2021年1月4日月曜日

2021の初頭にご紹介するのはこの本 ・これ阿川佐和子エッセイの最高傑作ではないのか?

 



書評「老人初心者の覚悟」中央公論新社 

前々から阿川佐和子はエッセイの名手だと思っている。数多くいる男性の名手に比べても決して引けを取らない腕前だと断言しても良い。

そんな彼女の今回の作品を読んでいて痛く感心して「ひょっとして、これ彼女の作品の中で最高傑作のではないか」とも思ったのだ。

目に飛び込んでくる行という行の文章ががすべて格調が高く、センスの良い良質なセンテンスばかりで埋まっている。

これまで数多くの作家のエッセイを読んできたが、これほどの文章を書ける人はザラにはいない。

彼女こそ作家の中でも指折りのエッセイの名手と言っても良いのではないだろうか。

 

卓越した洞察力

読者を納得させる確かな文章にはエビデンスが必要である。

そのエビデンスとは深い洞察力によってこそ導かれるのではないだろうか。この作家にはそれが備わっている。

例えばこんな文章がある。(46頁) 

大抵のメイクさんは心優しい。そして本当のところは極端なお世辞が苦手である。だから「なんかひどい顔でしょう?」とこちらが投げかけた後、メイクさんが何秒の間をあけて返答するかを見れば、それが気休めであるかないかはすぐわかる。例えば三秒以上の間があったとする、「なんとお答えしたものか・・・」と悩んでいる証拠だ」だからその時はほんとうに「ひどい顔」なのである。あるいは一秒も待たぬうちに力強く、「そんなことはありません!」と言われたら、それもまた、現実をなかったことにしようという意志の表れだ。だからやっぱり「ひどい顔」なのである。

いかがですか、この鋭い洞察力は? 


類まれな文章力・センスの良い良質な文章で満ちている

文章力は文章の組み立てだけではない。それと同等に大事なのが言葉の選択と配置ではないだろうか

つまりどんな言葉をどこに持ってくるか、である。彼女の文章には言葉の選択と配置の妙があるのだ。

それに加えて想像力が旺盛なので、例えテーマが身近に転がっているような平凡なものであっても持ち前の並外れた想像力で肉付けしていき、結果としては味わい深い文章に仕立て上げる力があるのだ。

要するに阿川佐和子という作家は読ませる文章をつくる天才なのに違いない。

 

並々ならぬ知識量

この歳になれば本を読んで新しい言葉を教えれることはそれほど多くはない。でも阿川佐和子のエッセイの場合は例外だ。

本を読んでいて知らない言葉に出逢えばメモを取るが、なぜかこの人の作品のときはそれが多い。

今回も数回あったが、例えばインストルメンタルとかマウンティングなどのカタカナ言葉である。

インストルメンタルはたしかイントルメント(道具)の派生語のはずだ。でも意味がわからない。音楽に関することで使っているから、音楽用語なのだろうか

早速グーグル検索してみると、やはり音楽用語、歌詞のない演奏曲のことだとわかった。(なおマウンティングについては記事の字数の関係でここでは取り上げません)。

彼女があえて読者が知らないと思しき言葉を出してくるのは、本には啓蒙の役目があることを心得てのことだろう。

おそらく彼女は並々ならぬ読書家であるに違いない。自らが読書量について述べてはいないが、それとわかる次のような文章がこの本の中にあった。

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テレビ番組で重たいものを軽く持つ方法、というのがあり、早速実験してみることにした。何を持ってみたら良いかを考えていると、書斎のあちこちの読みかけの本が積み上げられている、そうだあれにしようと本をビニール袋2つに入れて持ち上げてみた。

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この文章でわかるように書斎には大きなビニール袋2つがいっぱいになるほどの本が無造作に積み上げられていた、ということからもたいへんな読書量をこなしている人に違いない。

作家だからとは言え、老人初心者にして未だにい新しい知識への欲求が大きい事がよく分かる。 

 

機智(ウィット)と ユーモアに富んでいる

格調の高い上質な文章に欠かせないのが、ウィットとユーモアである。この2つこそが読者の心を豊かにしてくれたり頬を緩ませて和ませてくれるのだ。

男性作家にくらべると女性作家にはこれが少ないのが一般的だが、彼女は例外中の例外で、その鋭いウイットとユーモアのセンスは群を抜いていると言っていいだろう。

それ故に「聞く力」のような空前のベストセラーを生み出す力量を持つ優れた作家なのだ。 


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老人初心者の覚悟 中央公論新社 

· 初版刊行日2019/12/18

· 判型B6判変型

· ページ数256ページ

· 定価本体1300円(税別)

· ISBNコードISBN978-4-12-005256-9 

 

内容説明

老人若葉マークの踏んだり蹴ったり…だからなんだ!「高齢者」の仲間入りをしたアガワが、ときに強気に、ときに弱気に、老化と格闘する日々を綴る。

『いい女、ふだんブッ散らかしており』につづく、『婦人公論』好評連載の書籍化第二弾。65歳、高齢者の仲間入りをしてからの、身の回り、体調、容姿、心境の変化を綴る。多彩な抽斗と表現で、自らの過去と現在を赤裸々に書き尽くした、極上のエッセイ集。 

目次(抜粋)

捨てる女
間違いの始末
音色はいずこ
夏帽子
老化の片隅
たったオノマトペ
比較の力
まぶたのハハハ
小さな得
怖がられるオンナたち〔ほか〕

著者等紹介

阿川佐和子[アガワサワコ]
1953年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒。エッセイスト、作家。99年、檀ふみとの往復エッセイ『ああ言えばこう食う』で講談社エッセイ賞、2000年、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、08年、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。12年、『聞く力―心をひらく35のヒント』が年間ベストセラー第一位、ミリオンセラーとなった。14年、菊池寛賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出典:紀伊國屋書店

 

 

 

 

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