母が遺したノート |
お盆の季節になり、故人のことを思い出すことが多くなった。
その中でも一昨年100歳で長寿を全うして亡くなった母のことは別格で、何かにつけてその思い出が脳裏をよぎる。
これは母が80歳少し前ぐらいのときの話である。
お盆休みを利用して母に会いに行った。
その頃の母は老人ホームに入居していた。子どもが5人もおり、なにも独居することもなかったのだが、なにぶん独立独歩の精神が旺盛な人で、子どもとの同居は好まなかったのだ。
そのときの訪問は1年ぶりということもあり、いつもより少し間が空いていたこともあって、お土産をすこし奮発して多めに持参した。
そのお土産を見て母は言った。
「あらあら、どうしたの?こんなにたくさんのおみやげ、でもあなた手元不如意じゃなかったの?」
「手元不如意」母の口から思いがけない言葉が飛び出した。
もちろん意味は知っている。でもそんなときに突然耳にして、しかもそれが母の口から出たことに少し驚いた。
母は元来勉強家で物知りである。
女学校を首席で通して、卒業式には代表で答辞を述べたぐらいである。
そのせいか、言葉遣いは老人としては珍しいぐらい新鮮で、そのボキャブラリーも豊富なのである。
だから話していて、時々ハッとさせられることがあった。
あるときなど、その頃私が読んでいた「フォーカス」という写真刊誌のことが話題になり、母は突然「フォーカスってどういう意味?」と聞いた。
「焦点」というその意味を度忘れしていた私はとっさに答えられず大恥をかいたことがあった。
母はそのように、幾つになっても知的好奇心も旺盛な人であった。
さて話を元に戻して「手元不如意(てもとふにょい)」のことにする。
年配の方だと、おそらく意味をご存知の方も多いと思うが、若い方だとどうだろうか。
「手元不如意」とは読んで字のごとく、思い通りにならない、という意味であり、それが転じて、懐具合が悪く、金が無いという意味なのである。
その頃の私は転職を重ねていて安定しておらず、しばしば金欠状態に陥っており、母はそのことをよく知っていたのである。
さあもうすぐお盆、そろそろ仏壇の母に新しい花とお供え物をすることにしよう。
0 件のコメント:
コメントを投稿