2022年5月25日水曜日

CEOという役職名に馴染めない

 


組織のトップの人のことを代表取締役や社長ではなくCEOと呼ぶ会社が数社に1社はある。

使われはじめて10年以上になるが個人的にはいまだにこれに馴染めない。

その理由は横文字であることだけではなく紛らわしいからである。何故紛らわしいかと言えば似たようなものが多すぎるからである。

 

CEOに似たものが他に7つもある(COOCFOCTOCMOCPOCKOCSO

上に上げたように、Cにはじまってその次に○○と続く なんちゃら Oという形のものが全部で7つもあるからだ。これを紛らわしくないとどうして言えようか。

ではこれら8つの職名は、一体どのような違いがあるのだろうかを一つづつ説明していくことにしよう。まずCEOだか、一般的には会社の代表者と思われているが、日本の代表取締役とは若干ニュアンスが異なる。

 

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CEOとは

まずは、日本人でも多くの方がご存じであろう「CEO」について説明します。
CEOとは、もともとアメリカで通用している概念で、英語の「Chief Executive Officer」の略になります。
日本語では「最高経営責任者」という意味として知られています。

一見すると、日本の代表取締役と同じ意味に思えますが、実際にはニュアンスが異なります。
日本における代表取締役とは、経営における決定・執行の両方を取り仕切る立場であり、総合的な意味での会社経営に対する責任を負います。
つまり、代表取締役とは「会社の代表・主体者」であることを示す意味合いです。

これに対してCEOは、取締役会という経営判断を行うセクションから選任された立場で、経営における最高権力者という位置づけです。
その中には、執行に関する業務は基本的に含まれていないため、あくまでも経営方針を決定する立場となっています。
あくまでも、経営業務を委任された立場であるところに、代表取締役との違いがあります。

つまり、日本における一般的な代表取締役という概念は、CEO以上の仕事をこなしているという意味合いとなります。
社長という言葉になるともっと曖昧で、多くの会社の社長は、CEOという枠組みに当てはまらない仕事をしているものと考えてよいでしょう。

 

日本での使われ方

より具体的に、日本におけるCEOという名称の使われ方や、役職として行うべき職務についても触れていきましょう。
基本的には【その会社の社長・会長≒CEO】という理解がおさまりがよいことから、実質的に経営に携わる者がCEOであるという認識となっています。

そもそも、日本の法令でCEOという肩書が厳密に定義されていない以上、理論上はCEOを誰でも名乗れることになります。
もちろん、そうすると社内外で「誰がこの会社の実質的な経営責任者なのか分からない」という状況に陥るため、実際にはそのようなことはありません。

また、日本国内でも「代表取締役会長兼CEO」といった肩書を見かけるようになりました。
この場合、日本における法律上は代表取締役でも、実際に行っている業務はCEOの内容だという意味で用いられています。
立場は日本語、役割は英語を確認することで、その人のポジションが理解できるようになっていると言えるでしょう


COO

Chief Operating Officer」の略で、日本語に訳すと「最高執行責任者」です。
経営判断には携わらず、実務上における最高責任者として区別されます。
会長がCEO・社長がCOOになっている会社は、会長が実質的な経営権を持っていると考えればわかりやすいでしょう。

CFO

Chief Financial Officer」の略で、日本語に訳すと「最高財務責任者」です。
社内のお金の流れを統括する立場であり、会計部門として管理を担い、投資・資金調達にも関わります。
日本ではCEO・COOに次いでよく聞かれる名称であり、会社の財務に関わる責任の大きいポジションです。

CTO

Chief Technical Officer」の略で、日本語に訳すと「最高技術責任者」です。
その会社の技術面におけるトップの立場を意味し、研究開発・技術開発における立案など、開発の方向性を定める役割を担います。
日本では単純に「技術部門や研究開発部門の長」を意味することもあります。

 

まだまだあるぞ

CMO

Chief Marketing Officer」の略で、日本語に訳すと「最高マーケティング責任者」です。
マーケティングに関する戦略立案の他、投資先の最適化などにも対応する役職です。
部署の垣根を超えて「自社のマーケティングそのもの」を体現する役職として、インターネット普及に伴い重要性を増しています。
ただ、単独で動くというよりは、COO・CFOの承認の下で動くケースが想定されます。

