2021年2月19日金曜日

《プレイバック記事特集・その3》高級ホテルの怪しい人たち 

《高級ホテルのロビーにたむろ怪しい人たち》シリーズ4回(7,486文字)

 

第1回(2012年2月1日水曜日)

高級ホテルのロビーは怪しい人たちでいっぱい


約20年間、日本と米国でホテルマンとして働き、そのうち3分の2ぐらいはフロントマンとして勤めていた。


そのせいもあり、ホテルに出入りする人種についてはよく観察してきたつもりだ。

出入りする人々には、宿泊客や、宴会やレストランなどを利用するいわゆる"お客さま"は当然であるが、

それ以外にロビーまわりの、自由に出入りできる共有スペースだけを利用する人々も多くいる。

本日のテーマは、そうしたロビーまわりの利用を目的としてホテルを訪れる人々についてである。

一概にホテルと言っても、その種別はいろいろである。

大まかに分けるとシティホテル、ビジネスホテル、リゾートホテルということになる。

このうちロビーに比較的よく人が集まるのはシティホテルではないだろうか。

そのシティホテルにもいろいろとランクがある。

最近のわが国大都市には外資系の随分立派なホテルも多くあり、そうしたホテルは宿泊料も高くシティホテルの中でももっとも高級な部類に属する。

したがってそうしたホテルは、ロビーも立派で、いかにもハイソサイエティの人々の集まる場所のように見える。

だが、宿泊客は別にして、ロビーを利用する人々だけに限って言えば、決してそうとばかり言えないのである。

私が勤めていたところは当時関西ではナンバーワンの呼び声が高い高級ホテルで、宿泊客にも政界などのVIPも多く、

今のようにホテルの利用がカジュアルになっていなかった時代のせいか、一般庶民にはやや近づきがたいような印象を与える場所であった

そのハイクラスな雰囲気とステイタスの高い滞在客をうまく利用していたのが、今回のテーマに主人公たちである。

そうしたホテルで、日常的にロビーにたむろする怪しげな雰囲気を持つ人種というのは、だいたい次のようなカテゴリーに属する人々であった。


・詐欺師

一般的に詐欺師は舞台設定を大切にする。

もちろん相手によっていろいろと場所を変えるのだが、彼らが比較的好んで利用するのが高級ホテルのロビーである。

その理由として第一に挙げられるのが、ターゲットにした相手を浮き足立たせる目的のためである。

高級ホテルのロビーといえば、格が上がれば上がるほどその設備は豪華で、また時にはそこを行き来する有名人などの姿も目にすることもあり、来訪者を非日常的な、言わば豪華な気分へといざなう場所でもある。

したがってそうした雰囲気に慣れていない人であれば、気持ちが浮き上がり、何か落ち着かない気持ちにさせられることもある。

別の表現を使えば、浮き足立つという状態になるのである。

詐欺師はあえて相手をそういう状態に持っていき、優位な立場で仕事?をすすめていくのである。

相手が浮き足立っている隙を見て見事に騙してしまうのだ。


・高級コールガール





ホテルは一流になればなるほど、宿泊客には外国人が多くなる。

特に外資系ホテルとなると、宿泊客の半分ぐらいは外国人と言っても過言ではない。

そうした外国人客を狙うのが英語のできるハイクラスなコールガールである。

コールガールといえども中には大卒さえいて知的なうえに、外国人相手にふさわしく大柄でビジュアルにしても、モデル並に垢抜けしている者さえいる。

そうした彼女たちが相手にするのは欧米系の金持ち外国人ばかりで、原則として日本人はターゲットにしない。


・客引き(高級ぽん引き)

バリッとしたスーツを着込んで身なりはいい。

何気ない顔でロビーへ座っていて、近くにこれはと思う外国人がやってくるとさりげなく話しかける。

最初は一般的な話題から入るが、そのうち次第に夜のはなしになり、そして盛り場の話題に移り、ついには最終目的である女性の紹介話に発展するのである。

まあこれもあくどくなく、リーズナブルなプライスなら、国際親善にもなってさほど問題は無いのだが、これがぼったくりとなると、まさに国の信用問題にかかわってくる。

コールガールと同様、外国人客の多い高級ホテルにはつき物の人種である。


・芸能人かぶれ

一流ホテルには芸能人もよく出入りする。私のいたホテルは親会社がテレビ局であり、それもすぐ隣にその建物があった。

その関係でテレビ出演の芸能人客はほかのホテルに比べて抜群に多かった。そうしたこともあって、芸能人目当ての女性客も多かった。

特に若い人気歌手とでもあれば、いわゆる追っかけと呼ばれる連中も多くいて、そうした連中は高級ホテルロビーの客としてはなじまず、迷惑な対象であった。


・外国人かぶれ

外国人と見れば珍しがって近づこうとする連中は少なくない。

そういう人種は片言ながら英語をしゃべるのが好きで、むやみにロビーの外国人に近づいて声をかけ、迷惑がられている。


・置き引き

高級ホテルには隙をみて人の持ち物を持ち去る置き引きと呼ばれる盗人がいる。リラックスしても持ち物は手から離さないように。


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第2回(2017年8月10日木曜日)

