2025年9月11日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈3〉ナイトボーイの愉楽(9)

    

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 それからすすめられるままにビールを何杯も何杯も飲んだ。

 アルコールには決して弱い方ではない。ビールに限らず、ウィスキーだろうが日本酒だろうが、歳のわりには普段からいろいろ飲んでいる方だった。むろん限度はあるが、これまで同僚などと飲んでいて、途中で酔いつぶれるなどということは一度もなかった。


 しかしこの夜だけは様子が違った。

 テーブルの上にビールの空き瓶が五~六本並んでいるのを微かに意識していて、それから十一番さんが「かわいいわ」と言いながら、ほっぺたにチュッとキスしたのを覚えていて、記憶にあるのはそこまでで、それからどれくらいたってからであろうか、気がついた時には柔らかいベッドの中にいた。 目を開けてからしばらくは記憶がすっかり途切れていた。


 いったいここはどこだろう。 頭を持ち上げてあたりを見渡そうとしたとき、すぐ横で「クスッ」という笑い声とともに、聞き覚えのある女の人の声が聞こえてきた。


 「目、さめたの?よく眠ったわねえ。あれからもう三時間もたつのよ」 声とともに首筋辺りに温かい息がかかり、ようやく道夫は気がついた。 寝返って声のほうをふり向くと、こちら向きになった十一番さんの顔がすぐ前にあり、危うく頭がぶつかりそうになった。


 「あれー、どうしたんだろう僕。いったい今何時なんですか?」

 「十時前かしら、あなた六時過ぎからずっと寝ていたのよ。どうご気分は?」

 十一番さんのその声で、さっきより少し意識がはっきりしてきた。


 すぐ目の前に黒いスリップの紐がかかっただけの裸の肩があった。それを目にしたとき、さらに目は冴えてきて、体の中心部にはみるみる力がみなぎってきた。

 そして、そのまま彼女の上に覆いかぶさりたい衝動をかろうじて抑えながら言った。


 「六時からって、よく覚えていないんですけど、僕その時間に酔いつぶれたのですか?」

 「そうよ。二人でビールを六本も飲んじゃって、あなたったら、「ぼく酒は強いからだいじょうぶ」と言いながら、ごろっと横になったと思ったら、そのまま大きないびきをかいて寝てしまったのよ。ここまで連れてきてズボンを脱がすの大変だったんだから」

 彼女はちゃめっぽくクスッと笑いながら言った。


 「ズボンを脱がせた」と聞いて、道夫はハッとした。そしてすぐ手を下にやってみた。

 伝わってきたのはすべすべとしたパンツの手触りと体温だけで、硬いジーンズの感触はどこにもなかった。それを確認したとき頭はさらに冴えてきた。

 

 今ぼくはベッドの中にいる。しかもすぐ横にはスリップ一枚の十一番さんが横たわっている。こうなることへの期待はあるにはあった。でもろくに手順も踏まず、気がついたらこうなっていた訳で、プロセスの重要な部分が欠落していて、それ故に今の状況が信じられなかった。


 「ねえ、もう頭すっきりした?」 耳元でまたいちだんとハスキーで甘ったるい声が響いた。


 「はい。もうすっかり」 こうした状況が信じられないと思いながらも、彼女の甘い声と鼻をつく微かな体臭に、道夫はさらに激しい欲望を覚えていた。


 「それでぼく、あなたに何かしましたか?」 そんな記憶はまるでなかったのだが、念のためそう聞いてみた。


 「何かしたって? そんなことできる訳ないでしょう。あんなにぐでんぐでんになっていたんだもの。それはこれからだわ」

 「それはこれから」 その言葉に道夫の体にピリッと戦慄が走った。


 考えていたのはそこまでで、十一番さんの 「ねえ早くう」と言う声を聞くや否や、道夫はさっと体を回転させると、彼女の上へ激しくかぶさっていき、もうがむしゃらにその唇へ吸いついていった。


 豊満な彼女の体にかぶさって、一回目はあっという間に果ててしまった。

 われながら、すこしはやすぎるなと思い、なにか十一番さんに悪いような気がして、彼女の顔をのぞき込むと、やや遠慮がちに聞いてみた。


 「はやかったですか?」 「そうね、若いからしかたがないわ。でも勢いがあってよかったわ」

 彼女はまたクスッと笑いながら答えた。


 それから煙草を一本すって、二人でたわいない世間話をして、三十分ぐらいたってからであろうか、横合いから顔を道夫の耳元まで寄せて、十一番さんが囁いた。

 「ねえ、もう一回できる?」 二十歳の男の耳に、その言葉はずいぶん刺激的な響きをもって入ってきた。道夫はみるみる回復してきて、ぐるっと体を回転させると、今度はゆっくり余裕をもって彼女を抱き寄せた。


 それから一時間余、ベッドの上でかなり激しく乱れていく十一番さんをまのあたりにしながら思った。 男と女のこういうことは、やはりある程度の時間をかけることが必要なんだな、と。 


 その夜道夫は、少しだけだがこのことに関して進歩があったように思った。


  次の朝、九時を過ぎて目を覚ました。 昨夜はあの後、一時間以上もとりとめもない話をして、彼女の肩を抱いたまま知らないうちに寝てしまった。


 そして目覚めたのが今なのだ。横手では、スヤスヤと心地よさそうな寝息をたてて十一番さんはまだ眠っていた。 


外は曇っているのかカーテンからもれる光はそれ程まぶしくはなかった。 いつもなら英語学校へ行く時間だ。でも昨日ここへやって来る前から、 ひょっとして明日は休むことになるかも。 そう思っていたこともあってか、休んだことに対してなんら呵責めいたものは感じなかった。 それより起きてからその後どうしようかと考えていた。


つづく


次回9月18日(木)