2014年6月11日水曜日

T.Ohhira エンタメワールド(第7回)・小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その7)


マンハッタン西97丁目 第1章「眠られぬ夜」(その7)

それから二週間かかって論文を完成させた。テーマは指定された二つのものから「ホテルマンと国際感覚」のほうを選び、もうひとつの「外国人から何を学ぶか?」のほうはテーマが大きすぎる気がして、絞りきれないと感じたので敬遠した。400字詰原稿用紙20枚の量である。

最初の一週間で書き上げ、次の一週間で推敲を重ねた。完成したものを何度も読み返してみたが、我ながら力作だと思い、ひとまず安心した。

締め切りまでまだ大分日数が残っていたが、善は急げ!とばかり、完成した翌日にはもう部長の山下に提出していた。

それからは、さあ、あとは野となれ山となれ。というような随分サバサバとした気持になり、今度の休みの日には秘書の木内さんを映画にでも誘ってみようと、これまでにはない大胆なことを考えていた。

 
 修一の人生の上に大きな歴史を作ったその日は、真夏のわりには例年になく涼しい八月初旬に訪れた。その日、まるで出社を待ち構えていたように木内さんから電話があった。

 「おはようございます。山下部長がお呼びですので九時四十五分頃こちらへお越しください」澄んだ理知的な声が受話器の奥から響いた。心なしか声の調子が以前より親しく感じる。木内さんは、七月の初めの日曜日、思い切って申し込んだ映画への誘いに、躊躇しながらも応じてくれたのだった。 映画を見た後食事をして、結局その日は彼女と四時間も一緒に過ごしたのだ。

 用件を聞き終え受話器を置いたとき、―これはひょっとして、という思いがひらめき、急に胸が高鳴るのを覚えた。

 発表は八月の中旬と聞いていた。でも今日はまだ三日、少し早すぎるのではないか? もしかして提出した論文が駄目だったのかも? そのための早めの通知なのかもしれない。そんな不吉な思いも一瞬頭をよぎった。

 九時四十五分まであと二十分ある。どうもソワソワして落ち着かなかったので、課長の泉にことわって少し早めに席を立ち、自動販売機のジュースを飲んだ。それから洗面所へ行き、、ネクタイをキリリと結びなおし、大きく深呼吸をしてから部長室へと向かった。

 部屋へ入って顔を合わせた時の山下部長の満面の笑顔を見て、修一はすべてを理解した。

 やった!ついにやったのだ! 頭のてっぺんから足のつま先までしびれるような戦慄が一気に駆け抜けた。

 山下は修一のほうへ手を差し伸べて「大野君、おめでとう。内定したよ」 入ってきたときの笑顔のまま、山下は修一に向かってそう言った。

 差し出された手を握り、「ありがとうございました」と言おうとしたが、感激でそれは声にならなかった、かたわらでは木内さんがこちらに向かって微笑みながら立っている。きっと彼女も心から喜んでくれているに違いない。修一はそう確信した。

 内定通知のこの日より一週間後の八月十日、七階の社長室において、六人の全役員立会いのもとに、社長の木谷によって正式な辞令が手渡された。こうして修一は晴れてニューヨークのホテルエールトンへの派遣第一期生に選ばれたのである。 

 
 山下部長や秘書の木内さん、その他職場の多くの人々の見送りを受けて、成田空港を発ったのは、秋も深まった十月の終りであった。


(つづく)次回6月14日(土)


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2014年6月8日日曜日

T.Ohhira エンタメワールドワールド(第6回)・小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その6)




マンハッタン西97丁目 第1章「眠られぬ夜」(その6)
 
 修一に入社以来五回目の転属辞令が下りたのは、ニュースが発表されてから三ヶ月後のことであった。

〈右の者、四月一日をもって接客課フロントオフィス勤務を命ずる〉

人事部長小谷発信のこの転属辞令を手渡されたときは、やっと待望の職場へつけたと、何にも増して嬉しかった。後で思えばたわいないが、そのころの修一にとってフロントオフィス勤務は長年の夢であったのだ。

