この日仕事を終えて96丁目で地下鉄を降りたときは、まだ5時を少しまわったばかりであったが、初冬の日の沈むのは早く、あたりにはすっかり夜のとばりが降りていて所々のネオンサインだけが微かに闇を照らしていた。
チャーリーのカフェの前を通ったがこの日は素通りした。
エセルのアパートへ着き、ダブルロックを開けて中へ入ったとき、あたりには何かいつもとは違う雰囲気が漂っていた。
普通は締まっているキッチンの隣の部屋のドアがなぜか開け放たれており、奥のほうからはエセル以外の別の女の人の声が聞こえている。
少し怪訝に思いながらリビングルームは入っていくと、エセルの前に見知らぬ女性が腰かけていた。
誰だろう?と思いながら私はその人に向かって「ハロー」と挨拶した。
「トミー、この人がこのまえ話した新しい下宿人のバーマ・フォスターさんよ」
(エセルはこの頃、職場の副支配人マッコイさんがつけた「トミー」というニックネームで私のことをを呼んでいた。何のことはない私の名前TuneoのTをとってつけただけの単純なものである)
エセルが言ったことを聞いて私はビックリした。
初雪の降った朝、12月から新しい下宿人がやって来るとは聞いていたが、まさかそれが女性だとは思ってもみなかった。
「二十七歳のカナダ人」エセルからそう聞いたとき、私は頭の中で「背の高い金髪の青い目をした男の人」とその姿を想像しながら勝手に相手のことをそう決め込んでいた。
エセルからは過去の多くの下宿人の話を聞いたが、その中に女性の下宿人の話など一度も出てこなかった。
「背の高い金髪の男」と想像したことも、それまでの話のいきさつからして自然なことなのである。
その新しい下宿人ミス・バーマ・フォスターは立ち上がって自己紹介し、私に向かって右手を差し出した。
あわてて私も手を差し出し握手には応じたものの、ドキマギしたせいか、自分の紹介が随分ぎこちないものになってしまった。
立ち上がったバーマはどう見ても私より3〜4センチは背が高い。
それに気づいた私は「身長171センチの自分の体格も欧米人に比べれば、まだまだ貧弱なのだ」と少し嘆かわしい気持ちになった。
その後もまだリビングで話し続けるエセルとバーマの二人に別れを告げて、自分の部屋に戻ったときの私はなんとなくソワソワして落ちつかなかった。
「さっきの女性『バーマ・フォスター』というのか、とびきり若いとは言えないが、これからは金髪の白人女性と同じ屋根の下で暮らすことになるのだ」。
そう思うと、先ほどのドギマギした気持が次第にワクワクしたものへ変わっていた。
部屋に戻ってからのしばらくの間はそんな浮ついた気分ややもてあまし気味であった。
でもしばらくして落ち着きを取り戻した私は、ふと一ヶ月に一度の東京のオーシマホテルへ送るレポートの提出時期が迫っていることに気がついた。
「今日は早く帰ったのでまだ時間はじゅうぶんある。ちょうどいいこれから書いてしまおう」
そう思ってベッドの側の机の引き出しからレポート用紙とボールペンと取り出した。
そしておもむろにぺんをにぎってレポート用紙に向かった。
書いている最中フッと一息ついたとき、さっき会ったばかりの「バーマ」のとびきり胸の盛り上がった姿が突然目に浮かんできて、再び私の気持を落ち着かなくさせていた。
to be continued
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