高級ホテルのロビ-にたむろする怪しい人たち (その2)

詐欺師は舞台を選ぶ

2012年2月のこのブログに「高級ホテルのロビーは怪しい人たちでいっぱい」 http://tuneoo.blogspot.jp/2012/02/blog-post_01.html

という記事を書きました。

この記事は大好評で5年以上たった今でも、アクセスランキングのトップ10を維持しています。

 

それほど好評なら、そのシリーズを書いてみたら、と思って執筆したのがこの記事です。

 

シリーズですから、今回以外にも(その3)(その4)と続きます。

 

 

パイロットは女性のあこがれの的だが

 

東京をはじめ、大都市の高級ホテルのロビーにいると、よく航空会社のパイロットやCA(キャビンアテンダント)など、エアラインクルーの一団を目にすることがあります。

 

そうしたクルーはそのホテルを常宿にしているのです。

 

働く人の制服姿は往々にしてカッコよく見えるものですが、中でもパイロットは格別で、若い女性はため息をついてうっとた見とれてしまうほどで、まさに垂涎の的と言ってもよいのではないでしょうか。

 

そんなパイロットが、休息のひと時をホテルのロビーでくつろぐ姿を目にしたときなどは、「なんという幸運だろうか!」と感激しながら、思わずうっとりと見とれてしまいます。

 

ところがです。万が一、こうしたパイロットが本物でなかったらどうでしょう。

 

本物でないということはニセモノを意味します。

 

つまり、ロビーでくつろいでいる制服姿のパイロットはニセモノかもしれないのです。

 

突然ここでこんなことを言いだすのは、大都市の高級ホテルのロビーはパイロットに限らずニセモノがよく集まる場所だからです。

 

そうしたニセモノは別名詐欺師とも言います。

 

 

ホテルを舞台にして活動する詐欺師たち

 

そうなのです。高級ホテルのロビーは詐欺師にとって格好の活動の場所なのです。

 

この場所で騙す相手を探したり、見つけた相手とニセの商談を行っているのです。

 

したがって、ニセパイロットに限らず、ニセ宝石商、ニセ不動産業者、ニセ芸能プロダクションマネージャーなどがわんさと集まってくるのです。

 

ロビーでくつろぐパイロットもこうしたニセモノの中の一人にに過ぎないのです。

 

では、このニセのパイロットは一人でロビーに座って誰かを待っているのでしょうか。

 

いうまでもなくその通りで、約束の女性が現れるのを待っているのです。

 

例えば、その女性は結婚を前提に付き合っている人の場合もあります。

 

そして、その女性はこの日、彼が海外で付き合っている別の女性と別れるための手切れ金に充てる200万円を持ってきてくれることになっているのです。

 

でも手切れ金とは真っ赤の嘘で、結婚願望が強いこの女性の弱みにつけ込んで200万円をだまし取ろうとしているのです。

 

そうなのです。この男は高級ホテルを舞台にして女性を騙す結婚詐欺師なのです。

 

女性があこがれる職業をいいことに、ニセパイロットに化けているのです。

 

エアラインクルーが宿泊先としてよく利用する高級ホテルは、パイロットの制服姿が周りに良く溶け込んで、あまり目立ちませんから、場所としては都合がいいのです。

 

パイロットだけでははありません。

 

ロビーでは有名芸能人、名の売れたプロスポーツ選手なども目にすることも珍しくなく、若い女性にとっては非日常体験の連続で、それ故に冷静さを失って浮足立った気持ちになります。

 

それが正常な判断力を奪うため、詐欺師にとっては好都合なのです。

 

パイロットにあこがれる結婚前の女性の皆さん、高級ホテルのロビーで一人でくつろいでいるパイロット姿の男性を見たら

 

「ひょっとして、この人結婚詐欺師ではないのか?」と一度疑ってみることも、決して無駄なことではありませんよ。

 

結婚詐欺師に限りません。宝石商、不動産取引業者などが、高級ホテルのロビーを商談の場として指定したときは、「ひょっとして騙そうとしているのでは?」と、一度疑ってみることが賢明です。

 

今も昔も、高級ホテルのロビーは詐欺師が活躍する舞台として格好の場所と言われているのですから。



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第3回(2017年9月22日金曜日)

高級ホテルのロビ-にたむろする怪しい人たち(その3)・魅力的なコールガール


ハイクラスのコールガールは外国人セレブのお相手をする

 

ホテルに関する記事については、これまで私的なブログだけでなく、商業ベースのウェブサイトにも多くの記事を書いてきました。

 