CPO

Chief Privacy Officer」の略で、日本語に訳すと「最高個人情報責任者」です。
個人情報の取扱いに関する最高責任者として、プライバシーポリシーの構築に携わります。
情報管理に関する監査・評価の仕組みを構築する役割も担います。

CKO

Chief Knowledge Officer」の略で、日本語に訳すと「最高知識責任者」です。
企業価値向上に向けて、社員個人の知識・ノウハウなどを共有できるようにする役割を担います。
部署の枠を超えた生産性の向上・カスタマーセンターに集まった意見や苦情の共有化に向け、方針を打ち出しマネジメントしていく立場と考えると分かりやすいでしょう。

CSO

Chief Strategy Officer」の略で、日本語に訳すと「最高戦略責任者」となります。
職務内容は幅広く、CSOという3文字で全く別の意味を示すビジネス用語も数多くあるため、色々な場面で混同されがちですが、基本的には企業戦略に特化した役職です。
グループ企業が数多くある中で事業戦略を統括する役割を担い、難易度の高いM&A・事業開発などにも携わります。
経営全体を見通すCEOと異なり、企業の「攻め」に特化した役職と言えるでしょう。

出典:MS Agent

 

 

 

2022年5月18日水曜日

バイデン米大統領が日本より先に韓国を訪問 北朝鮮への忖度なのか

 バイデン氏、日本より韓国を先に訪問…5月21日に首脳会談

バイデン氏の韓日訪問順序 「深く考えないでほしい」=ホワイトハウス

配信


 

2022年5月15日日曜日

読売だけではない「人生相談」でも見た朝日の実力

 書評「人生の救い」車谷長吉 朝日文庫

車谷長吉はわが町 姫路市出身の作家で、直木賞受賞の「赤目四十八瀧心中未遂」をはじめ、数々の名作を世に出しているが、惜しくも69歳で亡くなった。

慶応大学文学部卒という文学者としては申し分のない毛並みだが、若い頃から放浪癖のある破天荒な性格で、居場所や職業を転々としたせいで作品が世に認められるまでにはかなり月日を要した。

とは言え、認められた後は直木賞を筆頭に、芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞平林たい子文学賞など数々の文学賞を受賞している。

そんな彼は一時朝日新聞土曜版の「人生相談」回答者を務めたが。その回答内容がユニークで評判になり、後に朝日文庫としてまとめられ「人生の救い」というタイトルで出版された。

ここではその本の中から、名回答ひとつをご紹介する。

 

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「人生の救い」車谷長吉 朝日文庫より

教え子の女生徒が恋しいんです (相談者)男性高校教師 40代 

40代の高校教師。英語を教えて25年になります。自分で言うのも何ですが、学校内で評価され、それなりの管理的立場にもつき、生徒にも人気があります。妻と子供2人に恵まれ、まずまずの人生だと思っています。

でも、5年に1度ぐらい、自分でもコントロールできなくなるほど没入してしまう女子生徒が出現するんです。

今がそうなんです。相手は17歳の高校2年生で、授業中に自然に振る舞おうとすればするほど、その子の顔をちらちら見てしまいます。

その子には下心を見透かされているようでもあり、私を見る表情が色っぽくてびっくりしたりもします。

もちろん、自制心はあるし、家庭も大事なので、自分が何か具体的なな行動に出ることはないという自信はありますが、自宅でもその子のことばかり考え、落ち着きません。

数年前には当時好きだった生徒が、卒業後に他県で水商売をしているといううわさを聞き、ネットで店を探しましたが、結局店は見つかりませんでした。見つけていたら、きっと会いに行っていたでしょう。

教育者としてダメだと思いますが、情動を抑えきれません。どうしたらいいでしょうか。

 

