2024年3月4日月曜日

不要不急人間(男)と呼ばれてはいけない


コロナ禍でよく使われたことばに不要不急というのがあるが、これって人によっては非常に気になる表現ではないだろうか。

というのもこの言葉に例えば男とか人間を付け加えると不要不急男とか不要不急人間というふうになり、言わばダメ男やダメ人間を表現することになるからだ。

理由は言うまでもなく不要不急の不要は無くてもいいもの、不急は「差し迫っていない」で、つまり「大事な時に必要でないもの」ということになるからだ。

 

 

不要不急とは

不要不急とは、無用でいそぎでないことを表す語。不要は不必要、無くてもよいこと、またそのさまを表す語で、不急は差し迫っていないこと、またそのさまを表す語である。

不要不急の用例、使い方


•  不要不急の外出を控える
食料品の買い物や通院など、生活する上で必要最低限以外の外出を控えるということ。

•  不要不急の経費を削減する
実利を伴わない会合や会食、出張などを中止して経費の削減を図るということ。

•  受験勉強には不要不急な本
受験に合格するために必要とされる参考書や辞書以外の本のこと。



不要不急の英訳

不要不急を英語で表すと nonessential and nonurgent(non-essential non-urgent)となる。nonessential は本質的でない、肝要でないといった意味であり、nonurgent は切迫してない、緊急でないという意味である。

不要不急の対義語

不要不急の対義語は、必要性が高い、緊急性が高いという意味をもつ「喫緊事(きっきんじ)」「喫緊の課題」などが挙げられる。喫緊には「差し迫っていて大事なこと」といった意味がある。

               

                 Weblio辞書

 


不要不急の外出は控えてください

コロナ禍で人々が外に出ず家の中でテレワ-クを余儀なくされたのは公の機関から度々「不要不急の外出は控えてください」というアナウンスがあったからだ。

このせいで人々は「不要不急」という言葉に対してアレルギ-を持つようになってきた。

つまり不要不急という言葉をネガティブ感を抱くようになったのだ。

これも無理はない。なぜなら不要不急という言葉、いかにも語感が悪いからだ。

この言葉に例えば人間とか男を加えれ見ると「不要不急人間」「不要不急男」というふうになり、さしあたって必要にない人間とか男ということになり、要は必要のないどうでもいい人間であって、いうなればダメ人間のカテゴリ-属するのだ。

 

不要不急の男というタイトルの本が出ている




ビジネスに便乗商法というのがあるが、世にはあざとい人たちがいるもので、なんとコロナ禍で流行った「不要不急」を利用して、本出版した輩がいる。

その本の題名はそのものズバリの「不要不急の男」(写真上)という。

売れたかどうかは不明だが、このタイムリ-な企画にはあっぱれ!と称賛をおくりたい


不要不急の男

出版社内容情報

シリ-ズ本が本屋大賞「超発掘本!」に選ばれ喜ぶも、コロナ禍到来。厳しく優しく面白いツチヤ教授の日常と名言はコロナ疲れに効く!

 

内容説明

2020年春、コロナ禍襲来。しかし週刊誌に哲学コラムを書き続け苦節ウン十年、土屋教授には人生最大の栄誉到来。シリーズ文庫が本屋大賞「超発掘本!」に!一斉休校に「勉強したかった」と発言する小学生に驚き、喫茶店ではエタノールを影の薄い男に誤って噴射する。コロナ疲れをほぐす極上のエッセイ集。

 

目次

五の章(不用品判定法;違和感のある組み合わせ ほか)
里の章(化けライオンの恐怖;日々是口実 ほか)
霧の章(自粛で変わった;読書が変わった ほか)
中の章(やる気がなくてよかった;寝たくない ほか)

 

著者等紹介

土屋賢二[ツチヤケンジ]

1944年岡山県生まれ。東京大学文学部哲学科卒。現在、お茶の水女子大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

                     出典:紀伊国屋書店


2024年3月1日金曜日

シャーデンフロイデ 他人の不幸は蜜の味

 