そうした記事は海外も含む24年間にわたるホテルの職務経験があればこそです。

今回のシリーズは高級ホテルのロビーに特化したものですが、これもこれまでの職務経験が多いに役立っています。

といいますのは、24年間の勤務のうち、大半はフロントオフィスの仕事に従事していたからです。

こういうと、なるほど!と、お気づきになった方がいるかもしれませんが、フロントオフィスはロビーとは切っても切れない関係にあるのです。

なぜなら、一般的にホテルのフロントオフィスはロビーの一画、つまりロビーの端あたりにあることが多く、言い換えればロビーの延長線上にあると言ってもいいのです。

それ故にフロントオフィスからはロビーの全体が見渡せますから、この場所を利用する人々の様子がよくわかるのです。

ましてや、フロントオフィスの勤務は24時間のシフト制になっていますから、昼間だけでなく夜間の様子もうかがうことができるのです。

ホテルの職種は多種多様ですが、ロビーに集まる人々を観察できるという点では、フロントオフィスより勝る部署は他にありません。

私は24年間のホテマンとして仕事をしてきましたが、日本だけでなくアメリカのホテルにも勤務しました。日本は大阪市、アメリカはニューヨーク市です。

こうした海外を含めた経験があるだけに、ホテルに関する記事は日本だけでなく、アメリカのことも書いています。

そうした記事の一つに

「ニューヨークのホテル、日本人事件簿(その2)」

というタイトルでブログに載せたものがあります。

これは勤務していたニューヨークのホテルで、日本人が関わったちょっとして事件にまつわる記事です。

 

さて、前置きが随分長くなってしまいましたが、今回の記事は日本の高級ホテルのロビーを訪れる人の中から、見るからに一般の人とは違う怪しい雰囲気を持った人たちにスポットを当てて書いたものです。

 

記事は3回シリーズで、そのうちの1回目は「高級ホテルのロビーをたむろする怪しい人たち・詐欺師は舞台を選ぶ」として  すでに掲載済です。

 

今回の(その2)は、外国人客が多い高級ホテルによくハイクラスな集まるコールガールに関してつづったものです。

前述の「ニューヨークのほてる、日本人事件簿」にもコールガールは登場しますが、こちらの方は決してハイクラスとは言えず、それどころか客に睡眠剤入りのお酒を飲ませて眠らせ、その間に金品を盗んでドロンするという極めて悪質なものです。

 

これに比べて今回登場する日本のコールガールは、決して悪質ではなく、外見からは「こんな人がコールガールをしているとは」と思わせるほど、知的な美人が珍しくないのです。

 

 

こうしたハイクラスなコールガールの客になる相手はセレブな白人外国人が主で、いくらお金持ちだとはいえ、日本人はターゲットに入っていないようです。

 

理由はなぜだかよくわかりませんが、職業上の一つのポリシーかもしれません。

 

彼女らが高級である証拠に、ロビーなど人目の付くところでは客引きをしたりしないことです。

 

ホテルにやってくるときは一人でも、前から約束ができていたのか、その日の夕刻にはセレブらしき外国人とカップルになって行動していることが多いようです。

 

彼女らの多くはホテルのフロントマンとは数年来の顔なじみで、初めて見かける人は滅多にいません。

 

外国人セレブを相手にするだけ会って英会話が堪能で、中にはフロントマンも及ばないほど達者な人もいます。

 

その上背が高く容姿端麗で、ビジュアル的にはファッションモデル並みの人も珍しくないほどです。

 

それに加えて知的ときていますから、前述したように、初めて見た人は「何ゆえ、この人がコールガールを?」と疑問に思うわけです。

 

その当時の職場の先輩の話では、彼女たちの多くは、コールガールが専業ではなく、普段は貿易会社などOLとして働いているそうです。

 

わたしは縁あってそうした人たちの一人と仲良くなって、時々コミュニケーションを交わしましたが、

 

その人は普段は石油関係の貿易会社の契約社員として働いており、週末や休暇の時だけ、英語の勉強を兼ねて、気に入った外国人のお相手をするのだ、と言っていました。

 

相手にする人は、本国ではエグゼクティブ(重役)が多く、1回2~3日のお付き合いに2000ドル~3000ドルのお手当てをくれるそうです。

 

この待遇を見ても、まさに高級コールガールそのものではありませんか。ちなみに彼女は90,60,90という素晴らしいプロポーションの持ち主です。

 

今回のテーマは「高級ホテルにたむろする怪しい人たち」になっていますが、前回の詐欺師と違って、こと彼女たちに限っては、決して怪しいとばかりは言えず

 

見方によっては高級ホテルによくマッチしており、「ニーズがあるので、居るべきして居る」、と言ってもいい人種なのかもしれません。



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第4回(2017年11月27日月曜日)

高級ホテルのロビ-にたむろする怪しい人たち(その4) ・ ホテルのスタッフを見事に騙すスキッパーとは? 

 

 スキッパーとは高級ホテル専門の無銭宿泊者のこと


どんな業界にも一般の人には理解できない業界用語があります。ホテル業界にもそうしたものがあって、特に高級なホテルになるほどその数が多いようです。

 

 

なぜなら都市の高級ホテルは、もともと欧米で生まれて発達してきたものが後に日本に入ってきたものだからです。

 

したがって建物の仕様から、サービスのシステムまで欧米を真似たもので、それらに伴って専門用語も伴って入ってきたのです。

ホテル用語に圧倒的に横文字が多いのもそのためです。

 

専門用語のほとんどが英語のまま使われています。例えば次のような言葉がありますが、ご存知のものはありましたか?