学生時代はことのほか英語が好きで、ただそれだけの理由でホテルマンになったと言っても過言ではなく、その英語をもっと練磨するためにも外国人とより多く接する部署に行かなければならない。
それにはなんと言ってもフロントオフィスが一番である。

それに客室係のように目立たない、いわば裏方の仕事と違って、そこには華やかさとスマートさがある。その頃の修一はそうしたことへの憧れを強くもっていた。

 
 新しい部署の仕事にも次第に慣れてきたそれから二ヶ月ほど後のある日のこと、突然、直属の上司である山下部長に呼ばれた。山下輝彦は全社五名の部長のうち最若手である。

 この年四十一歳で二年前に修一が入社した年に、都内のあるホテルからスカウトされてやって来た人である。語学がすこぶる堪能な辣腕家で、近い将来きっとこのオーシマホテルを背負って立つ人だと周囲で噂されていた。

だからといって、こうした出世コースを歩む人によくありがちなある種の冷酷さはなく、退社後を過ごす居酒屋と休日に読む本とをこよなく愛する部下思いの人間味あふれた人物である。

 来た当時はまだ課長であった山下だが、そのわずか二年後には次長の小坂を追い抜いて一気に部長へと昇格したのである。外資系ホテル出身のせいか、彼の外国人客獲得に対する熱意には並々ならぬものがあった。競合する都内のどのホテルよりも外国人宿泊客が高くなければ我慢できない様子であり、またその宿泊率高めることこそ自分に与えられた使命だと思っているふしがあった。

彼は日頃から〈ホテルのステータスは外国人客数の宿泊率で決まる〉という持論を持っていた。そのおかげもあって、このところオーシマホテルの外国人宿泊率は群を抜いて高くなってきた。

 そんな山下を目の当たりにして、この人こそ、自分目標にする人物であると、修一は日頃から深い尊敬の念を抱いていた。

一階のロビーの東隅にある部長室をノックして中に入ったとき、いつもはドアのすぐ右手の席で英文タイプを打っている秘書の木内さんの姿が見えなかった。修一との話のため、山下部長があえて席を外させたのであろうか。

 この部長室には月に二~三度しか来ることがない。できることなら社内で美人の誉れ高い木内さんの清楚な顔が見たいと思っていたが、居ないとわかって軽い落胆を覚えた。でもそんな胸の内を山下部長に見破られないようにと、平静を装って部長の方へと進んでいった。

業務日誌に目を通していた山下は、修一が入って行き、深々とお辞儀すると、「やー大野君」とにこやかに手を上げて応えてくれ、すぐ側のソファに座るようにと促した。

「どうだい。フロントオフィスの仕事にはもう慣れたかい?」
 この一ヶ月ぐらいの間に彼からもう三~四度受けている質問である。 「はい。おかげ様でなんとか」修一は丁寧にこたえた。

 それは決して儀礼的な返事ではなく、修一自身も、このごろすっかりフロントオフィスの仕事にも慣れてきた。と自らも思っていたのだ。

少し間をおいた後、「実は君にとってもとてもいい話だと思うんだが」と切り出した山下の話を聞いて、修は一瞬、まさか!と思った。そして話を聞き続けていくうちにこの〈まさか〉という気持は、思わずその場で飛び上がりたいほどの喜びとなって胸を包んだ。

修一が「第一期米国派遣研修生」の三名の候補者一人に選ばれたというのだ。
客室係の頃はまるで他人事のように思っていたことだが、タイミングよくフロントオフィスへ転属したことで、あるいは、という淡い期待も抱いていたのだ。

でも、この部署だけでも約50名の男性社員がおり、その中には有名大学出身で将来を嘱望されている人物もかなり含まれていた。やはり自分が選ばれる可能性は少ないだろう。そう思っていた矢先のこの知らせである。これが喜ばずにいられようか。選ばれた三名の候補者は、この日から数えて四十日後の七月十五日までに、定められたテーマによる論文を提出し、その優劣により最終的に派遣研修生一名が選ばれるというのだ。

