2025年7月5日土曜日

「おっぱい足りてる?」

 

  出典:ベストエッセイ2024



「おっぱい足りてる?」誰が誰に言ってるセリフなのか


ベストエッセイ2024に載っていた「燃え殻」という超ユニークなペンネームの作家〈注2〉のエッセイでこのタイトルを見たとき


これ何?と一瞬考えたが、すぐ頭に浮かんだのは、赤ちゃんを産んだばかりの母親に看護師さんがお乳の出具合を尋ねている言葉なのだろう、であった。


ところがこれは大きな間違いで、なんと、正解は六本木の繁華街近くで筆者が「おっぱい足りてる?」と声をかけられたオッパブ[注1]の店のキャッチの男が客を呼び込むためのセリフだったのだ。


でもオッパブとはなんだろう?さっそくネットで調べてみると。



[注1]おっパブとは


別表記:オッパブ、おッパブ


いわゆるセクシーパブの別名。「おっぱい」と「パブ」から成る造語。そのまま「おっぱいパブ」とも言う。サービス上、客がホステスの体に触れてもよいとされている風俗店のこと。     

          

出典:Weblio実用日本語表現辞典


しかし、ネットとはいえお堅いはずの辞書のサイトによくこんなこと(新種の風俗店)まで出ているものだ、と感心しながら閲覧したのだが、なるほど、これでよくわかった。


オッパブとは女性のおっぱいに触れることが出来る風俗店のことなのだ。


それにしてもその店のキャッチの若い男が発した「おっぱい足りてる?」は実に名言でないか。


キャッチコピーとして見事な出来栄えで、実用的にも効果抜群に違いない。


思うに新宿歌舞伎町を歩く男性が「おっぱい足りてる?」と問われて、どれほどが胸を張って「Yes」と答えられるだろか。


足りてるどころか、大半が日常的に欠乏状態にあるに違いないだろうから。



これって、キャッチコピーの超傑作ではないだろうか


それにしてもこのセリフは実によくできたキャッチコピーではないか。


病院で看護師さんが母親に赤ちゃんにあげるお乳を心配しているのにあらず


歓楽街の一角で、「ピチピチした若い女性のおっぱい触ってみませんか」と勧誘する風俗店のキャッチにピッタリではないか。


〈風俗店キャッチコピーの超傑作〉間違いなしだ。いったい誰が作ったのだろう?



[注2]燃え殻とは


燃え殻は、日本の小説家、エッセイスト、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。神奈川県横浜市生まれ。 ウィキペディア

生まれ: 1973年 (年齢 52歳), 神奈川県 横浜市

職業: 小説家; エッセイスト; コラムニスト; ラジオパーソナリティ; テレビ美術制作会社・社員

ジャンル: 小説; エッセイ; コラム

代表作: 『ボクたちはみんな大人になれなかった』; 『すべて忘れてしまうから』; 『あなたに聴かせたい歌があるんだ』


2025年7月3日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(12)

           


〈前回まで〉H市のフランチャイズ学習塾講師の浜岡康二と南三枝に対する本部社員の誰かによって流されたこの上なく悪辣でおぞましい噂と、その後のH市の学習塾事務所に仕掛けられたガス爆発未遂事故。この二つの事件の犯人について、いずれも本部のH市担当スーパーバイザー「浅井忠夫」によるものと断定した塾長砂田文夫は犯人追及の行動に着手した。
まず手始めは本部で最も親しい経理部の新田から本社社員の最近の動向を尋ねることから、その後は浅井と関係が深い社員を順番に当たっていき、その手は刻々と犯人浅井に迫っていった。            
                                                

              12

 九月に入ったとはいえ、まだ爽やかな秋風は吹いてはおらず、夏の名残のジトッとした生暖かい風が頬をなでた。バス停が十メートルほど先に見えたとき、文夫はポケットからハンカチを取り出して額の汗をぬぐった後で呟いた。

 「明日は木島、そして明後日がいよいよあの浅井と対決の日だ」

  

 次の日、朝から電話したにもかかわらず、当の木島はなかなか捕まらなかった。

 最初にかけた十時ごろは来客中であり、二度目の十一時過ぎは席を外していて、その日はどうもタイミングが悪かった。取り次いだ事務員はいずれのときも、「こちらからかけさせましょうか」と気を利かせたが、「いや、こちらからかけ直します」と、文夫はその申し出を断った。

