2011年2月10日木曜日

インターネット・「ググる」「ブログる」「サーフる」

私が1年365日毎日欠かさず行うことと言えば食事、睡眠のほかはエクササイズの為の「ウォーキング」と「インターネット」を含んだパソコンの操作である。

この二つの次によくすることは読書なのだが、これは毎日とはいかず時々スキップする日がある。

この三つのことをやるための時間数を多い順に並べれば(1)パソコン(2)読書(3)ウォーキングとなる。

毎日やっているウォーキングと時々スキップする読書の順位が入れ替わるのは、ウォーキングが1日30分に対して、

読書は土日に集中して行うこともあってトータルで週に7〜8時間は費やすからである。

だが読書時間とウォーキング時間を併せてもまだ勝ち目のないのがインターネットをはじめパソコンに費やす時間である。

少なく見積もってもこれに費やす時間は1日2時間は下らないのである。
したがって週に14時間として、ゆうに読書時間の2倍にもなるのである。

では何故パソコンにかける時間がそれほど多くなるのであろうか。

それは一言で言ってパソコンの操作は種別が多いからである。

タイトルに挙げているように、私は毎日インターネットを使って「ググる」「ブログる」「サーフる」という三つの作業を行っている。

上に挙げた三つの言葉はスラングのパソコン用語なのである。

それについて説明すると、まず「ググる」は検索サイトを使ったリファレンス(サーチ)作業である。

この「ググる」と言う用語の由来は言わずとしれた検索サイトナンバーワンの「グーグル」をもじったものである。

ご存知の方も多いと思うが、グーグルには個人の検索記録(履歴)を保存する機能があり、いつでも過去の記録を閲覧できるシステムが付随されている。

かつて私は自分の検索記録をワードなどに記入していたものだが、いまはそれをやめてこの検索履歴に記録を一任している。

ちなみに最近1週間の検索履歴に目を通してみると毎日10件前後の項目を検索していることが確認できた。

次は「ブログる」であるが、これは読んで字のごとくネットサイトにブログを書くことである。

私は「グーグルブロガー」というサイトにブログを載せていて、ほぼ1週間に5回のペースで更新を続けている。

1回のブログの長さは400時原稿用紙にして平均3枚ぐらいだから字数にして1200字あまりである。

これにかかる時間は執筆から掲載を終えるまで約1時間強である。

週にすれば6時間はかかっているだろう。

もっともネタ探しの時間を加えればそれ位ではすまないのだが。

最後は「サーフる」であるが、この言葉は前の「ググる」と「ブログる」に比べればあまり聞きなれてないかもしれない。

はっきり言って三つの内では最も耳新しい言葉である。

これは何のことかというとインターネットを「サーフ」すること、つまり「ネットサーフィン」のことを言うのである。

わたしは人のあまり知らない珍しいネットサイトを探すのが好きで、一時は内外の「300」あまりの優れたサイトのコレクションをやったことがある。

そうして集めたものをさらに「ベスト100」とか「ベスト30」さらには「ベスト10」というふうに段階的に収斂していき別のリストに収めている。

最後の「ベスト10」にあるものなどはおそらく知っている人は少ないだろうと思われる貴重なサイトがそろっている。

以上、私のインターネット「ググる」「ブログる」「サーフる」についての話題でした。

何はともあれ現在の私はインターネットどっぷりの毎日なのである。

2011年2月9日水曜日

これはおもしろい!・日常生活に見る日米「さかさま事典」

アメリカで生活してみるとよくわかるのだが、日米両国での生活の場面でまったく逆になっている事柄について気づくことがよくある。

その中でも面白いのは、例えば日本では前垂らしにセットされているトイレットペーパーだがアメリカでは後ろ垂らしになっていることが一般的なのである。

これは日本人から考えると非常に使いにくく不便に思うのだが、当人たちはいたって平気なのである。

また日曜大工で使う「のこぎり」だが、日本では引くときに力を入れるのに、アメリカでは逆に押すときに力を入れるのである。

このように日米でまったく逆になることは多々ある。

文化の違いと言えばそれまでだが、考えてみれば何故これほど見事に逆になっているのだろうか。

比較文化論的見地からもまことに興味のわくテーマである。

以下それらの中から主なものを列挙してみることにする。

                             日本    アメリカ
名前        山田一郎   Ichiro Ymada
車の通行    左側通行   右側通行
おつりの数え方 引き算    足し算
手招き     手のひら下  手のひら上
救急電話    119     911
採点のマーク  正 ○    正 チェック印
          誤 ×    誤 ○
家の方向    南向き    東西向き
日付       年月日    月日年
鼻のかみ方   両手でかむ  片手でかむ
食事       食器を手で持つ  ナイフ、フォーク
                      を運び食器は動かさない

