2017年12月3日日曜日

おもしろくなくては小説ではない! ・ 私の小説作法(その1)




タイトルも大事だが、出だしの1~2ページはもっと大事

面白くなくては小説ではない、これはわたしの小説に対する至上命題と言っても良いでしょう。

ということは自分が読むものは面白くなければ小説と認めませんし、反対に自分が著者になる小説は読者に面白いと認められるものしか書きません。

そのためには、読む小説を決める際はまず中身をよく吟味することが必要になります。

つまり読むに足る面白い小説であるかどうかを事前によく確かめるのです。

どうして確かめると言えば、まず出だしの部分である最初の1~2ページぐらいを注意深く読んでみるのです。

おもしろい小説は最初の出だしからエキサイティングな要素を含んでおり、「これは面白そうだ」と、読者を惹きつける力をじゅうぶん持っているものです。

なぜなら作者が「おもしろい小説だから最後まで読んでほしい」というメッセージを読者に送るために、精魂を傾けて書いているのが書き出しの部分だからです。

逆にこの部分に面白くて惹きつけられる要素のない小説は、いくら読み続けてもクライマックスに到達せず、「最後まで読んだが、面白くなかった」という結論に達することが多いのです。

おもしろい小説は最初の12ページにインパクトがある。これは間違いない事実です。


私の中編小説5編の最初のページを紹介します

一時期、作家を目指して小説新人賞に応募を続けていました。

応募する以上は良い結果を出したい。そう思って、面白くて魅力ある作品づくりに励みました。

その甲斐あって最初に応募した3つの作品がすべて難関といわれる有力新人賞の一次予選を突破しました。

ここに紹介する5編の中編小説のうち2編がそれに該当する作品です。

なお、その他の3編は応募外の作品です。



 『編む女』  (小説現代新人賞 1次、2次予選通過作品)

 「くそっ、あのカップルめ、うまくしけ込んだもんだ」

 前方わずか4~5メートル先を歩いていたすごく身なりのいい男女が、スッとラブホテルの入り口の高い植木の陰に隠れた時、亮介はさも羨ましそうにつぶやいて舌打ちした。

 「あーあ、こちらがこんなに苦労しているというのに、まったくいい気なもんだ」と、今度はずいぶん勝手な愚痴をこぼしながら、なおも辺りに目を凝らして歩き続けた。

 亮介は、これで三日間、この夜の十三の街を歩き続けていた。

 はじめの日こそ、あの女め、見てろ、その内に必ず見つけ出してやるから、と意気込んでいたものの、さすがに三日目ともなると、最初の決意もいささかぐらつき始めていた。

 時計は既に十一時をさしており、辺りの人影も数えるほどまばらになっていた。
 この夜だけでも、もう三時間近くも、この街のあちこちを歩きまわっていたのだ。

 「少し疲れたし、どこかで少し休んで、それからまた始めようか、それとも今夜はこれで止めようか」

亮介は迷いながら一ブロック東へ折れて、すぐ側を流れている淀川の土手へ出た。 道路から三メートルほど階段を上がって、人気のないコンクリートの堤防に立つと、川面から吹くひんやりとした夜風が汗ばんだ両の頬を心地よくなでた。

 「山岸恵美」といったな、あの女。城南デパートに勤めていると言ってたけど、あんなこと、どうせ嘘っぱちだろう。でも待てよ、それにしてはあの女デパートのことについて、いろいろ詳しく話していた。

とすると、今はもういないとしても、以前に勤めたことがあるのかもしれない。それとも、そこに知り合いがいるとか。ものは試し、無駄かもしれないけど、一度行ってみようか。

そうだ、そうしてみよう。なにしろあの悔しさを晴らすためだ。これきしのことで諦めるわけにはいかないのだ。

川風に吹かれて、少しだけ気を取り戻した亮介は、辺りの鮮やかなネオンサインを川面に映してゆったりと流れる淀川に背を向けると、また大通りの方へと歩いて行った。

 それにしてもあの女、いい女だったなあ。少なくともあの朝までは。

 駅に向かって歩きながら、亮介は、またあの夜のことを思い出していた。

 とびきり美人とは言えないが、あれほど男好きのする顔の女も珍しい。それに、やや甘え口調のしっとりとしたあの声、しかもああいう場所では珍しいあの行動。あれだと、自分に限らず男だったら誰だって信じ込むに違いない。

 すでに十一時をまわっているというのに、北の繁華街から川ひとつ隔てただけの、この十三の盛り場には人影は多く、まだかなりの賑わいを見せている。

それもそうだろう。六月の終わりと言えば、官公庁や大手企業ではすでに夏のボーナスが支給されていて、みな懐が暖かいのだ。 「ボーナスか、あーあ、あの三十八万円があったらなあ」

