2022年5月15日日曜日

読売だけではない「人生相談」でも見た朝日の実力

 書評「人生の救い」車谷長吉 朝日文庫

車谷長吉はわが町 姫路市出身の作家で、直木賞受賞の「赤目四十八瀧心中未遂」をはじめ、数々の名作を世に出しているが、惜しくも69歳で亡くなった。

慶応大学文学部卒という文学者としては申し分のない毛並みだが、若い頃から放浪癖のある破天荒な性格で、居場所や職業を転々としたせいで作品が世に認められるまでにはかなり月日を要した。

とは言え、認められた後は直木賞を筆頭に、芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞、平林たい子文学賞など数々の文学賞を受賞している。

そんな彼は一時朝日新聞土曜版の「人生相談」回答者を務めたが。その回答内容がユニークで評判になり、後に朝日文庫としてまとめられ「人生の救い」というタイトルで出版された。

ここではその本の中から、名回答ひとつをご紹介する。

 

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「人生の救い」車谷長吉 朝日文庫より

教え子の女生徒が恋しいんです (相談者)男性高校教師 40代 

40代の高校教師。英語を教えて25年になります。自分で言うのも何ですが、学校内で評価され、それなりの管理的立場にもつき、生徒にも人気があります。妻と子供2人に恵まれ、まずまずの人生だと思っています。

でも、5年に1度ぐらい、自分でもコントロールできなくなるほど没入してしまう女子生徒が出現するんです。

今がそうなんです。相手は17歳の高校2年生で、授業中に自然に振る舞おうとすればするほど、その子の顔をちらちら見てしまいます。

その子には下心を見透かされているようでもあり、私を見る表情が色っぽくてびっくりしたりもします。

もちろん、自制心はあるし、家庭も大事なので、自分が何か具体的なな行動に出ることはないという自信はありますが、自宅でもその子のことばかり考え、落ち着きません。

数年前には当時好きだった生徒が、卒業後に他県で水商売をしているといううわさを聞き、ネットで店を探しましたが、結局店は見つかりませんでした。見つけていたら、きっと会いに行っていたでしょう。

教育者としてダメだと思いますが、情動を抑えきれません。どうしたらいいでしょうか。

 

(回答) 恐れずに、仕事も家庭も失ってみたら

私は学校を出ると、東京日本橋の広告代理店に勤めました。が、この会社は安月給だったので、どんなに切り詰めても、1日2食しか飯が喰えませんでした。

北海道・東北への出張を命じられると、旅費の半分は親から送ってもらえと言われました。仕方がないので、高利貸から金を借りて行っていました。生まれてはじめて貧乏を経験しました。2年半で辞めました。

次に勤めたのは総会屋の会社でした。金を大企業から脅し取るのです。高給でしたが、2年半で辞めました。30代の8年間は月給2万円で、料理場の下働きをしていました。この間に人の嫁はんに次々に誘われ、姦通事件を3遍起こし、人生とは何か、金とは何か、ということがよくよく分かりました。

人は普通、自分が人間に生まれたことを取り返しのつかない不幸だとは思うてません。しかし私は不幸なことだと考えています。あなたに場合、まだ人生が始まっていないのです。

世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生したときに始まった、と考えていますが、実はそうではありません。生が破綻したときに、はじめて人生が始まるのです。従って破綻なく一生を終える人は、せっかく人間に生まれてきながら、人生の本当の味わいを知らずに終わってしまいます。気の毒なことです。

あなたは自分の生が破綻することを恐れていらっしゃるのです。破綻して、職業も名誉も家庭も失ったとき、はじめて人間とは何かと言うことが見えるのです。あなたは高校に教師だそうですが、好きになった女生徒と出来てしまえば、それでよいのです。そうすると、はじめて人間の生とは何かということが見え、この世の本当の姿が見えるのです。

せっかく人間に生まれてきながら、人間とは何かということを知らずに、生が終わってしまうのは実に味気ないことです。そういう人間が世の9割です。

私はいま作家としてこの世を生きていますが、人間とは何か、ということが少し分かり掛けたのは、31歳で無一物になったときです。

世の中はみな私のことを阿呆だとあざ笑いました。でも、阿呆ほど気の楽なことはなく、人間とは何か、ということもよく見えるようになりました。

阿呆になることが一番よいのです。あなたは小利口な人です。

 

           出典・人生の救い 車谷長吉 朝日文庫

 

 

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窗体底端

出版社内容情報

新聞連載時より話題沸騰! 〝最後の文士〟にして〝私小説家の鬼〟たる著者が、投稿による身の上相談に答える。妻子ある教師の「教え子の女子高生が恋しい」、主婦の「義父母を看取るのが苦しい」……この問いに著者が突きつける凄絶苛烈な回答とは?