床屋の洗髪   前向き       うしろ向き
野球審判の
カウント     ストライクから   ボールから
公衆トイレ    多い        非常に少ない
赤ちゃんの寝かせ方 仰向け   うつ伏せ
自電車のブレーキ  必ずある   ないものが多い
                     (ペダルを反転 させて止める)

エレベーター    すぐ閉ボタンを押す  誰か乗る人が
                          いないかと開ボタンを押す用意をしている

仕事が暇なとき   仕事しているふり   暇まるだし

小学校の転校生  静かに先生の言う   リラックスして
初めての授業    ことを聞いてさない   マンガでも読んでいなさい。

以上ごく一部ではあるが国民性も現れ、いろいろおもしろい面もありますね!!

脇阪 昭著「日米逆の発想」(学生社)参照

2011年2月8日火曜日

私の「小説新人賞」応募奮戦記(その2)・中編小説「編む女」で「小説現代」へ挑戦

2月1日のこのシリーズ(その1)では「小説すばる」の新人賞に私の小説処女作「西97丁目の青春」を応募して、それが見事1次予選を突破し、その後2作目3作目も書き終えそれらを「小説現代」と「オール読物」に応募予定にしている。

というところまで書いた。

では応募1作目が難関の1次予選を突破したことに対してその頃の私の心境はどうだったかを書いてみる。

以前のブログ「小説新人賞・かくも冷酷で厳しい世界」でも触れたが、一般的にこの世界は応募者に対して非情に冷たい一面がある。

そのことは例えば応募者が長い時間をかけ精魂を込めて書いた応募原稿の扱い方に対して特に感じられるのである。

一般的に賞を主催する出版社側は送られてきた応募原稿に対して「受取通知」というものを出さないのである。

もっとも応募者としては原稿が確実に届くように「書留」などを利用して送っているに違いない。

しかしそのようにして送ったとしても当人としては大事な原稿が確実に担当者の元に届いているかどうかは少なからず不安に思うものである。

それもそうだろう。

新人作家を夢見て数ヶ月、あるいはそれ以上の多くの日数をかけて一心不乱に精魂を傾けて書いた大切な原稿なのである。

それに対して受取通知ひとつ出さない出版社の不遜な態度を無礼で冷酷であると思うのは当然ではないだろうか。

しかも数ヶ月先の予選通過の発表に万一自分の名前を見出せなかったらどうだろう。

果たして自分の作品は審査員に正しく読まれ評価されたのだろうか、そうでなく何かの手違いで読まれずに終わったのではないだろうか。

などという応募者の憶測を生む可能性はじゅうぶんあるのだ。

こうした応募者の心情を考えれば受取通知一枚ぐらいは送ってきてしかるべきではないだろうか。
熱心な応募者の一人として私自身はこのことを強く思うのである。

でもこの件はこれぐらいにして、次は私の小説第2作目「編む女」について書いてみよう。

「編む女」という小説は私が前作にも増して力をいれて書いた作品である。

20代半ばの私の実体験をもとに書いたものだが、手前味噌にはなるが大変ユニークな体験だけに、テーマとしては小説にうってつけで、書きようによっては非情におもしろい作品になるのではと並々ならぬ期待を持って執筆に及んだのである。