 大通りを右折して阪急電車の駅が目の前に見えてきた所で、亮介はそうつぶやくと、また大きなため息をついた。



『ナイトボーイの愉楽』  (オール読物新人賞1次予選通過作品)

いつもなら道夫は梅田のガード下でバスを降りて、そこから職場のある中島まで歩いて行く。でもその夜は阪神百貨店の前で南へ向かう路面電車に乗ることにした。

 始業まであと十二~三分しかなく、歩いてではとうてい間に合わないと思ったからだ。

 商都大阪にもその頃ではまだトロリーバスとかチンチン電車が走っており、今と比べて高層ビルもうんと少なく、街にはまだいくばくかの、のどけさが残っていた。

 これは道夫がちょうど二十になった時の昭和三十七年頃の話である。

 電車は時々ギイギイと車輪をきしませながら夜の街を随分ゆっくりと走っているようであったが、それでも五分足らずで大江橋の停留所へ着いており、歩くより三倍位は速かった。

電車を降りて、暗いオフィス街を少し北に戻って最初の角を右に曲がると二つ目のビルに地下ガレージ用の通路があって、それを通るとNホテルの社員通用口には近道だ。

 始業まであと三分しかない。ロッカールームで制服に着替える時間を考えると、どのみち間に合わないとは思ったものの、この際たとえ一分でもと、そのガレージの斜面を小走りに下って行った。

そのせいか、タイムカードに打たれて時間は九時五十九分であやうくセーフ。でも地下二階のロッカールームで制服に着替えて職場のある一階ロビーまで上がって来た時は、十時を七分も過ぎていて

ちょうど昼間のボーイとの引継ぎを終え、まるで高校野球の試合開始前の挨拶よろしく、向かい合った二組のボーイ達が背を丸めて挨拶している時だった。

 まずいなこりゃあ 引継ぎにも間に合わなくて。今月はこれで三度目か。リーダーの森下さん怒るだろうな。 道夫はそう思ってびくびくしながら森下が向かったフロアの隅にあるクロークの方へ急いだ。

 森下はクロークの棚に向かって、その日預かったままになっている荷物をチェックしていた。

 「浜田です。すみません、また遅刻して」 道夫は森下の背後からおそるおそる切り出した」

 「浜田か。おまえ今日で何度目か分かっているのだろうな」

 「はい。確か三度目だと思いますが」

 「そうか。じゃあこれもわかっているだろうな。約束どおり明朝から一週間の新聞くばり」

 「ええ、でも一週間もですか? そりゃあちょっと」

 「この場になってつべこべ言わないの。約束なのだから」

 道夫はつい一週間前も二日連続で遅刻して、罰として三日間、朝の新聞くばりをさせられたばかりだ。

そしてもし今月もう一回遅刻したら翌朝から一週間それをやらせると、この森下に言われていたのだ。

 あーあ、また一週間新聞くばりか。 想像するだけで気持ちがめいり、そう呟くと森下の背後でおおきなため息をついた。



下津さんの失敗ナイトボーイの愉楽(part2)  

浜田道夫が二十一歳になったその年の七月は何年に一度かというような、すこぶる涼しい夏で、月の終りになっても熱帯夜だとかいう、あのむせかえるような寝苦しい夜はまだ一度もやってきていなかった。

