(シリーズ1)
人は誰でも歳をとると昔のことをよく思い出しますが、私にとってもっとも多いのは家族の思い出で、中でもことさら愛おしく蘇るのは在りし日の母の姿です。
ここでは壮年期に私が母からもらった数十通の手紙から十数点をご紹介しながら、当時を振り返ってみることにします。
母の手紙 (その1)
(文面)
若葉の季節となりました。前から一度位は手紙に書こうと思い乍ら遂々無精ばかりして居りました。十日程、横になるばかりの生活をして居ますと何だか気が変になる様な気がして今日は思い切って机に向かいました。電話の時代になると字を書くことが少なくなって、感情の交歓が味気なくなりますね。この前の電話であなたは忙しいと言っていましたが、忙しいのは一寸しんどいでしょうが心に張り合いが出てきて「生きている」と云う感じがして良いのではないでしょうか。高齢化社会になっているので五十四歳位は壮年期と思います。健康でさえあればそれでいいのです。私も前向きで生きて行こう行こうといつも思って居ります。ではお元気で。
庸夫様
ゆきの
この手紙を受け取ったころ
今のようにメールとかないときですから、母とのやり取りは電話と手紙が主流でした。でも書くことが好きな母ですから、連絡は圧倒的に手紙の方が多かったようです。これは文面にもあるように54歳の時の手紙で母は85歳になっていました。このころ私は姫路市でフランチャイズ児童英語塾を経営しており、開業から15年ほど経ったころです。ピーク時には600人ほどいた生徒も、経営手腕の欠如のせいか、年を経るにしたがって減少して、このころは400名ぐらいになっていたでしょうか。減少の原因は経営手腕のせいだけではありません。54歳の頃といえば1995年にあたり、インターネット元年と言ってよく、ウィンドウズ95が発売された年です。手紙の文面には、電話での私が忙しいと言ったことに触れていますが、そうだとすると、インターネットに慣れようと、毎日パソコンの練習に明け暮れていたからではないでしょうか。
母の手紙(その2)
(文面)
前略 御免ください。
今でも小説を書きたいと言うあなたにこの切り抜きを送ります。
この人はあなたより遥かに年の若い人で、体力も充分ある人ですが、この人の努力、時間の使い分けに感心したものですから(これは一カ月前の切り抜きです)切り抜いて置きました。
新しい仕事は如何ですか。元気に頑張ってください。
この手紙を受け取ったころ
文面に「新しい仕事はどうですか」とありますから、多分、姫路市で児童英語教室を始めた39歳ごろの手紙ではないでしょうか。ということは1980年ごろで、母は70歳ぐらいです。同封されていたのは、小説の参考にといって送ってくれた新聞の切り抜きです。そのころの私は仕事の合間に小説新人賞に応募する小説のテーマのことばかり考えていたのです。母は無類の新聞好きで、そのころ購読していた山陽新聞を半日ぐらいかけて隅から隅まで読んでいたようです。それで好きになったのが切り抜きで、高齢期に入った母の趣味になっていた、と言っていいでしょう。
次回掲載予定
シリーズ2 1月20日
シリーズ3 1月30日
シリーズ4 2月10日
シリーズ5 2月20日