 

・ノーショウ(no show)⇒予約客が連絡なしで来ないこと

・ウォークイン(walk in)⇒予約のない飛び込み客

・デイユース(day use)⇒宿泊を伴わない日中だけの利用

・ペイドインアドバンス(paid in advance)⇒料金前払い

・スキッパー(skipper)⇒説明は本文に

 

想像するところ、これらの用語でお分かりになるとすれば、文字通りの意味のデイユースぐらいではないでしょうか。

 

いうまでもなく、これらの用語はすべて英語がそのまま入ってきた専門用語です。

 

さて本題にはいりますが、5つ用語のうち上の4つはさておき、最後のひとつであるスキッパーが今回の記事のテーマです。

 

スキッパーとは、ホテルを舞台にする詐欺師のことです。

 

とはいえホテルの客を騙すのではなく、ホテルで働いているスタッフをだますのです。

 

このブログの過去の記事に「みごとに騙された京都のホテル」という記事がありますが、これを読んでいただければスキッパーがどのようなものか、その全貌がわかります。

 

 

高級ホテルこそスキッパーの絶好の活躍場所

 

スキッパーを簡単に言えば、ホテルの無銭宿泊・飲食サギのことです。つまり何日間もホテルに逗留し、その間の宿泊費や飲食費をまったく支払わらわずに姿を消してしまう人のことです。

 

街の食堂などの無銭飲食に比べて、金額のスケールが大きいのがスキッパーの特徴です。

 

それをよく表しているのが前回の記事にある京都のホテルですが、その被害額は実に100万円にも達しているのです。

 

これだけ大きい金額を騙されるのも、スキッパーの詐欺師としての腕が良いからに違いありません。

 

彼らはホテル滞在中はスタッフに対しては徹底して紳士的かつフレンドリーに接します。

 

例えば外出から戻った時はフロントや客室のスタッフにおみやげとしてお菓子屋キャンディなどを買ってくることをわすれません。

 

それにとても話し好きで、あれこれと話題を見つけては気さくにスタッフにはなしかけます。

 

それゆえにスタッフとしては親しみを感じ、つい気を許してしまうのです。

 

しかし、それがスキッパーの思うつぼなので、後でうまく利用されるのです。

 

 

ホテルの支払いは後払いが原則

 

話変わりますが、ホテルの料金の支払いは、一般的には予約客に対しては後払いが原則で、チャックアウト時にまとめて支払うことになります。

 

とはいえ滞在が長く、通常より支払額が嵩んでいる客に対してはこの限りではなく、途中で支払いを求めることもあります。

 

ということは、滞在期間の長いスキッパー氏も料金が嵩んで中途請求の対象になることもあります。

 

なにしろ高級ホテルのことですから、たとえ1週間の滞在でも部屋代だけで10万円近くなり、それに飲食費などを加えると15万円~20万円程度になることは珍しくありません。

 

こうなるとチェックアウトのまでの中間時点で中途請求の対象になるのです。

 

でも普段からフロントスタッフとコミニュケーションを良好に保っているスキッパー氏ともなれば、強く請求できるとは限らず

 

「チェックアウトの時クレジットカードで一括払いにしてください」などと言われると、「了解しました」と二つ返事で請求を即座に引き下げてしまうのです。

 

 

かくしてスキッパー氏の勘定はその後も増え続け、スタッフが気がついたときは、スキッパー氏は姿を消してしまっているのです。

 

これで分かるように、ホテルを狙うスキッパーは、スタッフより一枚も二枚も上手なのです。

 

2021年2月16日火曜日

保険のおねえさんにはもう会えないのだろうか


コロナ禍で訪問営業(販売)はお手上げだが 


保険のセールスレディは今どうしているのか

生命保険会社の営業を支える“生保レディー”。 生命保険協会によると、2019年3月末の登録営業職員数は約23万4千人。 一方、離職率は3年で8割と言われるほど、厳しい世界だが・・・。


コロナ禍で訪問販売はお手上げ

コロナ禍で商店の多くが客離れから営業不振に陥っています。商店だけではありません。企業にしても3蜜を避けるため通勤を排して在宅勤務が奨励されています。

在宅勤務は別名テレワークとも呼ばれ、時代の先端をゆくワークスタイルとも考えられ、新しもの好きな人たちからは歓迎されている傾向も無きにしもありません。

でもすべての業種がこのワークスタイルに適合するわけではなく、中には在宅ワークには不向きな業種もあるのです。

その代表的な職種に挙げられるのが生保レディなのですが・・・。

 

保険セールスは色と欲が混る人間臭いもの

オンラインでの営業は無理、直接会って話さないと契約とれない

保険といえばすぐ生保レディが思い浮かぶように、いわば女性の活躍で成り立っている業界と言っても過言ではありません。

なぜ女性かといえばターゲットになる客層には圧倒的に男性が多いからです。その男性もどちらかといえば若年層が多いのです。それは保険は年齢が若くして加入するほど有利になる点が多いからです。