 もっとも週のうち六日間を快適な全館冷房のホテルで過ごす道夫にとっては、その熱帯夜とかもさして気になる代物でもなかったのだが。

 とにかく涼しい夏で、巷ではビアガーデンの客入りがさっぱりだと囁かれていた。

 そんな夏のある夜のこと、道夫は例のごとくまたエレベーター当番にあたっていて、切れ目なくやってくる客を乗せては、せわしげにフロアを上下していた。

 あと十分もすればその当番も終りになる十一時少し前になって、それまで間断なく続いていた客足がやっと途切れ、ロビーに立ってホッと一息ついた。

 エレベーター前から広いロビーを見渡すと、人影はもうまばらでフロント係がボーイを呼ぶチーンというベルの音だけがやけに周りに響きわたっていた。

 十一時か、チェックインあとどれぐらい残っているんだろう。今夜はしょっぱなからエレベーター当番で、まだ一度もあたっていないんだ。

十二時まであと一時間の勝負か。たっぷりチップをはずんでくれるいい客に当たるといいんだけど 

所在なさそうにロビーを見渡しながら胸の中でそうつぶやいた。

 二~三度連続して気前のいい新婚客にでも当たらないかなあ。

 またそんな虫のいいことを考えながらさらに二回エレベーターを上下させ、一階に下りてきたときは十一時を三分ほどまわっていた。

待っているはずの次の当番、下津の姿はまだなかった。

 「チェッ、下津さんまだ来てない。二~三分前に来て待っているのが普通なのにほんとにあの人はルーズなんだから、来たら文句のひとことふたこと言ってやらなければ」



 『直線コースは長かった』

桜も散り青葉が目にしみる五月に入ったばかりの月曜日のその日、
外には爽やかでこの上なく心地よい春風がふいているというのに、久夫は退社時の夕方になっても、まだむしゃくしゃした気分をもてあましていた。
   
「ちくしょう、あのパンチパーマの野郎め!」

事務所を出て、いつものように駅前のバス停に向かって歩きながらまたこみ上げてくる新たな悔しさから、腹の底から呻くような声でそう呟いた。

ついこの前までは丸裸だった歩道のイチョウの木には、いつの間にかまた青々とした葉が生い茂っており、いつもなら延々とつづくそのイチョウの並木を感慨深く眺めて歩く久夫だが、その日だけはそれもとんと目に入らなかった。

 それにしてもうまく引っ掛かったもんだ。どうだろう、あの見事な騙されぐあいは、いったいあんなことってあるのだろうか?

バス停へ向かう道を半分くらいあるいたところで、昨日の競馬場での出来事をまた苦々しく思い出していた。

その日曜日も空は澄みわたっており、風は爽やかだった。

駅前から北へ向かい、街並みが少しだけとぎれて、自衛隊の駐屯所があり、そのちょっと手前に競馬場はある。

久夫がそこへ着いたのは昼少し前で、ちょうど場内アナウンスが第二レースの発走まであと五分だと伝えていたときだった。

去年本社のある大阪からこの町の支店に赴任してきて、ここへ足を運ぶのは二度目のことだった。

久夫は競馬にかぎらずギャンブルはあまり好きなほうではない。

それなのに日曜日のこの日、昼前からここへやってきたのは、朝起きてベランダへ出たとき、空があまりにも青く澄みわたっており、吹く風がこの上なく爽やかだったからだ。

つまり、心地よい春の風に誘われてというわけなのだ。

でも、正直いうとそれだけが理由ではない。

三ヶ月ほど前、職場の同僚に誘われて、さして気の進まないままここへやってきて、よくわからないまま当てずっぽうで買った第七レースの穴馬券が見事的中して、千円券一枚が九万四千円にもなったのだ。

その後のレースで一万円ほど負けたが、その日の儲けは八万円以上あった。

空の青さと風の爽やかさに誘われてやってきたと言えば聞こえはいいが、実のところ、あの日の甘い汁の味も忘れられなかったからなのだ。



『紳士と編集長』

 その初老の紳士が話しかけてきたのは、僕が駅前バス停前の、地下街入り口のコンクリートの囲いにもたれて、その月発刊されたばかりの雑誌の目次に目を通している時だった。

おおかたの月刊雑誌と同じサイズでA5版のその雑誌は、厚みこそ週刊誌並ではあったが、〈リベーラ〉という名前にどことなく知的な雰囲気を漂わせていて、目次を読む段階ですでに僕をすっかり魅了していた。

「あのすいませんが」

その紳士はセリフこそ月並みであったが、すこぶるトーンのいい上品な声でそう話しかけながら僕のすぐ横に立っていた。

「はい。なんでしょうか」

クリーム色の薄手のスーツを粋に着こなしたその身なりのいい紳士にチラッと目をやって、わずかな警戒心を抱きながら、僕もまた月並みの返事をした。

「今お読みのその雑誌、今月発刊されたばかりのリベーラですね」

「ええそうですが、それがどうか」

警戒心は少ないものの、見ず知らずの人からの思わぬ質問に、やや当惑気味にそう答え、あらためてその紳士に視線を送った。

六十を少し超えているだろうか、頭髪はほば半分くらい白く染まっているが、黒とまだらになったその髪が妙に顔立ちとあっていて、それがこの人の風貌をより魅力的に見せていた。

「いかがですかその雑誌。おもしろいですか?」

さっきより少し表情をくずして紳士がまた聞いた。

「ええまあ。中身はこれからですが目次を読んだかぎりではなかなかおもしろそうですね。それにこの表紙とか装丁とかもこれまでのものにないユニークさもっていて」

何者かはわからなかったが、そこはかとなく上品さを漂わせているその紳士に、僕はもうすっかり警戒心を解いていて、思ったまま正直に感想を述べていた。




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