2011年2月2日水曜日

本を読まなくなった日本人・でもこの「読書量ランキング」は信じ難い


                                   (注)読書量ランキングは最後に載っています


最近通勤電車の中で本を読む人がめっきり減っている。
本ばかりではなく新聞を読む人もあまり見かけない。
私は姫路、神戸間往復1時間20分を通勤電車内で過ごしているが、これを読書に当てるとかなりのページ数を読み進むことができる。

行動が制約されている車内での時間の活用法としては読書が最適だとずっと思っている。

それなのに最近本を読む人の姿をあまり見無くなったのは何故だろう。

紙の本でなく「iphone」などに搭載されている電子書籍に切り替えたのであろうか。

本は読んでいなくても携帯電話を眺めている人はやたらと多くなっている。

そうした人の中には新しく組み込まれた「電子書籍」を読んでいる人も多くなっているのだろうか。

それとも新聞などをネットのサイトで読んでいるのであろうか。

以前だと車内の網棚をぐるっと見渡せば必ずどこかに読み捨てられた新聞とか週刊誌が乗せてあったのだが、最近はそうしたものすら目にすることもなくなった。

要するに人々はもはや紙の活字媒体を利用しなくなっていきつつあるのだろうか。

「電子書籍」に切り替えた人がいるのは確かだろうが、でも総体的にはやはり読書人口そのものが減っているのもまた確かなようである。

それは書籍業界の売上高の推移からも、本屋の数の減少からもはっきり伺える。

だがズバリ言って読書量減少というのは国にとっては大きなマイナスである。

今というよりむしろ将来の日本にとってのマイナスなのである。

最近いい作品を矢継ぎ早に出している人気作家「浅田次郎氏」も言っている。

「学校へ行けなくても大丈夫。本さえ読めば学問はじゅうぶん身につけることができる。本読みこそが勉学の基本であるのだから」

まさにその通りで、本を読むということそれ自体が何らかの学習につながっているのである。

したがって本を読まないということは大切な学習の機会を失っているとも言えるのである。

私は去年6月のブログに「読書を趣味と言っていいのだろうか」というタイトルのブログでこう書いている。

「本は趣味としてとらえるより学習としてとらえたほうがいい。

なぜならば趣味というジャンルに読書をおくと、気が向けばやりそうでなければやらなくてもいいというような安易な気持が生まれ、結果的には読書離れにつながると思うからである。

したがって読書は趣味ではなく学習としてとらえ、好き嫌いではなく必ず取り組まなければいけない必須なこととした方が、結果として読書習慣が身につき、また本を読む力もつくのである」

このようなことをその時のブログに書いたのである。

この考えは今もまったく変わっていない。

さて下に載せてあるのは韓国の新聞「朝鮮日報」に取り上げられた「世界の読書量ランキング」である。

ただしその「信憑性」については素直に言って少なからず疑問がある。

理由は日本が「ワースト2」になっていることに対する反感もあるが、1位になっているインドを含めて「識字率の低い国」が上位に来ていることがどうも解せないのである。

それにランキング下位にある日本、アメリカ、イギリスなどは他の国と比べて圧倒的に本の出版点数が多いのである。

にもかかわらずどうしてこれら3国がこんなに下位にくるのであろうか。

まあその辺はどうか割り引いて考えていただき、このデータの真偽はともかく、日本人の読書量を考える際の皆さんの判断材料の付随的な参考資料として欲しい。

読書量国際比較

順位 国名 時間
1 インド 10.7
2 タイ 9.4
3 中国 8.0

4 フィリピン 7.6
5 エジプト 7.5
6 チェコ 7.4
7 ロシア 7.1
8 スウェーデン 6,9
8 フランス 6,9
10 ハンガリー 6.8
10 サウジアラビア 6.8
12 香港 6.7
13 ポーランド(世界平均) 6.5
14 ベネズエラ 6.4
15 南アフリカ 6.3
15 オーストラリア 6.3
17 インドネシア 6.0
18 アルゼンチン 5.9
19 トルコ 5.9
20 スペイン 5.8
20 カナダ 5.8
22 ドイツ 5.7
22 アメリカ 5.7
24 イタリア 5.6
25 メキシコ 5.5
26 イギリス 5.3
27 ブラジル 5.2
28 台湾 5.0
29 日本 4.1
30 韓国 3.1

