2013年3月10日日曜日

春を迎えて大盛況 ・ 花粉症患者であふれかえる耳鼻科医院



花粉と黄砂、それにPM2.5 ・ 2013はマスクの春か?


土曜日の夕方、偶然耳鼻科医院の前を通りかかった。


硝子のドア越しに中をうかがって驚いた。


待合室に人があふれかえっているではないか。


それほど大きな病院でもないのに、優に20人は超える人の数である。


なにっ、この人ごみ!と一瞬思ったが、すぐ理由が分かった。花粉症の治療に来ているのだ。


今日は3月にしては驚くほど暖かかった。昨夜のニュースでも言っていた。「明日は花粉が大量に飛散します」と。


予想は見事当たって今年最高の飛散量だと、昼過ぎのテレビで言っていた。


花粉だけでなく、各地で今年初めて黄砂を観測したとも伝えていた。


それにしても今年の春は大変だ。例年になく早く暖かくなったのはいいのだが、それにつれて飛散する花粉が次第に多くなってくる。


街にはマスク姿に人が実に多い。今年はいつもの年に比べても、よけいにその姿が目立っている。


それもそうだろう。花粉に黄砂、それに今年突如として中国からやってきた新顔のPM2.5という怖い物質。


これだと花粉症でなくてもマスクがしたくなるだろう。


この調子だと、今年のマスクの売り上げは新記録を達成すること間違いなしだ。それに耳鼻科医院の患者数も。



2013年3月9日土曜日

福島原発の廃炉には ・ 1日3000人という膨大な作業員と40年という気の遠くなるような年月を要する


結局は高くつくのだ、原発は!・廃炉のための最終費用はいったいいくらになるのだろう!


福島原発の廃炉作業のための1日の作業員は3000人にも及ぶという。


しかし3000人とはすごい数ではないか。最大級規模の建築工事でも、これほど多くに作業員は珍しいのではあるまいか。


これが廃炉という1ヶ所の原発事故の後始末だけに要する1日に必要な作業員の数だとは、驚きの他のなんでもない。


1日3000人ということは、22日稼動とすれば1ヶ月では6万6千人になる。


原発廃炉作業は危険な仕事なので人件費も高く、付帯費用も含めると、おそらく一人1日につき2万円以上ははかかるだろう。


仮に低く見積もって2万円としよう。これに3000をかけたらいくらになるのだろう。6000万円である。1ヶ月だと22日稼動でも13億2千万円になる。


わずか1ヶ月の人件費だけでこれだけかかるのである。これが40年に及ぶのだから、その期間の費用をトータルすると、想像を絶するような額になるだろう。


再生産に繋がらない単なる後始末の作業にこれだけ莫大な費用と、長い年月がかかるのである。


みなささん、考えるだけで気が遠くなりませんか。


以下は福島原発廃炉に関する毎日新聞の記事である。


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東日本大震災:福島第1原発事故から間もなく2年、廃炉作業手間取る 依然、高い放射線量 


. 福島第1原発事故から間もなく2年。東京電力は1日、原発構内の復旧状況を公開した。記者は防護服に身を包み、1~4号機の建屋周辺を約2時間半取材した。

放射線量が一番低い4号機では廃炉作業が進む一方、鉄骨がむき出しになったままの3号機と、1、2号機の周辺は依然として線量が高いため、作業の進行が遅れている。【三村泰揮】


 午前9時、国の直轄除染が行われている楢葉町をバスで出発。大熊町の原発構内の正門を通り、午前9時40分、作業員が防護服に着替え、休憩する免震重要棟に到着した。

 防護服にマスクを装着し、午前10時40分、免震重要棟を出た。出入り口付近は毎時22マイクロシーベルト。

バスで約500メートル東へ。3号機建屋の海側に着くと、同行する東電職員が「毎時1080マイクロシーベルトです」と叫ぶ中、バスで通過した。

約100メートル先にある部分的に壁が落ちた4号機建屋の海側を通過した時には、毎時122マイクロシーベルトに下がった。地点ごとに線量差が激しく、事前に把握しておかないと移動も危険だ。