(回答) 恐れずに、仕事も家庭も失ってみたら

私は学校を出ると、東京日本橋の広告代理店に勤めました。が、この会社は安月給だったので、どんなに切り詰めても、1日2食しか飯が喰えませんでした。

北海道・東北への出張を命じられると、旅費の半分は親から送ってもらえと言われました。仕方がないので、高利貸から金を借りて行っていました。生まれてはじめて貧乏を経験しました。2年半で辞めました。

次に勤めたのは総会屋の会社でした。金を大企業から脅し取るのです。高給でしたが、2年半で辞めました。30代の8年間は月給2万円で、料理場の下働きをしていました。この間に人の嫁はんに次々に誘われ、姦通事件を3遍起こし、人生とは何か、金とは何か、ということがよくよく分かりました。

人は普通、自分が人間に生まれたことを取り返しのつかない不幸だとは思うてません。しかし私は不幸なことだと考えています。あなたに場合、まだ人生が始まっていないのです。

世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生したときに始まった、と考えていますが、実はそうではありません。生が破綻したときに、はじめて人生が始まるのです。従って破綻なく一生を終える人は、せっかく人間に生まれてきながら、人生の本当の味わいを知らずに終わってしまいます。気の毒なことです。

あなたは自分の生が破綻することを恐れていらっしゃるのです。破綻して、職業も名誉も家庭も失ったとき、はじめて人間とは何かと言うことが見えるのです。あなたは高校に教師だそうですが、好きになった女生徒と出来てしまえば、それでよいのです。そうすると、はじめて人間の生とは何かということが見え、この世の本当の姿が見えるのです。

せっかく人間に生まれてきながら、人間とは何かということを知らずに、生が終わってしまうのは実に味気ないことです。そういう人間が世の9割です。

私はいま作家としてこの世を生きていますが、人間とは何か、ということが少し分かり掛けたのは、31歳で無一物になったときです。

世の中はみな私のことを阿呆だとあざ笑いました。でも、阿呆ほど気の楽なことはなく、人間とは何か、ということもよく見えるようになりました。

阿呆になることが一番よいのです。あなたは小利口な人です。

 

           出典・人生の救い 車谷長吉 朝日文庫

 

 

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窗体底端

出版社内容情報

新聞連載時より話題沸騰! 〝最後の文士〟にして〝私小説家の鬼〟たる著者が、投稿による身の上相談に答える。妻子ある教師の「教え子の女子高生が恋しい」、主婦の「義父母を看取るのが苦しい」……この問いに著者が突きつける凄絶苛烈な回答とは?

「人生の救い」内容説明

新聞連載時より話題沸騰!“最後の文士”にして“反時代的毒虫”たる著者が、老若男女からの投稿による身の上相談に答える。妻子ある教師の「教え子の女子高生が恋しい」、主婦の「義父母を看取るのが苦しい」…これら切実な問いに著者が突きつける回答とは。

目次

運、不運で人生が決まるの?(大学4年生22歳)

車谷先生でも夫婦仲がいいのに(会社員男性50代)

教え子の女生徒が恋しいんです(男性高校教師40代)

ケチで、みみっちい夫に幻滅(共稼ぎ主婦37歳)

人の不幸を望んでしまいます(主婦46歳)

義父母の同じ自慢話にうんざり(主婦30代)

40年連れ添った妻の浮気で(無職男性66歳)

憎しみを癒やしたいのです(主婦40代)

健康な人に嫉妬してしまいます(女性30代)〔ほか〕


著者等紹介

車谷長吉[クルマタニチョウキツ]
1945年兵庫県生まれ。作家。慶応義塾大学文学部独文科卒業。広告代理店、総会屋下働き、下足番、料理人などを経て作家になる。93年『鹽壷の匙』で芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞、97年『漂流物』で平林たい子文学賞、98年『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞、2001年「武蔵丸」で川端康成文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。 

 出典・紀伊國屋書店

 

 

 

2022年5月11日水曜日

小説にも書いた これが我が身に迫ったクライシスだ(シリーズ1~6)・その2




小説名《編む女》

 

もしや?と思ってポケットを探ってみると 

ない! 昨日もらったばかりのボーナスの袋が・・・                 

 

 