この思いも及ばない吉報に接した修一は、嬉しくてワクワクするする胸をかろうじて抑えながら気になるあと二名の候補者の名前を山下に尋ねた。

そのうちの一人は二年先輩で、多くの一流ホテルマンを輩出している関西の名門私大出身の三木という男であった。彼は入社時より、企画課とか広報課だとかの、いわば会社のブレーンともいうべき部署を歩んできている文句なしのエリート社員である。

その彼は、なんとフロントオフィスのすぐ隣にあって、いつも課員同士が顔をあわせる客室予約課で働いているではないか。なんともやりにくいことになったものだ。一瞬そうは思ったが、関心はすぐ別のもう一人の候補者の方へ移っていった。もう一人はベバリッジ部門の係長、町田であった。

ベバリッジというのは、ホテルで扱う飲料のすべてを取り仕切るセクションであるが、修一はこの町田という男についてほとんど知らなかった。

ホテルの職場は大きく分けると宿泊部と料飲部とになるが、入社以来一貫して宿泊畑を歩んできた修一にとって、料飲部に属するベバリッジ部門は仕事に関連性がないということもあって、全社合同会議などでもこの町田という男と一緒になったことは過去一度もなかった。

係長だから、年齢は三〇を超えているはずで、修一や三木よりかなり歳上である。時々社員食堂などで見かけることはあるが、これまでまだ一度も口をきいたことがない。一メートル七十二センチの修一よりはるかに背が高く、しかも端整な顔立ちをした中々の好男子である。まだ独身ということもあって、女子社員の間では評判が高いのだ、といつか部長秘書の木内さんから聞いたことがある。

「でも私はああいうタイプ好きじゃない」木内さんの最後にいったこのセリフを聞いて、なぜかそれまで以上に彼女のことを好ましく思うようになっていた。

まだその段階では三名の候補者の中の一人に過ぎず、選ばれる確率は三分の一なのだが、最終選考が論文だと聞き、修一は意を強くした。本を読むことが大好きで、そのせいか文章を書くことも嫌いではなかった。

あれはまだ大学生の時だった。ある大手出版社の催した論文コンクールで応募した作品が見事佳作に選ばれたのだ。そのときのタイトルは「日本のサービス業とノーチップ制について」というものであった。

その時出版社の社長名の入った賞状と賞金五万円を貰ったのだ。今回の論文がもし英作文とでもなるとエリートの三木あたりにはかなわないかもしれないが、日本語によるものだとすれば話は別だ。 こちらにもじゅうぶん勝算あり。
そんなふうに思いながら修一は次第に大きく胸をふくらませていった。


(つづく)次回予定6月11日(水)


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2014年6月7日土曜日

T.Ohhira エンタメワールド(第5回)・小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その5)



マンハッタン西97丁目 第1章「眠られぬ夜」(その5)
 
 大野修一はこの年二十四歳、二年前東京六大学のひとつ、R大の観光学科を卒業して、ホテル業界では名門の赤坂にあるオーシマホテルへ入社した。

ホテルマンの修行はまずボーイから、こんなこの業界の不文律から、修一とても例外ではなく、最初に与えられた職種は主に客を部屋に案内したりするベルボーイ(ページボーイともいう)であった。

 その後は四~五ヶ月おきにドアボーイ、ルームサービス係、客室係と転属させられ、一年半たってようやく当初希望したフロントオフィス勤務となったのだ。

 同期の他の社員と比べて、なぜか修一の配置転換は倍ぐらい多かった。でもこれに対しては別段不服にも思っていなかった。 何故ならこのホテルには配置転換の多い社員ほど出世が早いという伝統があると聞いていて、多少の煩わしさはともかく、転属の辞令が出るたびに不服どころか、内心シメシメとほくそ笑んだものだ。


 オーシマホテルがニューヨークのホテルエールトンとの間に社員交換研修システムの契約を結んだのは、社長の木谷が渡米した一年前のことであった。契約の内容はオーシマホテルから毎年一名の研修生を送り、カールトンからは料理のシェフを招くというものである。