そして大きな期待をもって「小説現代」への応募に至ったのだが、その結果報告などについては次回にまわすとして、

以下その作品の冒頭の一部分を紹介させていただくことにする。

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小説「編む女」

「くそっ、あのカップルめ、うまくしけ込んだもんだ」

前方わずか4〜5メートル先を歩いていたすごく身なりのいい若い男女がスッとラブホテルの入口の高い植木の陰に隠れたとき、亮介はさも羨ましそうに呟いて舌打ちした。

「あーあ、こちらがこんなに苦労しているというのにまったくいい気なもんだ」と、今度は随分勝手な愚痴をこぼしながら、なおも辺りに目を凝らしながら歩き続けた。

亮介はこれで三日間この夜の十三(じゅうそう)の街を歩き続けていた。

はじめの日こそ「あの女め見てろそのうちに必ず見つけ出してやるから」と意気込んでいたものの、さすがに三日目ともなると最初の決意もいささかぐらつき始めていた。

時計はすでに十一時をさしており、辺りの人影も数えるほどまばらになっていた。

この夜だけでも、もう三時間近くもこの街のあちこちを歩き回っていたのだ。

「少し疲れたしどこかで少し休んでそれからまたはじめようか。それとも今夜はこれで止めようか」

亮介は迷いながら一ブロック東へ折れて、すぐ側を流れている淀川の土手へ出た。

道路から三メートルほど階段を上がって人気のないコンクリートの堤防に立つと、川面から吹くひんやりとした夜風が汗ばんだ両の頬を心地よくなでた。

「山岸恵美といったな、あの女。城南デパートに勤めていると言ってたけど、あんなことどうせ嘘っぱちだろう。

でも待てよ。それにしてはあの女、デパートのことについていろいろ詳しく話していた。

とすると今はもういないとしても、以前に勤めていたことがあるのかもしれない。それともそこに知り合いがいるとか。

ものは試し、無駄かも知れないけど一度行ってみようか。そうだ、そうしてみよう。

何しろあの悔しさを晴らすためだ。これしきのことで諦めるわけには行かないのだ。

川風に吹かれて少しだけ気を取り戻した亮介は、辺りの鮮やかなネオンサインを川面に映してゆったりと流れる淀川に背を向けると、また大通りの方へと歩いて行った。

「それにしてもあの女、いい女だったなあ。少なくともあの朝までは」

駅に向かって歩きながら、亮介はまたあの夜のことを思い出していた。

とびっきり美人とは言えないが、あれほど男好きのする顔の女も珍しい。

それにやや甘え口調のしっとりとしたあの声。

しかもああいう場所では珍しいあの行動。

あれだと自分に限らず男だったら誰だって信じ込むに違いない。

すでに十一時をまわっているというのに、北の繁華街から川ひとつ隔てただけのこの十三の盛り場には人影は多くまだかなりの賑わいを見せていた。

それもそうだろう。六月の終りと言えば官公庁や大手企業ではすでに夏のボーナスが支給されていて、みな懐が暖かいのだ。

「ボーナスか、あーあ、あの三十八万円があったらなあ」

大通りを右折して阪急電車の駅が目の前に見えてきたところで、亮介はそう呟やくと、また大きなため息をついた。

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以後次回へ

2011年2月6日日曜日

それでは人は話を聞いてくれませんよ!・本を読まない人の話はつまらない

どちらかと言うと人前で話すのは嫌いな方ではない。

以前営業会社の所長をやっていた頃は朝の朝礼でいつも部下に向かって何か話さなければならなかった。

その話題なのだができるだけ過去において聞いたことのないような新鮮なものにしたいといつも心がけていた。

なぜなら人は誰もが知っているようなありふれた話など少しも聞きたくもないだろうし、どうせ聞くのなら何かハッとするようなフレッシュな話題を期待しているからである。

したがって国内のテレビで放送されていたり、新聞で報道されたような事柄はなるべく避けて、もし新聞に頼るとなら人があまり読んでない英字新聞などに出ている話題を選ぶことにしていた。