とはいえ男性営業マンがいないわけではありません。男性は男性なりに活躍の道はあるのですが、でも成果では女性に及びません。

それはこの項のタイトルにもあるように、保険セールスは「色と欲が混じる人間臭いもの」だからです。

その色と欲が混じる中で、生保レディは訪問活動を通じて客と直に触れ合いながらコミュニケーションを展開していくのです。

それ故にテレワークなどのオンラインでの営業では無理があるのです。

 

コロナ禍で訪問営業は難しくても生保レディだけは生き残ってほしい 

コロナ禍で3蜜が悪者になっている今、訪問営業が悪の代名詞の一つに違いありません。

その訪問営業の代表格が生保レディなのです。

保険業界の成長とともに育ってきたのが生保レディです。生保レディあってこその生保業界と言っても良いかもしれません。

コロナ禍でいかに訪問営業が廃れても、生保レディだけはなんとか生き延びて、コロナ終焉後は再び元気に活躍する姿を見たいものです。

 

 

 

 

2021年2月14日日曜日

トイレに写りの良い鏡がある店に行きたい



客商売の店・トイレの鏡はぜったい美人鏡でなければいけない

外出するとよく店のトイレに入りますが、その際気なるのは洗面台の前に設置された鏡です。この鏡、どこも同様ではなく店によって大きく異なるのです。

 

店によって何故これほど映り方に差があるのだろうか

異なると言っても大きさとか形状などなら問題ないのですが、気になるのは映り具合です。

つまり、自分の姿が「良く映るか、悪く映るか」に大きな差がある点です。いったい何故なのでしょう。

客商売の店に客の姿を悪く(ブサイクに)映らせる鏡がある、など信じられないことです。間違っても映りの悪い鏡をおいてはいけません。

ウォッシュルームミーティングという言葉があるくらい若い女性は化粧室が好きです。でも写りの悪い鏡がある化粧室に女性は集まりません。

 

店のトイレで鏡に映った姿が美しければ客は満足感を抱く

言うまでもありませんが、人は鏡に写った自分の姿が良くないとイヤな気持ちになり落ち込みます。

イヤな気持ちはいろいろですが、例えば自信を失ったり、気分が悪くなったり、外出しなきゃよかった、と思ったり、と様々ですが、どれをとっても悪い気持ちばかりです。

その結果どうなるかといえば、「もうこの店に来るのは止めておこう」と思うのです。

 

鏡の写りに不満を抱くと女性客は店から遠のく

そうなのです。店のトイレの鏡の写りが悪いと、客は気分を害するだけでは終わらず、もうこの店に来るのは止そう、とまで思うのです。だとすると客が鏡を見るたびに、客足が減ってくるのです。

これだといくら他のサービスに力を入れても及びません。というより、他のサービスを増やすより、鏡の写りを良くしたほうが店は流行るのです。

つまり、客がまたあの店に行って、写りの良いキレイな自分の姿が見てみたい、と思うからです。

 

美人鏡はトイレの設備で一番大切

いまショッピングセンターなどの女性用トイレは日を追うごとに設備が整ってキレイになっていっています。

清潔なウオッシュトイレはもちろんのこと、洗面台の備品もますます充実して、まるで高級ホテルの化粧室を思わすような豪華さです。そうした中で、もし鏡の写りが悪かったらどうでしょう。

せっかくの豪華設備も台無しになり、客は店に対して不満を抱くだけです。こうならないためには、まず第一に鏡の写りを念頭に置くべきです。

これにきれいに映るための最新の注意をはらった上で、その次に他の設備に気を配っていくのです。

 

いくら設備が充実していても見た目が良く映る鏡がなければアウト 

外出してショッピングセンターの化粧室に入って、鏡をのぞいてみると、思いの外自分の姿が醜く、ブサイクに見える。このときの女性の心理を考えてみてください。

自分はこんなに醜いすがただったのか、こんなブサイクな姿を晒しながら人前に出ていたのか、なんと恥ずかしいことだろう。

早く人前から身を隠したい。こういう気持ちになるのは決して極端なことではないのです。


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●あわせて読んでいただきたい記事
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2021年2月10日水曜日

翻訳の仕事はAIに奪われてしまうのだろうか?



AI翻訳はこのところ長足の進歩を遂げたが

文学作品などではまだまだ人の力には及ばない

 

AIの進歩は様々なジャンルで画期的な変化をもたらしており、人々は「仕事を奪われるのでは」と危惧していますが、翻訳の業界も例外ではありません。

AI翻訳といえば、まずトップに上げるべきはグーグルでしょうが、このところの進歩のめざましさは万人が認めるところです。

巷では、「もはやプロの翻訳家に負けないぐらい力をつけている」という声さえ聴こえてくるぐらいです。

とはいえ、そう言えるのはあくまでビジネス文書、学会の論文系文書などの分野であり、こと文学作品となれば決して人の力に及ぶところまで進歩しているとは言えません。

それを示すためにここではあるミステリー作品の序文の部分をを土台にして、その訳文を比較してみることにします。

 

文学作品でAI翻訳(エキサイト翻訳)と人(プロの翻訳家)の訳文を比較

出典・通訳翻訳Web

 

Considering that Mr.Harold Carobleat had been in his time a town councilor of Flaxborough, a justice of the peace, a committeeman of the Unionist Club, and, reputedly, the owner of the town’s first television aerial, his funeral was an uninspiring affair.
 And considering the undoubted prosperity of Mr.Carobleat’s business establishment, the ship brokerage firm of Carobleat and Spades,its closing almost simultaneously with the descent of its owner’s coffin into a hole in Heston Lane Cemetery was but another sign that gloria mundi transits as hastily in Flaxborough as anywhere else.