 4号機の山側で降車。南側に、5階の燃料プールに残っている使用済み燃料棒1533体を取り出すため、建屋を覆う建設中のカバーが、5段目中2段目までできていた。

建屋屋上では、作業員がカバーの取り付けの準備をしていた。カバーは11月からの稼働を目指し、完成すれば高さ51メートルになるという。

1日当たり作業員約3000人

 カバーを建設する日立GEニュークリア・エナジーの河合秀郎所長(58)は「作業は線量との闘いだ。1人の作業時間は限られている」と、いや応なく被ばくする作業員の健康管理に気を配っていることを強調した。

 線量が高いため、3号機周辺に人はおらず、1、2号機は遠目から見た。クレーンを使って3号機周辺でがれき撤去を行う鹿島建設の小林弘茂工事課長(45)は「放射線はにおいなどがないので、恐怖を感じなくなる。それを克服し、いかに被ばく量を下げるかが重要」と語った。

 午後1時ごろ、免震重要棟に戻った。屋外に約2時間半滞在し、累積被ばく線量は約100マイクロシーベルトだった。

原発敷地外で1日2マイクロシーベルト被ばくすると仮定して、50日分に相当する。そんな状況で、1日当たり作業員約3000人が働いている。

. 福島第1原発の高橋毅所長は「燃料棒が溶けているため、線量が高く、取り出しには時間がかかる」と、廃炉作業に手間取っていることを打ち明けた。


毎日新聞 3月5日朝刊

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2013年3月8日金曜日

ここまで没落したか シャープ ・ 韓国サムスンの支援を受けるとは情けなすぎるのではないか!



シャープの今期の赤字は4000億円以上だという。


しかし、いかに不振だとはいえ、よくもこれだけの赤字ができたものだ。いったいどんな経営を続けたのだろうか。


こうした経営不振を何とか脱却しようと、昨年は台湾の大手電機企業に支援を仰いだ。だが体よく断られている。


そして今度が韓国サムスンである。これまで散々痛めつけられてきたお隣の国のライバル企業である。


いかに絶好調の企業だとはいえ、できたらこの会社にだけは支援を仰いでほしくなかった。


それもたったの100億円である。4000億円以上の赤字に比べたら微々たるものではないか。


たかがこれくらいの支援で、今後サムスンに大きな顔をされたら、たまったものではないだろう。


しかしこのところのシャープのなりふり構わぬ経営姿勢は見るに忍びない。


本当に再建が可能なのだろうか。今ではそれさえ疑わしく思えてくる。


以下は今回のサムスン支援について伝える朝日新聞の記事である。


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サムスン、シャープに100億円出資へ 業務提携も打診

 経営再建に取り組むシャープが、韓国・サムスン電子から100億円規模の出資を受ける方向で最終調整に入った。

出資比率は約3%となる見通しだ。シャープは出資を受けて財務体質を強化するほか、テレビやスマートフォン向けなど、得意とする液晶パネルを優先的にサムスンに供給するといった業務提携も打診している模様だ。

 シャープは台湾・鴻海精密工業との出資交渉が暗礁に乗り上げるなか、長年のライバルとの提携を深めて経営危機を乗り切る方針を模索することになる。

 現在、米アップル向けの中小型液晶パネルを生産している亀山工場(三重県)などの稼働率が低迷しており、サムスン向けに製品を生産することで、懸案の液晶パネル事業の収益改善を図ることも可能になる。サムスンにとっても、パネルを安定調達できるメリットがある。

 経営難のシャープの自己資本比率は2012年12月末時点で9・6%に低下。今秋には2千億円の社債の償還も迫っており、資本の積み増しが急務だ。

 このため、シャープは昨年3月、鴻海が1株550円の第三者割当増資で約670億円を出資し、筆頭株主となる契約を結んだ。しかし、シャープ株が急落したことから条件の見直し交渉を続けてきた。

 払込期限の今月26日を過ぎれば契約はいったん白紙となる。鴻海との交渉は暗礁に乗り上げており、実現の可能性は低いとみられる。

こうしたことから、シャープは長年のライバルだったサムスンと組むことにかじを切る判断をしたとみられる。

 シャープはテレビや液晶パネルの販売不振などで、2013年3月期の純損益が4500億円の赤字になると予想。2期連続の巨額赤字に陥る見通し。

人員削減などのリストラを進めながら自己資本増強策を模索。米半導体大手クアルコムと100億円の資本提携で合意していた。


朝日新聞 2013/3/7

2013年3月5日火曜日

緊縮財政の英政府、高級ワインをオークションで売却へ ・ 超財政赤字の日本政府も何か売るものはないのか?