目が覚めた時、女は亮介の脇腹あたりに顔を寄せて眠っていた。

 かわいい女だな。この人。 そう思いながら枕もとにあった腕時計を取って時間を見た。 針は七時十五分をさしていた。

 亮介の体の動きで女も目を覚ました。

 「よく眠れましたか?」 「ええとても」

 寝起きの顔を見られたくないのか、シーツに顔をうずめながら女は答えた。

 「この部屋、窓が無いようですね。もう七時過ぎだというのに、どこからも光が入ってないようですよ」 亮介は顔を持ち上げて辺りを見まわした後、そう言った。

 「あら、もう七時過ぎているんですか。あなた今日お仕事なんでしょう。何時から?」

 「九時です。でもここからだと二~三十分で着きますから」

そう答えながら、今日はタクシーで行ってもいいと考えていた。

それより、さっきからまた中心部に力がみなぎってきて、できることならもう一度女に挑みたいと思っていた。 でも出社の時間のことを考えると、それは無理だと、仕方なく諦めることにした。そのかわり、また女の肩に手をまわし、強く抱きしめると、昨夜以上の深くて長いキスをした。

「ぼく朝風呂って好きなんです。ちょっと入ってきてもいいですか?」

体を離して起き上がりながら女に聞いた。

「ええ、でも時間の方は大丈夫なの?」

「はい。七時半ですから、あと四~五十分くらいは大丈夫です。冷蔵庫のジュースか何か飲みながらでも待っててください」

「ええいいわ」と小さくうなずいた女の甘い声を耳にして、立ち上がってバスルームのほうへ歩いて行った。

栓をいっぱいにひねった蛇口からジャージャーと流れる暑い湯の音を聞きながら、昨夜とは違ったずいぶん落ち着いた気分でバスタブに身を沈めていた。

山岸恵美か、いい名前だなあ。自分より二歳上の二十六歳か。でもそれくらいの差だと、相手として別段おかしくはないだろう。今日はこれで別れるとして、今度はいつ会ってくれるのかなあ。そうだ。次は昼間に会おう。そして京都か奈良かどこか静かな所へ行ってみよう。編物が好きな彼女のこと、きっとそんな所が好きなはずだ。

頭をバスタブのふちに持たせかけて、湯気でかすんだ天上をポカンと見上げながら、そんな空想をめぐらせていた。 

ドアの向こう側から、カチャカチャという音が微かに聞こえた。

 あの人着替えでもしているのかなあ。それともお化粧だろうか。夜と違って明るい日の下で見る彼女の姿は一体どうなんだろう。きっとすてきだろうな。

昨夜よりやや念入りに体を洗って、もう一度さっと湯につかった後、バスタオルを腰に巻いて浴室を出た。

「ああさっぱりした。朝風呂ってほんとに気持ちがいいですよ」

 亮介はそう言いながらソファーの方を振り向いた。でも女はそこにはいなかった。

寝室の隅に小さな鏡台があったな。多分そこでお化粧でもしてるんだろう。そう思って、このままちょっと覗いてみようかと思ったが、とりあえずパンツをはきシャツだけを着ると、そちらの方へ行ってみた。浴室へ行くとき開けた障子は閉まっており、中からはなんの音も聞こえてこない。

「ここへいるんですか? ちょっと開けますよ」そう声をかけながら肩幅くらい障子を開けると、首まで顔を入れて中を覗いて見た。乱れた夜具横の鏡台の前にも女の姿は無かった。ここにもいない。とすると残るのはトイレか。そうだ。トイレにいるんだ。さっき声をかけた時、返事が無かったのはそのせいだ。あの中からだと、男だって少し返事がしにくいんだし、まして若い女性だと余計だろう。そう思ってネクタイを結びながらソファーに腰を下ろすと、なにげなく辺りを見まわした。

昨夜ここへ来たときからずっとテーブルの上に置いてあった少し大きめの女のバッグも無かった。  あのバッグ、どこかへ置きかえたのだろうか。

また立ち上がって、またさっきの和室を覗いて見た。隅々まで目を配ったが、それらしき物はどこにも無い。

 もしかして先に帰ったのでは?