「人生の救い」内容説明

新聞連載時より話題沸騰!“最後の文士”にして“反時代的毒虫”たる著者が、老若男女からの投稿による身の上相談に答える。妻子ある教師の「教え子の女子高生が恋しい」、主婦の「義父母を看取るのが苦しい」…これら切実な問いに著者が突きつける回答とは。

目次

・運、不運で人生が決まるの?(大学4年生22歳)

・車谷先生でも夫婦仲がいいのに(会社員男性50代)

・教え子の女生徒が恋しいんです(男性高校教師40代)

・ケチで、みみっちい夫に幻滅(共稼ぎ主婦37歳)

・人の不幸を望んでしまいます(主婦46歳)

・義父母の同じ自慢話にうんざり(主婦30代)

・40年連れ添った妻の浮気で(無職男性66歳)

・憎しみを癒やしたいのです(主婦40代)

・健康な人に嫉妬してしまいます(女性30代)〔ほか〕


著者等紹介

車谷長吉[クルマタニチョウキツ]
1945年兵庫県生まれ。作家。慶応義塾大学文学部独文科卒業。広告代理店、総会屋下働き、下足番、料理人などを経て作家になる。93年『鹽壷の匙』で芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞、97年『漂流物』で平林たい子文学賞、98年『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞、2001年「武蔵丸」で川端康成文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。 

 出典・紀伊國屋書店

 

 

 

2022年5月11日水曜日

小説にも書いた これが我が身に迫ったクライシスだ(シリーズ1~6)・その2




小説名《編む女》

 

もしや?と思ってポケットを探ってみると 

ない! 昨日もらったばかりのボーナスの袋が・・・                 

 

 

目が覚めた時、女は亮介の脇腹あたりに顔を寄せて眠っていた。

 かわいい女だな。この人。 そう思いながら枕もとにあった腕時計を取って時間を見た。 針は七時十五分をさしていた。

 亮介の体の動きで女も目を覚ました。

 「よく眠れましたか?」 「ええとても」

 寝起きの顔を見られたくないのか、シーツに顔をうずめながら女は答えた。

 「この部屋、窓が無いようですね。もう七時過ぎだというのに、どこからも光が入ってないようですよ」 亮介は顔を持ち上げて辺りを見まわした後、そう言った。

 「あら、もう七時過ぎているんですか。あなた今日お仕事なんでしょう。何時から?」

 「九時です。でもここからだと二~三十分で着きますから」

そう答えながら、今日はタクシーで行ってもいいと考えていた。

それより、さっきからまた中心部に力がみなぎってきて、できることならもう一度女に挑みたいと思っていた。 でも出社の時間のことを考えると、それは無理だと、仕方なく諦めることにした。そのかわり、また女の肩に手をまわし、強く抱きしめると、昨夜以上の深くて長いキスをした。

「ぼく朝風呂って好きなんです。ちょっと入ってきてもいいですか?」

体を離して起き上がりながら女に聞いた。

「ええ、でも時間の方は大丈夫なの?」

「はい。七時半ですから、あと四~五十分くらいは大丈夫です。冷蔵庫のジュースか何か飲みながらでも待っててください」

「ええいいわ」と小さくうなずいた女の甘い声を耳にして、立ち上がってバスルームのほうへ歩いて行った。

栓をいっぱいにひねった蛇口からジャージャーと流れる暑い湯の音を聞きながら、昨夜とは違ったずいぶん落ち着いた気分でバスタブに身を沈めていた。

山岸恵美か、いい名前だなあ。自分より二歳上の二十六歳か。でもそれくらいの差だと、相手として別段おかしくはないだろう。今日はこれで別れるとして、今度はいつ会ってくれるのかなあ。そうだ。次は昼間に会おう。そして京都か奈良かどこか静かな所へ行ってみよう。編物が好きな彼女のこと、きっとそんな所が好きなはずだ。