高級ワイン
売却額が913万円ではいくらも財政のたしにならないかもしれないが、

ここまでして緊縮財政に努めているという政府の姿勢を、国民に見せるということが効果的なのではないだろうか。


日本政府もこれを見習って何か売却したらどうだろうか。


金持ち政治家が多い日本のこと、個人が家から持ち寄ってオークションにかけてもいいだろう。


こうしたことは金額の問題ではない。そこまでして国の財政赤字を減らそうとする政治家の気概の問題である。


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イギリス政府のオークションによるワインの売却益・1本平均約17万円でしめて913万円


[ロンドン 1日 ロイター] 

緊縮財政を進める英政府が、フランス産のビンテージワインなど54本を競売に掛けることが分かった。

予想落札価格は最高で総額6万5000ポンド(約913万円)だという。

同国政府はバッキンガム宮殿の近くにワイン貯蔵室を備えており、

1年間に開催される200以上のイベントで外国の要人にワインを振る舞っている。

競売大手クリスティーズは、英政府が計54本のワインを21日にオークションに掛けると発表。

政府が所蔵するワインが競売に出品されるのは初めてだとした。

これまでに行われた政府のワイン売却は非公開だったという。



世界びっくりニュースより 2013/3/4

2013年3月4日月曜日

女のすることなら何でもするようになってきた 近頃の男たち



くほど多くなってきた スーパーの男性客

週末にスーパーにヘ行くと、男性客の多さに驚く。数では女性客を凌ぐときすらある。


いまや買い物は男の仕事になったのだろうか?