 この件に関しては自分のペースを守りたくて、いつかかってくるか分からない相手の電話を待ちたくなかったからだ。


 昼休み直後の三度目の電話でやっと木島が捕まった。

 さあ、大詰めも間近だ。そう思って文夫は電話に臨んだが、新田や伊藤のときのように周りの耳を気にして、時間を指定して別の場所からかけさせたり、あらためてこちらからかけるようなことは今度はせず、用意していたメモを手に次々と彼に質問を浴びせた。

 ただ、問いに対する返事は「はい」または「いいえ」だけでいいから、とあらかじめ言っておいた。

  

 「君は浅井くんと一緒にキャンプ二日目の夜、浜岡くんと南くんがいた食堂に入っていったんですね」

 「はい」

 「そこで隅のほうの長椅子にいた二人を見たのですね」

 「いいえ、一人だけ」

 「一人だけというと浜岡くんだけですか」

 「はい」

 「そのとき浜岡くんは上半身裸だったということですが、確かにそうでしたか?」

 「はい。いやいいえ。ぼくはよく・・・・」

 「ということは君にはよく見えなかったということですね。それを後で浅井くんから聴いてそう思った。つまりそうなのですね」

 「はい」


 「何か裁判の尋問のようで恐縮ですけど、君にも周りの耳があるだろうと思って、こんなやり方で質問したりしてすまないとは思うんですが、もう少し我慢してください。

「はい、承知しました」 

君は浜岡君しか見なかった。そして噂で言われているように、彼が上半身裸であったことも確認していない。したがってあの二人があそこで〈 やっていた 〉などとは思わなかったのですね。 

 「はい」


 「しかし、その後の浅井くんの話で、現場にいた君としては、ついそうじゃなかったかと錯覚して浅井君の話しに同調してしまい、あえてあの噂を否定しなかった。つまりそういうことなのでしょうか」

 「はい、そのとおりです」

 「それで浅井君のように微に入り細に入った説明はできなかったけど、この噂について肯定的に伊藤くんたちに喋ってしまった。そうなんですね」

 「はい。申し訳ありません」


 「では最後にお聞きします。どうか正直に答えてください。浅井くんはともかく、あなた自身は今回の噂のようなことをあの二人がしていたと思いますか? それともそうじゃないと思いますか? まず、していたと思いますか?」

 「いいえ」

 「それでは、していなかったと思いますか?」

 「はい」


 木島からの事情聴取はあっさり終わった。

 すべて文夫の予想していたとおりで、食い違った点は一つもなかった。


 やはり木島は見ていなかったのだ。当日現場にいた二人のうちの一人とは言え、文夫は初めからこの木島に対してそれほどの疑念を抱いてはいなかった。

 あの夜、たまたま浅井と同行したばかりに、今回の出来事の当事者の一人となったのだが、普段の彼の態度を通して、文夫としてはどちらかと言えば好感を抱いていたほうで、行きがかり上、彼を追及する羽目になったのだ。


 でもそれが随分あっさりと終わり、そのうえ文夫の考えていたとおりの返事が得られたこともあってか、この木島に対してはなんら憎しみめいた感情は湧いてこなかった。

 その反動なのか、すべてはあの浅井一人が仕組んだことだとはっきり確認できた今、彼に対する憎しみは倍化しており、明日こそ、この怒りを思いっきり彼にぶつけるのだと、文夫は早くも興奮を抑えきれないほどの気持ちが高ぶっていた。

          

 九月四日木曜日、その日は折から九州に上陸間近という台風十三号の影響で、この地域一帯も朝からすさまじい風雨に見舞われていた。

 ともすれば出勤意欲を失ってしまいそうな、そんな悪天候の中、文夫はかろうじて時間通りに事務所に着くことができた。 

 デスクに座りタバコに火をつけた後、まるで窓を突き破るかと思えるほど激しく叩きつける雨と、歩道で枝が引きちぎれんばかりに大きく揺れるイチョウの木に目をやりながら文夫は思った。


 「この台風の激しい風雨とともにあの忌まわしい噂は全部洗い流してやる そしてあの浅井の奴も、この風と一緒にどこかへ吹き飛ばしてしまえないだろうか。

 次第に激しさを増す風雨の音は浅井に対する憎悪を増幅させるにはまさに効果的であり、文夫はこれまで当たってきた三人に対してとはまったく違った激しい怒りの感情を抱いたまま、力を込めて受話器を握った。


 しかし、このところずっと声を聞いている本部事務員の瀬山知子の「あいにくですが浅井は本日風邪で休んでおります」という返事に、第一段階では肩すかしを食わされてしまった。


