ラベル 見た目 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 見た目 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年11月4日土曜日

素人が外国人観光客数を調べるのは難しい

 

google


日本人、中国人、韓国人を外見で判断するのは無理  だから


以前このブログに 「日本人、中国人、韓国人・顔は違うのだろうか?」https://tuneoo.blogspot.com/2021/05/blog-post_23.html という記事を載せたことがあります。


内容はタイトルを検索して確認していただければ幸いですが、要はインドネシアの商店主が店を訪れる日本人、中国人、韓国人を外見だけで判断することは難しいと述べていることを書いたものです、


ところが今あらためて私自身もインドネシア商店主と同じように、その思いを深くしています。


というのは私が住む姫路市は世界遺産姫路城のおかげで兵庫県で最も外国人観光客が多い都市であり、駅前から姫路城に通じる「大手前通り」という通りを歩いていると、いつも多くの外国人とすれ違います。


多くというだけではどれくらいの数か分からないでしょうから、もう少し具体的に言いますと、だいたいすれ違う人の3人に1人が外国人という感じです。


でもこう書きながら疑問を感じている自分がいることに気づきます。


といいますのは、3人に1人が外国人というのは、西洋人だけのことで、訪日外国観光客で最も多いとされる韓国人、中国人が入っていないからです。


なぜ入っていないかといえば、すれ違っても中国人や韓国人は日本人と同じに見えて外見で判断できないからです。従って数えずじまいに終わってしまうのです。


それ故にすれ違う外国人は3人に1人よりもっと多いはずだ、と後で気づくのです。


外国人観光客調査はどのようにして行っているのだろうか


コロナ禍以降の2013年4月から、姫路を訪れる外国人は、JRの調べで1ヶ月5~6万人とされています。


仮に少ない方の5万人をとっても、1日に1600人強になります。


外国人のトータルですから、もちろんこれには中国人、韓国人が入っているのはいうまでもありません。


でも不思議に思うのは、インドネシアの商店主も分からず、私も街ですれ違うとき識別できなかった中国人、韓国人をJRの担当者はどのようにして調べたかという点です。


まさかそれて思しき人に直接口頭で聞いたとは思えませんので、その他にいい方法でもあるのでしょうか



英語、中国語で案内放送 JR姫路駅はインターナショナル 


話は変わりますが、jr姫路駅のコンコースを歩いているといつも耳に入ってくるアナウンスがあります。


それは英語と中国語で交互に流される案内放送です。それがとても頻繁で、しかも流暢な外国語なので、ひょっとしてここ外国?と錯覚することさえあります。


でも考えてみると姫路城がある姫路駅は乗降客の3人に1人が外国人だといいますから、こうした放送が流されても不思議はないのかもしれません。


2023年4月14日金曜日

姫路城の外国人観光客数が分からない

 いったい1日にどれほどの外国人が訪れているのだろうか

長かったコロナ禍がやっと終結したいま、日


本を訪れる海外観光客が急激に増えてきまし


た。


わが町も例外ではなく、世界遺産姫路城はこ


のところ外国人ラッシュで、いまや3年前のコ


ロナ禍以前より多いのではと思われるほどで


す。


いったいどれくらいの外国人が訪れているの


だろうかその数を知りたくなります。



そこで姫路城の大手門前に立って1時間当た


りの外国人の往来を調べて見たら、と考えま


した。1時間の数がわければ、1日の代替の


数が推測できるからです。



西洋人は分かるが、韓国や中国の人は認識で


きない


1時間当たりの外国人の往来数を調べてみる


と考えたのはいいのですが、でもしばらくし


てそれは困難であることに気づきました。


それは外国人でもアメリカやヨーロッパなど


の欧米人だと見た目ですぐ判りますが、同じ


東洋人の中国人、韓国人は外見だけですぐ識


別することが出来ないのです。


なぜなら、細かい点は別にして、ざっと見た


だけでは日本人とさしたる変わりはないから


です。



以前、このブログに「日本人、中国人、韓国


人は結局同じ顔」というタイトルの記事を書


いたことがあります。


こればインドネシアの人が訪れる東洋人の国


籍を判別しようと、日本人、中国人、韓国人


の分類を試みたのですが、見る顔見る顔がみ