でもなぜこれほど男性がスーパーに来るようになったのだろうか。    


その原因について考えてみるといろいろ思い当たることがある。 


  まず第一はは男性の独身者が増えたことではないだろうか。いま結婚できない男性は、結婚しない女性の数をはるかに凌いでいる。それで男性の買い物客が増えたのだろうか。    


それに近頃の男性は以前より外食しなくなっており、自炊派が多くなっている。それもスーパーへ買い物に来る人が増えている理由だろう。  


 二つめの理由は、週末といえども女性は家事に忙しく、買い物には暇な男性にお鉢が回ってくるのだろう。    


三つ目は以前に比べて、男性がスーパーでの買いものに抵抗感を持たなくなったからではないだろうか。    


一昔前だと、男はスーパーなどに出入りするものではない、というような風潮が少なからずあったのだが、今はそうしたものがすっかりなくなったからではないだろうか。    


まあ理由はともかく、スーパーはいまや男性天国であるといっても過言ではない。     店側もそれに配慮して品揃えなどを考えればいいのではないだろうか。    


ところでスーパーでの買い物に限らず、最近の男性は女のすることなら何でもするようになっているのではないだろうか。    


職業を例にとって見るとそれがよく分かる。    


例えば看護士だが、一時は白衣の天使などと呼ばれたり、看護婦という名前のごとく、まさに女性だけの職業のように思われていた。  


でも看護士と呼び名が変わったこともあって、いまやこの分野へも男性が続々進出している。    


幼稚園にしてもそうだ。いまは保母さんだけでなく、保父さんと呼ばれる男性が次第に多くなっている。それに育児にしてもそうだ。  


 いまは男性にも育児休暇が与えられる時代だ。「イクメン」という新語もできるほど男性が子育てによく参加するようになっている。    


いまや男は厨房にもどんどん入るし、買い物も子育ても、女のすることはなんでもする時代なのだ。

2013年3月2日土曜日

酒場とコストパフォーマンス ・ 不景気な時代に必要な費用対効果の意識



男はよく酒場へ行く。いや別に男ばかりでなく、この頃では女の人もよく酒場へ行く時代なってきた。   

不景気が長く続いて、ストレスがよくたまる時代だけに、ここへ向かう足は一向に止まることがない。    

でも、もうずいぶん長い間給料が上がらない超不景気な時代なので、酒場へ行ってもむやみにお金を使うわけにはいかない。   

世知辛い話だが、今では酒場でも費用対効果の、いわゆるコストパフォーマンスをよく考えた上での、適正な出費で臨まなければいけないのだ。   

では今時の酒場で、コストパフォーマンスに沿ったお金の使い方とはどのようなものなのだろうか。  

 もちろんそれはどこへ行くかによっても違ってくる。つまりどんな種類の酒場に行くかという点である。

 もっと砕いて言うと、行くのは居酒屋なのか、バーなのか。あるいは女性のいるスナックやクラブなどなのか、それとも大衆的な立ち飲み屋なのか、などとターゲットによって大きく違ってくるのだ。    

まあ、いまの私にとっては、高級なクラブなどは場違いで、端から対象にはならないのだが。  

 私の場合だと対象はまず居酒屋、それに立ち飲み屋、またほんのときどき足を向けるスナック、と言ったところである。  

 ではこうしたところで最近幾らぐらいお金を払っているのだろうか。

まず居酒屋であるが、ごく普通の大衆的な店だと2000円ぐらいが適当ではないだろうか。 

こういう店だとアルコール類は平均400円ぐらい、それに料理も1品300円~500円ぐらいだろうから、2000円あればアルコール3杯と料理2~3品頼めるのだから、これでじゅうぶんであろう。 