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インターネット「デジタル/シゴト/技術」より

2011年2月1日火曜日

私の「小説新人賞」応募奮戦記(その1)



40代の終りの頃私は集中的に連続3回小説新人賞に応募した。

対象はいずれもメジャー出版社による名の通った文学新人賞ばかりであった。

今回のブログではその応募準備から結果発表までの経過を「奮戦記」と題して裏話も含めて書いてみたい。

当時私は三つの小説の構想を持っており、その第一作目は応募計画段階ですでに半分ぐらい書き終えていた。

後の2作についてもプロットは出来上がっていて、一作目が終わり次第間髪を入れずすぐに執筆に当たるつもりでいた。

そういう訳で応募作品の目途は一応立っていた。

とは言っても何分小説を書くのは初めてであり、果たして「メジャーな新人賞」応募にふさわしい作品がうまく書けるかどうかという不安は少なくなかったのだが、そうした気持は振り切ってとにかく執筆に全力を傾けるすることにした。

執筆計画の次はその3作品をどの文学賞へ応募するかという対象の選択なのだが、熟慮した結果まず第1作目は近々創刊号発刊が予定されている集英社の「小説すばる」が創刊号に合わせて儲けた「新人賞」に応募することに決めた。

そして2作目が講談社の「小説現代」、3作目を文芸春秋社の「オール読物」といずれも新人作家登竜門として名高い老舗出版社2社の賞に応募することに決めた。

さて計画段階でもう一つ大事な点は応募のタイミングである。

つまり作品をいつ応募するかという時期の問題である。

もっと具体的に言うと、1作目の「小説すばる」へ応募した後、2作目と3作目はその後いつ応募するかということなのだが、これについては時間をかけて大いに考えた。

というのも1作目はいいとしても、2作目と3作目を書き終えて応募するタイミングは非常に大事だと思えたからである。

なぜかと言えば、1作目を応募し終えてその後数ヶ月先の結果発表を待ってからの応募予定だと、もし1作目の結果が思わしくなく予選で落選でもしようものなら落胆して気持がなえてしまい2作目、3作目への応募意欲を失ってしまうのではないかと考えたからである。

つまり落胆して自信を無くしてしまい、それが次の作品執筆に大きなマイナス効果を与え消極姿勢に陥るのではないかと懸念したのである。

もしそうなっては3作品応募するという計画は台無しになってしまう。

そういうことだけはどうしても避けなければならない。

そして私はこう結論を出したのだ。

まず1作目を応募して、それから数ヶ月先の結果発表の期日までにあとの2作を全部書き終えよう。

そうすると結果の如何に関わらず作品は出来上がっているのであるから、後に悪影響を及ばせずにすむではないか。

そしてその計画通り、まず1作目を無事書き終えて集英社に応募し終えると、間髪をいれず2作目と3作目の執筆に取りかかった。

そうした計画のおかげなのか、2作目の「編む女」と3作目の「ナイトボーイの愉楽」という中編小説が出来上がったのは第1作目の「西97丁目の青春」の結果発表の半月ぐらい前だった。

そうしたことが気分的余裕になり、ほっと胸をなでおろし落ち着いた気持で第1作目の発表の日を待つことができたのである。

さて待ちに待った1作目の結果発表の結果は?