Coffin, Scarcely Used(Colin Watson著)より

 

 翻訳訓練生(優秀者)の訳文

人生で最も羽振りの良かった頃のハロルド・キャルブリート氏は、フラクスボローの町議会議員、治安判事、社交クラブの委員を務めていた。噂では、この町のテレビアンテナ所有者第一号だったという。その割には、彼の葬儀は侘しいものだった。
 そのキャルブリート氏が設立した船舶仲介会社〈キャルブリート・アンド・スペイズ〉は大成功を収めたのだが、ヘストン・レーン共同墓地の一画に氏の棺が埋葬されるのとほぼ同時に、会社は閉鎖された。フラクスボローであれどこであれ、栄光はあっという間に過ぎ去るものだ、という証でもあった。

プロ翻訳家 宮脇孝雄氏の訳文

 考えてみれば、わが世の春を謳歌していたころのハロルド・キャロブリート氏は、フラクスバラの町議会議員や、治安判事、ユニオニスト・クラブの理事などを務めていて、町で最初にテレビのアンテナを家に設置した人物であるともいわれているが、その葬儀はなんともぱっとしないものだった。
 また考えてみれば、キャロブリート氏の会社、船舶仲立業の〈キャロブリート&スペーズ〉社は間違いなく繁盛していたのに、オーナーの棺がヘストン・レーン墓地の穴に下ろされるのとほぼ同時に店をたたんでおり、そのことからまたしてもわかるように、余所と同じくフラクスバラでも現世の栄華はたちまち過ぎてゆくのである。


エキサイト翻訳の訳文

ハロルドCarobleatさんが彼で間に合ったこと Flaxboroughの町会議員、治安判事、ユニオニストクラブの委員 、および評判によれば 町の最初のテレビアンテナのオーナー を考慮して、彼の葬式は感銘を与えない事柄であった。

 そして、Carobleatさんの事業所の確かな繁栄、Carobleatの船証券会社と踏みすき、それがヘストンレーン墓地の穴にそのオーナーの棺の下降に同時にほとんど接近することを考慮することがであったけれども、 別の合図 that グロリアmundiは、Flaxboroughにおいて、他にどこでもあるのにも劣らずあわただしく移行する。


(翻訳のポイント)

原文の形からすると、しれっとした顔で長文を二つ続けているところがなかなかおもしろいのですが、このように途中で切って訳すのも一つの見識です。

ミステリの書き出しにはいろいろ仕掛けがあるもので、この場合も例外ではありません。最初の in his time(「若いころには/盛りには/これまで/存命中には」などの意味があります)は、この文脈では「生前の」と訳すのが普通ですが、ここでは「盛りには」の意味に取らないと、あとの展開と矛盾をきたします。ただ、それは最後まで読まないとわからないことなので、このコンテスト的には「生前の」でもOKです。

(参考サイト)出典:通訳翻訳WEB

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翻訳者として生き残るには広い分野で対応できる力をつけること

上で示したように、人による翻訳(2例)とAI翻訳(エキサイト翻訳)では訳文の質にかなりの差が見られます。

言うまでもなく、ここで上げた文学作品に於いては人による翻訳のほうが優れているのは明らかです。とはいえ文学以外の分野、例えばビジネス文書、学会論文系などになると、優劣はそれほど顕著には現れません。

ということは、これからの翻訳者は機械翻訳が苦手分とする分野も含め、なるべく幅広いジャンルに対応できる力をつけることが生き残るための必須条件になります。

 

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2021年2月7日日曜日

とんでもないことを言っている人がいる


「小説は無理でもエッセイなら誰でも書ける」という文章教室の講師

 

まず下の文章を読んでください。

 

あなたもエッセイストになれます。小説を書くには、やっぱり才能が必要です。シナリオを書くのも、同様でしょう。ところが、エッセイを書くのに才能は不要です。ふつうに日本語を話し、読み書きできれば、誰にでもエッセイを書くことができます。強いて必要なことを挙げれば、「観察眼」でしょう。エッセイを書くことを念頭に日々、観察眼を磨いていけば、必ず上達します。さあ、あなたも「夜のエッセイ塾」へ、どうぞ。

 

い

かがでしょうかこの文章は。ちなみにこれを書いた方は、このエッセイ塾の講師で、かつてはメジャー週刊誌で編集長をされていた人です。


元週刊誌編集長で、今はエッセイ塾講師と聞けば、もうバリバリの文章のプロです。間違ってもおかしな文章は書けません。


ところがどうでしょう。上の文章がおかしくないと言えるでしょうか。私にはとうていそう思えません。


どう読んでもおかしな文章だからです。まず挙げられるのば次の文節です。「小説やシナリオを書くには才能がいるが、エッセイにはそれはいらない」


そして次は結論として書いている「才能がいらないから誰にでも書ける」です。


どう考えても立派な経歴の持ち主である文書のプロが本気でこう思っているとは考えられません。多分この方はエッセイ教室の生徒集めのためにしかたなく書いた宣伝のためのものに違いありません。


そ


エッセイの目的とは?

