瀬戸内寂静が書くことでこだわったのは瑞々しく匂う文章
作家は書くことが仕事である。したがって名のある作家ならたいていこれをテーマにした作品を遺している。
その中で多いのが「小説の書き方」と題するものではないだろうか。試しにネット検索に有名作家の名前、小説の書き方の2項目をいれ検索してみてほしい。すると間違いなくこれに関する作品がヒットするはずだ。
さて、作家は書く人以前に読む人でもある。だが、これに関しては書くことほど作品のテーマにされていない。
つまり何をいかに読んできたか、というようなテーマで書かれたエッセイ作品などが意外と少ないのである。
そうした中で、瀬戸内寂静の「書くこと」というタイトルのエッセイ集には、それ以前の「読むこと」に関してが年を追って克明に記されており、瀬戸内寂静という女流作家が、どんな著者のどのような作品に影響されてきたかがよく理解できる。
それらは数多くあるが、作家と作品の一例をあげると
・坂口安吾「堕落論」
・小田仁二郎「触手」
コレット「青い麦」「シェリ」
モーリャック「テレーズ・デスケイルウ」
ロレンス・ダレル「アレキサンドリア・カルテッド」
などである。
書くことに話を戻すが、この作家で言いたいのは、この分野においても、あえて小説の書き方などは選ばず、そのテーマを「文章」に特化していることだ。
下でご紹介するエッセイ「瑞々しく匂う文章を」は、その代表的なものの一つである。
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瑞々しく匂う文章を 瀬戸内寂静
文章は、素直でわかりやすいのが極上だと思う。装飾の多い美文調の文章はもはや時代遅れである。書く人の体質によって、息の長い文章とか、短い文章とかたできてくるとは、谷崎潤一郎の「文章読本」で読んだことだった。それを読んだ若いころ、私は、むやみにセンテンスの長い文章を書いていたので、自分は、谷崎的体質に近いのだろうと、勝手に決め込んでいた。ところがその後、気がついたら、文章の息がいつのまにか短くなっていた。体質がさほど変わったとも考えられないから、体質と文章との関係はあまりないのではないかと思う。
また、文は人なりと、昔から教えられてきたけれども、近ごろ、それにも疑問を抱いている。字の美しい人は、どんなに心も美しいかと思いがちだが、お習字の先生なんかに人格下劣の人があったりするし、また字のなんとも形容できないほどまずい人出も、神のような心のやさしい人も知っている。
文章もそれと同じで、手紙の文章などでその人を推しはかっていて、実際に逢ってみると、全然、自分の推察が見当外れだった経験も何度か持つ。・・は次第に複雑な心や神経を持つようになってきたから、文章も複雑な性格を持つようになってくるのだろう。
文章を書くことを仕事にするようになって以来、一日として文章を綴らない日はないので、かえって、改めて文章について考えてみることもなくなっている。自分の表現したいことを、一番表現しやすい文章を無意識にさぐりあてて書いてきたように思う。それでも、ここ二、三年ぐらい前から、自分の書くものがいやになり、ひとりであれこれ悩んでいたら、自分の文章までいや気がさしてきた。
近ごろ、私は素直なもの、正直なものに、あまり魅力を感じなくなっている。人間は、今のような世の中では、素直や正直や、純情などと、おさまりかえっては生きていかれないし、自分を表現しようと思ってみても、自分という人間そのものが、複雑怪奇になっていて一筋縄ではいかないことを感じるのである。とはいっても、私が文章について考えこむ時は、たいてい職業としての文学の面から考えているのだから、普通の人の場合の文章とはちがう。
文學の上では、私はこの節、素直でない、悪文の方が、読んで心に入ってくるようになった。素直な、わかりやすい文章で読むと、ああ、そうですかと、心を素通りしてしまうことが、癖の強い、悪文で読まされると、一々、ひっかかりながら読むためか、いつのまにか自分もその文章の迷路で迷わされたり、立ちどまされたりしていて、そのことが読者の愉しみにつながってkているように思う。
装飾の多い美文は、もはや時代遅れだと最初にいったけれども、岡本かの子や三島由紀夫くらいまで、豪華な装飾に包んでくれると、それはやはり、文章にも人をよわせる魔力があることを否応なく知らされる。
私が文章で最も感動を受けたのは、大逆事件の死刑囚たちの獄中記であった。彼らのほとんどは無実の罪で死刑にされたのだけれど、獄中で最後に書き綴った彼らの文章には、乱れもなく、格調が高かった。
彼らの中でただひとりの女だった菅野須賀子は、「死出の道くさ」と題して手記を残している。
十二人の死刑囚の中で、彼女のものが、最も激烈なことばにみちていたが、その文章の行間にみなぎる気迫の凄まじさには打たれる。文章としては幼稚だし、決いして名文でもなければ、いい文章でもない。しかし、彼女のいいたいことが、彼女の語彙や、文章で語りきれないもどかしさとなって行間にあふれ、文章を超えて読む者の胸になだれこんでくるのである。こういうものこそが文章の命ではないかと思う。
それと対照的に、幸徳秋水の文章は至れる尽くせりで、自分の思想を余すところなく、十二分に読者にそそぎこななければやまないといった名文である。漢文調の格調の高い彼の文章は磨きあげた宝石のような冷たい美しい輝きを放つ。
私は幸徳秋水の文章を読むと、生理的な爽快感を味わわされる。中でも、ただ一つを選べといわれたら、彼が七十近い老母にむかって、自分の近況をしらせ、須賀子と同棲した事情や、自分の主義についてのべた手紙である。わかりやすい文章で、噛んで含めるようにかいてあるけれども、この手紙を見れば、母としてどうしても秋水の立場を認めずにはいられないような説得力を持っている。
原稿を書くせいで、日とともに手紙の文章が無味乾燥になってきつつある私は、秋水が、あれだけ、仕事のための文章を書きながら、死ぬまで、情感のあふれる手紙を、知友たちに書けたことにも驚嘆している。
これから、自分の文章がどう変わっていくか私にはわからない。けれども、いくつまで生きようが、決して、老いて文章が枯淡になったなどと言われるような文章だけは書きたくないと思っている。文章のいのちが瑞々しく匂うような文章で、小説を死ぬ瞬間まで書きたいと思う。
出典:河出文庫
著者紹介
1922年徳島県生れ。東京女子大学卒。1957(昭和32)年「女子大生・曲愛玲(チュイアイリン)」で新潮社同人雑誌賞受賞。1961年『田村俊子』で田村俊子賞、1963年『夏の終り』で女流文学賞を受賞。1973年11月14日平泉中尊寺で得度。法名寂聴(旧名晴美)。1992(平成4)年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、1996年『白道』で芸術選奨、2001年『場所』で野間文芸賞、2011年に『風景』で泉鏡花文学賞を受賞。著書に『比叡』『かの子撩乱』『美は乱調にあり』『青鞜』『現代語訳源氏物語』『秘花』『爛』『わかれ』『いのち』など多数。2002年『瀬戸内寂聴全集』(第一期、全二十巻)が完結。2006年、文化勲章を受章。2021年11月9日逝去。
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