小説スバル創刊号の第1回新人賞「予選通過作品」の発表は1989年9月発行の秋号であった。
その発表の秋号が売り出される日、私は期待と不安が入り混じるすごく昂揚した気分で本屋へ走った。

店頭にうず高く積まれたその雑誌をすばやく取りお金を払って外へ出た。

家に帰るまで待てるはずがなく外へ出るや否や部厚い雑誌の結果発表の記事を探してページをめくった。

はっきり言ってあせっていた。

なんとかそのページにたどりついて4ページにわたる1次予選有価者の名前の欄を目を皿のようにして探した。

だがないのだ、自分の名前がどこにもない。

そんな馬鹿な!3ヶ月もかけて死に物狂いで書いた作品なのにそんなことあるはずがない。

私は頭の中が白くなり始めるのを感じながらもう一度今度は念入りに目を通してみた。

するとどうだろう、一度目はないと思った作品名と自分の名前がはっきり出ているではないか。

えっ、本当!という疑念もまだ残っており何度も何度も見直した。

何度見直しても間違いなく名前は出ていたのである。

全応募作品1150編中第1次予選通過作品「200編」に私の作品は確かに入っていたのである。

かくして私の初めての「小説新人賞」応募作品はみごと第一次予選を通過したのであった。

                      以後は後日のブログへ続く

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2011年1月27日木曜日

「動物の地震予知能力」は本当にあるのだろうか?・Earthquake Prediction By animal behavior


世界に名だたる「地震大国」日本であるが、あの忌まわしい「阪神大震災」以後、二度とああしたおびただしい数の死者を含む大被害をこうむらないために、国はいったい予防の為の地震予知に対してどれぐらいの予算を使っているのだろうか?

数億円、あるいは数十億円だろうか。

それとももっと多く数百億円にも達するのであろうか。

これについては「予知」のためばかりではないが、地震に対する総合的な調査費として、各省庁にまたがっているが総額で100億円を越えることは間違いないようである。

わが国の名だたる地震学者が集まって科学の粋を集め、潤沢な資金をもとに日夜地震予知調査に励んでいるのであるがその成果の方は今のところ明らかではない。

さて本日のテーマは同じ地震予知に関してではあっても人が科学的な方法で行う調査ではなく、動物による伝統的な「地震予知調査」についての話題なのである。

日本と同じように地震の多発国である中国では、近代的な科学的手法による調査ももちろん行われているのだが、それに併せて従来からの伝統的な方法である「動物」を使った地震予知調査にも相当力を入れている。

例えば寒いさなかの真冬に「蛇」が人目に触れるところへ現れたら人々はどう思うだろうか。

てっきり石垣の隙間や地中にもぐって寒さをしのいで冬眠を続けているあの「蛇」がである。

中国の動物による地震予知の専門家は、こうしたことを目撃したら、それを「「地震の前触れ」だと考えるそうである。

なぜなら外へ出たら凍死しかねない真冬に蛇が外界に出てきたのは、地中の温度が急に温かくなってきたからであり、それゆえ季節が変わったと勘違いしての行動であると考えるからである。

つまり、マグマの活動が活発になって地熱が急に高くなったのだと考え、そのことを指して地震の前触れだというのである。

さらに専門家は「馬」が急に後ろ足で立ち上がっていなないたり、「犬」が遠吠えを止めなかったり、「ネズミ」大挙して住みかを移動したり、「池の魚」が頻繁に飛び上がったりすることも地震の予兆であるそうである。

一般に動物は人間に比べて音に対する関知能力が非常に優れており、人間だと決して関知できないような微かな地鳴りの音でも鋭く捉えることができ、それが普段と違う異常行動を起こすのだと考えるのである。

つまりそうした動物の行動は地鳴りが発生しているのが原因であるから、そのことによって地震の
予知とするのである。
                    「高校英語 MILESTONE Ⅱ」参照

