2025年6月28日土曜日

Aマッソの加納愛子が「impossible(インポッシブル)は可能(かのう)だ」と言っている

「加納愛子」は いま人気の女性お笑い芸人であるが、恥ずかしいことに、この女性のことをこれまで知らなかった。

しかも新人ではなくデビューして15年にもなるベテランだというのに。

これまで知らなかったことはうかつであるが、知ったきっかけがお笑い番組ではなく、エッセイ集であったことが嬉しい。

お笑いより文芸の才能の方が、より大きな彼女の魅力だと思うからだ。


「impossible ⇒ I am possible」 は優れたお笑いネタ

このエッセイがむちゃおもしろかったので、さっそくYouTubeで彼女の動画を観たのだが

その動画の中で語っていたのがタイトルにも書いた英単語「impossible」に関する話題なのだ。

でも凄いではないか。一介の女性お笑い芸人(失礼だが)が英単語をもじって(かのうという自分の苗字にかけて)お笑いのテーマを作るとは。

この女性は間違いなく頭の良い人だ。


AIに訊いてみた 「impossible は I am possible の意味ですか?」

 

AI による概要

いいえ、「impossible」は「I am possible」のことではありません。

「impossible」は「不可能」という意味で、英語の「possible」に否定を表す接頭辞「im」が付いた言葉です。一方、「I am possible」は「私は可能だ」という意味で、単語の区切りを変えた造語です。



加納愛子はエッセイの才能がすごい



知ったきっかけは光村図書が毎年1冊づつ出している、シリーズ本「ベストエッセイ2024」で彼女の作品を見つけたことである。

そのエッセイは「親父が倒れた」というタイトルの作品である。

これがすごく面白いよくできた作品なのだ。

冒頭から2〜3行読んだだけで、「この作者 タダ者ではない」と思ったくらいだ。


加納愛子はエッセイ集を2冊出している






2025年6月26日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(11)

  


〈前回まで〉
H市のフランチャイズ学習塾塾長の砂田文夫は何者かに仕掛けられた事務所のガス爆発未遂事件について、本社社長小山と相談の上、事件が事件だけにけっきょく警察に届けることにした。だが事情聴取にやってきた2人の刑事に対し詳しい情報は流さなかっただけでなく被害届けも出さなかった。この事件は警察による捜査より自分自身の力で決着をつけようと思ったからだ。そう決意した砂田は、浅井というはっきりした容疑者が浮かんできたのを機に、「やるべき時が来た」と、積極的に事件解明に乗り出した。その手始めは、以前から比較的親しくしている本社経理部員の新田から、事件後の最近の本社の様子を尋ねるのを手始めに、事件に関係ある社員から、一人づつ丁寧に事情を訊くことにしたのだ。

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その日は早めにルーティンワークをすませて、伊藤の話をゆっくりと腰を据えて聞いてみようと、七時過ぎになると何もせず来客用のソファにドカッと腰を下ろし、明日以降の浅井に対する攻略方法について考えていた。


 明日は噂を流したという二人のうち、かたわれの木島の方で、その次の明後日が、あの憎き浅井との対決の日なのだ。


「見ておれ、浅井の奴。今回のH塾講師に関する忌まわしい噂を流した罰を与えるのは勿論のこと、あの大事故にもつながりかねない恐ろしいガス噴出事件についても一気に吐かしてやるからな」


