2026年3月26日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈5〉下津さんの失敗・ナイトボーイの愉楽②(9)

   

                 

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     9

 〈浜田君元気かい。約一ヶ月ぶりにまたやって来たけど、今度はテレビの仕事でね、前のように長くはなくて二日だけの滞在なんだ。


この前は君を招待して僕の芝居見に来てもらったけど、どうだった? 客は圧倒的に中年以上の人が多かったようだけど、若い人だって案外いいと思ってくれたと思うんだけど。


あの後なんだかんだで君とゆっくり会って話すことができなかったのだけど、どうだろう、二日後の木曜日、ぼく午後二時まで体が空いているんだけど、君が朝仕事を終えてから少しつき合ってもらえないだろうか。君にも学校があるようだから是非ともとは言わないけれど、できたら会ってゆっくり話したいな。


今日はもう遅いし返事は無理だろうから、できたら明朝にでもぼくの部屋に電話してください。十時まではホテルにいます。じゃあそのときに。   二宮竜一郎〉


 あさっての木曜か。二宮さんゆっくり話したいと書いているし、学校へ行く前の二~三十分ではすみそうにないな。どうしよう、午前中のレッスン休もうか。それともその日はぜんぶ。


いやだめだ。先月から章子さんの休日に合わせてのデートのために二日も休んでしまったのだし、二宮さん学校が終わる三時頃にしてくれたらよかったのになあ。


でもそんなことも言えないか。彼にはこれまで何度もごちそうになっているし、おまけにこの前はコマ劇場に招待してもらって、そのおかげで僕はあの憧れの章子さんをなんとか掌中におさめることができたんだ。


もしあの切符がなかったら僕と彼女の仲もこれほど進展してはいなかっただろう。


いや、それどころかいまだに彼女を遠くから眺めていて、一人で心ときめかしているだけかもしれない。やはり二宮さんには会わなければならない。たとえ学校を休むことになっても。 


道夫はそう結論を出すと、便箋を封筒に戻して無造作に内ポケットに押し込み、その後ソファーの背に大きく身をのけぞらした。

 

 薄暗く深閑として広いロビーにフロント係がたたく計算機の音だけがカタカタと鳴り響いていた。



 翌朝八時、終業直後に二宮に電話して「明日九時にホテル隣のビル地下の喫茶店でお待ちします」と伝えた後、冷夏で例年ほどではないが真夏の太陽がギラギラする街へと出ていった。


ホテルからすぐ近くの交差点を右に折れ、大江橋をわたるとき、川下からポンポン汽船が波を切って勢いよく上ってきた。


 船か、いいなああれも。そうだ、今度章子さんと船に乗ってみようか。どこがいいだろ? 大阪港か、いやだめだ。ヘドロのつまった大阪港じゃ、ちょっとムードに欠ける。神戸はどうか、そうだ神戸がいい。港街神戸。やはりそちらの方がロマンチックだ。


 道夫はそんなことを考えて、数分前に電話した二宮とのことはすっかり忘れ、頭に浮かぶのは章子との次のデートのことばかりで、橋の欄干に両手をかけると、その船が河上に向かって次第に小さくなっていくのを名残惜しそうにポカンと眺めていた。


 次の日の朝、約束どおり二宮と会い、結局昼過ぎまで話していた。


 三時間あまりの長い会話の中で、二宮のプライベートな部分についていろいろなことを知った。


それまでははっきり知らなかった五十一歳という年齢。奥さんが三年前に病気で亡くなり、子どもはなく、今は一人身であるということ。


五十を越したばかりで、まだそんな歳でもないのに、なぜか女性にはそれほど興味が湧かないといったこと。(それを言ったあとで二宮はなにか意味ありげな表情で道夫を見ていた)


 東京の麻布に住んでいて、マンションには歳とったお手伝いさんを雇っていて、身のまわりの世話をしてもらっていること。老後はどこか外国へでも行って、一人で暮らしたいと思っていること。


 自分の息子ぐらいの年齢でしかない道夫を前にして、二宮はそんなことをとつとつとしゃべっていた。


一時近くになって、道夫が「じゃあ僕午後から学校へ行きますので」と、席を立とうとすると、二宮がずいぶん名残惜しそうな表情で言った。


 「この次に来たときは夜会おうよ。どこか和食のおいしいところで食事して、その後静かなクラブへでも行って一緒に飲もうよ。どうだい?」 


二宮のその申出に対して道夫は「え、ええ」と返事はしたものの、さっき彼が、女性にはあまり興味がないと言ったときの何か意味ありげな表情と、ふとそのとき思い出した、三日前の、フロント係の上村さんが言った


「君童顔でかわいい顔をしているから、以外と中年男性のこのみのタイプかもしれないな」というセリフが頭の中で重なり合い、 ひょっとして二宮さん、あちらの方の趣味があるのではないだろうか?と、道夫の脳裏をあらぬ想像が駆けめぐっていた。


でもそれは顔には出さず、この前の芝居のお礼とともに、きっちりと挨拶して一時少し前に彼と別れた。


 ビルの地下から階段を駆け上がって通りへ出て、時計を見て午後のレッスンまであと七分か、と小さく呟きながら英語学校がある桜橋に向かって大股で歩いていった。


つづく


次回 4月2日(木)