頭をバスタブのふちに持たせかけて、湯気でかすんだ天上をポカンと見上げながら、そんな空想をめぐらせていた。 

ドアの向こう側から、カチャカチャという音が微かに聞こえた。

 あの人着替えでもしているのかなあ。それともお化粧だろうか。夜と違って明るい日の下で見る彼女の姿は一体どうなんだろう。きっとすてきだろうな。

昨夜よりやや念入りに体を洗って、もう一度さっと湯につかった後、バスタオルを腰に巻いて浴室を出た。

「ああさっぱりした。朝風呂ってほんとに気持ちがいいですよ」

 亮介はそう言いながらソファーの方を振り向いた。でも女はそこにはいなかった。

寝室の隅に小さな鏡台があったな。多分そこでお化粧でもしてるんだろう。そう思って、このままちょっと覗いてみようかと思ったが、とりあえずパンツをはきシャツだけを着ると、そちらの方へ行ってみた。浴室へ行くとき開けた障子は閉まっており、中からはなんの音も聞こえてこない。

「ここへいるんですか? ちょっと開けますよ」そう声をかけながら肩幅くらい障子を開けると、首まで顔を入れて中を覗いて見た。乱れた夜具横の鏡台の前にも女の姿は無かった。ここにもいない。とすると残るのはトイレか。そうだ。トイレにいるんだ。さっき声をかけた時、返事が無かったのはそのせいだ。あの中からだと、男だって少し返事がしにくいんだし、まして若い女性だと余計だろう。そう思ってネクタイを結びながらソファーに腰を下ろすと、なにげなく辺りを見まわした。

昨夜ここへ来たときからずっとテーブルの上に置いてあった少し大きめの女のバッグも無かった。  あのバッグ、どこかへ置きかえたのだろうか。

また立ち上がって、またさっきの和室を覗いて見た。隅々まで目を配ったが、それらしき物はどこにも無い。

 もしかして先に帰ったのでは?

頭の隅を少しだけ不安な気持ちがよぎった。

またソファーに座って、トイレの方を見ながら耳をこらした。

なんの音も聞こえてこない。浴室を出てからもう五分はたっている。亮介はまた立ち上がった。

もし中へいたら失礼だな。そう思いながらも、意を決して、トイレの前に立つと、コンコンと二度ノックした。

返事は無い。今度は前より強く三度叩いてみた。 やはり何の反応も無く、聞こえて来たのは、反対側のバスルームの方からの、ポチャンと湯船に落ちる水滴の音だけだった。

さっきより膨れ上がったいっそう不安な気持ちで、ノブを回してドアを引いた。灯りはついておらず中は暗かった。 

もう他にいる場所はない。女は先に帰ったのだ。部屋のどこにも女の姿と持ち物が無いと分かったとき、はっきりそう思った。  

 おかしいなあ。それならそうと、どうしてひとこと言ってくれなかったのかなあ。入浴中でもよかったのに。

バスルームで考えていた次の約束が取りつけられなかった落胆からか、ため息をつきながらそうつぶやいた。

なんだかよく分からない気持ちのまま、ふと時計に目をやると始業まであと四十分しかなかった。少し混乱した気持ちを持て余しながら、急いで身支度にかかった。

入り口近くの壁に掛けたハンガーに手を伸ばしたとき、背広のポケットから白い紙がのぞいているのに気がついた。亮介には、そこへそんな紙切れを入れた記憶は無かった。

 おかしいな。何だろう? そう思って、さっとそれを抜いて、二つ折りの紙切れを開いてみた。そこには細いきれいな文字が並んでいた。

「いろいろ事情がありまして、本当にごめんなさいね。お元気で」

読んだ後、脳裡にはさっきとは別の大きな不安がサッとよぎった。

 

亮介は急いで右手を背広の内ポケットの一方に突っ込んで、続いてもう一方にも突っ込んだ。

無い! 確かにそこへ入れてあったはずの昨日貰ったボーナスの袋が無い!

まさか! まさかあの人が持ち逃げするなんて。そんな!