な同じに見えて、結局何も判らなかったとい


うことを書いたものです。


要はこのインドネシア人に限らず、3者を判


別することはもともと無理なことなのです。



昔、NYで中国人に間違えられたことがあった


日本人、中国人、韓国人の判別が難しいこと


については、若いころ仕事で滞在していたニ


ューヨークでも体験しました。


よく知られているようにNYには大きなチャイ


ナタウンがあることもあって、東洋人の中で


は圧倒的に中国人が多いところです。したが


って現地の人たちは日常的に中国人を目にし


ているのです。


ということは東洋人を目にしたときは、まず


第一に中国人を思い浮かべのは自然です。


こういう事情があって日本人が中国人に間違


えれることが少しも珍しくないのです。


この私も、NYの街頭で、現地の白人から


 Are you Chainese?と訊かれたことが何度


もありました。


自治体などはどのようにした外国人の数をつ


かんでいるのだろうか


外国人が多く訪れる観光地の自治体はどこ


も、観光行政に役立たせようと訪問者の人数


を調査するのが普通です。


でも上のような難しい問題があるなか、いっ


たいどのようにして東洋人を判別しているの


でしょうか。


外見での見分けが難しいのは自治体の関係者


でも同じことでしょう。ではそれにかわる良


い方法があるのでしょうか。


もしあるのなら、是非とも知りたいもので


す。一度、市の観光課にも出向いて尋ねてみ


ようか、と考えたりしています。


胸に国籍カードをつけてもらったらどうだろうか
こんなことを考えていたら、ふと、これはどうだろうと、外見では判別できない東洋人の国籍を知るための一つの方法を思いつきました。すごくシンプルで簡単なことです。
それは外国人に胸に国籍を書いたカードをつけてもらうのです。判別が難しい東洋人だけに付けてもらうと、「人種差別だ」と言われる恐れがありますから、訪れたすべての外国人に書いてもらうのです。
いかがでしょうか。このアイデアは

2021年10月8日金曜日

ブスの製造者責任は重い! 製造者責任の対象は物品だけではない

 藤森かよこ氏の言う「ブスの製造者責任」とは

私は本格的なブスで馬鹿で貧乏な女性には、美容整形手術を薦める。医療技術で是正できるのならば、どんどんその技術を有効利用すべきだ。青春期のブスの女性は借金してでも自分の顔を構築いなおすことだ。

本格的ブスの親は、責任を持って娘の美容整形手術代を負担すべきだ。製造者責任というものがある。冗談でいっているのではない。     

 

      出典:藤森かよこ著「馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに

      愛を込めて書いたので読んでください(52ページ)」 

 

 


見た目が悪くて生きていくのがつらい 

 ブスの製造者責任も問われるべきなのでは

おそらく世の多くの人たちは製造者責任とは、主に物品の製造者に課せられた責任であると認識しているのではないだろうか。

つまり製造した物品に何らかの問題が生じた場合、その責任を引き受ける当事者は製造者である、というふうに。要するに製造した不良品に対すて責任を負うのである。

しかしよく考えてみると、不良品の発生は物品に限らないのではないだろうか。物品以外、つまり生き物である人間にも不良品?はあるはずだ。例えば外見に問題のある、いわゆるブスと呼ばれる人種(特に女性の)である。

次にご紹介するのは藤森かよこ著による「馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください」にかかれているブスの製造者責任の根拠である。 

親はなんとしても責任を果たさなければならない 

もちろんブスは一人で生まれたわけではなくその製造者があってのことだ。それは、いうまでもなくブス当人の親である。つまりブスの両親であり、彼らが製造者なのである。したがってブスの製造者責任は両親にあるのだ。 

整形の費用はすべて負担すべき 

ではブスの両親はどのようなかたちで責任をてればいいのだろうか。

この場合、当事者が被った損害に対する責任を負うことより、損害を未然に防ぐことに留意すべきである。そうでないと損害は果てしなく続く可能性があるからだ。要は損害に原因を断ち切るのである。

そのためにはブスを矯正することが必要になる。ブスの矯正といえば整形手術に頼るほかない。そうなのだ。ブスを作り出した親は製造者責任から整形手術をもってブスを見た目良く矯正しなければならない。