でも圧倒的に多いのは本から得た話題であったように思う。

そのほうが聞く人の耳には新鮮に響くようで、毎朝私の話を当時の部下である所員たちは喜んで聞いていてくれていたようである。

したがって何も朝礼のネタだけが目的ではなかったが本はできるだけ多く読むように心がけていた。

では今回のタイトルにも上げてある「本を読んでいない人の話がつまらない」のは何故なのだろうか。

以下私自身が普段から思っているその理由を下に列挙してみることにする。

・ TVで見たり新聞で読んだりしたことがあるような誰もが既に知っている内容の話題が多いので「新鮮さ」がなくてつまらない。

・ ボキャブラリーが貧弱でハッとさせるようなフレッシュな言葉が出てこない。

・ 話にストーリー性がとぼしく組み立てや展開もまずい

・ 自分自身の体験を通してないため話が他人事のように聞こえ客観的で聞くものに共感や感動を与えない。

・ 話し手に話題について自信が持てないのでメリハリに欠け迫力もない

とにかく本を読まなくては
以上5項目のうちでも特に最初の2項目が決定的なマイナス要素だと思っている。

私は人に話すときの言葉の使用には相当気を使ったいる。

なぜなら私自身が人の話に感銘したり感動するのは話し手のボキャブラリーの多様さと新鮮さであるからである。

間違っても陳腐であったり古くて手垢のつきまくっているような表現は避けなければならないと常日頃から思っている。

したがって私はスピーチに当たっては次のことを実行するようにしている。

人前で話すときの心得5か条

・ じゅうぶん相手をひきつけて話し始める

・ 気合を込め、迫力と抑揚のきいた話し方をする

・ 話題は新鮮で魅力的なものを選ぶ

・ ボキャブラリーに気をつけ、古くさい手垢のついたような表現は聞き手を惹きつけないと心得る

・ 笑顔でゆっくりと自信をもって話す

私は常日頃から、人の話というのには金を払ってでも聞きたいものと、金を貰っても聞きたくないものの二種類があると思っている。

どうせ人前で話すなら人を惹きつけるおもしろい話をしなければ話す価値はなく、話し手、聞き手両者にとって時間の無駄でしかないのだ。

したがって私自身としては今後も人前でおもしろい話ができるように本だけは読み続けていこうと思っている。

2011年2月5日土曜日

なぜ日本人はアメリカが最も好きで・台湾人は日本がいちばん好きなのか?

統計によれば日本人の好きな国ははアメリカが一番で次がイギリス、そして3番目がスイスとなっている。

では何故アメリカが一番好きなのだろうか。

これは心情的に考えてみれば非常に不思議な
ことである。

なぜならアメリカは太平洋戦争下で唯一日本だけに原爆投下というひどい仕打ちをした国であるからである。

にもかかわらずその国を憎みもせず、ましてやビラブド(最愛の)国としてあげる心情は他の国の人々から考えるととても不思議なことで理解できないのではないだろうか。

でも好き嫌いの情は理屈ではない。

なぜだと言われても好きなものは好きなのである。

それは人に対してであっても物に対してでも同じである。

それについていちいち明確な理由などあげることはできないのである。

でも私個人としてはアメリカを好きな理由はそれなりに挙げることはできると思う。

それは以下のようなものである。

アメリカが好きな理由
・ 開拓者魂にあふれていて勇気がある
・ 正義の為には犠牲をいとわない
・ どんなときでもユーモア精神を忘れない
・ 知性がある
・ 相手を助ける優しさを持っている
・ Yes,Noがはっきりしていて妥協を許さない

等などである。

ではそのアメリカ側は世界の国のうちどの国が好きなのだろうか。

そのランキングを次に挙げてみる。

これで見るとアメリカ人のほうもけっこう日本が好きなのである。

しかも現在は4位だが過去には1位であった時もあるのだという。

まさに相思相愛というところだろうか。

他に日本を好きな国はどこだろうか。

これについてネットで調べてみると、驚くべきか、実に喜ばしい事実に接したのである。

何と「台湾人」は世界中で日本がいちばん好きだというのである。

それも実に52%もの多くの人が日本を挙げており、2位の米国の8%を大きく引き離しているではないか。

これは喜ばしい反面大いに驚かされる事実でもある。

 世界の国でにそんなに日本を好きな国があったなんて。

以下そのことを紹介するインターネットの記事を載せてみる。

2010年03月23日

「台湾人の好きな国」 1位 日本…52%

台湾住民の5割が日本を「最も好きな国」としていることが、日本の対台湾窓口、
交流協会台北事務所の世論調査で分かった。

植民地統治下で日本語を学んだ世代に加え、日本の大衆文化を愛する「哈日族(ハーリーズー)」
(日本大好き族)と呼ばれる若者が多い台湾の「世界一」とも言われる親日ぶりが裏付けられた。

調査は「台湾における対日世論調査」の題目で、昨年12月から今年1月まで、
20〜80歳までの男女約1000人を対象に実施され、日本への印象や日台関係などについて聞いた。

この中で「最も好きな国」として日本を挙げた人は52%で、2位米国の8%を大きく引き離した。3位は中国で5%だった。

一方、「最も親しくすべき国」は中国が最も多く33%。中台関係が急速に発展する中、
経済パートナーとしての中国を重視する姿が浮き彫りになった。日本と回答した人は31%で、2位だった。
                   (2010年3月23日19時11分 読売新聞)

台湾に行きたいわん!

この台湾ほどではなくてもインドも日本を大好きな国として常時1位から3位の上位にあげているのだ。

中国や韓国にはあまり好かれていないようだが、上にあげた3国のような国もあるのだから、何だか嬉しくなり、また日本人として勇気もわいてくるような気がする。

ありがとう。台湾とインド、そしてアメリカの皆様

2011年2月4日金曜日

「フィッシュストリー」はおもしろい・The Fish Story is interesting.