 この時まだ客室係をしていた修一は、このニュースを社内報で知り、すごく感激したものだ。しかし、次の瞬間には、何か自分には関係ないことのようにも思えた。

 何故ならこのオーシマホテルには1000名近い社員がおり、400名の女子社員はとりあえず除くとしても、男性社員だけで600名もいるのだ。この中から毎年一名だから十年でも十名でしかない。

 接客に関係のない裏方部門の社員約200名を除くとしても、派遣研修生として選ばれる確率はなんと四百分の一なのである。修一は転属が多いことで上司の覚えはめでたい方だと、日頃から自負しているものの、なにぶん確率が確率だけに研修生として選ばれる自信などまったくなかった。

 それに所属しているセクションがフロアに詰める客室係であり、地味でなんとなく目立たない。ホテルでよく目立つ華やかなセクションといえば、最も多く客に接するフロントオフィスであるとか、各種のパーティを取り仕切る宴会関係の職場であり、当面の候補者は多分その辺から出るに違いない。そう思いながら修一はフウッと、ため息をついていた。


(つづく) 次回予定6月8日(日)


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2014年6月4日水曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈1》(第4回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その4)



NY 7番街
マンハッタン西97丁目  第1章「眠られぬ夜」(その4)


 修一の職場は7番街33丁目の、かの有名なマジソンスクウェアーガーデンのすぐ前にある。

 七番街に面したその建物は、高さもさることながら、敷地面積が広く、見る人にはいかにもドッシリとした印象を与えるが、年月を経た建物は全体がうす黒く煤けており、改装を重ねたその内部はともかく、外見からは、おおかたの都市ホテルが持つ華やかさというものは伺えない。

 28階建て、総客室数1900。規模ではここニューヨークでも5指に入るホテルエールトン、これが修一の職場である。

 ここへ来るのにいつも地下鉄を利用している。エセルのアパートからわずか一ブロック下った96丁目で、通称「セブンスアベニューエキスプレス」というIRK系統と呼ばれる線に乗ればよいのだ。

かねてより多くの人からニューヨークの地下鉄については様々な悪評を聞いていた。 いろいろあったが、その最たるものは、ホームや車内でやたらと犯罪が多いということである。特に黒人居住区ハーレムに直結しているこの「セブンスアベニューエキスプレス」が最も危険な路線であるとも聞いていた。

そんな予備知識のせいで、最初これに乗車する時はずいぶん不安を感じたものだ。でも、怖いもの見たさと言おうか、好奇心はそれにも増して強かった。ニューヨークの地下鉄を一言で言い表すとすれば、それは〈暗い〉ということに尽きる。この暗さが多くの犯罪を生み出す第一の温床になるのではないだろうか。

それなら照明を増やして明るくすればいいではないかとも思うが、照明もさることながら、全体的な雰囲気とかムードが暗いのであって、ただ明るくすればすむ問題でもないだろう。まあ、この問題は、いつかまたチャーリーとでも話し合ってみるとしよう。


 ガーガーとすさまじい音をたてて突っ走るその地下鉄のつり革に摑まって修一はそんなことをしきりに自問自答していた。

 電車はローカルとエキスプレスの二種類ある。ローカルというのは各駅停車、もうひとつのエキスプレスはローカルの約3分の1の駅でしか停車しない急行列車だ。

 
 職場のホテルエールトンは急行の止まる「ペンステーション」の駅からわずか2ブロックのところにある。だから、96丁目で乗車して、二つ目の72丁目で急行に乗りかえればいいものを、何故だかそのまま時間のかかるローカルに乗ったままであった。

その頃の修一にとっては、わずか20分そこら早く着くより、各駅停車のローカルに乗って、駅の様子とか乗客だとかをゆっくり観察することのほうへ余計に興味があったのだ。

 96丁目から目的地「ペンステーション」までは、このローカルで35分かかる。いつも3時15分ごろ駅に降り、それからゆっくり職場へ歩いて行く。ホテルエールトンの社員用ロッカールームへ入るのは3時半少し前になる。二部勤務制の遅出勤務は午後4時にスタートするのだ。