亮介には、まだ女が盗んだとは思えなかった。

 スーツのポケットではなく、どこか違うところへ入れたのでは? 動転した頭の隅でそう考えると、今度はズボンの四つのポケットに順々に手を入れてみた。両側のポケットの一方に入れてあったハンカチと小銭入れ以外には何も無い。続いて、またスーツをつかみ、両サイドのポケットに荒々しく手を入れた。一方にはキーホルダーと定期入れ、そして最後に手を入れたもう一方の方で、薄い紙の束が指先に触れた。紙幣のようだ。そう思って、それを掴んで手を抜いてみると、思ったとおり薄い千円札の束だった。そこへ入れてはずのない千円札が三枚あった。  

それはせめてもの女の思いやりであったのだろうか。

 

亮介はみるみる気持ちが暗くなっていくのを感じ、体中の力が抜けてきて立っていられなくなり、やがてフロア―にべたっと尻をつけた。

そして出社時間が迫っていることなど、まるっきり忘れてしまったかのように、長い間その場へポカンと座り尽くしていた。

                  (中略)

それから一週間ほどたって、亮介があの夜以来、再び十三の街へやって来たのは、職場の先輩内田の言葉を信じたからだ。

亮介が「最初は女が勤めているといったデパートに行ってみます」と言ったとき、

「ばか。そんな女が自分の勤め先を正直に言うはずがないじゃないか」と一喝して「探すなら夜の十三だ」と言い張ったのだ。 

それもそうだと思い、ちょうど一週間たった水曜日の夜から、またここへやって来たのだ。

そして今夜がその三日目。 簡単には見つかるはずがないと来る前から予想していたとおり、ただ足を引きずって夜の街を歩いていた。

  とにかく明日はあのデパートに行ってみよう。

ちょうど「山岸恵美」と最初に出会った地点を駅に向かって歩きながら、亮介は力なく考えていた。


小説「編む女」より、クライシス場面抜粋

 

2022年5月6日金曜日

うざい・キモイ・チャラい この3語だけは人から言われたくない

 


人々がよく口にする「リスペクト」は英語をカタカナにしたもので、意味は「尊敬」で相手を敬う言葉だ。

その反対に相手を侮辱したり軽蔑したりする言葉もいろいろあるが、どうせ使うなら言われる側に強いインパクトを及ぼすものが望ましい。

それであってこそ使う側が満足を得ることができるからだ。

侮辱の対象は様々だが私個人としてはテレビ出演者が多いようだ。主なターゲットになるのは大嫌いなバラエティ番組の出演者だが、たまにニュースのアナウンサーや気象予報士も混じる。

もっとも、口に出したりSNSに書いたりではなく、心のなかで思うだけなのだが。

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・うざい

うざ・いの解説

[形]《「うざったい」の省略形。「うぜえ」とも》あれこれと

うるさい。わずらわしい。

[補説]もとは「不快だ。気味が悪い」という意の、八王子を中

心とする東京多摩地区の方言。昭和40年代後半から東京の若

者言葉になり、その後全国に広がった。   出典;goo辞書

 

・キモイ

若者言葉のひとつ。

情緒的な表現。おもに嫌悪感を示す。

元の「気持ち悪い」が「体調が悪い」の意味でも使われるのに対し、きもいは一般に対象物への形容としてのみ使われる。
また、褒め言葉として使われることもある。
ニコニコ動画のコメントでも一度は見たことがあるだろう。

広辞苑などの大きな辞書にはまだ載っていないが、大手のWEB辞書には載っている。
若者言葉の枠を飛び出して、日本語としての確固たる市民権を得る日も近いか。

類義語には「きしょい」がある。こちらは「気色悪い」を略した言葉。

              出典:ニコニコ大百科


・チャラい

ちゃらい


 チャラいとは、「軽薄な」という意味の俗語。「ちゃら」


は、江戸時代にはすでに使われていた言葉で、口からでまかせ


をいうこと、またそのような人のこと。おしゃべりな人の発


する言葉を「ちゃらちゃら」という擬音語で表現したところ


から派生した言葉らしい。現代では、似たような意味あいで


「ぺらぺら」という擬音語を用いるが、「ぺらぺら」には「英


語がぺらぺらだ」というように、「流暢な」というプラスのイ


メージもある。「ちゃらちゃら」がもっぱらマイナスイメージ


の言葉だったところをみると、テレビでしゃべりまくるタレ


ントやお笑い芸人の影響か、おしゃべりな人のステイタスが


少しは上がっている事実をうかがわせる。(CAS)