人の自慢話はいくら暇でも聞きたくないが、失敗談なら忙しくて暇がない時でも聞きたい

誰もが自慢話より失敗談を好むのはなぜなのか

「他人の不幸は蜜の味」(注1)という格言があるように、およそ人の不幸話を聞くことほど愉快なことはない。相手の不幸をよそに、聞いた方は幸福な気分になるのだ。

こうした時の心のメカニズムはいったいどのようになっているのだろうか。


 

  (注1)「人の不幸は蜜の味」とは

 

他人の失敗や不幸を見聞きすることで喜びなどの快感を得ることです。

心理学ではこの感情を「シャーデンフロイデ」と言い、ドイツ語の「Scha  den(損害)」と「Freude(喜び)」が組み合わさった言葉です。他人の不幸や苦境に対して喜びを感じる心理現象を指し、他人を傷つける意図を持つものではありません。

脳科学では、誰かが失敗したときには、実際に脳の「報酬系」「快楽中枢」と呼ばれる場所が活発になることが確認されています。これは個人の意思とは関係なく、人の不幸を見ると私たちは「快感」を覚えてしまうということです。

また、妬みの対象の人物に不幸が起こると、その人物の優位性が失われ、自身の相対的な劣等感が軽減され、心地よい気持ちになります。この心の痛みの強い人ほど、他人の不幸が起きると痛みが緩和され、蜜の味と感じやすいことが脳科学的に示されました 

                                   google 生成AI

 

 

新聞の人生相談が人気なのは不幸なテーマが多いから

今はインターネットの影響で新聞の購読者が減り続けているが、そんな中でどんなことがあっても新聞を止めないという人たちもいるようだ。

止めない理由が何かといえば、人生相談を読みたいからなのだ。人生相談といえばその内容はどちらかといえば人の不幸を取り上げたものが多く

不倫、離婚、借金、病気、DV(配偶者や恋人からの暴力)など、決して幸せな状態とは言えないようなテーマを取り上げているようだ。

こうした傾向になるのも、人々が他人の不幸話を聞くのを好むので、読者獲得に役立つからなのだ。

 

自叙伝は失敗の話を強調して書くべし

人は自分の生きざまを記録して本にして残したいと自叙伝を書きます。


せっかく書いたものですから、出来たら人に読んでもらいたいと思うのが普通です。


しかし本人の願いに反して自叙伝というものはあまり魅力を感じてもらえないようです。


その最大の理由は自慢話が多くてつまらないからです。読んでもらいたいのなら自慢話は曲力少なくし、なるべく失敗談を強調することです。


いつの世でも人は他人の不幸を喜ぶのが常なのですから。


2024年2月27日火曜日

クリエイティブな作業はスマホよりパソコン



個人的に言って、パソコンとスマホのどちらをよく使うかというと、軍配が上がるのは間違いなくパソコンの方です。

第一の理由はパソコンはクリエイティブな機器ですが、スマホは必ずしもそうでないからです。

クリエイティブでまず上げられるのは文章作成です。ブログをやっていると文章作成は避けられない日常の作業です。

ブログの文章は一般的に2000文字前後ですが、時には1万文字に達する長いものもあります。

こうした文字数の多い記事を書くのに、スマホとパソコンのどちらが適しているかといえば、誰だってパソコンをあげるでしょう。

スマホでもフリック入力の熟練者ならパソコン並みのスピードが期待できますが、それはあくまで例外で、一般的な人たちのちまちまとした指を動かしてのスマホ文字入力はとうていパソコンのキーボード入力には及びません。

とくにタッチタイピングによる入力だと、とうていスマホに太刀打ちできるものではありません。それはまさにウサギと亀ほどの差と言っても過言ではありません。


作業の生産性を上げるのならパソコンに限る


したがって生産性を考えても文章作成はパソコンに限るのです。


記事作成だけではありません。いま人気の`youtubeの動画作成、このところブームの感がある生成AIのchatgpt`を使った様々な創作活動などには、どう見てもスマホよりパソコンが有利なことは明らかです。


