英語のwritingの日本語訳はどうなるのだろう?
こんな素朴とも思える疑問を抱いて辞書を調べてみました。
予想したとおり真っ先に「書くこと」とあり、次が「執筆」そしてその次が「作文」と続いていました。
日頃わたし達が人に趣味を問われたとき、もしそれが本を読むことなら、「読書」と答えます。
それを外国人に聞かれた場合ですと、英語で「reading」と答えるでしょう。
それでは「書くこと」を趣味とする人はそのまま「書くこと」と答えるのか、それとも「執筆」とか「作文」と答えるのでしょうか。
英語なら「writing」という答えが一つあるだけなのですが。
今回のテーマは日本語の「書くこと」と英語の「writing」という二つの単語について、言葉としての完成度も含めて、その実用価値の違いについて考えてみました。
私の他のブログでも触れていますが、「google blogger」には「投稿者プロフィール」の欄があり、当然そこには「趣味」という項目があるのですが、過日、私のブログのプロフィール欄に趣味の一つとして、あえて英語で載せてている「writing」という項目を検索のためにクリックしてみました。
するとどうでしょう、英語圏のブロガーのうち、「writing」を趣味とする、なんと「270万人」もの人々にヒットしたではありませんか。
まあ書くことを本分とするブロガーが対象なのですから、元となる数が多ければこの数字が多いのも当然と言えば当然なのですが。
ところがです。
今度は趣味の項の「writing」ををあえて「書くこと」と日本語に書き変えて検索してみたところ、出てきた数字は「13」というまるで目を疑うほどの少なさなのです。間違いでは?ともう一度やってみましたが結果は同じでした。では、今度は「執筆」ではどうだったでしょうか。
これではさらに少なく「2」という数で、最後に調べた作文が「13」というまるでその桁を疑いたくなるような驚くほど少ない数字なのでした。
これを見る限りでは、英語の「writing」に対して、日本語の「書くこと」とその他2語はまるで数字になっておらず、比較すること自体がナンセンスで、ブロガーの数の違いを云々する以前の、まったくお話にならないような状態なのです。
冷静に考えてみて、日本人とアメリカ人を初めとする英語圏の人々との間に、いわゆる学力としての「書く力」ということに関して、それほど大きな差があるとは思えません。
それなのにブロガーが趣味としたあげたこれに関する数字に、まるで比較にならないほどの大きな差がついているのは一体何故なのでしょうか。
これはなかなかの難問で、答えるのに悪戦苦闘しそうですが、ただ一つだけすぐに言えることがあるとすれば、それは「書くこと」などの日本語の単語における「言葉としての完成度の低さ」と、それ故の「利用価値の乏しさ」のせいである、ということなのではないでしょうか。
したがって英語の「writing」のような完成度の高い言葉を、使う際の選択肢として日本語の中に見出すことができず、そのために発表の機会を失ってしまっているのではないのでしょうか。
非常に不思議な現象である今回のテーマに対する答えにしてはやや苦しい見解かもしれませんが、今の私にはこれぐらいの結論しか出せません。
このブログを閲覧してくださった方々で、もしこれよりもっと適当なご意見をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非ともそれをお聞かせください。お待ちしています。
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