ある本を読んでいてすごく印象的な文章に出会った。
それは次のようなものである。
・・・・・・ 父は無口で笑顔も滅多に見せないが、渥美清のトラさんの映画を見るときだけは例外であった。
ある日二人で「男はつらいよ」の映画を見にいった。
満員で席が無く、仕方なく立見席で見ることにした。
しばらくして映画が佳境に入ってきたとき、ふと横を見上げると、満面に笑顔を浮かべて食い入るように画面に見入っている父の姿が暗闇の中にうっすらと見えた。
トラさんが「テキヤ」で口上を述べるシーンであった。
家では滅多に見せることのない父の姿である。
父のそんな笑顔を見て、僕はとても幸せな気持ちになった ・・・・・・・
これはこの本の著者の友人が父親について述べたことをこの映画の監督である山田洋二氏に語った一節である。
この心温まる文を読んで、私はふと子供時代の経験した母についてのある思い出が心をかすめた。
それは戦後の混乱がまだ落ち着いていない私が小学校2年生ぐらいの昭和24年頃のことである。
その頃でもまだ厳しい食糧難は続いており、我が家でも6人の子供を食べさせていくのに両親は毎日大変であったようだ。
したがって生活の心配が先立ってイライラしていたせいか、その頃の母は何かにつけて私をよく叱った。
でもある日学校から帰ってくると、珍しく母は上機嫌だった。
どうしたんだろう?何かいいことがあったのだろうか。
そういった不思議な思いはしたものの、私としても母の機嫌よさそうな顔を見るのは嬉しいことであった。
その母をしばらく見ていると、そのうちに鼻歌を歌い始めたのである。
それまで母が歌う姿など見たことが無く、私は少し驚いた。
何の歌だったかは覚えていないが、随分長い間歌っていたようだった。
そんな母の姿を見て私はなんとも言えない幸せな気持に包まれていた。
子供時代、私に対してはしつけの厳しい母だった。
特に姿勢についてはうるさかった。
食事のときなど少しでも背を丸めたりしていると、「姿勢が悪い!」と言ってピシャリと私の背中を叩いた。
でも母のその躾のおかげで私はいまでも良い姿勢を保てている。
いつでもどこでも、母の言葉を思い出して背筋をピンと伸ばしている。
幼少期のそんなことをふと思い出したのだが、その母も昨年の12月に満99歳、数え年100歳で天国へ召してしまった。
「お母さん、僕は今でもあなたの言いつけをよく守って姿勢よくしていますよ」
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