(続く) 次回予定6月7日(土)


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2014年6月3日火曜日

4年ぶりに姿を見せた姫路城 ・ 純白にリニューアルされた天守閣が目にまぶしい

4年ぶりに目にする ・ 純白にリニューアルされた姫路城天守閣


我が街が世界に誇る国宝「姫路城が」が約4年ぶりに姿を現しました。

2009年より“平成の大修理”のためすっぽりと囲いに覆われていましたが、5月の終わりになった頃、ようやく囲いが取り払われて再び優美な姿を現したのです。

久しぶりに見るせいか、色の白さが目に染みます。もちろん白壁は全部塗り直されたのですから、当然かもしれませんが、以前よりは少し白くなっているように感じます。

ネットなどには、少し白すぎるのではないかと、いう意見もあるようですが、はたしてどうなのでしょうか。

改修前には汚れて黒っぽく見えていた部分が、きれいに塗り直されて新しい姿に戻ったのですから、これが本来の姫路城の色に違いありません。

ちなみに、漆喰壁の塗替えを担当している株式会社山脇組はホームページによりますと

「大天守と小天守を渡り櫓で結ばれた連立式天守閣と、白漆喰総塗籠造の白壁に至るまで、壁は白漆喰に統一されています。

さらに屋根目地にも白漆喰を施す事で、その均整の取れた美しさが再現されています。

これが別名『白鷺城』とも呼ばれる所以ではないでしょうか」。

というふうに説明されています。

壁だけでなく屋根目地にも白漆喰が施されていることが、全体的に“白い”との印象を強くしているのではないでしょうか。

なお、大天守すべてが顔を出すのは今年夏頃の予定で、工事がすべて終了して一般公開が始まるのは2015年3月27日からとなっています。


(注)写真は読売新聞電子版より 2014年6月3日

2014年6月2日月曜日

東京行き夜行バス・圧倒的に女性客が多いのはなぜだろう



東京行き夜行バスは7対3で女性客の方が圧倒的に多い

私の自宅マンションは駅の近くにあるせいか、すぐ前に夜行バス乗場があります。そこから毎晩2便の東京行き深夜バスが発車しています。

発車時間は早い便が21時40分で、遅い便が23時40分です。

ではこれら2つの便でどちらが乗客が多いかと言えば、曜日によっては若干異なることはありますが、たいていは早い便のほうが2~3割多いようです。

それに注目すべきは点は他にもあります。それは2便とも男性客より女性客の方が圧倒的に多いことです。

週に1~2度はベランダから観察しているのですが、いつ見ても女性の方が多いのです。

どれくらい多いかと言いますと、日によって
多少の違いがありますが、だいたい女性70%に対して男性30%ぐらいではないでしょうか。

何かにも書いていましが、一般的に夜行バスの乗客は圧倒的に女性客の方が男性客より多いそうです。

でも夜行バスは深夜に発車するものですから、どちらかと言えば男性客のほうが多いのでは、と大方の人は思っているのではないでしょうか。

なぜなら女性は安全性を考えて、夜遅くは外に出ないのでは、という先入観があるからです。

でも夜行バスに限ってはそうでもないのです。いったいこれはなぜなのでしょうか。

こう聞かれて、すぐ理由を挙げられる人がいるでしょうか。たぶん多くの人が、ウーンと考え込むのではないでしょうか。

ある調査によりますと、夜行バスに女性客が多いのは次の2つの理由からだそうです。

<理由・1>深夜に出発して、睡眠をとりながら翌朝目的地に着くので、時間が有効に利用できる。

<理由・2>遊びや買物に行くために利用することが多いので、交通費はなるべく倹約する。

まあこう聞くと、もっともらしくは思えますが納得するには不十分です。

この他にも何か理由があるのではないでしょうか。ご存知の方は教えてください。

2014年6月1日日曜日

T.Ohhira エンタメワールド(第3回)・小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その3)



マンハッタン西97丁目第1章「眠られぬ夜」(その3)


