マンハッタン西97丁目 第7章「草山さんの死」(その1)
ニューヨークの短い夏はあっという間に過ぎ去っていき、また木の葉の舞う秋がやってきた。
バーマが帰国してからすでに三ヶ月が過ぎていた。彼女は帰って十日ぐらいたってからロッキー山脈の写ったきれいな絵葉書を送ってきた。それから修一が立て続けに三通の手紙を送り、バーマから二度目の便りが届いたのは晩秋の十月末のことであった。
修一は遅い朝食をとるためチャーリーのカフェは出かけるとき、一階の郵便受けでそれを見つけ、歩きながら封を開いた。
「サミーお手紙遅れてゴメンナサイ.その後も元気? 実はわたしこちらへ帰ってから三週間ほど経って、こちらのあるデザイン関係の会社へ就職したの。ほら、そちらでのポスターコンクールで入賞したでしょう。あれで少し自信持っちゃって、帰るとすぐ五つもの会社へアプライしたの。
そうしたらなんとその中の三つの会社から採用通知がきたのよ。三つも同時に受かってしまって、わたしどこにしようかとすごく迷ったんだけど、結局「カール&スティーブ・デザイン事務所」というところに決めたわ。
この会社ねえ、お給料は三つの中で二番目だったけど、オフィスが街の中心部にあってとてもきれいなの。それにわたしを面接した人がとても感じが良かったの。それでそこへ決めたわけ。どころがねサミー、入ってみて驚いたわ。面接のときの雰囲気である程度は予想していたのだけど、その忙しさったらないの。勤務時間は週五日の九時から五時までなんだけど、そんなのまるで関係ないの。
いつも仕事が山ほど待っており、オーバータイムはざらにあるのよ。おまけにオフィスでこなしきれず、休みの日には仕事を家にまで持ち帰る始末で、もうわたしクッタクタ。
でもねえサミー、コンテストの上位入賞の腕を認めてくれたのかどうかはよく分からないんだけど、入社早々の新人のわたしにいきなりポスター三本もの製作の仕事をくれるなんて嬉しいじゃない。わたし感激して今はその仕事に一生懸命なの。
そんな訳であなたからは三通もの手紙をもらいながら、今日まで返事が遅れて本当にゴメンナサイ。サミーもその後お変わりない? そちらではすっかりお世話になっちゃって、はっきり言ってサミーが側にいてくれたおかげで、わたしのニューヨークでの生活はずいぶん充実したものになったわ。
それにあなたはわたしが忘れかけていた男性の優しさについて新たに認識させてくれたわ。本当にありがとう。そうそう、これも書いておかなくちゃ、まだ先週のことなんだけど、わたしねえ、素敵な男性とめぐり逢ったの。
いま担当しているポスターの広告主の航空会社の人なんでけど、構図の打ち合わせのためにわたしのオフィスへやって来たの。背が高く髪の毛はブロンド、ちょっとロバートレッドフォードに似たところのあるその顔立ちも素敵なんだけど、気にいったのはなんといってもその声としぐさなの。
低いよく響く声をしていて、喋り方はどちらかと言えばゆっくりしていたわ。話すときどことなく少しモジモジしたところがあって、なんとなくシャイな感じだったの。わたしそのときサミーもわたしと話をするときはこんなふうだったなあ、と思い出したわ。そう思っていたらなぜだかその人がいっぺんに好きになっちゃって、気がついたら二日後の土曜日にデートの約束していたの。
最初のデートはレストランでランチを食べただけだったのだけど、話せば話すほどその人と気が合いそうなの。歳は三十一歳でわたしより二つ上。離婚歴が一度あるみたいだけど子供は無いし、現在の仕事は航空会社の広告担当サブチーフ。
どうサミー、この人? わたしって結局サミーのような優しくって少しシャイな男性に惹かれるタイプなのかしら?
ところでサミー、こちらへはいつ来るの? あなただってそろそろ日本への帰国が迫っているのではないの? 来るとすれば急がなくちゃあ。サミーがこちらへ着たら、そのとき彼を紹介するわ。あなたと似たところがあるだけにきっと話が合うと思うわ。
あらあらつまらないことばかり書いてゴメンナサイ。来る日が決まったら早めに知らせてね。じゃあその日を楽しみに待ってます」
親愛なるフレンド、サミーへ 駆け出しの商業デザイナー バーマより
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