2019年12月1日日曜日

もう一度読んでみたい・高校英語リーダー名作シリーズ(5)

 
 
    THE SANDPIPER(いそしぎ)
           
          Mary Sherman Hilbert(出典:new horizon 2,L3)訳:大平庸夫 
 
 
この話は、ピーターソンという女性とウェンディーという少女の交流を、事実に基づいて描いた物語である。
 人っけのない砂浜で1人で遊んでいる少女のことを、ピーターソンは初めはあまり気にかけていなかった。その頃の彼女の気持ちはあまりにも荒涼としていて、少女と遊ぶような余裕はなかったのである。だが時がたつにつれて、彼女はこの少女ウェンディーや、浜辺に飛んでくる イソシギ という鳥について多くのことを知った。でも何よりよく自覚できたのは彼女自身のことについてであった
 
 
 私がはじめてその少女を見たのは、彼女が浜辺で砂のお城を作っているときであった。
 
砂の手ざわりって、とても気持ちがいいわ」 少女が見上げながら言ったが、私はそんなことには少しも関心がなかった。その頃の私は、周りのすべてのことにうんざりしていて、心の余裕など少しも無かったのだ。
 
 「名前なんていうの?」 少女が聞いた。
 「ルースよ、ルース ピーターソン」 私はややぶっきらぼうに応えた。
 「わたしウェンディーというの、6歳よ」
 イソシギが滑るように飛んできて海岸の方へ下りていった。
 「ママはね、イソシギって幸せを運んでくるんだって」 少女は私の方を見て
微笑みながら言った。私はぎこちない笑顔を返すと、少女を残してそこを離れた。
 「また来てね、ピーターソンさん。この次はきっと楽しいよ」
 
 数日たった或る晴れた日の朝、 ”どうやら私にはイソシギが必要なようだわ ”
 そんな独り言を言いながらコートを着ると足は浜辺の方に向かっていた。頬に冷たい風を受けながら私はどんどん歩いた。
 
 その時はあの少女のことが頭に無かったので、彼女の姿を見たときは一瞬びっくりした。
 
 「こんにちは ピーターソンさん、私と遊びたい?」
 「あなたは何がしたかったの?」 
 子どもに邪魔されるうっとうしさをかろうじて抑えながら私は応えた。
 「うーん、分からないわ、お姉ちゃんが言って」
 「言葉当てゲームはどう?」 私は皮肉っぽく言った。
 「わたしそれ知らないわ、何なの?」
 「そう、それじゃ仕方ないわ。歩きましょ」
 少女を見たとき、その顔色がいくぶん青白いのに気がついた。
 「どこに住んでいるの?」 私はそう訊ねてみた。
 「あそこよ」 彼女は避暑用の別荘を指差しながら答えた。
 それを聴いたとき、こんな冬になぜだろう?と、私にはすごく不思議に思えた。
 「どこの学校へ行っているの?」
 「学校へは行っていないの。私たちは今休暇中だって、ママが言ってたわ」
 浜辺を歩いている間中、彼女は嬉しそうな顔をして喋り続けていた。でも私は別のことを考えていた。
 
 私が家にかえるとき、ウェンディーが「とても楽しい日だったわ」と言った。
 私はいくぶん気分がよくなっていて、彼女を見て微笑んだ。
 
 それから3週間たった或る日、私はこの上なくうっとうしい気分を持て余しながら、また浜辺に行ってみた。
 その日はウェンディーと話すどころの気分ではなく、彼女の母親が彼女を外へ出さなければいいのに、というふうにさえ思っていた。
 
 「ねえ、もしよかったら・・・・・」
 ウェンディーが私を見つけて、ついてこようとしたとき、私はさも機嫌悪そうな声で言った
 「私ねえ、今日は1人でいたいのよ」
 「どうしてなの?」 そう訊いた彼女の顔は、前の時より一層青ざめて見えた。
 私は彼女の方を振り向くと、自分でも何を言っているのかはっきり自覚することもなく
 「何故って、私のお母さんが亡くなったからよ!」と叫ぶように言っていた。
 
 無邪気な子どもを前に、なんと馬鹿なことを言ってしまったのだろう。
 「そうだったの」 彼女は静かに応えた。
 「じゃあ今日は悪い日なのね」
 「そうよ、今日だけでなくて昨日も一昨日もよ。ねえ、私なんかほっといて向こうへ行って遊びなさいよ」
 残酷な言葉だとはよくわかっていたが、そう言うと彼女を残して立ち去った。
 
 それから一ヶ月くらいたってから、私はまた浜辺に行ってみた。この前言ったことに対して恥ずかしさと罪の意識を持ちながら、私はウェンディーを探して歩いた。でもいくら探しても彼女は見つからず、代わりに一羽のイソシギが静かに飛んでいるのが見えた。
 私はそのとき初めて、彼女が側にいないことの寂しだを感じていた。
 
 それからすぐ彼女の別荘へ行ってドアをノックした。まだ若くて美しい女性がどあを開けて現れた。
 
 「私アンダーソンと申します。お宅のお嬢さんが今日は浜辺には見当たらず、どこにいらっしゃるのかと思いまして・・・・・」
 
 「まあ、あなたがアンダーソンさんでいらっしゃるのね。どうぞお入りになって。ウェンディーがいつもあなたのことを話していましたわ。あの子、あなたの邪魔になったんじゃなくって? もしそうだったのならご免なさいね」
 「いいえ、決してそんなことはありませんでしたわ。とても賢いお嬢さんでいらして」
 とつぜんそう応えながら、私はそのことに初めて気がついたという風だった。
 
 「それで今どこにいらっしゃるのですか?」
 「ウェンディーは先週亡くなりましたわ、ピーターソンさん。あの子、白血病だったんです」
 
 私の胸を激しい動悸が走り言葉を失ってしまった。立っていられない気がして近くの椅子をまさぐった。心臓が激しく打っていた。
 
 「あの子、浜辺がとても好きで、あそこで楽しい思いを一杯したようだったわ。そうそうピーターソンさん、あの子がこれをあなたに渡してくれるように言ってたわ」
 
 彼女はそう言うと、子どもらしい字で、Miss.Pへ、と宛名書きした封筒を手渡した。中には黄色い砂浜、青い海、そして茶色い鳥がうすい色のクレヨンで描かれた絵が入っており、その下の方に太い文字で ”イソシギがお姉ちゃんにしあわせをはこんでくるよ ”と書いてあった。
 大粒の涙がどっとあふれてきた。そしてそれと同時にほとんど忘れかけていた温かい”人の愛”に触れた思いがして、胸のつかえが一気に晴れたような気がした。
 
 「ごめんね、本当にごめんね!」 泣きながら私は何度も何度もそう叫んだ。
 小さな絵の下に書かれた一行の文字、この一文字一文字こそ、彼女が生きてきたかけがえのない一日一日だったのだ。これこそ、私に真実の愛を教えてくれたあの少女からのすばらしい贈り物なのだ。



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