要するにクリエイティブな作業に関わりが深い人ほど、圧倒的にスマホよりパソコンを使うことが多いのではないでしょうか。



スマホではWebライターはできない


いまwebライターの人気が急速に高まっています。コロナ禍でテレワークが奨励され、自宅にいながらできることも理由のひとつでしょうが


それより大きいのは、それほど高度な技術や知識を必要としないということに魅力を感じているにちがいありません。


とはいえ中にはこうした作業はスマホでも出来る、と思っている方もいるようですが、たいていの仕事は「パソコン使用に限る」という規定になっており、スマホで行うことは無理なのです。



bluetoothキーボードの装着でスマホがよりクリエイティブになる


google


Webライターはともかく、スマホを使ってクリエイティブな作業に関わろうとしている人たちもいるかもしれません。そうした方々に是非ともおすすめしたいのは、`bluetooth`キーボードの使用です。


これだとスマホの文字盤による入力より3倍ぐらい速くできますから生産性はうんと上がるはずです。


bluetooth`キーボードは5000円以下というリーズナブルな価格でで購入できるうえ、使用方法もいたって簡単ですからいつでも手軽に始めることができます。



ヤフー知恵袋に訊いてみた

スマホのフリック入力とパソコンのキーボードではどちらが速いですか?


ベストアンサー

をんぢさん


をんぢさんさん

2020/12/10 19:22


変換を含めると、キーボードの方が早いと思います。 というより、キーボードは見なくても打てるし変換も画面見てるだけ。 誤字脱字の修正は打ち込み時にしていますので、正確な文章を作ることができます。 スマホの場合、慣れればフリック入力は見ずにできると思いますが、変換はディスプレイを見てタッチする必要があるでしょう。5chなど、誤変換のまま書き込むのがカッコいいと思っている連中はそれでもいいのでしょうけど、仕事の文書の作成で変換ミスはみっともないし通用しません。 文章を作成することが商売の人間にとっては、スマホやタブレットと言う、カーソル位置に変換候補が出てこないIMEは視線移動が多すぎてちょっと使ってられません。

     出典:yahoo知恵袋


2024年2月24日土曜日

今月読んだ女性作家のエッセイ2冊 どちらもよかった

ないものねだるな  阿川佐和子



先月の「アガワ随筆傑作選」文藝春秋 に続いて読んだ中央公論新社から出た阿川佐和子のエッセイ集である。

中央公論新社といえば女性向け総合雑誌「婦人公論」の出版社だけに女性作家のエッセイ集を多く出版しているが、この作品も同誌に連載されたものである。

作家のエッセイ集は多いが、シリーズものとなると、往々にして作品のクオリティは必ずしも安定せず、中にはこれがi一流作家のエッセイかと、読者を嘆かせる低品質なものも混じっていることがある。

しかしこの作家に限ってはそのようなことはなく、どれを読んでも「ウーン、さすが阿川佐和子」と、こちらをうならせる優れた作品ぞろいなのだ。

これは「読者を退屈させてはいけない」という、阿川佐和子のプロ根性の賜物に違いない。


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ないものねだるな 阿川佐和子 中央公論新社


出版社内容情報

コロナ禍で激変した生活、母亡き後の実家の片づけ、忍び寄る老化現象…なんのこれしき!奮闘の日々。読むと気持ちが楽になる、アガワ流「あるもので乗り越える」人生のコツ。『婦人公論』人気連載エッセイ、待望の第3弾。

 

                    出典:紀伊国屋書店


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センス・オブ・シェイム 恥の感覚  酒井順子



前回「男尊女卑」という作品の書評には、「まるで社会学者のような鋭さ」と絶賛のコメントを書いたが今回も同様で、読んでいていたく感心するばかりであった。

おさめられた作品は上のアガワ作品同様に雑誌に連載されたものだが、こちらの方はどちらかといえば男性読者が多い文藝春秋の「オール読物」である。

センス・オブ・シェイムというタイトルがついている通り、この作品はテーマが「恥のかきかた」で一貫している。

人間だれしも恥をかくものだが、その「かきかた」に対する考察が社会学者顔負けの鋭さで、読者をうならせるばかりだ。


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センス・オブ・シェイム 恥の感覚  酒井順子 文藝春秋


内容説明

世間様に、どう見られているか。ネット社会に、何をさらすか。日本人の恥の感覚は、SNS時代到来によって激変した!フェイスブックでの自慢バブルを斬った「中年とSNS」がネットで大反響!!共感の嵐を呼び起こす傑作エッセイ集。

