2025年11月6日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈4〉直線コースは長かった(3)

  

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それから涼子さんは延々と話し続けた。


「二週間ほど前なんだけど、わたし、新聞広告見てある会社のアルバイトの面接に行ったの。その広告には〈アルバイト、当社会長の秘書、期間二ヶ月、給料面談〉って出ていたわ。会長秘書ってちょっと魅力的じゃない。


それに短期アルバイトというのも学生の私には都合がいいし。その会社、駅前のビルの六階にある輸入アパレルの商社なの。難しい筆記試験はなく、最初は四十年配の人事課長だという人の面接。


始まって十五分くらいは質問もありきたりで、好きな学科とか趣味だとか、家族についてとか聞かれたわ。それから応募動機なんか聞かれて、その次に原稿用紙二枚が渡され、作文書けって言われたの。題は〈わたしの男性観について〉っていうの。


一時間ほどかけてそれを書いて、三十分のお昼休みの後、またさっきの課長さんの面接。今度は。質問はあまりせず、仕事の内容について話しはじめたの。


『今回募集した短期間の会長秘書の仕事ですが、秘書といっても、主にその仕事は、海外出張に出向く当社の会長に同行して、主にその身辺の世話をしていただく仕事でして、いわゆるデスクワークではありません』

『へー、外国へ行けるんですか、それで行先はどちらなんですか?』


海外へいけると聞いて、わたし嬉しくなって、すぐそう聞いてみたわ」

「主に私どもの取引先のあるロンドン、パリ、ニューヨークです。最もニューヨークは昨秋行ったばかりなので、次の予定はロンドンとパリになっていますが」「ロンドンとパリですか。すてき!それで会長さんの身辺の世話と言われましたが具体的にはどんなことをするのですか?』


肝心なのは仕事の内容だと思って私がそう聞くと、課長さん答えたわ。『それについては、この後にある第二次面接で会長自身が説明します。第二次面接お受けになりますね』『ええ、もちろん』


その質問に、ここでやめる人っているのかしら、と少し妙に思いながら、私としては当然「受けます」と答えたわ。その日応募してきた人は、私を含めて全部で七名。でも会長さんの第二次面接の時には三人減って四人になっていたわ。あの三人どうしたのかしら? いずれも知的できれいな人たちだったのに、作文でも駄目だったのかしら? 


そう思いながら、わたし会長室の前の小さな部屋で面接の時間待ってたの。わたしの順番は四人中三番目。一人二十分ほどだと聞いてたので、四十分もそこで待たなければならないのよ。いやだなあ、とは思ったんだけど、でも実際はそんなに待たなくてもよかったわ。


最初は私より二〜三歳上に見える背のスラーと高い、どこかいいとこのお嬢さんふうの人が入っていったわ。でもその人、わずか五分ぐらいしかたたないのに、もう部屋を出てきたの、どうしたんだろう、ずいぶん早いようだけど、わたしチラッとそう思ったんだけど、自分の面接時間が早くなったことのほうに余計気がまわって、そのことについては深く考えなかったわ。


二番目の人はさっきの人のように五分では出てこなかったんだけど、十分少したった頃にやはり早く出てきたの。


 みんな早いなあ、まだ始まって十五分しかたっていないのに。

そう思っているとき、『今井涼子さん』って、私の名前が呼ばれたの。わたし、ドキドキする胸を抑えながらゆっくりと会長室へ入っていったわ。


さすがは会長室、正面に明るい大きな窓があり、その横の壁には高そうな絵がかかっており、その下のサイドテーブルにはこれまた高そうな置物があったわ。それにフロアに敷かれたじゅうたんは私のハイヒールの踵がほとんど隠れるほど厚いの。


入ったとき会長さんは窓を背にした大きなデスクの前で背の高いアームチェア―にどっしり腰かけてたわ。頭は白髪でやや小柄のようだったけど、顔の色はつやつやしていて目も光っており、いかにも精悍そうで、あとで聞いた年齢の六十九歳にはとても見えなかったわ。


「まあ座りなさい」と、すぐ前にある低い背もたれの椅子をさしてそう言ったのが会長さんの第一声。その声は低音だったけど、耳にビーンと響いてすごくとおりがいいの。


『なんだねえキミ、近ごろの若い娘さんは世間知らずが多いねえ』私が席に着くや否や、会長さんは私の顔と机の上の履歴書を交互に見ながらそう言うの。わたし意味がよくわからなかったので、ただ『えっ、ええ』とだけしか答えなかったわ。


『一番目と二番目の娘、ありゃあ駄目だ。まったく話が通じん。三人目のキミにはそうであってほしくないねえ」と会長さん。


『は、はい。それでお仕事の内容なんですけど』わたし、会長さんのよく響く迫力のある声におされたのと、前の二人がずいぶん早く帰ってしまったことの不安があいまって、入ってきたとき以上に胸をドキドキさせながら聞いてたわ』


『仕事の内容はねえ、人事課長からわたしと一緒に海外へ行くということは聞いたと思うが、今の質問はそこで何をするかということだね?』 


『は、はい』


『つまりだ。通訳は別に専門の者がいるからその方はやらなくていい。キミがするのはわたしの、身のまわりの世話だ。わたしは今年六十九歳になる。来年は七十歳。女房は二年前に死んで、今は独身。


お手伝いさんが一人いるが、歳をとっているのでセンスが悪い。したがって海外へ出かけていくときの服装の準備なんかはどうもね。それでまずキミには海外出張へ出かけるための支度をしてもらう。


今度のロンドン、パリは滞在が四週間にもなるので、身のまわりのものを揃えるだけでも大変なんだ。やはりこう言うことは女手でないとな。それから約二週間後にわたしと一緒にロンドン、パリに行ってもらう。もっとも、もう一人男性通訳が同行するがね』


つづく


次回 11月13日(木)