祖母が作ってくれたおはぎのことで面白いことを書いている
このエッセイは文藝春秋8月号に載っている藤原正彦のエッセイです。
タイトルは「舌の良し悪し」というものですが、ここに紹介するのはその中になんとも味がある一文です。まずは以下をお読みください。
私の家族は満州から引き揚げ帰国した後、住む家もなく信州の草深い村にある母の生家に身を寄せた。百姓家にある食物は、自分の畑でとれる野菜だけだった。そのせいか今も、キュウリは味噌をつけてかじるのが一番だ。甘味ではなんといっても祖母がお盆などに作ってくれたおはぎである。いつも野良仕事で爪の間に土がはさまっている祖母の手が、おはぎを作ってくれた後はきれいになっていたのを思い出す。
出典:文藝春秋8月号巻頭エッセイ 「舌の良し悪し」藤原正彦
いかがでしょうか。いうまでもなく味があるというのは下線の部分です。
しかしこんなことを書くのは勇気のいることです。なぜなら読者の取りようによっては不衛生と思われるかもしれないからです。
なにしろ畑仕事で爪に土が入るなどして汚れていたはずの祖母の手が、おはぎを作った後はきれいになっていたというのですから、汚れは紛れもなくおはぎにくっついたのです。
これを不衛生といわずになんといえばいいでしょう。
でも筆者はこのことを計算ずくで書いています。つまり今なら不衛生極まりないと思われることでも、時節は戦後すぐのことで、人びとが食糧難にあえいでいた頃です。おはきなどめったに口にすることのできないとっておきの御馳走だったに違いありません。
ですから、子供たちがこのとびきりのごちそうを目の前にしたときは、早く食べたいと焦るばかりで、作ってくれた祖母の手の汚れのことなどに気を回す余裕はまったくなかったのです。
作者はそれをよく知っていて、今だから言えることとして、多少のいたずら心にユーモアも交えて書いているのです。
これも名エッセイストと評判の高い藤原正彦だからできることなのでしょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