それに滞在時間は1時間少々だろうから、これ以上だとコストパフォーマンスに合わなくなる。    

次に時々行くスナックだが、ここだと2時間ぐらいいて、5000円ぐらいが適当だろう。 

2時間で5千円は決して安くはないけど歌を歌って発散できるし、そばで女性が話し相手になってくれるので、いい癒しになる。    

最後は立ち飲み屋であるが、ここでの滞在時間は非常に短い。    

たいていは「ちょっと一杯」と思ってはいるだけで、長居する理由は何もない。    

したがって飲物2杯とアテ2品ぐらい頼んで30~40分もたつとすぐ出て行く。   

これほど短い滞在時間の立ち飲み屋は、コストパフォーマンス的には1000円以内が適当で、それ以上費やす場所ではないのである。

2013年3月1日金曜日

わたしの小説新人賞応募奮戦記(その2) ・ 小説家になれると本気で思っていたのだが



50歳になる直前にはじめて新人賞に応募

小説新人賞に関しては様々な思い出がある。悪い思いではあまりなく、ほとんどが良い思い出である。なかでも48歳から50歳にかけての2年間のものが特に多い。


小説は30歳ごろから書いていたが、なかなか思うような作品ができず、40代半ばを過ぎた頃、やっとそれらしきものが書け始めた。


それで49歳になったとき思い切って小説新人賞に応募することにした。最初の応募先はメジャー出版社である講談社の「小説現代」にした。


新人文学賞は数はたくさんあるが、大衆小説分野でメジャーと呼ばれるものは、この小説現代と文芸春秋の「オール読物」、それに集英社の「小説すばる」ぐらいであった。


もちろん純文学を入れるともっとある。でもその頃書いていたのはいわゆるエンターティンメント系の大衆小説ばかりであったので、応募先ははじめからこの3つに決めていた。


最初からメジャーな文学賞しか狙っていなかった。そうでないと小説家デビューは難しいと思っていたからである。


さて、最初の講談社に応募するに際しては、一つの作戦を立てて臨んだ。

というのは予選を通過したときはいいのだが、もし1次予選ででも落ちたら、気落ちしてモチベーションが下がり、その後の応募に悪影響を与えると思ったからだ。


なにしろメジャーな新人賞は難関であり、予選通過者ですら応募者の15%ぐらいで、残り8割以上は落選するのだから、決して楽観はできないのである。


したがってもしはじめの応募作品が落選しても、すぐ次の作品が応募できるように1回目の応募結果が発表される前に次の作品を完成しておくようにしたのだ。


どの出版社も発表までに3ヶ月以上あるので、その準備をするにはじゅうぶん期間はあった。


最初の作品のタイトルは「編む女」で85枚の中編小説である。


それを応募し終えると、最初の作戦通り1回目の発表の1ヶ月前には2回目応募用の作品が完成し、すぐ応募した。


これも中編小説で都市ホテルを舞台にした「ナイトボーイの愉楽」という作品である。


応募先は小説現代より若干レベルが高いと言われる「オール読物」である。


これで最初の計画が終わったかといえばそうでない。ついでに3回目の応募に備えてもう1作書いておこうと思いすぐ執筆に取りかかった。


テーマは前々から考えていたものが5題ほどあったので、そのなかからニューヨークを舞台にした「マンハッタン西97丁目の青春」を選んだ。


今度は前2編と違った長編だが、経験を元にしたものであり、執筆にはそれほど苦労はなかった。


その作品を書き始めて1ヶ月ほどたったところで、1回目の応募作品の発表があった。発表の2~3日前からは、結果が気になって気もそぞろで何をするにも力が入らなかった。



メジャーな小説新人賞で連続3回予選突破


1回目の応募作の発表結果が載った「小説現代」を本屋で手にしたときは、期待と不安が交錯し、興奮したせいか体がガタガタと震えるのが分かった。


本屋で発売されたばかりの小説現代を手に手にするや否や、すぐ発表のページを探し当てると食い入るように自分の名前を探した。


多少気が動転していたせいか、文字が思うように目に入らなかった。

最初ざっと見渡した段階では自分の名前を見つけることはできなかった。応募作品は1200ぐらいあって、第1次通過作品は150ぐらいと最初に書いてあった。


これだけの通過数だと、ひょっとして自分の名前もあるのでは、と改めてはじめから食い入るように合格者名を見ていった。


そのとき初めて気がついたのだが、発表は県別になっているのだ。それに気がついてからは他のところは飛ばして、一気に兵庫県の合格者が載っている欄に目を移した。


6~7名の名前が載っていたが、その真ん中あたりに自分の名前があるではないか。

また体がブルッと震えるのが分かった。それから何度も何度も載っている名前を確認した。

念のためほっぺたをつねってみたりもした。

あったのだ自分の名前が。初めての応募で難関の新人賞の予選を通過したのだ。



それから数ヵ月たって、2回目の発表の日が来た。最初のときより少しは落ちついていたものの胸がキドキするのはそのときも同じであった。


2度目の予選通過で、ひょっとして小説家になれるかも、と思ったりした


今度のオール読物新人賞応募者は1回目の小説現代より多く1600名ぐらいいた。


これだと予選通過は厳しいかも、と半信半疑で合格者発表のページを眺めていた。


今度は県別にはなっておらずまったくのアトランダムなので見るのに時間がかかった。


それでも目を凝らして見ていくと、あったのだ。今回も名前が載っていたのだ。250名ぐらいの真ん中あたりに、ちゃんと自分の名前が載っていたのだ。


これでメジャー新人賞に2回連続して予選通過したことになる。ここへきて小説家への夢はさらに膨らんできていた。


そしてそれからしばらくしてあった3回目に応募した集英社「小説すばる」の発表の日がやってきた。


今回の応募作品は230枚の長編小説である。前回までの2作品はいずれも100枚程度の中編小説であったのだ。


やはり前回、前々回と同じように応募者は1000人を越えていた。でも1000人を少しだけ超えただけで、これまでのなかでは一番少なかった。


 さすがに3回目ともなると、落ちついて名前が探せたせいか、わずか数分で結果は分かった。    


200名ぐらいの合格者の中に、また自分の名前が出ていた。


これで長編の作品も認められたことになる。    


今回を入れるとはじめての応募から連続3回も予選を通過したことになる。    


小説家を目指すのに、これ以上の良い出だしはない。そう言ってもいいくらい、最初から順調に進んでいたのだ。    


そのときはこれで小説家への道が大きく開けた、と本気で思っていた。(以下次回)