 時計の針は八時を十分まわったのを確認して、文夫はソファから立ち上がり電話機のある事務机のほうへ向かってゆっくり歩いて行った。 


 「八時過ぎには帰っていますから」伊藤は昼間の電話でそう言っていた。

 ああ言った以上、彼とて電話を待っているに違いない。

 そう思いながら文夫は十桁のナンバーを念入りに押していった。


 あんのじょう、一回だけ呼出音が鳴って、その後すぐ伊藤が出てきた。

 「はい伊藤です。砂田塾長ですね。お待ちしていました」

 開口一番そう応えた伊藤だったが、要件の重大性にうすうす気づいているのか、その声は少し上ずっていた。


 「君以外に、今日は経理の新田くんにも電話したことだし、ぼくが君に何について聞きたいのかは、もう気づいていると思うのだが」

 文夫がそう切り出して、それから延々一時間余りも伊藤の話を聞いていた。


 伊藤は今回の噂は浅井と木島の二人から聞いたと言った。でも最初に聞いた木島の話はなんとなく具体性を欠いていて、その段階ではまだあまり信じてなかったらしい。

 経理の新田にそのことを話したのは、木島から聞いた後、さらに浅井がその場面を微に入り細に入り詳しく説明する話しを聞いてからだった。


 「浅井さんがあれほど詳しく説明するものですから、この話は本当なのかもしれない。そう思って浅井さんから聞いたとおりを新田さんに話したんです」

 上ずった声の調子は一向に治まらず、伊藤はやや興奮気味に話していた。


 「ふーん、それでその微に入り細に入った様子というのだけど、具体的にはいったいどんな様子なのか、よかったら話して欲しいんだ。男同士だし、きわどい話だって別に気兼ねすること無いんだし」


 文夫はタバコに火をつけながら、彼からもっとも聞きたいと思っていた部分についてゆっくり伝えた。


「はい、それは浜岡さんと南さんがやってた場面についてです」

「だからその場面について詳しく教えて欲しいんだよ」

 「承知しました。では浅井さんに聞いたとおりにお話します。あれはキャンプ二日目の夜の十時ごろだったそうです。浅井さんと木島さんはキャンプファイヤーの火の消火を確認に行った帰りに食堂の前を通ったんです。するとそんな時間なのに食堂の窓から薄明かりが漏れているものですから、誰がいるのかと思って二人で中へ入って入ったそうなんです。


 中央の入口から入ってみると、中は薄暗く広いテーブル席の電気は一つもつけられてはおらず、奥の厨房の電気が一つだけついていて、入ったときは暗くてよく見えず人の気配も感じられなかったそうです。


 それで浅井さんは、おかしいな、と思ってスイッチを入れて室内の電気を全部つけたんです。

 すると厨房の前の隅の方にある長椅子から、パッと上半身裸の男が立ち上がったそうなんです。


 それが浜岡さんだったんです。浅井さんは突然のことで初めは何がなんだかよく分からなかったのですが、それが浜岡さんだとわかって、『何してるの?今ごろこんなところで』と聞きながら浜岡さんのほうへ五~六歩近づいて行ったそうです。


すると浜岡さんの下半身も見えてきて、半ズボンはつけてはいるものの、前のチャックが開いていて、そこから大きな黒くて長いものがボロンとはみ出していたんです。そして長椅子の隅には胸がはだけ、ずいぶん乱れた着衣姿の南さんがうずくまるようにして座っていたそうなんです。


浅井さんはびっくりして、それより先へは歩を進めず、再び『なにやってんですか?こんなところで』とだけ言って、すぐきびすを返してドアのところへいた木島さんと一緒に慌てて食堂を出ていったんです。


 浅井さんに聞いたのはざっとこんなことです。それから木島さんですが、彼のほうはドアのところへ立ったままで、初めに浜岡さんが立ち上がったところは見たけれど、後はテーブルに隠れていて何も見えなかったそうです。


でも浅井さんから『あの二人がやっていた』と聞き、状況からして、それもありえると思って、ぼくに話したようです。

とは言え彼は、そうだと断定はしていないようでした。浅井さんの話のように具体的なところもありませんでしたし」


 伊藤はそこまで一気に喋った。

 文夫は相槌を打つだけで黙って話を聞いていて、彼が話に一呼吸入れたところでようやく最初に言ったその場面の〈 微に入り細に入った 状況 〉という意味が分かってきた。


 つまり、浅井と木島が食堂に入ったとき、中は薄暗く、浅井が室内の電気を一斉につけたとき、上半身裸の浜岡がパッと立ち上がった。そして近づいてよく見ると、浜岡のズボンのチャックは開いており、中から彼の男のシンボルがボロンとはみ出していて、長椅子の隅には着衣の乱れ南三枝がうずくまるように座っていた。つまり浅井の微に入り細に入った説明とはこういうことなのである。


 「よくわかったよ伊藤くん。でも本当に『二人がやっていた』とはっきり言ったんだね」

 「ええ言いました。最初ははっきりとした表現は使ってなかったのですけど、ぼくが『ほんとうですかそれ?』と、少し疑った調子で聞いた後に、そんな具体的な様子を説明し始めたのです。