たとえ費用がいくらか過労が親はそれを全額負担しなければならない。それが製造者責任を果たすということなのだから。 

ブスの矯正はでくるだけ早く着手しないといけない

ブスとはいえ、子供の頃はまだ可愛さが目立つので、見た目の悪さはそれほど目立たない。それが年がゆくにつれて次第に醜さが目立って来て、それにつれて受ける被害(損失)も増えてくる。

そして被害からくる当人の損失は年を経るごと幾何級数的に上昇してくる。したがってできるだけ早くそれを止めなければいけない。

ということは整形手術も当人がおとなになった段階で早ければ早いほど良い。それが当人のブスであることから受ける損失を未然に防ぐことに成るのであって、別の言い方をすれば機会損失を防ぐことになるのである。

もう一度いう。ブスの子どもを作ったのは親の責任である。それをできるだけ早い時期に自覚して、製造者責任を負うために、いかに高額の費用がかかろうが、子どもに整形手術を受けさせなければいけない。

 

2021年9月25日土曜日

「見た目NGなのにTVアナに起用するのは何故?

 


テレビニュース番組の「見た目NG」のアナウンサー なぜ?

人は見かけだけではない、という意見あもる程度は認めます。でもことテレビのニュース番組のアナウンサーには認めたくありません。

個人的なことですが、わたしはTVで見た目がノーグーなアナウンサーを見たときは気分が悪く憂鬱な気持ちになります。逆に格別に見た目のいい美人アナのときはうきうきとした良い気分になります。

このような気持ちの変化が起こることから、例えとして前者を目の葬式、後者を目の正月と例えることにしています。

テレビ局、例えばNHKとかには見た目の良いアナウンサーはたくさんいます。でも個人的な好みでは最近よく目にするアナ(男女)で「目の正月」に該当するのはのは今のところ3名だけです。

ところが、困ったことに「目の葬式」の方は該当者が非常に多いのです。目下のところお天気キャスターも含めると6名もいます。

 

なぜ見た目を重視して選ばないのか? 

これは非常に不思議なことです。なぜならアナウンサーやキャスターは数ある職種の中で屈指の人気職業であり、それだけに学業に秀でているだけでなく、TV出演を考慮して外見にも自信がある人たちの応募がが多いはずだからです。

したがって、応募者の中からいわゆる才色兼備の人を選ぶのは困難なことではないはずです。なのに何故「見た目?」の人がこれほど採用されるのでしょうか。不思議で仕方がありません。

 

視聴率を気にしなくていい国営放送局だからなのか

しかしNHKともある代表的なテレビ局が、視聴者の多いニュース番組になぜ見た目に問題のあるアナウンサーを起用するのでしょうか。

これはどう考えても不思議で仕方がありません。民放テレビだとあまり見られないことだけに一体何故なのでしょうか。

これはやはり視聴率をさほど気にしなくていいNHKならでのことなのでしょうか。つまり視聴率が気にならないから、アナウンサーの見た目に気を使わないのです。


間違って採用したのなら、せめてラジオ担当などに配置転換を

民放テレビ見た目の良いアナウンサーを見慣れた視聴者は敏感ですから、たとえNHKだとはいえ、テレビ画面に見た目に問題があるアナウンサーが登場すると違和感を覚えます。その結果「見たくない」という拒否反応を起こすのです。

これは視聴率を下げるだけでなく、NHKというテレビ局に対するイメージ面で大きなマイナスになるに違いありません。

こうした見た目?のアナウンサーを、もし間違って採用したのなら、早急にラジオアナなどに配置転換をして番組から降板させるべきではないでしょうか。

2021年6月4日金曜日

人の評価で重視したいのは 垢抜けているかどうか


人の評価・見方はいろいろあるが

人間社会では四六時中人の評価がつきまといます。社会のあらゆる場面で出会う人の品定めが当たり前になっています。

この人はきれいだとかブスだとか、あの人は明るくて性格がよさそうとか、この人は暗くて陰気だとか。いつもあれこれ評価するのです。

いろいろある評価の中で特に多いのは容姿に対するものではないでしょうか。つまり見た目の良し悪しです。

数年前、ある本がベストセラーになったことで驚いたことがあります。本のタイトルは「人は見た目が9割」というもので新潮新書にあるものです。

図書館で目にしてタイトルに惹かれた読んでみたのですが、実に内容の薄い本でした。

こうした本がタイトルだけでベストセラーになることからも、いかに世の人々が外見(見た目)に関心をもち、かつ重視していることがよくわかります。

かのオスカー・ワイルドも言っています。「外見で人を判断しないのは愚か者だ」と。

 

