮肉で実利的な脅威が「置き引き」です。


最高級のソファでリラックスしている瞬間、人は「ここは安全だ」という錯覚に陥ります。しかし、その開放感こそが盗人たちの好物なのです。格式高いホテルであればあるほど、ゲストは警戒心を捨て、荷物から目を離してしまいます。


「リラックスしても持ち物は手から離さないように」――これは20年のキャリアから導き出された、最も基本的で重みのある忠告です。世界で最も安全に見える場所こそが、最も単純な犯罪の温床になり得る。これこそが高級ホテルのロビーが抱える最大のパラドックスなのです。


結び:ロビーという「公共の舞台」を賢く歩くために


高級ホテルのロビーは、美しさと危うさが同居する「社会の縮図」です。そこは通過点であると同時に、選ばれた者と、そこに寄生しようとする者が交差する「公共の舞台」でもあります。


あなたが次に豪華なロビーのソファに腰を下ろし、優雅なひとときを楽しもうとする時、ふと隣を見渡してみてください。そこに座っている人物は、果たして見かけ通りの紳士でしょうか?


案外、隣のテレビ局から流れてきた俳優よりも、さらに巧妙な「演技」を披露している最中かもしれません。空間の魔力に酔いしれる前に、少しだけ冷徹な観察眼を保っておくことをお勧めします。


元記事:高級ホテルのロビーは怪しい人たちでいっぱい

https://tuneoo.blogspot.com/2012/02/blog-post_01.html