(前日よりつづく)
真夜中にパトカーでセントメモリアル病院へ
それから15分ぐらいたってから、入口のドアが激しくノックされたので私は急いで戸口に走った。
念のためドアスコープを覗くと、なぜか二人のポリスが立っていた。
救急車と聞いて、てっきり白衣を着た人が来るとばかり思っていたので、ドアの前の二人を見て不思議に思った。
ドアを開けると二人のポリスは、そこに立っている私を見て一瞬怪訝な表情を見せたが「ミセス・ウインストンの家か?」とだけ聞くと、ズカズカと中へ入ってきた。
一人の方は私が顔を後方に大きく反らさないとその顔が見えないほどの大男であり、もう一人はガッチリ型で背は私より少し高い程度で、どちらかと言うとずんぐりした体形であった。
大男の方のポリスがエセルと二言三言喋ったあと、今度は私に向かってエセルとの関係を聞き、そのあと「一緒に付き添ってほしい」と言った。
私はそのとっさの申出にとまどった。
その様子を見てか、ポリスは「病院での手続きがすんだら帰ってもいいから、とにかくついて来てくれ」と念を押した。
何の手続きかは知らないが、仕方ないと思って「OK」と応え部屋に戻ってすばやく身支度を整えた。
二人のポリスが両側からエセルを抱えて外へ出た。
12月のマンハッタンの深夜は身を切るような寒さで出たとたん歯がガチガチと鳴った。
大型フォードのパトカーが玄関の前に横付けされていた。私とエセルは後部シートに乗せられ、小さい方のポリスが運転席に座るとパトカーはゆっくり走り出した。
車はアベニューを何本も横切り、イーストリバーの方へと向かって走っていった。
すでに深夜の三時に近く、辺りは深閑と静まりかえっていた。
それでもところどころの路地には飲んだくれの黒人がほっつき歩く姿が見えた。
車を運転している方にポリスが私に「どこから来たのだ?」と聞くので「ジャパンのトウキョウだ」と答えると「自分も兵隊でヨコスカにいたことがあり、そこで日本人のエミーという女性と知り合ったんだ」と人なつっこく話した。
発音が職場の同僚アーリーに似ていて、この男も多分スペイン系だな、と私は思った。
深夜のセントメモリアル病院で
車は深夜のマンハッタンを滑るように走っていき10分もたたない内にイーストサイドの大きな病院に着いた。
玄関の上のセントメモリアル病院という文字が暗闇の中でうっすらと見えた。
車が止まると大男の方が先に降りて中へ入って行った。
しばらくすると彼はタンカを持った白い服の二人の男性を伴って戻ってきた。
間もなくエセルはタンカに乗せられて運ばれていった。
それを見届けると二人のポリスは私だけ残して去っていった。
私はタンカを追って玄関の方へ歩いて行った。
真夜中とは言え、この巨大都市の救急病院のロビーには意外と人の数は多かった。
エセルが治療室に入った後、玄関のすぐ右手にある受付に呼ばれ、付添い人としての書名をさせられた。
そのあとで受付の30年配の痩せた男性事務員にエセルについての事情を聞かれたが、私が日本からきて間もない単なる下宿人だとわかるとその後はあまり突っ込んだ質問はせず、患者の状態がわかるまでしばらく待合室で待つようにと指示をした。
そう言われた以上私としてもすぐ帰るわけには行かず、仕方なく教えられた待合室へ入っていった。
木製のベンチが四脚並べてあるだけの殺風景なその部屋には子供を抱いた若い黒人女性が腕をゆすりながら子供を寝かしつけていた。
そしてひとつ前のベンチにはいかにも眠たそうな顔をしたエセルより少し若いと思える白人の老いた男が所在なさげに座っていた。
私はその老人の隣に座り、「ハロー」と声をかけたが相手は目で少し笑っただけで口は動かさなかった。
エセルが注射でとりあえず回復、タクシーで帰途へ
エセルはいったいどうなんだろう?まさかこのまま入院するのではないだろうな。
そんなことを考えている内に、ふいに睡魔がどっと押寄せてきて知らない内に座ったままうつらうつらと眠ってしまった。
どれぐらいたってか、誰かが肩をたたくのにハッと気付いて目を開けた。
するとすぐ前に黒人の看護婦が立っており、私の隣にはエセル腰掛けていた。
看護婦が私に言った。
「今日のところは何とか発作も止まりました。
よい注射を打ったのでしばらくは咳も出ないと思います。とりあえず今夜はつれて帰ってください。
でもこの次に同じようなことがあったら、その時はしばらく入院しなければならないでしょう。どうぞお気をつけて」
眠気まなこの私の目に黒い肌と見事なコントラストをなした彼女の白衣がまぶしかった。
看護婦に礼を言った後、エセルに向かって「だいじょうぶ?」と聞くと、彼女は来る前と違ってにっこりしながらゆっくりとうなづいた。
エセルは何とか歩けるようになっていたので、手を引いて出口の方へ向かった。外には病院が手配してくれたタクシーが待っていた。二人とも何も喋らずそれに乗り込んだ。
アパートに着いた頃にはあたりは微かに白み始め、マンハッタンの夜明けがぼつぼつ始まっていた。
真夜中にパトカーでセントメモリアル病院へ