つづく


次回7月10日(木)


2025年7月1日火曜日

「前のめり」は 悪い言葉 ? それとも・・・


「前のめり」という言葉は、どちらかと言えば悪いことに対して使われていることが多いようです。

下の例文でいえば3に上げられているような使い方です。

とはいえ、例文のように、良い意味に使われている方が辞書では優先的に取り上げられているのです。

でもテレビでもネットでも、メディアのニュースなどで見聞するのは圧倒的に悪い意味で使われているケースが多いのです。

そこで問題になるのは、辞書の説明を信じて良い意味で使ってみようと試みても、「悪い言葉なのでは」という先入観から、使いづらい思いが先行して、つい消極的になり結果としては使わずに終わってしまうのです。

ネットでAIの解釈も調べましたが、いまだに釈然としません。


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前のめり(読み)マエノメリ

デジタル大辞泉 「前のめり」の意味・読み・例文・類語

まえ‐のめり〔まへ‐〕【前のめり】

前方に倒れそうに傾くこと。「急停車で前のめりになる」
積極的に物事に取り組むこと。前向き。「前のめりの生き方を評価する」
準備不足で、性急に物事を行うこと。せっかちすぎるようす。

「新政権の施政方針は前のめりに過ぎる」

当確の早さを競う前のめりな報道」

出典:コトバンク

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AI による概要

「前のめり」は必ずしも悪い言葉ではありません。

状況によって意味が異なり、良い意味にも悪い意味にも使われます。

一般的には、前向きで積極的な姿勢を表す言葉として使われますが、度が過ぎると、準備不足や性急さを伴うというニュアンスも含まれます。


良い意味での「前のめり」:

物事に対して意欲的で、積極的に取り組む姿勢。

興味や関心を持って、相手の話に熱心に耳を傾ける様子。

新しいことに挑戦しようとする意欲的な気持ち。


悪い意味での「前のめり」:

準備が不十分なまま、性急に物事を進めようとする様子。

周りの状況を考慮せず、自分の意見ばかり主張する様子。

周りの状況を把握せず、突っ走ってしまう様子。

例:

「彼の前のめりな姿勢は、周りを巻き込む力がある。」(良い意味)

「前のめりな計画は、失敗する可能性が高い。」(悪い意味)


まとめ:

「前のめり」という言葉は、状況によって良い意味にも悪い意味にも解釈されます。

ポジティブな意味で使われることも多いですが、度を過ぎると

準備不足や性急さといったネガティブなニュアンスを含む場合もあるため、注意が必要です。    google



2025年6月28日土曜日

Aマッソの加納愛子が「impossible(インポッシブル)は可能(かのう)だ」と言っている

「加納愛子」は いま人気の女性お笑い芸人であるが、恥ずかしいことに、この女性のことをこれまで知らなかった。

しかも新人ではなくデビューして15年にもなるベテランだというのに。

これまで知らなかったことはうかつであるが、知ったきっかけがお笑い番組ではなく、エッセイ集であったことが嬉しい。

お笑いより文芸の才能の方が、より大きな彼女の魅力だと思うからだ。


「impossible ⇒ I am possible」 は優れたお笑いネタ

このエッセイがむちゃおもしろかったので、さっそくYouTubeで彼女の動画を観たのだが

その動画の中で語っていたのがタイトルにも書いた英単語「impossible」に関する話題なのだ。

でも凄いではないか。一介の女性お笑い芸人(失礼だが)が英単語をもじって(かのうという自分の苗字にかけて)お笑いのテーマを作るとは。

この女性は間違いなく頭の良い人だ。


AIに訊いてみた 「impossible は I am possible の意味ですか?」

 

AI による概要

いいえ、「impossible」は「I am possible」のことではありません。

「impossible」は「不可能」という意味で、英語の「possible」に否定を表す接頭辞「im」が付いた言葉です。一方、「I am possible」は「私は可能だ」という意味で、単語の区切りを変えた造語です。



加納愛子はエッセイの才能がすごい



知ったきっかけは光村図書が毎年1冊づつ出している、シリーズ本「ベストエッセイ2024」で彼女の作品を見つけたことである。

そのエッセイは「親父が倒れた」というタイトルの作品である。

これがすごく面白いよくできた作品なのだ。

冒頭から2〜3行読んだだけで、「この作者 タダ者ではない」と思ったくらいだ。


加納愛子はエッセイ集を2冊出している






2025年6月26日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈2〉うわさ 台風 そして青空(11)

