マンハッタン西97丁目 第7章「草山さんの死」(その3)
目まぐるしいほどのさまざまな出来事に遭遇しながら、修一のニューヨークでの一年間はまたたくまに過ぎていった。
日本への帰国のその日、冷たい小雨のばらつく空港には山崎と森川が見送りに着てくれた。「大野さん、アッと言うまの一年でしたね。早く日本へ帰れて羨ましいですよ。あなたより早くから来ているぼくでも、後半年も残っているというのに」
山崎がいつもと同じ調子の明るい声で修一に言った。
「二人とも羨ましいなあ。時が経つとちゃんと帰れるんだから、ぼくなんか今度日本へ行けるのはいつのことやら」森川は心底二人を羨むように、溜息交じりの口調で言った。
修一はニューヨークで親しく交友を結んでくれたこの二人に心から感謝の言葉を述べると、まるで名残惜しさを断ち切るように足ばやに出発ゲートへと歩いて行った。
午前十一時丁度、PAL二十一便は爆音を発しながら小雨のケネディ空港を飛び立った。キャビン前方のランプが消え、ようやく座席が水平になったとき、修一の胸にはこの一年のさまざまな思い出が去来した。
着いた早々から修一を悩ませた下宿の家主エセルの喘息の咳、そして深夜の病院への付き添ったこと。楽しかった山崎をはじめ日本人仲間との交流。帰国に際し、温かい餞別までくれたエールトンの職場仲間。
人なつっこいコーヒーショップのチャーリーのこと。この上なくかわいそうな末路だった草山さん。そしてエセルの入院で思いがけずもたらされた忘れるに忘れられないバーマとのすばらしい一週間。
「バーマ、キミは素敵な女性だったよ。ちょっとしゃくだけど、ぼくに似たところのあるという今度のボーイフレンドとうまくいくことを祈るよ」
修一はそう呟くとシートに深く身を沈めて目を閉じた。
大野修一、二十五歳、このかけがえのない青春の一ページ。
飛行機は高度一万メートルの上空を、微かな爆音を轟かせながら一路東京へ、東京へと飛んで行った。
(おわり)
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