2025年6月12日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(9)


  〈前回まで〉砂田文夫が運営するH市のフランチャイズ学習塾の事務所が何者かによってガス爆発を仕組まれた。幸い砂田の機転の利いた行動で爆発は免れたが、いったい誰が、何の目的でこんな恐ろしいことを。砂田は犯人について頭を巡らせた。最初に浮かんだ容疑者は砂田が仕事のミスを厳しく叱って辞職した前の事務員古賀弘美だった。だがあの気の弱そうな女にはとうてい今回のような大胆な犯行は無理だろうと、すぐ容疑を消し去った。では他に誰が? 事務員の沢井多恵は言っていた「祝賀パーティに出席した本部の浅田がH市の講師たちともめ、怒って途中で帰っていった」と。そうだ、なぜこれまで気がつかなかったのだろう。犯人はあの浅田かもしれないではないか。


                                                     

 社長の小谷とは更に二十分ぐらい話をして、大事に到らなかったとはいえ、事が事だけに、一応警察に届けることで相談がまとまった。 


 そうは決めたものの、文夫は小谷に浅井に関しての疑惑については喋っておらず、それゆえに警察の調べに対しても、この事について口にすべきかどうか迷っていた。


 次の日の昼過ぎに私服の刑事が二人やってきたときも、まだその決断はできておらず、刑事二人の質問に答えながら、どうしようかとしきりに思案していた。


 「それで物取りではない外部の者のしわざと仮定して、何かお心当たりは?」

 二人のうち、刑事にしてはすごく目の優しい、人の良さそうなほうの人が、おっとりとした口調で尋ねた。


 「ええ、朝からずっとそのことばかり考えているのですが、どうもそれらしい心当たりがないもので。この事務所を開設して三年になるのですが、こんなことをされるほど人に恨みを買った覚えもありませんし、ただ軽い心当たりだったらあります。女の人なんですが」


 「へえー、女の人が。その人どういう女性なのですか? ここのお仕事に関係ある人なんですか?。よかったらお聞かせください。内密に調べることもできますし」

 刑事の顔が少し気色ばんできて、文夫のほうにグッと向き直ってから言った。


 「ええ、それなんですが、わたしも最初、その女の人のことを思いついたときは、ひょっとして、とは思ったのですけど、いろいろ突きつめて考えていくうちに、次第に疑いは薄れてきたのです。いえ、半年くらい前まで、ここで働いていた事務員なんですが、辞めた原因がわたしが叱ったことだったもので、そのことに恨みを抱いてではないかと、ふと思ったのですが。

 でも少し気弱なところがある女性ですし、ひとつ間違えたら大事故にもなりかねない、あんな大胆なことはできないのではと」


 「女事務員。あなたに叱られて辞めたのですか。 まんざらなさそうなことでもありませんねえ。どうでしょう?あなた自身は疑いが薄れてきたとおっしゃいましたが、調べてみるだけならいいじゃないですか。さっきも彼が言ったように、本人には気づかれずに内密に調べる方法だってあるのですから。どうですか、被害届けを出していただけませんか」

 もう一人のほうのメガネをかけた痩せぎすの神経質そうな刑事が言った。


 刑事にそう言われて、文夫は彼女のことをうっかり口に出したことを後悔した。

 なにしろ本命と思われる浅井のことについてさえ、社長の小谷にも言っておらず、ついさっきまでは、これについては刑事にも話さない方がいいだろう、と思っていたというのに、気持ちの中で疑いが晴れてきた古賀弘美の名前を口に出すわけにはいかないのだ。


 「ことがことだけに、わたしとしても犯人を突きとめたい気持ちはじゅうぶんなのです。でも大事故に到らなかったことと、それに彼女もまだ結婚前の身ですし、さっきもお話ししたように、わたし自身の気持ちの中でも疑いが薄れてきていますので、せっかくそう言って下さるのはありがたいのですが、今回は被害届けは出さずにおこうと思います。どうもお手数をかけて申し訳ございませんでした」 

 文夫はやっと決断がつき、二人の刑事に交互に顔を向けながら、そう言って頭を低くさげた。

            

結局、浅井に対する疑いについては社長の小谷はおろか誰一人にも喋らず、独力で密かに探っていこうと、文夫はそのときになって決意したのであった。


  それから半年あまり、浅井に対しては決して心を許さず注意深くその言動を見守ってきた。そしてそ彼こそが今回の浜岡康二と南三枝に関するスキャンダルを流した張本人なのに間違いないと結論づけたのであった。


 文夫は今度こそ浅井のことを許すわけにはいかない、と強く思った。

 ガス噴出事件については、いくぶん遠まわしではあったが、文夫自身もそれなりの探りを入れてきた。でも、現場から指紋を採取するなどして決定的な証拠を掴むか、さもなくば本人を問い詰めて自白を迫るしかなく、その他の方法で彼を犯人と決め付けるのには無理があった。


 でも諦めたわけではなく、トラブルメーカーの彼のこと、そのうちきっと何か別のことでボロを出すに違いない、とこれまで密かにそのチャンスを窺ってきたのだ。


今回の浜岡と南三枝に関する妙な噂も,当人たちにとってははなはだ不名誉で腹立たしいことに違いないだろうが、これが過去のことを含めて、あの浅井という男を潰すきっかけになれば、まさに災い転じて何とかで、こちらにとっては絶好のチャンスではないのだろうか。


 そうだ、この機を逃してはならない。この際一気にあの卑劣な男、浅井忠夫を追い込まねば。よし、何としてでもそうしてやろう。

 でもいきなり浅井にぶつかるのも上手い方法ではないな。それなりの手順を踏まなければならない。まずは彼の周囲から当たっていき、証拠固めをしながら、じわじわと迫っていき、直接対決するときはすべての証拠を突きつけて一気に自白を迫っていく。そうだ、そうしなければいけない。ではそのための手順は?


 文夫はデスクの方に手を伸ばしメモ用紙を取るとそれにペンを走らせ、まず最初に〈ガス噴出事件、真相解明手順〉と太字で書いた。

      

ガス噴出事件、真相解明手順

(1)社長の小谷に今回のことについての真相解明の調査をする旨を伝え了解を取る。


(2)比較的親しい本部経理社員、新田明彦に、今回の噂に関して、大阪本社の現在の状況を尋ねる。


(3)新田が噂を聞いたという人物に当たって事情を聞く。


(4)浅井以外のもう一人の当事者、木島に当たる。(本当に現場をみたのか。浅井と一緒になって噂を流したのかをたずねる)


(5)浅井忠夫と対決。



つづく

次回6月19日(木)