作家など文筆を主業とする方がよく書くのがエッセイです。なぜなら小説とともに人々に最もよく読まれるのがエッセイだからです。でもなぜエッセイはよく読まれるのでしょうか。わたしが考えるのに、おそらく読者には次のような目的があるからではないでしょうか

 

・文章の手本にしたい

良い文章を書きたいがなかなかうまくいかない。良い手本はないだろうかと作家の書いたエッセイからを見つけようとする

 

・心の栄養剤がほしい

仕事や日常生活からのストレスで心が荒んで来ている。健全な状態に戻すためには心の栄養剤が必要だ。良いエッセイでも読んでみよう。

 

・あたらしい知識を得たい

インプットがないとアウトプットは続かない。会議での発言やレポートのためにも新鮮で魅力的な言葉を覚えなければいけない。

 

人々のエッセイを読む目的が上のような点にあるとすれば、書き手としては当然のごとくこうした点を踏まえて執筆に臨まなければいけません。

 

つまり

・手本になるようや良い文章を書く

・読者の心に栄養剤になるような話を書く

・新しい知識で人々を啓蒙する

 

の3点にあるに違いありません。

 

したがってこれを踏まえて書かれたものが良いエッセイであり、そうでないのがつまらないエッセイということになります。

ということは、上の文章にあるような、「エッセイは誰にでも書ける」というような

易しいものでは決してないのです。

 

 

2021年2月1日月曜日

良いエッセイ、悪いエッセイ


有名作家のエッセイ集なのにつまらない作品がいっぱい、なぜ?
 

毎日のように作家が書いたエッセイを読んでいます。いや正確には、良いエッセイ作品とそれを書いた作家を探し続けている。と言ったほうがベターかもしれません。 

さらには 

・悪い作品の多いエッセイ群の中から良いエッセイを選んでいる

・玉石混交のエッセイ作品から玉と石を見分けている

・良いエッセイを書く作家を探してる 

などというふうにも言えます。

最近の読書傾向がこんなふうになってしまったのは、今の世の中には悪い(つまらない)エッセイがあまりにも多いせいです。

そうなのです。いま世に出ているエッセイは例え名の通った大手出版社が一流と言われる作家を使って出版した作品集でも、決して良い作品が掲載されているとは言えないのです。

出版社も作者も一流なのに、肝心の中身であるエッセイは読むに値しない駄作がやたら多いのです。

それ故に出版社と作者の名前だけを信じて素直に読んでいるわけにはいかないのです。これが良い作品を探し求めてひたすらエッセイ集を読み続ける理由なのです。 

悪いエッセイに出会うと「ウーン」とため息が出て「何故なのだ?」と考え込んでしまう

前述のように作家のエッセイ集を読んでいて、期待とは裏腹に内容が悪くてつまらない作品に出会うことはよくあります。

こう書けば、良い作品が多く悪い作品が少ないようにも聴こえますが、実際は逆で良い作品がたまにしか無いのです。

それを示す一つの例をご紹介します。光村書店という出版社が「ベストエッセイ」と名付けたエッセイ集を毎年1冊づつ出しています。

その年の年号をつけて、「ベストエッセイ2019」とか「ベストエッセイ2020」というふうなタイトルをつけています。

名前の通りに理解すれば、その年に出たよりすぐりのエッセイ集成ということに 

日本文藝家協会編

編集委員:角田光代、林真理子、藤沢周、町田康、三浦しをん

これだと読者としては「いったいどれほど素晴らしい作品に出会えるだろうか」と、読む前から期待でゾクゾクするに違いありません。

この本には各巻とも約80編のエッセイ作品が載っています。ということは作者も80名余ということになります。

要は80名の有名作家による名エッセイの集大成であるはずなのです。

で、読んだ結果はというと、これが大変な看板倒れで、80編のうち「いいな」と合格点がつけられるのは10編程度しか無く残り70編のうち、「まあまあ」の評価がが20編程度。

では残り50編がどうなのかといえば、これらすべてが「どうでもいい」ようなことを書いているつまらない作品だったのです。

この一冊に限ったことではありません。この2年間ぐらいの間に2013年~2019年までの合計7冊を読みましたが、いずれも大差はなく、同じようなレベルの内容だったのです。

 