では最後にこうした動物の異常行動について阪神大震災の際に実際にその現象を目撃した人々の証言を載せておくことにする。

これらの証言に接して、動物の地震予知能力の有無やその真偽についてはあなたの判断に任せることにしたい。

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証言1 ほ乳類

数分前、近所の飼い犬が激しく吠え立てた。
(羽曳野市・男)

証言2 鳥類

地震15分前、向かいのマンション屋上にカラスが群がり、けたたましく鳴いた。
(神戸市灘区・主婦)

当日の早朝、いつも餌をとりに来るカラスやスズメが、1羽も姿を見せなかった。
(西宮市・主婦)

証言3 魚類

前日の岡山後楽園の池中央に、ナマズ40匹がたむろしていた。
(山口市・会社員 )

5時間前、アマゾンナマズが突然暴れ出し、手がつけられない状態だった。
(豊中市・会社員)
       
             インターネット「地震予知読本・動物は警告する」より

2011年1月26日水曜日

なぜ日本の新聞代は高いのか?・日米英「新聞価格」比較

アメリカの新聞日曜版

いま先進国を中心にすごい勢いで新聞離れとその発行部数減少が進んでいる。

原因は言わずとしれたインターネットとリーマンショックの影響である。

まずインターネットであるが、今ほとんどの新聞はネットに独自のサイトを設けており、毎日の新聞の主要記事はそれを通して無料で自由に閲覧できる。

私などはあつかましくも普通紙三紙と経済紙一紙を同時に「四分割画面」に出して一度に読んでいるのである。

こんなことされては新聞社としてはたまったものではないだろう。

こうしたインターネットへの移行による購読者減少はリーマンショックによる世界同時不況の影響と併せ広告収入の大幅減少へと繋がって行ったのである。

ところで、今回のタイトルである「日米英3国の新聞価格」と「ボリューム」であるが、それについては下の数字を見て欲しい。

【新聞価格比較】
     
      読売新聞   ワシントンポスト
店売り    130円     40円
一ヶ月        3925円    450円

その他   ・ 英国フィナンシャルタイムズ
                      7ヶ月で50ドル
                    ・ウォールストリートジャーナル
                      1年で99ドル
                   ・ニューヨークタイムズ
                                          1ヶ月2500円

【新聞ページ数比較】

ウォールストリートジャーナル   50ページ
ワシントンタイムズ            76ページ
ニューヨークタイムズ          96ページ
読売新聞                  40ページ

             インターネット「日米新聞比較」より

上に掲げたように店売り価格、月ぎめ価格いずれをとっても日本の新聞の価格が欧米2国を大きく上回っている。

さらに「一部あたりのページ数」においても値段の高い日本の新聞の方が大幅に少ないのである。

これでは日本の新聞社はまるで利益第一主義のようではないか。

新聞離れが進む現在、新聞各社はこうした評判の悪い点を早急に改めて、ひたすら【新聞ばなれ」という悪い方向へと進んでいる状況に歯止めをかけなくてはならないのではないだろうか。

なんと言っても「新聞」というメディアは昔も今も良識の府であるはずで、世の中の中立と公正を守っていくためには、なんとしてもその地位を守り続けなければならないはずである。


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そのためにも今後インターネットに伍する新聞業界の健全な成長を願うばかりである.

2011年1月24日月曜日

生活のペース国際比較

歩くスピード
まず下の数字を見て欲しい。

これは少し前になるが高校の英語教科書に載った世界6カ国の生活のペースについて3項目の順位を表す表である。

世界6ヶ国の生活のペース比較(順位)

       銀行の時計の 歩く       郵便局の
       正確度    スピード     スピード

日本      1      1      1
米国      2      3      2
英国      4      2      3
イタリア     5      4      6
台湾      3      5      4
インドネシア   6      6      5

                 MILESTONE 英語(Ⅱ)より


表を見ていただくと分かるようにこれら三つの項目とも調査時点では日本がトップを占めている。

まず「銀行の時計の正確さ」であるが、これは何と言っても人様のお金を預かるところである銀行としては信用第一で、何はさておいても正確さは第一にしなければいけないので、日本ならずともどこの国でもこれが正確なことは当然ではないのだろうか。