単に「見た目が良い」のではなく、大事なのは「垢抜けている」かどうか

上で人の評価は「見た目」に関するものが多い、と書きましたが、その見た目にしても表現はいろいろあります。

褒め言葉だけ見ても、きれいだ、うつくしい、ルックスが良い、上品だ、イケメン、など実に多様です。

この中のどれであっても、言われた人はとても嬉しいものです。なぜなら、他人が自分の外見を良いと認めてくれ、満足感が叶うからです。

つまり、かのマズローが唱えるところの承認欲求が満たされるからなのです。

とはいえ、これらはすべて外見だけに対する褒め言葉ですが、もっと幅広く内面も含んだ褒め言葉もあります。

その一つが「垢抜けている」という言葉です。 

 

垢抜けていることは洗練されているということ

個人的には「垢抜けている」は人に対する最高の褒め言葉だと思っています。なせならこの言葉はいわば人に対しての総合的な評価だからです。

つまり、単に外見が良いことに対してだけでなく、立ち居振る舞いや内面(心)も含んだ評価の言葉なのです。

垢抜けているということは、ルックスが良いだけでなく、立ち居振る舞いもすてきで、知的で上品な雰囲気を漂わせているような人のことを言うのです。

 

垢抜けた外見は内面からにじみ出る

人は外面的なことはもちろん、内面について褒められても嬉しく思うものです。

内面的な褒め方としては、知的だ、賢そう、心が豊か、などといろいろありますが、「垢抜けた」はそうした内面的要素もしっかり含んだ言葉なのです。

内面的に知性が充実していなければ、垢抜けすることはないからです。 

 

垢抜けるは英語でrefineという 

英語では「垢抜ける」はrefineといいます。Fine(すてき)に再を意味する接頭辞であるreがついたものです。つまり「すてき」に再び磨きをかけた状態がrefineなのです。

 

 

 

 

 

2021年5月23日日曜日

日本人、中国人、韓国人・顔は違うのだろうか?


 ユーチューブで「日本人、中国人、韓国人の見分け方」を見たが 

YOUTUBEに「日本人、中国人、韓国人の顔の見分け方」という動画があった。インドネシアで現地のいろいろな層の人に、3者の違いについて尋ねるという内容のものだった。

少し期待して見たのだが満足のいくような応えは皆無だった。

インタビューを受けた大抵の人が肌の色の微妙な違いとか、髪型の違い、あるいは体格の違いなどについて述べていたが、確信的なものはなかった。

結局のところ、彼らにもよくわからないのだ。とすれば3者には決定的な違いはないのかもしれない。

もし、これがひと昔前だったら、服装の違いで見分けられたかもしれない。それは経済力で優位にあった日本人は圧倒的に服装が良かったからだ。

しかし今は経済的にも完全に両国に追いつかれていて、3者に服装の違いはまったくないと言っても過言ではない。

要は顔立ちだけでなく服装にも違いはなくなったのだ。これで見分けろと言われても、所詮無理なことではないのか。

 

NYでAre you chinese?と訊かれたことを思い出した 

若い頃NYに住んでいたことがある。トレイニーとしてNYのホテルで働いていたのだ。

住んでいた下宿屋の近くに「チャーリーのカフェ」という店があった。

ほとんど毎日訪れていたのだが、その店のマスター、チャーリーが、何度目かに訪れたとき、突然「Are you chinese?」と訊くではないか。

それに対して、やや声を荒げて「No, I’m Japanese」と応えていた。声を荒げたのは少し腹が立ったからだ。

なぜ腹が立ったかと言うと、当時は日本と比べて中国や韓国は経済的にうんと下位の国で、そんな国の人と同等に見られるのがイヤだったからなのだ。

でもチャーリーが日本人を中国人に間違えるのはなんの不思議もない。なぜならNYには大きななチャイナタウンがあってそこには10万人を超える中国人が住んでいるのだ。

それに対して日本人の居住者はわずか1万7千人程度でしかなかった。

当時のアメリカで外国人としてメジャーなのは中国人で、日本人はマイナーな存在だったのだ。

 