 立ち上がった浜岡さんのことも、最初は上半身裸だったとは言ってなかったのに、後で付け足したりしていました」


 「木島くんも浜岡くんが上半身裸だったと言っていたかい?」

 「いいえ、はっきりとは言っていませんでした。何しろ彼は二人の方へ近づいて行かなかったらしく,よく見えなかったけど、ひょっとしてそうだったかもしれない。そんな表現を使って話していました」 


 「そうか分かった。ということは現場をよく見て、あの二人がやっていたと断定して言ったのは浅井くんだけなんだね」

 「ええ、まあそういうことです。でも塾長、申しわけありませんでした。真偽のほどはともかく、あんな噂話に加担して、それを新田さんに伝えたりして」


 「まあそれはいいよ。君も若い男性なんだし、そうした話題をおもしろがることも分かるよ。

それに流した張本人は浅井くんだからなあ」

 「浅井くんだからなあ、って塾長、浅井さん他にも何か?」

 「伊藤にそう聞かれ、文夫はさっきにセリフはまずかった、と思った。


 半年前のガス事故の嫌疑だとか、最近に彼の一連の陰険な行動とかについて、知る由もないこの伊藤に対して、浅井だからなあ、という表現はまずかったのだ。


 「いや、そういう意味じゃないんだ。浅井くんはスーパーバイザーで、ぼくの地区の担当者だから、あの二人のことも比較的よく知っているし、つまり何と言うか、知ってるだけについ面白半分で・・・。 さっき君に言ったのはそういう意味なんだよ。


 噂の対象になった当人たちも、事実無根だと言っているし、それに彼らの上司であるぼくにしても、非常に腹立たしく思っていることもあって、噂を流した張本人が彼だと言うものだから、つい腹たちまぎれにあんなふうに言ってしまったんだよ。

 いやあ伊藤くん、どうもありがとう。今夜の君の話は事実を知る上で非常に役立ちますよ」


 終わりのほうでいささか苦しい弁明を強いられたが、伊藤に礼を言って受話器を置いたとき、時計はすでに九時をまわっていた。伊藤とはかれこれ一時間近くも話していたのだ。

 それから五分後には文夫はもう事務所を出ており、街灯がない暗い通りをバス停に向かって歩いていた。


つづく


次回7月3日(木)


2025年6月24日火曜日

コメ高騰のいま コンビニ食品廃棄のニュースに胸が痛む

海外では賞味期限切れの商品を無料提供するスーパーがある

 日本のコンビニやスーパーは見習わないといけない

食品ロスが大きな社会問題になっているなか、コンビニの食品廃棄はいまだに続いているようで、最近のニュースでも大きく報じられている。こうした報道に接するたびに人々の多くが胸を痛めているが、いったいコンビニ経営者は何を考えているのだろうか。会社の利益獲得のためだけに、いつまでもこうしたことを許しているのだろうか。こうした日本の現状に反して海外では食品ロス対策の一つとして大胆な取り組みを始めたスーパーマーケットが現われている


イギリスのスーパーでは 賞味期限切れの商品を無料提供

    google

イギリスの大手スーパーマーケット「TESCO」は、食品ロスを削減するため、賞味期限が近い食品を無料で消費者に提供する新たな取り組みを開始する。
テスコでは現在、賞味期限が近くなった商品には値引きの印である「黄色いステッカー」を貼り付け、最大で90%オフまで価格を下げて販売しているが、今回発表された新たな取り組みでは、閉店間際の午後9時30分以降、対象商品が完全に無料になるという。

2025年中に食品廃棄量50%削減を目指す

2050年までにネットゼロ(温室効果ガス排出ゼロ)達成を目標に掲げるテスコは、まず2025年までに食品廃棄を50%削減することを目指してきた。しかし、2017年から2023年の間に削減された食品廃棄量は18%にとどまっており、この時点での目標45%には大きく届いていない。
地域のフードバンクやチャリティ団体と連携し、​2016年以降だけでも1億6千万食分もの食料を地域社会に提供しているが、それでも2023年には3万5千トン以上の食品が廃棄されていたことも報告されている。そのため、2025年中に食品廃棄量50%削減の目標を達成するために、この取り組みに期待が高まっているのだ。