次は「人の歩くスピード」であるが、これについては最近インターネットにまったく違ったデータが載せられているので下にそれを掲げておく。

歩くスピード国際(都市)比較(18メートルの距離での調査)

1位シンガポール 10秒55
2位デンマーク・コペンハーゲン 10秒82
3位スペイン・マドリード 10秒89
4位は中国広東省広州(10秒94)
5位はアイルランド・ダブリン(11秒03)
6位ブラジル・クリチバ(11秒13)
7位ドイツ・ベルリン(11秒16)
8位ニューヨーク(12秒00)
9位オランダ・ユトレヒト(12秒04)
10位オーストリア・ウィーン(12秒06)
以下
ロンドン 12位
パリ 16位
東京 19位
         インターネット「歩くスピード国際比較」より

この調査によれば日本(東京)は19位と大きく後退しているのである。

考えるに、最初に掲げてある表は1990年ぐらいの日本が高度急性長期のさなかのものであり、後のものは成長期を過ぎていわば成熟期にはいってからのものである。

大きく順位を下げているのはそのせいで、つまり人間の歩くスピードはその時代の社会的背景によって違ってくるのではないのだろうか。

最後は「便局の業務処理」のスピードであるが、これはもう今も昔も日本ほど速い国は他のどこにもないのではなかろうか。

アメリカをはじめ外国の郵便局を利用したことのある人だとよく分かると思うが、その能率の悪さといったら、まったくうんざりしてしまうことが多いのが外国の郵便局である。

この点だけは日本が世界に向かって大いに自慢していいことの一つである。

総じて言えば歩くスピードはやや後退してきたが、他の2点で他国を上回っていることは、自慢するほどではなくても誇らしいことではないだろうか。

とにかく何ごとをするにしても「スピーディで正確」なことはいいことなのである。

2011年1月22日土曜日

「財政赤字カウンター」を見ていると怖くなってくる・刻々と増え続ける日本の借金」


あななたはインターネットサイトにある「財政赤字カウンター」というものを見たことがあるだろうか。

私のブログでも2010年11月7日の「各家庭にお一つづつ財政赤字カウンターをどうぞ」というタイトルの記事にその実物をLINKしてあるのだが。

今借入金と政府短期証券を含む日本全体の債務残高は約1124兆5000億円でありに国民一人当たりにすると882万円なる。

この金額にかかる利息がこの財政赤字カウンターに秒単位で刻まれていくのである。

これを見ていると刻々と変わっていくその数字は増加していくリアルタイムの赤字額であり、

それは私たちの日常生活には出てこないような桁数の多いとてつもなく大きなな数字なのである。

その利息の増え方と言ったら尋常ではなく、1秒間になんと84万円ずつ追加されていくのである。

ということは1分で5040万円、10分だと五億4百万円にもなるのである。

これは実に恐ろしいことではないか。

下に挙げたのは世界の国の財政赤字ランキングである。

2位にあるギリシャが財政危機に陥りIMFや他国からに資金援助を受けたというニュースはまだ耳に新しい。

続いてアイスランドやポルトガルなども近い将来危機に陥る可能性が高いといま世界中で取りざたされている。

では8位の日本はどうなのかといえば、それら深刻な状態にある国々に比べGDPの額が桁違いで、一律に比較することはは難しいのだが、対GDP比率は8番目といえ、額は米国に次いで高いのだから決して安閑とはできないのではないだろうか。

米国の方が高いと言っても、ドルという基軸通貨を持つ国であるし、また名だたる資源国でもあって日本とはまるで事情が違う。

財政赤字国際ランキング(対GDP)
1位 アイスランド 15.7%
2位 ギリシャ   12.7%
3位 英国     12.6%
4位 アイルランド 12.2%
5位 米国     11.2%
6位 スペイン    8.2%
7位 フランス    8.2%
8位 日本      7.4%
9位 ポルトガル   6.7%
10位 カナダ     4.8%