3者に決定的な顔立ちの違いはない

日本人は変な優越感からか、我々の顔は中国人や韓国人と同じではない、と思いたがる傾向があるようだが、果たしてそうだろうか。そう思うのは単なる錯覚ではないのだろうか。

たとえば日本に住んでいる中国人、韓国人にそれぞれ5人づつ登場してもらい、「この中に日本人が3人混じっているから見つけて」と言われたとする。

仮に回答者が5人いたとすると、各々は見つけようと必死になり、なんとか適当な3人づつを指名するに違いない。

でも「この中に日本人は一人もいない」と指摘できる人は皆無であるに違いない。

それはそうだろう。10人全員が日本人にも、中国人にも、韓国人にも見えるからだ。

 

日本の立場が弱くなるほど、中国人や韓国人に間違えられることが増える

上述したようにニューヨークで日本人が中国人によく間違えられるのは、NYでは日本人より中国人の方がメジャーだからである。人は何事においてもメジャーなものを優先するのだ。

いまや日本を凌駕するような勢いのある中国や韓国は、経済的にも日本よりメジャーな雰囲気を持つようになっている。

とすれば、今後日本人が中国人や韓国人に間違えられることが今以上に増えてくるのではないだろうかか、と心配になってくる。

 

 

 

2020年12月4日金曜日

高齢者はもっと見た目を良くしたほうがいい


 ズバリ言って高齢者は見た目はあまり良くありません。これは万人が認めることではないでしょうか。こう言うわたしも高齢男性の一人です。

もちろん男だって見た目が良いに越したことはありません。でも男以上に見た目が気になるのはやはり女性の方です。

 

街で見かけるのは4人に1人が高齢者

外出すると当然のごとく多くの人を見ます。その多くの人のうち、このところ高齢者の比率が次第に高くなっています。

高齢化社会が進行中いま、高齢者と呼ばれる65歳以上の人口に対する比率は25%にも達しています。

ということは4人に1人が高齢者なのです。つまり100人に対して高齢者が25人もいることになります。こんなにたくさんいるとなればよく見かけるのは当たり前のことなのかもしれません。

高齢者をよく見ていると、その特徴にも気がつきますが、なんといっても第一に上げたい点は見た目があまり良くない点です。

  

高齢者の見た目が良くないのはなぜ?



・服装が地味すぎる

高齢者の服装でカラーをイメージすれば、すぐ浮かんでくるのは灰色(グレー)です。

灰色はどちらかといえば地味な色です。その地味な色の服装が高齢者をいっそう冴えなくするのです。

 

・姿勢が悪い

腰が曲がっていたり、猫背であったりする人が多いのも高齢者の特徴です。

若い人でも猫背だと年寄り臭く見えますが。高齢者の姿勢の悪さは見た目をいっそう悪くします。

 

・髪型や化粧にお金をかけていない

一般的に高齢者は若い人よりお金を持っているはずです。そのお金を一体何に使えばいいのでしょうか。

子どもや孫に与えるだけが能ではありません。美容室に行くとか、化粧品を買うとかして、自分の美しさのためにもっとお金を使わなければいけません。

  

高齢者は見た目を良くするためにもっとお金を使うべき 

・服装や美容に大いにお金を使おう

高齢者の元凶である灰色のイメージはなんとしてもなくさなければいけません。そのためには服装にもっとお金をかけることです。お金をかけてなるべく明るい色の洋服を揃えましょう。

また髪型も大事です。月に一度は男性は理容室に、女性は美容院に通いましょう。 

・姿勢を良くするために出費を惜しまずジムへ通おう

高齢者の皆さん、海外旅行や国内の温泉旅行も結構ですが、その前にすべきは見た目の改善です。見た目が悪ければいくらお金を持っていても周りの人は敬意を払ってくれず関心も持ってくれません。