食品の無料提供は、少しでも出費を抑えたい消費者にとっても嬉しいニュースだ。イギリスでは近年、物価高の影響から値引きされた食品の需要が急増している。バークレイズ銀行が2023年に行った調査によれば、イギリスの約3分の2の世帯が値引き商品を購入していることが明らかになっている。

一部店舗でスタート 全国展開も視野に

賞味期限が迫り無料になる食品は、店で働くスタッフが優先的に手に入れられる。そしてその次にチャリティ団体などに提供され、最終的に残ったものが、閉店前の午後9時30分以降に、店先で一般客に提供される仕組みだ。
まずは一部の「テスコ・エクスプレス」(同社が都市部に展開するコンビニエンスストアのような小型の店舗)にて試験的に実施され、いずれ全国的に広がっていく可能性があるという。
消費者に商品を“完全無料”で提供するという革新的なこの取り組み。物価高が続くイギリスにおいては消費者にも大きなメリットをもたらすことで注目され、他社のスーパーマーケットも類似の施策を打ち出してくることが期待される。

出典:ELEMINIST




2025年6月21日土曜日

書評 「もの想う時、ものを書く」 山田詠美 中央公論新社

  


413ページの ボリュームに圧倒されそう

ページ数413、まさに圧巻のボリュームである。世に小説家のエッセイ集は多いが、ページ数がこれほどのものは少ない。

作家生活40年ということで、出版社の力の入れようがよくわかる。

ソフトカバーだからそうでもないが、これがハードカバーだとすごい重量感にちがいない。


質も量に負けず読み応えのあるエッセイぞろい

読んでる最中も読み終えてからも何度も思ったのは「これほど読み応えのあるエッセイ集が他にあるだろうか」ということである。

下の目次を見ていただければお分かりのようにテーマが1〜6とバリエーション豊かで読者を退屈させない。

ひとつだけ難を言えば目次1のエッセイ集が1000文字程度の比較的短い作品ばかりである点に物足りなさを感じた。


山田詠美は今も手書きを押し通している珍しい小説家

分厚い本で最後まで読み通す根気を失いそうになる時もあったが、でも今でもコツコツと手書き(下の見本)を続ける山田詠美の作家魂のこもった作品に失礼だと、思い直して再び読み始めたら、今度は「なかなかいいじゃないか」という気がしてきて、そのまま継続することが出来た。

前回読んだのは「吉祥寺ドリーミン」という作品で、こちらは楽勝で読み終えたのだが、今回はボリュームがすごいこともあって、そうはいかなかった。

でも若干苦労したとはいえ、もともと彼女のエッセイ作品は好きな方で、それにいくつかの書評サイトを見直してみても、いずれも高評価を付けていて、これも読み終えることが出来た理由である。



      山田詠美の手書き原手書き原稿



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出版社内容情報

もう会えない人の記憶、夫との愛しい日常、そして文学。
2000年代に各紙誌で発表されたエッセイ、文庫解説、芥川賞選評を一冊に。
作家生活40周年記念のエッセイ集。


内容説明

もう会えない人の記憶、夫とのかけがえのない日常、そして文学。2000年以降、各紙誌に発表されたエッセイに加え、文庫解説、芥川賞選評など、すべて初収録。作家が愛するものたちを言の葉にのせた、贅沢な散文集。

目次

1(作家の口福;ブックマーク ほか)
2(追悼 水上勉 グッドラックホテルにて;追悼 河野多惠子 河野先生との記憶のあれこれ ほか)
3(二十年目のほんとのこと 谷崎潤一郎賞受賞によせて;小説家以前の自分に 野間文芸賞受賞の言葉 ほか)
4(芥川賞選評―第129回~第171回)
5(私的関係―荒木経惟『私写真』;夫婦は不思議―小池真理子・藤田宜永『夫婦公論』 ほか)
6(無銭優雅に出会う街―ライナーノートにかえて;大切な、大切な ほか)


著者等紹介

山田詠美[ヤマダエイミ]
1959年東京都生まれ。85年「ベッドタイムアイズ」で作家デビュー。『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』で直木賞、『トラッシュ』で女流文学賞、『A2Z』で読売文学賞、『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞、『ジェントルマン』で野間文芸賞、「生鮮てるてる坊主」で川端康成文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。


出典;紀伊国屋書店ウェブストアー


 

感想・レビュー (読書メーター)

