修一の職場は7番街33丁目の、かの有名なマジソンスクウェアーガーデンのすぐ前にある。
七番街に面したその建物は、高さもさることながら、敷地面積が広く、見る人にはいかにもドッシリとした印象を与えるが、年月を経た建物は全体がうす黒く煤けており、改装を重ねたその内部はともかく、外見からは、おおかたの都市ホテルが持つ華やかさというものは伺えない。
七番街に面したその建物は、高さもさることながら、敷地面積が広く、見る人にはいかにもドッシリとした印象を与えるが、年月を経た建物は全体がうす黒く煤けており、改装を重ねたその内部はともかく、外見からは、おおかたの都市ホテルが持つ華やかさというものは伺えない。
28階建て、総客室数1900。規模ではここニューヨークでも5指に入るホテルエールトン、これが修一の職場である。
ここへ来るのにいつも地下鉄を利用している。エセルのアパートからわずか一ブロック下った96丁目で、通称「セブンスアベニューエキスプレス」というIRK系統と呼ばれる線に乗ればよいのだ。
かねてより多くの人からニューヨークの地下鉄については様々な悪評を聞いていた。 いろいろあったが、その最たるものは、ホームや車内でやたらと犯罪が多いということである。特に黒人居住区ハーレムに直結しているこの「セブンスアベニューエキスプレス」が最も危険な路線であるとも聞いていた。
そんな予備知識のせいで、最初これに乗車する時はずいぶん不安を感じたものだ。でも、怖いもの見たさと言おうか、好奇心はそれにも増して強かった。ニューヨークの地下鉄を一言で言い表すとすれば、それは〈暗い〉ということに尽きる。この暗さが多くの犯罪を生み出す第一の温床になるのではないだろうか。
それなら照明を増やして明るくすればいいではないかとも思うが、照明もさることながら、全体的な雰囲気とかムードが暗いのであって、ただ明るくすればすむ問題でもないだろう。まあ、この問題は、いつかまたチャーリーとでも話し合ってみるとしよう。
ガーガーとすさまじい音をたてて突っ走るその地下鉄のつり革に摑まって修一はそんなことをしきりに自問自答していた。
電車はローカルとエキスプレスの二種類ある。ローカルというのは各駅停車、もうひとつのエキスプレスはローカルの約3分の1の駅でしか停車しない急行列車だ。
職場のホテルエールトンは急行の止まる「ペンステーション」の駅からわずか2ブロックのところにある。だから、96丁目で乗車して、二つ目の72丁目で急行に乗りかえればいいものを、何故だかそのまま時間のかかるローカルに乗ったままであった。
その頃の修一にとっては、わずか20分そこら早く着くより、各駅停車のローカルに乗って、駅の様子とか乗客だとかをゆっくり観察することのほうへ余計に興味があったのだ。
96丁目から目的地「ペンステーション」までは、このローカルで35分かかる。いつも3時15分ごろ駅に降り、それからゆっくり職場へ歩いて行く。ホテルエールトンの社員用ロッカールームへ入るのは3時半少し前になる。二部勤務制の遅出勤務は午後4時にスタートするのだ。
(続く) 次回予定6月7日(土)
(第1回) 2014年5月28日
(第2回) 2014年5月31日
(第3回) 2014年6月 1日
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