人を引きつけるためには、第一に見た目を改善しなければいけません。そのために第一にすべきことが悪い姿勢の矯正です。

ジムなどで姿勢改善の訓練を受けたり、カイロプラクティックで姿勢矯正のための施術を受けるなどすれば姿勢を良くすることは可能です。 

 

高齢女性でも”デビ婦人”のような美しい人がいるではないか

あのデビ婦人を見てください。彼女は御年80歳ですが今でも輝くような美しさです。しかも歳を重ねるごとにその美貌は増しているようにさえ感じます。

デビという名前は外国人のようですがれっきとした日本人です。いつもお茶の間のテレビで目にするように、身近に見習う人がいるではないですか。

 

2020年1月8日水曜日

窓際の客は外見(見栄え)で選ぶ・パリのレストランの話


パリのレストランで窓際の席を断られても人種差別とは言えない
パリのレストランでアジア人が窓際の席を断られたが

あるブログに載っていた話ですが、パリの中心部にある有名ホテルのレストランで一人のアジア人中年男性が訪れたときのことです。

男性はできることなら外が一望できる窓際の席を希望していました。ところがその席に付こうとしていると、おもむろに男性店員が近づいてきて、「奥の席へ移動してください」と言うではありませんか。

残念とは思ったものの、たぶん予約席か何かなのだろう」と思い、諦めて窓際から離れた入り口側の席につきました。

それからしばらくして、地元のフランス人らしい白人女性が入ってきて、窓際の席に着きました。

「ハハーン、あの人が予約の人か」と思ったのですが、しばらくしてまた白人男性客が、同じように窓際の席につきました。

その後も白人客が続き数人が窓際に席に付いたのです。アジア人の彼が断られてから、もう5人以上がその席に付いたことなるではありませんか。

ここまできて、彼は「これはどうもおかしい、予約席というのはひょっとして嘘ではないのだろうか。私が日本人だから断られたのではないだろうか。そうだとすると人種差別なのでは?」と疑い始めたのです。


アジア人を希望した席に付かせないのは人種差別に当たるだろうか?

人種差別、いやな言葉です。でもパリのレストランでアジアの客が窓際の席を断られたことは、果たして人種差別に当たるのでしょうか。

それを考える前に、なぜアジア人だと窓際の席を断られるのでしょうか。

理由はこうです。窓際の席は客が外を見ることができるいわば特等席ですが、外の通行人にもレストランの客を見ることができます。つまり外から仲の客が観察されるのです。

この際、外から観察する人は当然窓際に座った客をみることになります。そして座っている人の様子から店のことを判断するのです。


外からの見栄えを重視するレストランのマネージャー

外から見る人が窓際の席に座った客で店を判断するとすれば、その店のマネージャーはどういった行動をとるでしょうか。

簡単なことです。窓際にはなるべく外見の良い客を座らせようとします。そうすることで外の人からは「客筋のよい店」と判断されるからです。

その結果店は評判を呼びどんどん繁盛していくのです。では逆の場合はどうでしょうか。つまりマネージャーが窓際の席の客層に無頓着で、来る客の外見などにかかわらず順番に席に付かせた場合です。

そうすると必ずしも外見のいい客ばかりが席に付かずに、中には?が付く人も混じっているかもしれません。

そうした場合、外から眺めた人は、客層について良い判断を下さず、店に評判が下がり、結果として店が繁盛しなくなるのです。

いかがでしょうか。店の繁盛のために窓際の席の客を選択するマネージャーの行動を人種差別と呼べるでしょうか。


はっきり言えば、これはホテルレストランの売り上げを増やすための方策であり、外見的な美醜で人を差別するルッキズム(lookism)には当たらないのではないでしょうか。



(注)ルッキズム(lookism)とは


外見的な美醜を重視して人を評価する考え方。容姿による差別をいう


窓際の席はショーウィンドウの役目をする

カフェやレストランなどでは、店のグレードが高ければ高いほど客の質に気を配ります。

その対策の一環として外から眺められる窓際の席に座る人は厳しく選択します。なぜなら外から見る人は客層によってランキングするからです。

つまり、窓際の席に見栄えの良い人が座っていれば、グレードの高いレストランだと判断し、見栄えの良くない人を見れば、低ランクに評価するのです。

これがレストランの売り上げに直結するのです。

これでわかるようにレストランの窓際の席はショーウィンドウの役割も果てしていますから、マネージャーは、できるだけ見栄えの良い客をそこへ座らそうとするのです。



(ツイートより)
パリのホテルの件、ひどいと思うけど、人種差別では無いと思う。だいたい飲食店はフランスでも日本でも 「窓際の席は見栄えのいい外国人やモデルのいわば指定席。店のイメージアップにつながる人を意図的に座らせる」 ことが行われていて、そのホテルの見栄えの基準が白人だっただけだと