  


〈前回まで〉
H市のフランチャイズ学習塾塾長の砂田文夫は何者かに仕掛けられた事務所のガス爆発未遂事件について、本社社長小山と相談の上、事件が事件だけにけっきょく警察に届けることにした。だが事情聴取にやってきた2人の刑事に対し詳しい情報は流さなかっただけでなく被害届けも出さなかった。この事件は警察による捜査より自分自身の力で決着をつけようと思ったからだ。そう決意した砂田は、浅井というはっきりした容疑者が浮かんできたのを機に、「やるべき時が来た」と、積極的に事件解明に乗り出した。その手始めは、以前から比較的親しくしている本社経理部員の新田から、事件後の最近の本社の様子を尋ねるのを手始めに、事件に関係ある社員から、一人づつ丁寧に事情を訊くことにしたのだ。

  11 

その日は早めにルーティンワークをすませて、伊藤の話をゆっくりと腰を据えて聞いてみようと、七時過ぎになると何もせず来客用のソファにドカッと腰を下ろし、明日以降の浅井に対する攻略方法について考えていた。


 明日は噂を流したという二人のうち、かたわれの木島の方で、その次の明後日が、あの憎き浅井との対決の日なのだ。


「見ておれ、浅井の奴。今回のH塾講師に関する忌まわしい噂を流した罰を与えるのは勿論のこと、あの大事故にもつながりかねない恐ろしいガス噴出事件についても一気に吐かしてやるからな」


 時計の針は八時を十分まわったのを確認して、文夫はソファから立ち上がり電話機のある事務机のほうへ向かってゆっくり歩いて行った。 


 「八時過ぎには帰っていますから」伊藤は昼間の電話でそう言っていた。

 ああ言った以上、彼とて電話を待っているに違いない。

 そう思いながら文夫は十桁のナンバーを念入りに押していった。


 あんのじょう、一回だけ呼出音が鳴って、その後すぐ伊藤が出てきた。

 「はい伊藤です。砂田塾長ですね。お待ちしていました」

 開口一番そう応えた伊藤だったが、要件の重大性にうすうす気づいているのか、その声は少し上ずっていた。


 「君以外に、今日は経理の新田くんにも電話したことだし、ぼくが君に何について聞きたいのかは、もう気づいていると思うのだが」

 文夫がそう切り出して、それから延々一時間余りも伊藤の話を聞いていた。


 伊藤は今回の噂は浅井と木島の二人から聞いたと言った。でも最初に聞いた木島の話はなんとなく具体性を欠いていて、その段階ではまだあまり信じてなかったらしい。

 経理の新田にそのことを話したのは、木島から聞いた後、さらに浅井がその場面を微に入り細に入り詳しく説明する話しを聞いてからだった。


 「浅井さんがあれほど詳しく説明するものですから、この話は本当なのかもしれない。そう思って浅井さんから聞いたとおりを新田さんに話したんです」

 上ずった声の調子は一向に治まらず、伊藤はやや興奮気味に話していた。


 「ふーん、それでその微に入り細に入った様子というのだけど、具体的にはいったいどんな様子なのか、よかったら話して欲しいんだ。男同士だし、きわどい話だって別に気兼ねすること無いんだし」


 文夫はタバコに火をつけながら、彼からもっとも聞きたいと思っていた部分についてゆっくり伝えた。


「はい、それは浜岡さんと南さんがやってた場面についてです」

「だからその場面について詳しく教えて欲しいんだよ」

 「承知しました。では浅井さんに聞いたとおりにお話します。あれはキャンプ二日目の夜の十時ごろだったそうです。浅井さんと木島さんはキャンプファイヤーの火の消火を確認に行った帰りに食堂の前を通ったんです。するとそんな時間なのに食堂の窓から薄明かりが漏れているものですから、誰がいるのかと思って二人で中へ入って入ったそうなんです。


 中央の入口から入ってみると、中は薄暗く広いテーブル席の電気は一つもつけられてはおらず、奥の厨房の電気が一つだけついていて、入ったときは暗くてよく見えず人の気配も感じられなかったそうです。


 それで浅井さんは、おかしいな、と思ってスイッチを入れて室内の電気を全部つけたんです。

 すると厨房の前の隅の方にある長椅子から、パッと上半身裸の男が立ち上がったそうなんです。


 それが浜岡さんだったんです。浅井さんは突然のことで初めは何がなんだかよく分からなかったのですが、それが浜岡さんだとわかって、『何してるの?今ごろこんなところで』と聞きながら浜岡さんのほうへ五~六歩近づいて行ったそうです。