                   出典:紀伊国屋書店

2024年2月19日月曜日

立ち飲みはカウンターの店がいい

                赤垣屋 (google)


 一言で立ち飲み屋と言ってもそのスタイルはいろいろです。長いカウンターだけの店、四角いテーブルを囲んで立つところ、カウンターとテーブルが半々ぐらいの店などです。

これらの中で好きなのはカウンターだけの店ですが、それも、できれば20人分ぐらいの長いものが好きです。人がたくさんいて観察できるのが楽しいからです。

 

カウンターの立ち飲み屋はほとんどが一人客 独りで黙々と飲み続ける姿がいい

どなたかが「酒は一人で静かに飲むのがいい」と言っていますが、私もそれに同感です。

酒は賑やかに飲むものだ、という人たちもいますが、それは人々が連れ合っていく居酒屋のような店のことで、カウンターだけの立ち飲み屋にはあてはまりません。

なぜならカウンターだけの立ち飲み屋の客は圧倒的に一人が多いからです。そもそも人が立ち飲み屋にやってくるのは、独りでゆっくりと酒を飲みたいからなのです。

それには回りの人たちも静かな一人客の方であるのが望ましいです。それでこそ立ち飲み屋のカウンターだけの連帯感のような小気味いい気分が味わえるのです。

 

長いカウンターの立ち飲み屋がいい

私が最近よく足を運ぶ立ち飲みは地元の姫路より圧倒的に大阪の梅田あたりが多くなっています。理由は簡単です。

昔から飲み屋はより都会的な雰囲気が好きだからです。もちろん姫路だってそれほど田舎ではありませんから、そうした雰囲気を持つそこそこの立ち飲み屋がないわけではありません。

でも大阪に及ぶはずがなく、そうした点がいつも頭に持ち上げ、ついつい足を延ばすことが多くなるのです。

いうまでもなくその大阪で選ぶのはたいていは長いカウンターのある店です。いつの間にか立ち飲み屋はカウンターに限る、という考えが染みついてしまったのです。


                                                   
初音 (google)

大阪梅田 「飲み屋」だけでも千軒以上ある


私の大阪での立ち飲み歴はいったいどれくらいになるでしょうか。20代前半の頃から大阪に職場があったので、それ以来40歳くらいまで、かれこれ20年近く通っていました。


職場は中之島でしたが大阪駅前からバスで通勤していたせいで帰りはいつも梅田経由だったのです。


なにしろ梅田といえば、大阪屈指の繁華街で、飲食店がやたら多い場所で、それだけに飲み屋にはことかきません。


この界隈だけでもいったいどれ程の飲み屋があるでしょうか。おそらく何百軒もあるでしょう。いや何百軒ではきかず1000軒を越えるかもしれません。


それほど飲み屋がひしめいている地域ですから、知っているところも多く、その数は手と足の指をあわせても数えきれないぐらいです。


でも気に入っているところとなると別で、そちらの数は限られていて、片手の指だけでも数えられます。



いま気に入っている立ち飲み屋は


上で気に入っているところは片手の指だけで数えられると書きましたがそれは当然のことです。


というのは目下気に入っていていつも通っている梅田界隈の立ち飲みは2軒だけだからです。

             

                                                    google

2軒の店がなぜ気に入っているかは言うまでもありません。どちらの店もカウンターだけで、圧倒的に一人客が多く、みんな静かに独り酒を楽しんでいるからです。


蛇足になるかもしれませんが、店の場所と店名を書いておくと、一軒は梅田地下街ホワイティ梅田の赤垣屋、もう一軒は大阪駅前ガード下にある新梅田食堂街の初音という店です。