それから15分ぐらいたってから、入口のドアが激しくノックされたので私は急いで戸口に走った。
念のためドアスコープを覗くと、なぜか二人のポリスが立っていた。
救急車と聞いて、てっきり白衣を着た人が来るとばかり思っていたので、ドアの前の二人を見て不思議に思った。
ドアを開けると二人のポリスは、そこに立っている私を見て一瞬怪訝な表情を見せたが「ミセス・ウインストンの家か?」とだけ聞くと、ズカズカと中へ入ってきた。
一人の方は私が顔を後方に大きく反らさないとその顔が見えないほどの大男であり、もう一人はガッチリ型で背は私より少し高い程度で、どちらかと言うとずんぐりした体形であった。
大男の方のポリスがエセルと二言三言喋ったあと、今度は私に向かってエセルとの関係を聞き、そのあと「一緒に付き添ってほしい」と言った。
私はそのとっさの申出にとまどった。
その様子を見てか、ポリスは「病院での手続きがすんだら帰ってもいいから、とにかくついて来てくれ」と念を押した。
何の手続きかは知らないが、仕方ないと思って「OK」と応え部屋に戻ってすばやく身支度を整えた。
二人のポリスが両側からエセルを抱えて外へ出た。
12月のマンハッタンの深夜は身を切るような寒さで出たとたん歯がガチガチと鳴った。
大型フォードのパトカーが玄関の前に横付けされていた。私とエセルは後部シートに乗せられ、小さい方のポリスが運転席に座るとパトカーはゆっくり走り出した。
車はアベニューを何本も横切り、イーストリバーの方へと向かって走っていった。
すでに深夜の三時に近く、辺りは深閑と静まりかえっていた。
それでもところどころの路地には飲んだくれの黒人がほっつき歩く姿が見えた。
車を運転している方にポリスが私に「どこから来たのだ?」と聞くので「ジャパンのトウキョウだ」と答えると「自分も兵隊でヨコスカにいたことがあり、そこで日本人のエミーという女性と知り合ったんだ」と人なつっこく話した。
発音が職場の同僚アーリーに似ていて、この男も多分スペイン系だな、と私は思った。
深夜のセントメモリアル病院で
車は深夜のマンハッタンを滑るように走っていき10分もたたない内にイーストサイドの大きな病院に着いた。
玄関の上のセントメモリアル病院という文字が暗闇の中でうっすらと見えた。
車が止まると大男の方が先に降りて中へ入って行った。
しばらくすると彼はタンカを持った白い服の二人の男性を伴って戻ってきた。
間もなくエセルはタンカに乗せられて運ばれていった。
それを見届けると二人のポリスは私だけ残して去っていった。
私はタンカを追って玄関の方へ歩いて行った。
真夜中とは言え、この巨大都市の救急病院のロビーには意外と人の数は多かった。
エセルが治療室に入った後、玄関のすぐ右手にある受付に呼ばれ、付添い人としての書名をさせられた。
そのあとで受付の30年配の痩せた男性事務員にエセルについての事情を聞かれたが、私が日本からきて間もない単なる下宿人だとわかるとその後はあまり突っ込んだ質問はせず、患者の状態がわかるまでしばらく待合室で待つようにと指示をした。
そう言われた以上私としてもすぐ帰るわけには行かず、仕方なく教えられた待合室へ入っていった。
木製のベンチが四脚並べてあるだけの殺風景なその部屋には子供を抱いた若い黒人女性が腕をゆすりながら子供を寝かしつけていた。
そしてひとつ前のベンチにはいかにも眠たそうな顔をしたエセルより少し若いと思える白人の老いた男が所在なさげに座っていた。
私はその老人の隣に座り、「ハロー」と声をかけたが相手は目で少し笑っただけで口は動かさなかった。
エセルが注射でとりあえず回復、タクシーで帰途へ
エセルはいったいどうなんだろう?まさかこのまま入院するのではないだろうな。
そんなことを考えている内に、ふいに睡魔がどっと押寄せてきて知らない内に座ったままうつらうつらと眠ってしまった。
どれぐらいたってか、誰かが肩をたたくのにハッと気付いて目を開けた。
するとすぐ前に黒人の看護婦が立っており、私の隣にはエセル腰掛けていた。
看護婦が私に言った。
「今日のところは何とか発作も止まりました。
よい注射を打ったのでしばらくは咳も出ないと思います。とりあえず今夜はつれて帰ってください。
でもこの次に同じようなことがあったら、その時はしばらく入院しなければならないでしょう。どうぞお気をつけて」
眠気まなこの私の目に黒い肌と見事なコントラストをなした彼女の白衣がまぶしかった。
看護婦に礼を言った後、エセルに向かって「だいじょうぶ?」と聞くと、彼女は来る前と違ってにっこりしながらゆっくりとうなづいた。
エセルは何とか歩けるようになっていたので、手を引いて出口の方へ向かった。外には病院が手配してくれたタクシーが待っていた。二人とも何も喋らずそれに乗り込んだ。
アパートに着いた頃にはあたりは微かに白み始め、マンハッタンの夜明けがぼつぼつ始まっていた。
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