                                                                                                                      出典:笑える国語辞典



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●あわせて読んでいただきたい記事


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2022年5月4日水曜日

公衆トイレに入って手を洗わない人はどれくらいいるのだろうか

 


街へ出たときは必ずといっていいほど公衆トイレを利用する。そこではいろんな人に出会うが、気になるのは出るときである。

コロナ禍にある今、特に気になるのが衛生問題である。衛生と言えばまず上げるべきは手洗いである。

たいていの人はトイレを出る前に洗面所で手を洗うのだが、たまにそこをす通りしてそのまま出てしまう人がいるのだ。

要するにトイレに入ったのに手を洗わずに出てしまうのである。

世に不潔なことは多々あれど、およそトイレのあとで手を洗わないのはその最たるものではないだろうか。

たまに目にするだけとはいえ、いったいそんな不潔極まりない人はどれくらいいるのだろうか。

 

長時間公衆トイレの中にとどまって、ある作家が調査したのは 

文芸作家に遠野遥さんという人がいるが、この方がトイレでおもしろい調査をしてその結果をエッセイに書いている。

タイトルは「手」というもので、光村図書が出版している「ベストエッセイ2021」という本に掲載されている。

遠野さんは日頃から公衆トイレを使った後で手を洗わない人がいるかどうかが気になっていて、その実態を知るために、ある時意を決して実地調査を行ったのだ。

つまり実際に手を洗わないで出る人の数を調べたのだ。

公衆トイレに長い時間とどまって利用者の動向を詳しく調査し、それをエッセイに書いているのだ。

以下はそのエッセイから数の調査について綴った部分の抜粋である。

 

    エッセイ「手」抜粋

調べた記録は携帯電話で取った。それ以外に方法はなかっただろう。なんでもいいが、便宜上、ハンドソープを使って手を洗った者を「あ」、水だけで済ませた者を「か」、全く洗わなかった者を「さ」とした。当初、私は「さ」の存在を想定していなかったから、「さ」は調査を始めてから設けた区分、ということになる。しかし思えば、事前に想定していて然るべきだった。結果は「あ」が16,「か」が28、「さ」が6だった。

 

出典 :「 手」 ベストエッセイ2021 光村図書 

 

いかがですか。これを読んで数の内訳に関してはっきりわかったでしょう。 

・洗剤で洗った⇒16人

・水だけで洗った⇒28人

・洗わずに出た⇒6人 

上の結果が示すように、16+28+6だから、利用者の合計は50名になるので、洗わなかった人の数を調べるにはこの数字を6人で割ればいい。 

つまり 6÷50=0,12 となる。 

これでわかるように、公衆トイレを利用した100人のうち、12人が手を洗わないで出てしまうのである。

2022年5月1日日曜日

小説にも書いた これが我が身に迫ったクライシスだ (シリーズ1~6)

                


小説名《うわさ 台風 そして青空》 
            
            

 

うゎー ガスだ! 部屋へ一歩入るや否や 強烈なガス臭が強い圧力で顔面を襲ってきた      

   

 我ながらよくもあれだけ冷静な処置ができたものだ。文夫が後々までそう思ったあの事故に遭遇したのは、祝賀会の二日後 月曜日の朝だった。

  祝賀パーティの席で、本部の浅井と講師たちの間でちょっとしたトラブルがあったものの、文夫としては、その年最後の教室を、やっと開設まで辿りつかせることができて、また生徒数も第一段階の目標である500名を突破して、久しぶりに満足感に満ちたゆったりとした気分で日曜日を過ごし、さあ年度末にもうひとふんばりだ、と気合を込めて出勤したあの朝のことだった。

  その頃の文夫はいつも九時少し前に事務所へ着いていた。事務員の沢井多恵は九時十分ぐらいにやってくるので、事務所へはいつも文夫が一番に入っていた。

  その朝、入口の鍵を開けるときはまだ気づかなかった。顔に異様な圧力を感じると同時に猛烈なガスの臭いが鼻先に迫ってきたのは、ドアを開けて部屋に一歩踏み込もうとしたときだった。

 