毎日エッセイを読み続け良い作品との出会いを待っている

エッセイをよく読むのはエッセイが好きだからです。もちろん読む以上は良い作品ばかりであってほしいと願っています。

でもその願いがいつも叶うとは限りません。いやこう言うより「良い作品よりむしろ悪い作品に出会って失望するほうが多い」と言ったほうが適当かもしれません。

上の「ベストエッセイ2019」の件でも、それがよく御理解いただけるのではないか、と思います。 

作家の名前だけではエッセイの善し悪しはわからない

良いエッセイを読みたいのなら良い作家の作品を読めばいいではないか、という声がどこかから聞こえてコそうですが、

そんなふうに言う人は、たぶん良い作家なら良いエッセイを書くに違いない、と思っているのです。

でもそれは大間違いです。そう思って一流作家ばかり選んで読んだとしても、悪い作品に出会う確率は一向に減らないのです。その理由について書いていきます。

 

一流作家が悪い(つまらない)エッセイを書く理由はこの5つ 

・いつも締め切りギリギリにならないと書かない

作家に作品執筆の依頼をした出版社などのクライアントは、作品の完成をいつまでも待ってくれるわけではなく締切日を設定しているのが普通です。

もちろん出版社だけの都合でなく、作家が余裕を持って執筆に当たれる余裕を持った設定になっているはずです。

ところが作家というのは往々にして横着な人が多く、つい怠惰な気持ちに負けてしまい、時間に余裕があってもなかなか早めに仕事につかないのです。

そして気がついてみれば締め切りギリギリになっていて、あわてて執筆に取りかかるのです。そのため時間不足が生じて中途半端な作品にお終わってしまうのです。 

・エッセイのネタ収集努力を怠っている

ネタの良い寿司が美味しいように、読者が満足する優れたエッセイを書くためにはネタになるテーマ選びが大切です。

とはいえ良いテーマがどこにでも転がっているわけではありません。努力して見つけないといけないのです。

作家たる者、日頃から観察眼を駆使してエッセイのための良いテーマ探しに励まないといけないのです。

それを怠るとネタ切れに陥り、つい間に合せのテーマを使ってしまうため、結果としてはつまらないエッセイになってしまい読者の失望を買うのです。 

・適当なテーマで書くため内容が伴わない

エッセイのテーマが見つからず、つい適当な題材を使って書くと、往々にして読者を満足させる良い作品ができません。

間に合わせのテーマだと、思慮不足から理屈や辻褄が合わなかったりすることが多いのです。

これを今流の言葉で言えばエビデンスが十分でないのです。

その結果説得力の乏しいい内容の薄いものになり、読者の支持を得られないのです。 

・やっつけ仕事を自覚していない

やっつけ仕事とは急場の用に間に合わせるために急いでする仕事のことを言います。ではその結果がどうかというと、その場限りの仕事。いい加減な仕事、雑な仕事などと評価され、決して良い仕事とは認められないのです。もちろん作家はやっつけ仕事が良くない事は知っています。でも〆切に迫られて時間がないときや、良いテーマが見つからないときは、知らず識らずのうちにこれに手を染めてしまうのです。 

・仕事を引き受け過ぎているい

言うまでもありませんが作家は一人でする仕事です。人を雇って代わりに書いてもらうわけには行きません。したがって仕事の量にはおのずと制限がかかります。ということは注文を受ける量もそれに見合ったものでなければいけまえん。ところが時としてこれを忘れて原稿の依頼があるままどんどん注文を受けてしまいます。その結果、受けたものは仕方ないと、注文を消化するため質を気にせずどんどん書き進めます。その結果粗製乱造になり、つまらない作品ばかりが出来上がるという構図になるのです。

 

作家のエッセイ集・価格は同程度なのにクオリティには天と地ほど差 

最近読んだ2冊のエッセイ集があります。作者は一方がH.Mさん。もう一方がA.Sさんで両方とも有名なベテラン女性作家です。

出版社は文藝春秋と中央公論新社で、作品は両社の発行する週刊誌と月刊誌にシリーズで掲載されたエッセイがをにまとめたものです。

お二人の作家とも過去にはベストセラー作品を出した実力は作家ですから読む前から期待していました。ちなみに2冊の本の価格は1300円と1200円で同程度です。

で、結果はというと、満足したのはASさんの方だけで、HMさんの作品には期待を大きく裏切られました。

はっきり言えば2作品にはクオリティの点で天と地ほどの差があったのです。要するにHMさんの方は、悪い(つまらない)作品だったのです。

 

良いエッセイ、悪いエッセイの最後に

これまで書いてきたことを読んだ方には、わたしがまるで悪いエッセイしか読んでいないように思われるかもしれません。でもけっしてそんなことでもなく、けっこう良い作品も読んでいるのです。それを証明するために、最後に最近読んだ5作品についての評価表を付しておくことにします。これにはとびきり優れたエッセイ集2冊が含まれています。

 

作家

作品

評価

五木寛之

エッセイ集「生きることは面白い」

☓

林真理子

エッセイ集「マリコ炎上」

☓

小川洋子

エッセイ集「妄想気分」

△

藤沢周平

帰省・未刊行エッセイ集

○

阿川佐和子

エッセイ集「老人初心者の覚悟」

◎

吉本ばなな

エッセイ集「小さな幸せ46コ」

◎

4段階評価  ◎、○、△、☓