 

Shimaneko

読み応えたっぷしのエッセイ&書評集。デビュー当時から(厳密には山田双葉時代のマンガから)90年代後半くらいまでほぼ全作品をリアルタイムで読んでたので、今は亡き大切な人たちとの時間や景色が他人事ながら切なくも愛おしい。幅広で真っ赤なスピンも素敵。ただ残念だったのは、時々「え?いつの話だよ、それ?」と戸惑うほど古いエピソードが唐突に挟まれてること。違和感もさることながら、この際だから未収録分は全部寄せ集めちまおう的な編集サイドのセコさがちょっとやな感じ。タイトルで2000年以降って言ってるくせにさ。

 

Go Extreme

路地の提灯の餃子 ほとばしる旨味 おなかに染みる汁物 暖まる家と煮込み 肉なし痩せた体 贅沢な体重 排水口の「オバケ」 成長の植物「オオタニサン」 生きる前の「玉子」 集合体恐怖症の「卵」 伝統、文化、郷土愛 「不倫叩き」と『緋文字』 ひっくり返す「言いよう」 「ミシマファイル」 泣ける「送り迎えSF」 幼い頃の「憧れ」 知られる「歯車」 命懸けのあとの食事 「世界一」ブランドの番人 苦手な「ク〇イバ」 政治家に必要な「品格 dignity」 「道草の原点」鹿沼 「第二の故郷」金沢

バーベナ

森瑤子、安部譲二、野坂昭如等、私が好きでもう亡くなった人たちと豪快に交友した最後の作家さんではないかしら。ちょくちょく笑わせてくれるのに、時々、悲しみではない涙がでてくる。詠美さんは私の中でいまだにお転婆なイメージだし、長いキャリアがあることを忘れてしまう。でも、時々、凄みのある言葉がでてきてドキッとする。清濁すべてを血肉にして生き延びてきた。他人の思想、誰かの言葉、いつのまにか押し付けられた倫理観とは無縁で、大好きだわ。

 

Tommy

いろんな媒体に書いたものをまとめているのだけど、芥川賞選評が面白かった。当時けちょんけちょんすぎて話題になった某古市社会学者コメンテーターの選評なんてぜんぜんマシだった。辛辣なコメントは面白いと思う一方で、こういうふわっとした所感だけだと業界は先細るだけかもなあとも。論理的な指摘をしない伝統みたいなのありそう。

出典:読書メーター


2025年6月19日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(10)

 

 《前回まで》砂田文夫が代表を務めるH市のフランチャイズ学習塾の事務所が何者かによってガス爆発(未遂)を仕掛けられたことについて、本社社長と相談した結果、ことがことだけに結局警察に届けることにした。それから三日後、事務所を訪れてきた二人の刑事に、容疑者として最初に頭に浮かんだ前女性事務員について話した。刑事たちは本人に分からないように捜査を進めることを前提に、被害届を出すよう砂田を促したが、それには従わなかった。それだけでなく、二人目の容疑者として浮かんだ本社社員浅井に関しても何もしゃべらなかった。警察に届けたのは、犯人と思しき浅井を牽制して動揺を与えようと思ったのも理由の一つなのだ。

砂田は今回の事件は警察に頼らず「自分ひとりで解決しよう」と改めて決意を固め、以下のような解明のための行動手順をまとめた。

ガス噴出事件、真相解明調査手順

(1)社長の小谷に今回の事件についての真相解明の調査を する旨を伝え了解を取る。

(2)砂田が比較的親しくしている本部経理社員、新田明彦に、今回の本社での噂に関して、本部社員の現在の反応について尋ねる。

(3)新田からの情報を基に噂を聞いたという人物に当たり事情を尋ねる。

(4)浅井以外のもう一人の当事者、木島に当たり、「本当に 現場を見たのか」「浅井と一緒になって噂を流したのか」などを尋ねる。

(5)浅井忠夫と対決。


             10

 翌朝、朝礼が終わる時間を見計らって、本部の新田明彦に電話した。 これについては社長の小谷に、昨日のうちに了解を取っていた。

 昨日の電話で小谷は「噂が事実でないらしいということについては、わたしも後で考えて、なんとなくそう思います。でも砂田さん、何とか穏便に治めてくれませんか。噂を流した本人たちにはわたしの方からそれとなく聞いてみて、もしそうだと分かれば厳重に注意しておきますから」と、文夫が直接調査に手を下すことに対して、暗に反対する口ぶりだった。でも文夫はそれには応じず「噂を流された当事者二人と、その上司である私の名誉に関わることですから」と、小谷の要望を飲まず、自分の意志を通したのだ。