最近「フィッシュストーリー」という映画がが人気になっているという。

「フィッシュストーリー」とはいったいどういう意味があるのだろうか。

字のとおりの「魚の物語」ということではどうもなさそうである。

そこで英和辞典を引いてみると「Fish Story」とは「ほら話」(釣師の手柄話)とある。

また、同義語には「tall talks」(大口)があると出ている。

さらにインターネットサイトを調べてみると以下のようなことも出ている。

「fish story」
ほら話、おおげさな話、つくり話。釣り師が自分のフィッシングを実際より誇張して言いがちなところが語源らしい。

ロシアには、「釣りの話をするときは両手を縛っておけ」という諺があるそうです。両手を自由にさせておくと、両手を広げて示す魚のサイズがどんどん大きくなってしまうからだ、そうです。

「大きさを示す手の幅がだんだん広がってくる」

何だかおもしろいですね。

ではいったいこのフィッシュストリーの語源はどんなふうに出ているのでしょうか。

それについて探ってみると、


fish story
出典:『Wiktionary』 (2009/07/26 07:21 UTC 版)
語源
From the tendency of fishermen to exaggerate the size of their catch

というふうになっていた。

つまり「釣師」というのはとかく自分の釣り上げた魚についてはそのサイズを誇張して言う傾向があり、そのことが発展して「fish story」がほら話の代名詞として使われるようになったというのである。

ではそのフィッシュストーリーの話のうち傑作と思われるものを一つご紹介することにしよう。

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友人のジョージとある村の宿屋で、談話室に入り腰をおろすとそこでパイプタバコを吸っていた老人と自然に会話が始まった。

しばらくして会話が途切れ、私たちがぼんやりと部屋の中を見渡していると暖炉の上の方に取り付けてある剥製の「鱒」の入ったガラスのケースが目についた。

すると老人は私たちの視線を追っかけて、「ああ、あれだね。ちょっとした奴だろう」と言った。
ジョージが重さを聞くと「18ポンド6オンスさ。釣ったのは16年前のことさ。



川に大きな鱒がいると言うんで、じゃあこのわしが捕まえてやろうと思って出かけていって捕まえたのさ。今じゃあまり見ることのない大きさだだね」

そういい終わると老人は去っていった。
老人がいなくなって私たちだけになっても、見れば見るほど見事なその魚にしばらくの間見とれてい
た。
そのとき、ちょっと一杯やりに宿屋へ立ち寄った地元で配達の仕事をしている男がビールジョッキを

手にドアのところまでやってくると私た私たちににつられて魚を見た。

「たいした大きさだね」とジョージが話しかけると、男はビールを口にやってから言った。

「もちろんさ。でも捕まえたときのことは知らないだろう。俺がこの鱒を釣ったのはかれこれ5年ほど前のことでな」と言うのである。

「えっ、じゃあ釣ったのはあんたかい」と私が聞くと

「そうだとも、あの金曜の午後、開門のすぐ下流のところでな。しかも針で釣ったんだよ。26ポンドあったな」

そして5分後にまた別の男がやってきた。

しばらく男は何も話さなかったが、ついジョージが男にかまをかけて「どうやってあの鱒を捕まえたのか話してくれないか」と語りかけた。

(ここでもう私とジョージは地元の連中がその鱒の手柄話を勝手にでっち上げて楽しんでいるらしいと察していたのである)

男は「なんだって、いったい誰がこの俺が釣ったと言ったんだ」と聞き返したが、「いや直感でそうじゃないかと思ったんだ」と答えると「そうだよ。まさに俺が釣ったんだよ」と大いに話に乗ってきた。

男はさらに話を続けて、「釣り上げるのに30分もかかってな、おまけに竿も折られた。家に帰って目方をはかると34ポンドあった」と語った。

(もうここまでくると一種のゲームのようなものだ。みなが暗黙の内に承知しあってやっているのだ)

彼が去ると宿屋の主人が部屋に入ってきた。

連中の話をすると主人は非情におもしろがり、3人は声をあげて大笑いした。

その後主人は客に呼ばれて出て行った。

再びじっと鱒を見たが、見るほどにすばらしいものだった。ジョージが興奮して椅子の背の部分に立ち上がってよく見ようとすると椅子が滑って大きく動きあわててしがみついた鱒のケースが凄まじい音を立てて床に落ちてしまった。

私はビックリして駆け寄りながら「魚は大丈夫だろうな」とあわてて叫んだ。「大丈夫だと思うよ」ジョージはそう言ってまわりを見たが、決して大丈夫ではなかったのだ。

鱒はケースとともに粉々にくだけてしまい、私たちは一瞬、「剥製の魚」が粉々にくだけるとはなんとも不可解だと思った。

しかし実は不思議でもなんでもなかったのである。

その鱒は「石こう」製であったのだ。

Written by Jerome K Jerome(1859〜1927)
高校英語「New Crystal  ⅡB」より

2011年2月3日木曜日

「一ヶ月一万円生活」というTV番組が大人気・いま「節約生活」はトレンドなのだろうのか?

