2010年10月25日月曜日

1970、NewYork city西97丁目の思い出(Ⅰ)・煤けた灰色の街

ニューヨーク市、ウエストエンド97丁目はマンハッタンでも比較的アップタウンにあたるウエストサイドの一画にある。

この地域も今から約半世紀ほど前の1930年位までは、マンハッタンの住宅地の中でも比較的高級地に属していて、住む人々も、上流階級とまではいかないが、その少し下に位置するぐらいの、まずまずのレベルの人が多かった。

しかし、年がたって建物が老朽化するに従い、どこからともなく押しかけてくるペルトルコ人が大挙して移り住むようになり、それにつれて前からの古い住人はまるで追われるかのように、次第にイーストサイドの高級地へ引っ越していった。

そして40年たった今では、もはや上品で優雅であった昔日のおもかげはほとんどなく、そのたたずまいは煤けたレンガ造りの建物が並ぶ灰色の街というイメージで、スラムとまではいかないが、喧騒と汚濁に満ちた、やたらと犯罪の多い下層階級の町と化してしまったのだ。

住人の多くをスペイン語を話すペルトリコ人が占めているということで、今ではこの地域にはスパニッシュハーレムという新しい呼称さえついている。

今年71歳になり、頭髪もほとんど白くなった家主のエセルは、口の端にいっぱい唾をためながら、いかにむ昔を懐かしむというふうに、こう話してくれた。

ここまで聞けばどうしてドアに鍵が多いのか私にもわかった。

つまりこの辺りは、犯罪多発地域で、泥棒とか強盗は日常茶飯事であり、ダブルロックはそれから逃れるための住人の自衛手段なのだ。

そう言えば、つい三日前にも、ここから数ブロック先の103丁目のアパートで、白人の老女が三人組の黒人に襲われて、ナイフで腕を突き刺されたうえ、金品を盗まれたのだと、昨日の朝、いきつけのチャーリーのカフェで聞いたばかりだ。

そんなことを思い出しながら、ドアを開け、薄暗い通路を進み、正面右手の自分の部屋へと向かった。

すぐ右手のエセルの部屋のドアからは明かりはもれていない。

どうやら今夜はもう眠ったらしい。

今はマンハッタンのミッドナイト、昼間の喧騒が嘘みたいに、辺りは静寂に包まれている。

部屋の隅にあるスチームストーブのシュルシュルという音だけが、やけに耳についた。

                                                                                                        to be continued

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