2014年8月27日水曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第39回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第5章・7年ぶりの再会 (その4)



マンハッタン西97丁目 第5章 「7年ぶりの再会」 (その4) 

 それから半年が経った。草山らの必死の努力にもかかわらず売り上げは回復するどころか、一ヶ月平均が本支店併せて前年の三分の一まで落ち込んでいた。

 銀行への借入金の返済、六十人にも及ぶ本支店の従業員の管理、日々に減り行く売り上げの挽回策、正直言って草山らは疲れてきた。

 そして一週間ふたりで相談した結果、店を二つとも売却することにした。幸い本店の方はすぐ買い手が見つかった。地の利もあってニューヨークで三十年も営業している老舗の日本レストランオーナーが引き受けてくれた。問題は支店の方である。すぐそばに強力なライバル店ができたということもあって、なかなか同業者は食指を動かさなかった。

 それでも四方八方手を尽くした結果、やっとイタリア人のスーパー経営者が食品スーパーに改造するということで、かろうじて譲渡の商談がまとまった。

 二つの店の譲渡金から銀行借入金の返済、それに整理にかかわる諸々の費用を支払った後、経営者としての二人の銀行口座には僅か四千八百ドル残っただけで、出資金の七万ドルはきれいに消えていた。この五年間の苦闘はいったい何だったんだろう? 草山らは顔を見合わせてただ苦笑するだけであった。

 ここまで話し終えると、草山は弱々しい笑顔を修一に向けながら「それからね」とさらに話を続けようとしたが、コーヒーショップへきてかれこれ一時間がたとうとしており、さすがに修一は仕事のことが気になり始めた。

 「草山さん、今日お会いできてこうしてお話できたのは大変嬉しいのですが、なにぶん今は勤務中でして、そろそろ仕事に戻らなければなりません。よろしかったら日をあらためて近いうちにもう一度会っていただけませんか」

「ああそうだったね。ゴメンゴメン。ついうっかりしていて、じゃあ三日後の金曜日はどうだい?」 

 「いいですよ。ぼくはその日は丁度休みだし、草山さんの方は何時ごろがよろしいですか?」 「そうだな。夕方がいいけど、時間は君に任せるよ」

「そうですか。じゃあ五時ごろ、場所は、そうですね。ウォルドーフアストリアのロビーででも」 「ウォルドーフアストリアか、今のぼくはあんな豪華なホテルのは少し入りにくいんだけど、まあいいや、じゃあそうしよう」

 職場に戻った修一はマックに時間を大幅にオーバーしたことを詫びた。そんな修一をマックはまったく咎めなかったばかりか「いいよいいよユーの大事な友人のようだったし」とやさしいことを言ってくれた。

 職場が依然として閑散としていて暇だったせいか、修一にはロビーで別れたばかりの草山のことが気になり、帰るときのなんとなく寂しそうな後姿を思い出していた。

 十二時きっかりにアパートへ戻ってきた。中に入るとリビングルームは暗かったが、キチンの奥のバーマの部屋からは明かりが漏れていた。修一は自分の部屋へは戻らず直接彼女の部屋へと向かい、相変わらず半開きになっているドアをノックした。

 バーマは分かっているくせに茶目っ気をこめた声で「どなたかしら?」と言ってクスッと笑った。それには応えず修一は中へ入って行った。ベッドの中央部に壁に背をもたせかけたバーマがデンと腰掛けていた。長い足を前に投げ出し、手には分厚いペーパーバックを持っていた。 

 「本を読んでいたのか。ごめんね邪魔して」「邪魔だなんてサミー、丁度本を読むのに飽きてきた頃なの。よかったわ、帰ってきてくれて。今日ねえ、エセルの病院から電話があったのよ。三日後の金曜日に退院するんですって」

 修一はそれを聞きながら、同じ日の草山との約束を思い出していた。
 修一の少し怪訝そうな表情を見てとってバーマが言った。 「あら三日後の金甌日に何かあるの? それともエセルが病院から戻ってくるのがいやなの?」

「別にいやということはないよ。何しろここは彼女の家だし、いや金曜日の夕方に日本人の友人と会う約束があったもんでね」 「あらそうだったの。わたし病院からの電話を聞いたとき、せめてもう少しエセルが入院していてくれるといいのに、と思ったのよ」

 またしてもバーマは正直な胸のうちをストレートに明かして修一を戸惑わせた。
 「まいった、まいった。君は本当に正直なんだから」そう言いながら、修一は指で彼女のオデコをチョンと押した。

 「ところでその日のエセルの退院は何時ごろだい?」 「午後だと言ってたわ。たぶん昼食の済んだ二時か三時ごろぐらいじゃない。病院で車を手配するから迎えはいらないとは言ってたけど、わたし迎えに行こうと思ってるの。一日ぐらい学校を休んでもどうってことないし、なにしろエセルことではこれまでサミーにばかり世話をかけてるし、今度は私の番だわ」バーマはまじめな顔に戻って言った。

 「そうしてくれるとありがたいね。なにしろその日は仕事が四時に終わると五時には七年ぶりに再会した友人と会うことになっているのでね。本当は男のぼくが行けるといいんだけど」 

 「大丈夫よ、任しておいてサミー。それよりそうと決まったら早く昨夜の続きをやりましょうよ。なにしろ二人だけで過ごせる時間はもうあまり無いんだし」 

 「昨夜の続きと言ってもキミ、ぼくは今帰ったばかりだし、シャワーもまだ浴びていないんだし」 「あらサミー、何か勘違いしているんじゃなくって?いやねえ、わたしの言ったのは昨夜のバーティの続きのことなのよ」 「アッそうだったのか。ゴメンゴメン」修一は照れくさくなって手を頭にやった。
 二人を顔を見合わせて大笑いした。
 「バーマ、リビングもいいけど今夜はここキミの部屋でやろうよ。ぼくが飲物を運んでくるから」 「ええいいわよ、じゃあわたし冷蔵庫から食べ物を出すわ」
 バーマはそう言うとすばやくベッドから立ち上がった。

 「ねえサミー、これから何かを作るのも面倒だし、昨夜の残り物でいいかしら?」

 「オーケー、オーケー。こう見えてもぼくは親ゆずりで内臓だけは丈夫なんだから」 「どういう意味よそれ?」バーマはクスッと笑って肩をすぼめて見せた。

(つづく)次回  8月30日(土)


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