テレビで「一ヶ月一万円生活」という超節約食生活体験を紹介する番組がロングランを続けており、いつも安定した視聴率をあげているようである。

私も数回見たことがある。

そうした節約生活の反面、レストランで2000円以上もするような高級ランチをごく普通の女性が気軽に注文しているという現実もある。

またこうした食物資のあふれた時代にもかかわらず、ごく最近、大阪府豊中市では60代の姉妹が餓死しているのが死後数ヶ月 後に発見されるという悲惨な出来事もあった。

このようにいま食生活をめぐる世間の様相は混沌としていて一様ではない。

しかしながらお金のあるなしに関わらず世の中は少しずつ節約方向に流れてきているのは事実であるようだ。

冒頭に挙げたTV番組にしてもそうした生活を支持する人が多いからこそ高視聴率でロングランを続けるのではないだろうか。

反面「高級ランチ」の売れ行きがいいというのは、いま年金受給者を中心に比較的豊かな高齢者が多く、普段は質素な生活が身についているそうした人たちも、たまに家事から解放されたいと願いもあって、時々友人たちと連れ立って息抜きにささやかな「贅沢」を味わっているに過ぎないのではないだろうか。

それを表すように私がいつもの土日に図書館へ行くとき側を通るこの町でも比較的大きな部類に入る和食レストランがあるのだが、外から窓越しに中の様子を伺ってみると、いつも客の6〜7割ぐらいは高齢者でなのである。

特に女性客グループが多いようである。

したがって高級ランチが流行っている原因は暇があり少しだけ豊かになった高齢者が多くなったからではないだろうか。

ちなみにその店のランチは2000円前後である。
まあそれはそれでいいとしよう。

話しは変わるが高度急成長が終わった頃から日本のサラリーマンの給料はそれまでは年々10%前後も上がっていたというのに、昇給がぴたりと止まり、もう20年ぐらいその額に大きな変動はなく、むしろ多少なりとも下がっているところさえあるのが少なくないというのが現状である。

食費1ヶ月1万円?
ただ物価が安定しており、それに家族の一員に比較的豊かな高齢者が含まれていたりして、雰囲気的には生活に困窮している様子はまったく伺えない。

でも、急成長時代に比べると、皆生活は堅実になっており、むやみに物を買わなくなっているのではなかろうか、

それに一家の主人が以前のように小遣いを使わなくなり、休日の過ごし方にしてもなるべくお金のかからないレジャーを楽しむ方向へと変わってきているのではないだろうか。

こうした物を買わなかったりレジャーにお金をかけなくなっている今のトレンドが不景気に輪をかけているという説もある。

でもこれが「成熟社会の姿」なのではないだろうか。

かつてのわが国のようにいま急成長期にある中国などと比べて今の日本の消費生活スタイルが違うのは当然なことであるのではなかろうか。

余談になるが3年ほど前になるが私が勤めていた会社で、あるパートタイムの若い既婚女性であるが給料日の昼休みには必ず銀行に両替に行って封筒に数十個の500円硬貨を詰めて持ち帰ってくる人がいた。

「それいったいどうするの?」と興味半分に聞いてみると、これ主人のお小遣いなの、一日ひとつづつこれをあげるの、お小遣いは一ヶ月15000円だけど一度に渡すとすぐ全部使ってしまうから500円硬貨30枚に換えてきたの」と答えるのである。

それを聞いた私は「若いのになかなか堅実でしっかりしているな」とおおいに感心したものだ。

総じて言えば給料がドンドン上がっていく高度急成長のような時代はもう2度と望めない。

でも物価の安定した今はそれほどの食費をかけなくてもそこそこの生活は可能である。

それに国としても財政赤字を増やしてまで経済成長ばかり追わなくてもいいのだし、借金を作らない節約生活こそがむしろ国をリードする生活パターンだとも言え、小資源国に住む私たち日本人の今後の生活スタイルではないのだろうか。