このところの修一の朝は遅い。ともすれば昼過ぎまでベッドの中へいることもある。仕事で夜が遅いので、ある程度は仕方ないとしても、なんとかもう少し早く起きなければと、自分ながら思っていた。

 昼前に外へ出て、いつものようにコロンブス街の角にあるチャーリーのカフェへ行った。この二週間位は二日とあけず通っているので店主のチャーリーもすっかり打ち解けてきた。

この店に初めてきた日、チャーリーは修一に向かって「アーユー ア チャイニーズ?」と聞いた。なんでこの僕がチャイニーズなんだと、少し不機嫌な表情で「ノー アイアム ア ジャパニーズ」と、やや語気を荒げて応えた。

そんな修一を見て、なぜこんなことぐらいでムキになるのだろう?とでも言うふうに、チャーリーはポカンとした顔で立っていた。

 しばらくして修一自身もそんな応え方しかできなかったことに対して、何か照れくささを感じた。考えてみれば、我々日本人だって、西洋人を見ただけで、その国籍までわからないではないか。それも特に、アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人の三者を外見から判別するのは至難のわざだ。それと同じように西洋人にとっても東洋人、特に日本人、中国人、韓国人を判別するのは、また困難なことなのに違いない。

そう考えていると、なにかチャーリーに対して悪いことでもしたような気がして、お詫びのつもりで、欲しくもないチェリーパイを追加で注文したりした。そしてこれからもできるだけこの店へ来るようにしよう、とそのとき心に決めていた。

 
 昼を少しまわったころ、カフェを出て、来た道をエセルのアパートの方へ戻っていった。でもアパートは通り過ぎて、やや下り勾配のストリートをハドソン川のほうへ向かってなおも歩いて行った。

 マンハッタンで最も西側のアベニューであるウエストエンドの交叉点を渡ると正面に急角度の階段があって、それを20段ほど下りると公園の入り口がある。そこはリバーサイドパークといってハドソン川とウエストエンドアベニューに挟まれた延々数十ブロックにも及ぶ大公園なのである。

 修一は朝夕となくこの公園を散策するのが好きだった。こちらへ来て間もないころ、一日がかりでマンハッタンの街を歩いたことがある。そのとき驚いたことは、天を突くように聳え立っている高層ビルの数もさることながら、この街にある公園の多さと広さである。

歩いても歩いても尽きることのないセントラルパークは別格として、街のいたるところ広くて緑豊かな公園がある。


 ニューヨークといえば、ともすれば人種のるつぼとか、摩天楼とかだけが前面に出てくるが、それにも増してPRされてもよいのが、この公園の数と大きさではないだろうか。その頃の修一はこの街についてそんなふうに思っていた。

 公園に沿ってハドソン川が流れている。水量が多くて、いかにもゆったりとした流れである。この川を一日何回かのマンハッタン島1周の遊覧船が通る。周囲を海と川に囲まれたマンハッタンは、この船に乗るとうまく一周できるようになっているのだ。 

 いったい船から見るマンハッタンはどんなものだろう? きっとすばらしいに違いない。前々から一度この船に乗ってみようと思いつつ、まだ果たしていない。早く乗ってみたい! 来るべきその時のことを想い、修一の胸は弾んだ。

 川の対岸にはニュージャージーの街並みが広がっている。高層ビルのマンハッタンに比べると低い建物が多く緑も豊かで、いかにも閑静な住宅地であることがこちら側からも伺えた。

 チャーリーの話では、このところ犯罪の多いニューヨークから、このニュージャージーへ移り住む人が多いそうだ。そのことをニューヨーク市長は大変残念がり、防止するのにやっきになっているとのことである。市長ならずとも、市民なら誰しも残念に思うだろうと、このことに関しては修一とチャーリーの意見は一致していた。

 リバーサイドパークをブラブラしているうちに、気がつくとかれこれ二時ちかくになっていた。

「あれっ、もうこんな時間なのか。そろそれ帰って出勤の支度をしなくちゃ」修一はそう独り言を呟くと、エセルのいるアパートへと戻って行った。


(つづく) 次回予定6月4日(水)


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