「日本人は騙されやすい」ということに関してメディアで論争になったことが一時あった。
2009年、イタリアのレストランとナイトクラブで日本人二組がたて続けにとんでもない額の金銭のぼったくり被害に遭い、それが大きくメディアで報道されたことが契機となってであった。
その論争では、もちろん「そうだ、騙されやすい」と主張する組と、「他国民に比べてもそうとも言えない」という組に分かれたのであるが。
しかし私はあえて思う。
日本人は騙されやすい国民だと。
その第一の理由は日本人は「権威」というものに簡単に騙されるからである。
権威の代表的なものはメディアである。
一説によれば日本人の7割がメディアを信用していると言い、これはダントツで世界一高い割合なのである。
つまり10人の内7人はメディアから発信されたことを即信じるのである。
ここでこのことを証明するためにわかりやすい例をひとつあげてみることにする。
これも2009年に起ったことなのであるが、一時「新型インフルエンザ大流行」というしつこいほどのメディアの報道が続いたことがあった。
それに対して民衆はどう反応したであろうか。
驚くべきか、私の場合は勤務地の神戸であったが、ここではもちろん、他でも流行の万延が予想された地域の人々の「総マスク化現象」ということが起ったのである。
道行く人、電車内の人、デパ地下で買物をする人、それらすべての人々の「総マスク化」なのである。
そのピーク時にはマスクをしていない人を見つけるのも難しいほどで、おそらくその数は10人に1人ぐらいではなかっただろうか。
私もその10人の内の1人であり、周囲から白い目で見られながらも、ずっとマスク無しで通した。
つまり、このときは7割はおろか実に9割に近い人々がメディアの報道を信じて、煩わしいマスク姿での外出となったのである。
結果としては、マスクの品切れが起っただけ(神戸では街頭にマスク売りさえ出ていた)で、報道されたような大流行は無く、おびただしいと予想された死者もほとんど出なかった。
今から思えば「市民総マスク化」という、実に空恐ろしいような現象が起っていたのだ。
さて、メディアの言うことを信じてほとんどの人がそんなに簡単にマスク姿に変わるような日本人なのだが、これがアメリカ人だとどうなのだろうか。
米国の多くのメディアは日本のインフルエンザ対策としての総マスク化現象に対して、その多くは「まったくクレイジーな現象で、信じられないほどばかばかしい」と報じていたのである。
米国ではマスク姿で歩く人は即インフルエンザ感染者であると見なされ、そんな人がなぜ街中を歩きまわるのかと人々は不審に思うのである。
したがって米国では街頭を歩く人の総マスク化などはありえないことなのである。
こうしたことは他のヨーロッパ諸国でもだいたい同じであり、昨年の日本のようにメディアの報道を鵜呑みにして民衆のほとんどがマスク姿になるなどということなど決した起りえないのである。
この例で見たように、報道されることの真偽を確かめようとしないでメディアを即信じる日本人の在り方については、当事者の私たちは今一度深く考え直してみる必要があるのではないだろうか。
話を冒頭のイタリアの件に戻すが、ぼったくりに遭ったこの事件が、なぜ権威に弱いということに関係あるのだろうか。
一見、そんなこととは無関係にも思われるのだが、しかしよく考えてみれば、これが大いに関係あるのである。
つまり、イタリア人は白人である。日本人は外国人のうちでは特に白人には弱い。
なぜ弱いかと言えば黄色人種の日本人にとって、概して外見の優れた白人が一種の権威のように感じられるからである。
劣等意識がもたらすものなのだが、これはもう、どうしようもないような抜き差しならぬ感情なのである。
したがってイタリア人に限らず優位に立っている白人にとっては日本人を騙すことなど、さして難しいことではないのではあるまいか。
「騙されやすい日本人」
こんなレッテルを返上するには、まずメディアをはじめとして、その他のあらゆる「権威」に対する抵抗力をつけることである。
それにはまず、すぐに周りの人と同じような行動をとったり、または思慮不足の安易な行動に走ったりせず、なににつけても一度疑ってみて、立ち止まってじっくり考えてみることである。
ちなみに、海外での日本人を巻き込んだトラブルは、年間1万7千件も起っていて、実に海外旅行者の6人に一人が何らかの被害にあっているそうである。
どうか、あなたがその被害者の一人にならないように!