 いや、匂うなんてものではなかった。これまで嗅いだことのないような凄く濃厚なガス臭がブワッと顔に吹きつけてくるような、それほど強烈なものであり、文夫はとっさにポケットのハンカチを取り出して口を覆った。それからとった一連の行動を後で思い出したとき、我ながら心底ゾッとした

  ガスだ! そう思ってハンカチで口を覆った直後、文夫はもう部屋の中へ入ってガス器具のほうへ走っており、ガス栓を閉めると、今度は道路側の四つの窓を全部開け、その後すぐに外へ飛び出した。入ってから出るまで、僅か二~三十秒、その間ハンカチで口を覆ったまま、まったく息ををせず、まるで生きた心地がしなかった。

 

 階段を駆け下りて外へ出て、やっと口からハンカチを外して大きく息を吸い込んだが、まだ何がなんだかさっぱり分からなかった。

  ガス栓はいっぱい開かれていて、火のついていないストーブからシューシューと音を立ててガスが噴出していた。いったいこれはどうしたことなのだろうか。なぜこんなことが?     そう考えるのが精一杯で、それ以上のことには考えが及ばなかった。 

 

 文夫にしても、事務員の沢井多恵にしても、火の元には普段からじゅうぶん気をつけている。

  土曜日の退室時に栓を閉め忘れるようなことは断じてない。

 まだ混乱した頭は納まっていなかったが、文夫は二日前の土曜日の退室時のことを思い出そうとした。

 その日の夕方六時頃だったか、「塾長、そろそろ時間ですね」と沢井多恵が言い、「そうだな、そろそろ出かけようか、歩いていけば丁度いい時間だろう」と文夫が答え、「塾長、すみませんががストーブの栓お願いします」と、ストーブから比較的近いソファに座ってその夜の祝賀バーティの予定表に目を通している文夫に多恵が言ったのだ。

 あのとき、「ああいいよ」と応えてすぐ腰を上げ、まずストーブのスイッチを閉にして、それから二~三歩歩いてガスの元栓を閉めたはずだ。いや、はずではない。二つとも確実に閉めたのだ。

 そのときの指の感触だっていまだに思い出せる。それからドア近くにあるロッカーからう上着を取り出し、既に外で待っていた多恵とともにパーティ会場へと向かったのだ。

 そして昨日は日曜日。誰も事務所へはやってこない。なのにどうしてガスの栓が開いていたのか。

 泥棒だろうか? 盗みに入ったものの、お金もその他のめぼしい物が何もなかったので、腹いせにやったのだろうか? いや、そんなことはないだろう。さっきチラッと部屋を見たけど、別に物色された形跡はなかったようだし。とすればいったい誰が?

 文夫は歩道のイチョウの木に背をもたせかけ、ときおり顔をあげて四階の事務所に目を向けながら、つい今しがたの動転した気持ちから少しだけ落ち着きを取り戻して、この思いがけない事故について、あれこれ考えていた。

 

 「塾長、どうされたんですか。そんなところにボンヤリ立って」

 斜め後ろのほうからふいに聞き覚えのある声がして、振り向くと沢井多恵が清々しさの中に少し怪訝そうな表情を浮かべて立っていた。

  「ああ沢井くん。 よ、よくきてくれた」 

 「よく来てくれたなんて、おかしいですわ、塾長。今はいつもわたしが出勤してくる時間ですよ」

 「そ、そうだったね。いや、さっきまで気が動転していたもので、つい。 沢井くん、実は大変なことがあったんだよ。ほら四階の事務所の窓を見てごらん。ドアを全部開け放っているだろう」

 「えっ、ええ。でもどうしてなんですか?」

 文夫に促されて四階を見上げたあと、多恵がさっきより更に怪訝そうな表情で尋ねた。

 「ガスだよ。ガスが充満していたんだよ。部屋いっぱいに」

 

 「ガスが? それガス漏れなんですか?」

 「ガス漏れなんてものじゃない。栓が完全に開け放たれていて、ぼくが部屋に入ったときはシューシューと音を立ててすごい勢いで噴出してたんだよ」

 「ど、どうしてそんなことが」

 多恵の顔は怪訝な表情から驚きの表情に変わっており、それだけ言うと、睨むように文夫の顔を正面からじっと見ていた。

 

  小説「うわさ、台風、そして青空」より、危機の部分抜粋