頭の隅を少しだけ不安な気持ちがよぎった。

またソファーに座って、トイレの方を見ながら耳をこらした。

なんの音も聞こえてこない。浴室を出てからもう五分はたっている。亮介はまた立ち上がった。

もし中へいたら失礼だな。そう思いながらも、意を決して、トイレの前に立つと、コンコンと二度ノックした。

返事は無い。今度は前より強く三度叩いてみた。 やはり何の反応も無く、聞こえて来たのは、反対側のバスルームの方からの、ポチャンと湯船に落ちる水滴の音だけだった。

さっきより膨れ上がったいっそう不安な気持ちで、ノブを回してドアを引いた。灯りはついておらず中は暗かった。 

もう他にいる場所はない。女は先に帰ったのだ。部屋のどこにも女の姿と持ち物が無いと分かったとき、はっきりそう思った。  

 おかしいなあ。それならそうと、どうしてひとこと言ってくれなかったのかなあ。入浴中でもよかったのに。

バスルームで考えていた次の約束が取りつけられなかった落胆からか、ため息をつきながらそうつぶやいた。

なんだかよく分からない気持ちのまま、ふと時計に目をやると始業まであと四十分しかなかった。少し混乱した気持ちを持て余しながら、急いで身支度にかかった。

入り口近くの壁に掛けたハンガーに手を伸ばしたとき、背広のポケットから白い紙がのぞいているのに気がついた。亮介には、そこへそんな紙切れを入れた記憶は無かった。

 おかしいな。何だろう? そう思って、さっとそれを抜いて、二つ折りの紙切れを開いてみた。そこには細いきれいな文字が並んでいた。

「いろいろ事情がありまして、本当にごめんなさいね。お元気で」

読んだ後、脳裡にはさっきとは別の大きな不安がサッとよぎった。

 

亮介は急いで右手を背広の内ポケットの一方に突っ込んで、続いてもう一方にも突っ込んだ。

無い! 確かにそこへ入れてあったはずの昨日貰ったボーナスの袋が無い!

まさか! まさかあの人が持ち逃げするなんて。そんな!

亮介には、まだ女が盗んだとは思えなかった。

 スーツのポケットではなく、どこか違うところへ入れたのでは? 動転した頭の隅でそう考えると、今度はズボンの四つのポケットに順々に手を入れてみた。両側のポケットの一方に入れてあったハンカチと小銭入れ以外には何も無い。続いて、またスーツをつかみ、両サイドのポケットに荒々しく手を入れた。一方にはキーホルダーと定期入れ、そして最後に手を入れたもう一方の方で、薄い紙の束が指先に触れた。紙幣のようだ。そう思って、それを掴んで手を抜いてみると、思ったとおり薄い千円札の束だった。そこへ入れてはずのない千円札が三枚あった。  

それはせめてもの女の思いやりであったのだろうか。

 

亮介はみるみる気持ちが暗くなっていくのを感じ、体中の力が抜けてきて立っていられなくなり、やがてフロアにべたっと尻をつけた。

そして出社時間が迫っていることなど、まるっきり忘れてしまったかのように、長い間その場へポカンと座り尽くしていた。

                  (中略)

それから一週間ほどたって、亮介があの夜以来、再び十三の街へやって来たのは、職場の先輩内田の言葉を信じたからだ。

亮介が「最初は女が勤めているといったデパートに行ってみます」と言ったとき、

「ばか。そんな女が自分の勤め先を正直に言うはずがないじゃないか」と一喝して「探すなら夜の十三だ」と言い張ったのだ。 

それもそうだと思い、ちょうど一週間たった水曜日の夜から、またここへやって来だ。

そして今夜がその三日目。 簡単には見つかるはずがないと来る前から予想していたとおり、ただ足を引きずって夜の街を歩いていた。

  とにかく明日はあのデパートに行ってみよう。

ちょうど「山岸恵美」と最初に出会った地点を駅に向かって歩きながら、亮介は力なく考えていた。

               小説「編む女」より、クライシス場面抜粋