インターネット「財政赤字ランキング」より

多くの経済評論家はいまのGDP水準が落ち込まない限り今すぐ危機が訪れることはないと比較的楽観的だが、
子供や老人も含めて1人当たりの借金額が882万円というのはあまりにも大きな金額であり、人口はこの先減少傾向が続くとなれば利息の増加と合わせてこの金額はますます増えていくのである。
これはけっして楽観していられる状態ではないのだろうか。
とにかく国民一人一人が現在のこの数字をしっかり認識し、今後の推移を注視していき、少しでも額が減るように念じていかねばならないのではないだろうか。

Link 財政赤字カウンター
http://www.kh-web.org/fin/

2011年1月21日金曜日

会社の朝礼 「社訓」や「社是」の唱和は今も健在なのだろうか・今は懐かしい電通 「鬼の十訓」


会社の朝礼といえば全員が起立して行う「社訓」や「社是」の唱和というものがある。

これは会社の理念や目的に対して社員の変わらぬ意思統一をはかるためと、もう一つは朝一番にその日の仕事に向かって気合を入れることにあるのだろう。

この唱和に当たっては元気のいい大きな声が求められ、間違ってもボソボソとした小さな声は禁物である。

特に営業関係の部署では、朝一番その日の営業活動に勢いをつけるという意味もあって、かなり気合の入った朝礼風景が展開されているようである。

以前の私が勤めいた会社のオフィス一階下のフロア—に住宅リフォームの会社が入っていて、そこでは毎朝9時前に朝礼が行われており、その様子が毎朝階段の通路を伝って聞こえてきたのだが、その凄まじいほどの声のボリュームはそれまで聞いたこともないほど強烈なものであった。

多分営業マンを対象とした朝礼であったのであろう。

大勢の男性社員が「会社の営業のスローガン」らしきものを唱和する声はビル全体に響き渡るぐらいの驚くほどの大声で、その中には時おり「怒声」や「罵声」も混じっており、聞くに耐えないぐらいの実にすさましいものであった。

さいわいその時間帯は私の会社は始業前であったのだがそうした過激とも思える階下からの声が聞こえてくると、オフィスいた私の会社の者は思わず苦笑を浮かべていたものだ。

さて、「社訓」とか「社是」の話となるとどうしても避けて通れないのはかの有名な広告会社「電通」の「鬼十訓」である。

これはまさに営業社員に向けた「訓辞の古典」と言えるほど随分前に作られたものだが、特に営業関係の仕事に携わるものにとって公開当時はバイブルと言っていいほど実に有益なスローガンであったのではないだろうか。

ではそれを下に挙げてみることにする。

電通鬼十訓
1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。
                                    インターネット(社訓・社是)より

さて、どうでしょうか皆さん。

私自身は10項目の内2〜3項目はやや感覚的に今の時代にそぐわないと思われるものがあっても、2番、9番、10番にはすごく共感がわき、すぐにでも実行に移したいと思うくらいなのである。

ただこれが作られた時と現在では時代背景が大きく違う為、その他の項目の一部例えば5番、6番のように多少過激すぎる文節があり、そのメッセージが行きすぎた営業活動を生む下地になると思われる一面もある。

それはつまり、勢いあまって強引な販売とか無理な販売につながる恐があるということである。

したがって先ほど紹介したリフォームの営業会社の朝礼のような過激で、ともすれば反社会性をも感じさせられるようなものは、今の成熟社会にはそぐわないのではないだろうか。

こうした観点に立てば、特に社歴の古い会社にあってはその社訓、社是などがはたしては今の時代にふさわしいものであるかどうか、一度見直してみる必要があるのではないだろうか。


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