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(その4)
下津さんの失敗
ナイトボ-イの愉楽(part2)
浜田道夫が二十一歳になったその年の七月は何年に一度かというような、すこぶる涼しい夏で、月の終りになっても熱帯夜だとかいう、あのむせかえるような寝苦しい夜はまだ一度もやってきていなかった。
もっとも週のうち六日間を快適な全館冷房のホテルで過ごす道夫にとっては、その熱帯夜とかもさして気になる代物でもなかったのだが。
とにかく涼しい夏で、巷ではビアガーデンの客入りがさっぱりだと囁かれていた。
そんな夏のある夜のこと、道夫は例のごとくまたエレベーター当番にあたっていて、切れ目なくやってくる客を乗せては、せわしげにフロアを上下していた。
あと十分もすればその当番も終りになる十一時少し前になって、それまで間断なく続いていた客足がやっと途切れ、ロビーに立ってホッと一息ついた。
エレベーター前から広いロビーを見渡すと、人影はもうまばらでフロント係がボーイを呼ぶチーンというベルの音だけがやけに周りに響きわたっていた。
十一時か、チェックインあとどれぐらい残っているんだろう。今夜はしょっぱなからエレベーター当番で、まだ一度もあたっていないんだ。十二時まであと一時間の勝負か。たっぷりチップをはずんでくれるいい客に当たるといいんだけど
所在なさそうにロビーを見渡しながら胸の中でそうつぶやいた。
二~三度連続して気前のいい新婚客にでも当たらないかなあ。
またそんな虫のいいことを考えながらさらに二回エレベーターを上下させ、一階に下りてきたときは十一時を三分ほどまわっていた。待っているはずの次の当番、下津の姿はまだなかった。
「チェッ、下津さんまだ来てない。二~三分前に来て待っているのが普通なのにほんとにあの人はルーズなんだから、来たら文句のひとことふたこと言ってやらなければ」
そうつぶやいてまた時計に目をやり、道夫が少しいらつき始めた十一時六分すぎに、やっと下津がもう一台のエレベーターから降りてきた。
「オッ、すまんすまん浜田、さっきチェックインに当たった新婚客が大阪の観光についてねほりはほり聞くもんで、つい説明に手間どってしまって、本当にすまんな、明日仕事が終わったらコーヒーでもおごるからな」
下津に先まわりされてそう言われ、結局ひとことの文句も言えず、「いいですよ」と心にもない妥協のセリフを残すと、そそくさとロビーの方へ歩いていき、入り口ドアの前の待機場所へ戻ると、そこへいた後輩の小山とともにチェックインの客を待っていた。
二~三分たってから、まず身なりのいい中年の日本人男女、続いてビジネスマン風の浅黒い色をした外人男性の二人ずれと、相次いでタクシーから降りてきた。
「浜田さん、今日まだチェックインに当たってないんでしょう。あの二組の客のうちどちらがいいですか?まず浜田から先に選んでいいですよ」 客を値踏みしながら小山が殊勝なことを言った。
「オッ、そうか。すまんな小山、じゃあ先に入ってきたきた日本人の方」
「やっぱりねえ、そうだと思いましたよ。あの中年のカップル、身なりはいいし、なんとなく夫婦には見えないし、チップをはずむタイプのですよ、あれは」
「どうかなあ、でもそうだと嬉しいよ。もっともあの中近東系の二人の外人よりはどう見ても脈がありそうだけどな」 肘で小山のわき腹あたりをつつきながら小声で答えた。
間もなく鳴ったチーンという音で、「じゃあな」とひと言残し、道夫の方が先に動いた。
フロントカウンターの前まで進み、「いらっしゃいませ」と普段よりずっと深々とカップルに向かって頭を下げ、フロント係から鍵を受け取り男の客のやや大型の旅行カバンを手にすると、二人を先導してゆっくりとエレベーターへ向かった。
それにしてもこの二人、どうゆうカップルなんだろう?
ついさっき交代したばかりの下津の運転するエレベーターの中で、胸の部分が大きくカットされた黄色の派手なワンピース姿の女性の方へチラッと目を向けながら思った。
男の方は五十歳ぐだいだろう。白っぽいスーツがバリッと決まっていて、なかなか貫禄があるな。女とは二十歳ぐらいも違うみたいだし、やはりこの二人夫婦じゃない。
「十一階です。どうぞ」 エレベーターが止まり、下津が客に会釈しながら言った。
カップルが降りて、道夫も荷物を持ってすぐしたがった。降りぎわに下津が道夫の肩にそっと触れてニタッと意味ありげな笑みを浮かべた。下津がなにを言いたいのかわかっていた。
彼もこういうカップルのチェックインが大好きなのだ。
彼はつい三日ほど前にも道夫にこう話していた。
「なあ浜田、チップはその日の運ということもあるけど、腕の良し悪しも大きいよ。例えばよくある夫婦らしくないカップルのチェックインに当たった時だ。客としては例え相手がボーイだとはいえ、浮気現場を見られているようなもんだから、なんとなくオドオドしていて、態度がぎこちない。
まずこのぎこちなさを解かなければいけないんだ。こんな客を前にした時、俺はできるだけ明るく振舞う。そしてカップルの女性の方に向かって