すると浜岡さんの下半身も見えてきて、半ズボンはつけてはいるものの、前のチャックが開いていて、そこから大きな黒くて長いものがボロンとはみ出していたんです。そして長椅子の隅には胸がはだけ、ずいぶん乱れた着衣姿の南さんがうずくまるようにして座っていたそうなんです。


浅井さんはびっくりして、それより先へは歩を進めず、再び『なにやってんですか?こんなところで』とだけ言って、すぐきびすを返してドアのところへいた木島さんと一緒に慌てて食堂を出ていったんです。


 浅井さんに聞いたのはざっとこんなことです。それから木島さんですが、彼のほうはドアのところへ立ったままで、初めに浜岡さんが立ち上がったところは見たけれど、後はテーブルに隠れていて何も見えなかったそうです。


でも浅井さんから『あの二人がやっていた』と聞き、状況からして、それもありえると思って、ぼくに話したようです。

とは言え彼は、そうだと断定はしていないようでした。浅井さんの話のように具体的なところもありませんでしたし」


 伊藤はそこまで一気に喋った。

 文夫は相槌を打つだけで黙って話を聞いていて、彼が話に一呼吸入れたところでようやく最初に言ったその場面の〈 微に入り細に入った 状況 〉という意味が分かってきた。


 つまり、浅井と木島が食堂に入ったとき、中は薄暗く、浅井が室内の電気を一斉につけたとき、上半身裸の浜岡がパッと立ち上がった。そして近づいてよく見ると、浜岡のズボンのチャックは開いており、中から彼の男のシンボルがボロンとはみ出していて、長椅子の隅には着衣の乱れ南三枝がうずくまるように座っていた。つまり浅井の微に入り細に入った説明とはこういうことなのである。


 「よくわかったよ伊藤くん。でも本当に『二人がやっていた』とはっきり言ったんだね」

 「ええ言いました。最初ははっきりとした表現は使ってなかったのですけど、ぼくが『ほんとうですかそれ?』と、少し疑った調子で聞いた後に、そんな具体的な様子を説明し始めたのです。

 立ち上がった浜岡さんのことも、最初は上半身裸だったとは言ってなかったのに、後で付け足したりしていました」


 「木島くんも浜岡くんが上半身裸だったと言っていたかい?」

 「いいえ、はっきりとは言っていませんでした。何しろ彼は二人の方へ近づいて行かなかったらしく,よく見えなかったけど、ひょっとしてそうだったかもしれない。そんな表現を使って話していました」 


 「そうか分かった。ということは現場をよく見て、あの二人がやっていたと断定して言ったのは浅井くんだけなんだね」

 「ええ、まあそういうことです。でも塾長、申しわけありませんでした。真偽のほどはともかく、あんな噂話に加担して、それを新田さんに伝えたりして」


 「まあそれはいいよ。君も若い男性なんだし、そうした話題をおもしろがることも分かるよ。

それに流した張本人は浅井くんだからなあ」

 「浅井くんだからなあ、って塾長、浅井さん他にも何か?」

 「伊藤にそう聞かれ、文夫はさっきにセリフはまずかった、と思った。


 半年前のガス事故の嫌疑だとか、最近に彼の一連の陰険な行動とかについて、知る由もないこの伊藤に対して、浅井だからなあ、という表現はまずかったのだ。


 「いや、そういう意味じゃないんだ。浅井くんはスーパーバイザーで、ぼくの地区の担当者だから、あの二人のことも比較的よく知っているし、つまり何と言うか、知ってるだけについ面白半分で・・・。 さっき君に言ったのはそういう意味なんだよ。


 噂の対象になった当人たちも、事実無根だと言っているし、それに彼らの上司であるぼくにしても、非常に腹立たしく思っていることもあって、噂を流した張本人が彼だと言うものだから、つい腹たちまぎれにあんなふうに言ってしまったんだよ。

 いやあ伊藤くん、どうもありがとう。今夜の君の話は事実を知る上で非常に役立ちますよ」


 終わりのほうでいささか苦しい弁明を強いられたが、伊藤に礼を言って受話器を置いたとき、時計はすでに九時をまわっていた。伊藤とはかれこれ一時間近くも話していたのだ。

 それから五分後には文夫はもう事務所を出ており、街灯がない暗い通りをバス停に向かって歩いていた。


つづく


次回7月3日(木)