2013年9月12日木曜日

あなたがニューヨークで「Are you a Chinese? ”中国人ですか?”」と聞かれても怒ってはいけない


人種のルツボNYには中国人だけでも30万人は住んでいる

人種のルツボとも呼ばれるニューヨークにはいま白人は33%だけで、後はヒスパニック系を筆頭に様々な人種が住んでいます。


白人で多いのはヨーロッパ系ではフランス人やドイツ人それにイタリア人などですが、アジア系で多いのはなんといっても中国人です。


ニューヨークのダウンタウンには有名なチャイナタウンがあり、そこだけでも大変な広さがあり中国人住民の数は約30万人?にも及んでいます。


数に?をつけたのは正式住民は20万人ぐらいで、その他の不法滞在者が10万人~20万人とも言われているからです。


そうしたこともあり、ニューヨークでは何処を歩いていても中国人に出くわします。ただ風貌が日本人や韓国人とさして変わらないため、言葉でも聞いてみないと3国のうちどの国の人かよく分からないことがしばです。


でもこれら3国の言葉を知らない白人などの現地人には区別するすべがありません。したがって黄色人種として一からげにし、中国人と見てしまうことが多くなるのです。


なぜ中国人にしてしまうかと言えば、前述したように、住人の数が日本人や韓国人に比べて圧倒的に多いからです。


NYではよく日本人が中国人に間違えられる

こうした理由で白人などの現地人は東洋人を見れば「Are you Chinese?」と聞きます。


でももし日本人がいきなりこういう風に聞かれるとムッとして不機嫌になる人もいるようです。


現在のように日中関係がやや怪しくなってきているときなどだと、なおさらではないでしょうか。


私にも若い時期にこんな経験があります。それはマンハッタンの西97丁目の下宿屋に住んでいた頃の話です。


私はこの地区のマンションに住んでいる住人から1室を借りていたのですが、そのマンションから100メートルぐらい行ったところにジミーとiうiイタリア系アメリカ人が経営するコーヒーショップがありました。


その頃私は研修生として7番街33丁目のホテルに勤めていました。ホテルの勤務は交代制ですから、朝からの時も午後からのときもあります。


ジミーの店によく行ったのは午後からの仕事のときでした。いつも朝食と昼食を兼ねたいわゆるブランチを取るため10時過ぎごろ訪れていました。


ジミーは私に向かっていきなり 「Are you a Chinese?」 と聞いた

行き始めて2~3度目だったでしょうか。それまで挨拶程度しか交わしたことがなかったジミーがいきなり私に質問をしまました。


なんと「Are you a Chinese?」というセリフを発したのです。


日ごろから日本人としてプライドを持っていた私は、それを聞いてムッとしました。はっきり言って気分の悪い質問だったのです。


「何でこの僕が中国人なんだ、日本人だよ、日本人!」そう思ったのですが、何とか怒りを押し殺して「No、I’m a Japanese」と平静を装って答えました。


このことについて後で考えたのですが、ジミーがああ聞いたのも、別段不思議はないのです。


その頃ニューヨークにいた日本人は1万5千人ぐらいなのに対して、中国人は数十万人もいたのです。


日本人に比べて数の上で圧倒的に多い中国人ですから、ジミーにしたら東洋人といえば、まず最初に中国人を思い浮かべるは当然のことなのです。


風貌で区別がつかないのですから、まず初め「中国人か?」と聞くのが妥当な質問方法なのです。


ですからジミーの質問に対して、腹を立てたこちらの方が間違っているのです。


こうした事情があるわけですから、日本人の皆さんも、どうかニューヨークで中国人に間違えられても怒らないでくださいね。