2014年6月18日水曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第10回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その10)




マンハッタン西97丁目 第1章「眠られぬ夜」(その10)


 映画館を後にして、少し歩いて今度は43丁目のピザハウスに入った。そこではは若い男性店員が焼く前のピザを天井に付くかと思うぐらい、両手を大きくひねって回転させながら高く放り投げ、徐々にそれを広げていくという、まるでサーカスの曲芸のような派手なデモンストレーションを繰り広げていた。

 その見事な手さばきにすっかり感心して見とれながら焼きたてのピザを口いっぱいにほうばった。
 香ばしいチーズの香りが口にひろがり、修一は思わず「うまい!」と小さな声を漏らしていた。

 おいしいピザで腹ごしらえをした後、また少し歩いて今度は四十四丁目角までやってきた。そこの一軒の店先には、男性にはなんとも魅力的な「トップレス」という看板かかっており、それに惹かれて地下のバーへ入って行った。

 カウンター右手の小さなステージでは、豊かな胸を肌けた二人のゴーゴーダンサーが金髪をたなびかせ賑やかなロックリズムにあわせ腰をくねらせていた。それを横目にしながらカウンターの前に立った修一は、赤ら顔の太った中年のバーテンに向かってややぎこちない口調で「ビアー プリーズ」と言った。

 ゴーゴーダンサーのおかげでまたしても興奮を覚え、火照って熱くなった顔をもてあましながら、そのトップレスバーを出たとき時計はすでに九時を回っていた。

 「もうこんな時間なのか、お名残惜しいが今日のところはこれで帰ることにするか」そう呟くと、修一は人ごみを縫ってタイムズスクエアーの地下鉄乗場へと歩いて行った。すでに路上の雪はほとんど溶けてはいたが、道路端のところどころには小さな雪の山ができていた。

 地下鉄の車内で修一はしきりについさっき見たゴーゴーダンサーと、その前に見た映画のシーンを交互に思い出し、たまらないほどの下半身の緊張感と胸苦しさに耐えていた。

  チャーリーの店まで戻ってきたとき、時計はまだ十時少し前であった。

 「ハーイ チャーリー」と大きく手を上げて入ってきた修一を見て、チャーリーは少し怪訝な表情をした。そしてすぐ「こんな時間にどうしたんだ」と尋ねた。
 無理もない。これまでこの店に午前中以外はまだ一度も寄ったことがなかったのだ。 ましてや閉店時間の比較的早いチャーリーの店のこと、そろそろ店じまいでも、と思っていた時刻の修一の来店である。驚くのも無理はなかった。

 食べ物と言えば三時間ほど前にタイムズスクエアーでピザを食べただけであり、そのときはかなり空腹感を覚えていた。修一はチャーリーに、この店で何度か食べたことのある分厚いロースとビーフが何枚も重ねて入っている特性のサンドイッチとポタージュスープを注文した。

 このサンドイッチをはじめて見たとき、そのボリュームには度肝を抜かれた。なんと上下二枚のパンの厚みより中に挟んでいるローストビーフのほうが厚いのである。日本でこれまでに食べたビーフサンドと言えば、レタスとかキュウリとかと一緒に薄く切ったビーフが一枚か二枚挟んでいるだけで、全体の厚みにしてもせいぜい三~四センチ。

 ところがこのビーフサンドと言うと、中のビーフだけでも優に五センチほどの厚みがあるのだ。それにレタスとパンの厚みが加わり、口を一杯あけても入るかはいらないかの分厚さなのである。

 修一はこれがアメリカなのだと感心し、なにか一種のカルチャーショックのようなものを感じた。

 やがて出されたその分厚いビーフサンドに舌鼓を打ちながら、うつむいてスープを飲もうした。はじめそのスープは鮮やかな薄黄色で、他に何の色も混ざっていなかったはずなのに、そのときはところどころに赤い点ができて全体に少しに濁っていた。

「おやー、どうしたんだろう。色が変わって?」と怪訝に思っていると、突然口の上辺りになま暖かい感触があって、その後で赤いしずくがボチャンとスープに中に落ちてきた。あわてて鼻のほうへ手をやると、指先が赤く染まった。鼻血が出ていたのである。

「チャーリー、ギブミー ペーパー」修一はあわてて大声を出した。びっくりして振り返ったチャーリーだったが、鼻から下を赤く汚した修一を見てすぐ事情を察したらしく、紙ナプキンを鷲掴みにして寄ってきた。

「一体どうしたというんだ、鼻血なんか出して」チャーリーがそう聞いたが、修一にもなぜ突然鼻血が出たのかさっぱり分からなかった。

 渡してくれた紙ナプキンを五~六枚まとめてコップの水につけ、それをギュッと
絞り先を丸めて鼻の中へ押し込んだ。四度か五度それを取り替えているうちに、しばらくすると鼻血は止まった。テーブルに散らかった濡れ手ナプキンを片付けながら、修一はしきりに鼻血の原因を考えてた。

 鼻血は興奮したり、熱中したりしたときに出ることがあると言う。
 もしかして昼間見たアダルトムービーやトップレスダンサーのせいなのだろうか? 

 修一はなぜかふと、カールトンホテルのインフォメーションデスクで働く同僚のミス・ルーシーが同僚との挨拶で相手に向かって「ハウ イズ ユアー セックスライフ?」と尋ねていたのを思い出した。

そして、もし今、自分にその質問が向けられたなら、間違いなく「ノーグッド」とか「ベリー プアー」としか答えようがない。 そう思って修一は苦笑した。(第1章 眠られぬ夜 終わり)

(つづく) 次回6月21日(土)


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