 「おはようございます砂田塾長。お変わりありませんか」

新田はすぐ電話に出てきて、男にしてはややオクターブの高い声で明るく言った。

気心が知れてるというほどでもないが、この新田とは過去三度ほど酒席を共にしたことがあり、年齢も文夫より一つだけ下の三十九歳で、同年輩ということもあってか、本部社員の中では最も話しやすい相手なのだ。


 「ああ新田さん。突然電話してすみません。実は折り入ってお訊ねしたいことがあるのですが、でも話しの性格上、ちょっとこの電話じゃまずいと思うんです。いや、こちらはいいのですけど、そちらが答えにくいんじゃないかと。それでお手数ですが、昼休みにでも近くの公衆電話からこちらへかけていただけませんか。もちろんコレクトコールでかまいませんから。いかがでしょうか。お願いできますか?」


 文夫のその依頼に 「お安い御用です」と新田が応えて、十二時五分過ぎに「隣のビルの公衆電話からです」と言って新田が電話をかけてきた。

 今度はいきなりの文夫からの連絡に対して、「たぶんそのことだと思いました」と前置きしてから、文夫の質問に対して新田は淀みなく答えた。


 「ぼくが聞いたのは伊藤くんからです。聞いたときはぼくもまさかとは思いました。でも伊藤くんは誰から聞いたのか、その状況を微に入り細に入り説明するんです。それでぼくも半信半疑ながら、つい二~三の社員とそのことについて話題にしたりしました。でも塾長、やはりあの噂はウソだったんですか。でしょうねえ、生徒を引率したキャンプ場で、監督する立場にある講師がそんな破廉恥なことする訳がありませんしねえ。いや軽率でした。よく知りもしないのにあんな噂話に関わったりして、塾長、申し訳ありませんでした」 


 まだウソだと断定して文夫が言ったわけでもないのに、新田はしきりに恐縮して詫びの言葉を吐いていた。

 「分かりました。伊藤くんなんですね。あなたにあの噂を伝えたのは」

 文夫はもう一度そう確認して、新田に礼を言い、電話を切った。

 昼休み時間が過ぎた頃、文夫は再び受話器を掴むと、今度は新田に噂を流したという経理課の社員、伊藤に電話した。新田はこの伊藤が微に入り細に入り状況を話したと言っていた。


 その微に入り細に入った状況とはいったいどんなことなのか。

 文夫はそのことについて是非彼に聴き質さねば、と考えていた。

 取次ぎの事務員が「伊藤は今ちょっと席をはずしています」と言った後で、すぐ「あっ只今戻ってまいりました」と言い直し、間もなく伊藤が電話口に出てきた。


 文夫は今度は新田のときのようにコールバックしてくれ、とは言わなかった。その代わり、夜かけるからと、彼の家の電話番号を聞いた。彼だっていくらなんでも噂についての微に入り細に入った状況を真昼間の人の耳があるオフィスの電話で話すわけにはいかないだろうと思ったからだ。家の電話番号を訊ねられて、最初は少し躊躇っていた彼も、事情を察したのか、すこし間をおいてから「八時過ぎには戻っていますから」と0727の市外番号とそれに続く六桁のナンバーを文夫に告げた。


 受話器を置いた後で文夫は考えた。

 今朝、新田にかけて、そして今また伊藤にかけた。浅井はオフィス内にいたのだろうか?


 経理の新田こそ席が少し離れているものの、伊藤と浅井の席は目の鼻の先、いたとすれば事務員からの取次ぎの声で、誰からの電話か分かったはずだ。また二人の応答の様子からも、彼とて、電話の要件がなんであるか気づいたに違いない。


もしそうであれば、あれこれ気を揉んでいるだろう。でもそれでいいのだ。それこそこちらの狙いとするところなのだ。周辺からじわじわ攻めていき、当人に少しづつ動揺とプレッシャーを与えていく。これぞまさに陽動作戦だ。


つづく


次回6月26日(木)