GEMINI
カレンダーが最後の一枚になると、どこからともなく「せわしさ」が漂ってきた。
今の、どこか記号化された「年末感」ではない。それは、五感を刺激する生々しい生活の匂いだった。
十二月の押し詰まった頃、近所のあちこちから「ぺったん、ぺったん」と小気味よい音が響き始める。もちつきの音だ。蒸し上がったばかりの餅米の甘い香りが、冬の澄んだ空気に溶け込んでいく。
家族総出、時には近所の人も集まって、威勢のいい掛け声とともに杵が振るわれる。つきあがったばかりの熱い餅を、真っ白な粉にまみれながら丸める祖母の手の温かさ。その横で、鏡餅の形を整えながら「これで無事に年が越せる」と誰かが笑う。あの湯気の向こう側には、共同体としての確かな絆があった。
しかし、年の瀬は楽しいばかりではなかった。大掃除の埃にまみれる大人たちの顔には、時折ふと陰が差す。かつて、大晦日はすべての勘定を清算する日だった。
落語や物語の世界の話のようだが、一昔前までは、ツケ払いの集金に来る借金取りと、なんとか支払いを引き延ばそうとする家主との駆け引きが、路地裏のあちこちで見られたものだ。「お代はまた来年に」というわけにはいかない。
一年の借りをすべて返し、身綺麗になって新年を迎える。それは、単なるお金のやり取りを超えた、日本人の潔い美徳でもあった。借金取りの足音が遠のき、ようやく家の戸を閉めるとき、人々は本当の意味での「安堵」とともに除夜の鐘を聞いたのである。
そして、明けた元日の朝。世界は一変し、静謐な空気に包まれる。 一番の楽しみは、袖を通すのがもったいないような新しい晴れ着だった。パリッと糊のきいた着物に身を包むと、背筋が自然と伸び、自分が少しだけ高貴な人間になったような誇らしさを感じたものだ。
色鮮やかな振袖や羽織袴で着飾った子供たちが表に飛び出すと、街角は一気に華やぎ、まるで風景そのものが春を呼び込んだかのように明るくなった。
広場からは、カツン、カツンと乾いた音が聞こえてくる。女の子たちが手にするはごいたには、当時の人気役者や美しい浮世絵が鮮やかに描かれていた。羽を打ち損じ、顔に墨を塗られて笑い転げる声。空高く舞い上がる凧。コマ回しの紐を引く真剣な眼差し。
そこには、テレビゲームもスマートフォンもない代わりに、冷たい風を頬に受けながら全力で遊ぶ、子供たちの輝くような生命力があった。
今の年末年始は、便利で静かだ。店は元日から開き、餅はパックから取り出すだけでいい。しかし、あの「もちつき」の湯気や、「借金取り」をやり過ごした後の安堵感、そして「晴れ着」を着た時の特別な高揚感――。
不便さと隣り合わせだったからこそ、あの日々の景色は、今も私たちの記憶の中で色褪せることなく、温かい光を放っている。あの賑やかで、少しだけ厳しかった日本の冬が、たまらなく懐かしい
