2023年9月28日木曜日

気象予報士は「暑い」の表現に気をつけなければいけない

 


夕方5時台のテレビを見ていると、どのチャンネルでも6時前のほぼ同じ時間帯に気象予報士が出てきます。

気象予報士全体で男女どちらが多いのかは知りませんが、私が見るときはたいていは男性です。

さて今年は歴史的な猛暑で、予報士は 「暑い、暑い」 を連日繰り返すばかりなのですが、聴く側としては、その「暑い」という表現はいい加減にやめてくれ、という心境です。

暑さでウンザリしている神経をよけい刺激するからです。

同じことを言うにしても、暑さをやわらげるような別の表現はないのか、アナウンサーならもっと表現方法を知っていなければいけない、とこちらはいつも思っているのですが。


浅田麻実という女性気象予報士がいい

いつもこんなふうに思いながら気象予報士の天気予報をいやいやながら聴いているのですが、私のこんな思いが通じたのか、昨日(9/26) こちらの希望を叶えてくれる女性予報士が登場したのです。


人々が今年の暑さにウンザリしているのを察して「暑い」を別の表現に

初めて見る女性予報士でしたが、彼女の表現は新鮮で、ざっと以下のように伝えていました。

「ようやく秋の涼しさが訪れたと思ったのですが、それも今日限りで明日はまた前のような、どちらかといえば夏よりの天気です」

どうですか。暑いと言わず「どちらかていえば夏よりの天気」という表現、うまいとは思いませんか。

本当はまた暑くなります。と言いたいところを、一度涼しい秋に接してほっとしていた人々を再び暑さに戻すのは忍びない、という気持ちが良く表れています。

表現力豊かなこの浅田麻実さんという気象予報士を高く評価したいと思います。


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浅田麻実 プロフィール

高校の地学の授業で気象学に興味を持ち、大学在学中に気象予報士資格を取得する。大学卒業後は静岡朝日テレビで気象キャスターとしてデビュー。気象情報に加え、中継リポートやナレーション業務など幅広く担当する。2018年4月からはウェザーマップに移籍し、地元関西でテレビを中心に活躍中。

取材時は自らカメラを回すことが多かったため、一眼レフカメラでの花の写真撮影が趣味に。また、月に2~3回は劇場に行くほどのミュージカル好き。


2023年9月27日水曜日

ご存じですか? 新聞のコラム 文字数

 


新聞をやめて残念なのはコラムが読めなくなったこと


インターネット情報の普及で新聞の購読をやめた人は多いようですが私もその一人です。でもやめて残念なことが一つあります。


それは長い間親しんできたコラムが読めなくなったことです。


新聞のコラムはいろいろありますが、特に愛着があったのは第一面下のもので、例えば朝日新聞で言えば「天声人語」、読売新聞は「編集手帳」にあたります。


このコラム、朝の忙しい時間でも抵抗なく読めるのは、その長さのおかげではないでしょうか。


つまり短くて読み終わるまでそれほど時間がかからないので、朝の忙しい時間でも難なく最後まで読み終えることができるのです。


人気コラムとしてファンが増えたのも、この短さが一因になったのではないでしょうか。でもこれらコラム文字の数をご存じの方は案外少ないのではないでしょうか。



各紙のコラムにはそれぞれ名前がついている


文字数のことを書く前に、新聞各紙のコラムにはそれぞれ名前がついているのですが、まずそれについて見ていくことにしましょう。


上でも少し触れたように5大紙では、朝日のコラムが「天声人語」読売は「編集手帳」、残る3紙のうち毎日が「余禄」、日経は「春秋」、最後に産経が「産経抄」となっています。



ご存じですか? 新聞のコラム 文字数


では最後にこの記事のメインのテーマともいえる各コラムの文字数について書いていこうと思います。


とはいえ、多くの読者は記事の長さは気になっても文字の数まで気を配ることはないでしょう。


しかし多分個人的なことなのでしょうが私にはこの文字数がすごく気になるtのです。それは私がWebライターとして長い間記事を書く仕事をしていたからだと思います。


Webライターは書いた記事に対して依頼主から報酬を受け取るのですが、その報酬はたいていの場合1文字いくらという形で計算されます。したがって例えば2,000文字の記事が1文字1円とすれば、報酬の額は2,000円ということになるのです。


このように記事の発注を受けるたびに文字数、文字単価、報酬額を知ることが必要不可欠であったため、新聞に限らず何かの記事を目にすると、すぐ文字数が気になるようになったのです。


さて余談はここまでにして肝心の各コラムの文字数ですが朝日新聞の「天声人語」は603文字と決まっていて、読売新聞の「編集手帳」は約460字、毎日新聞の「余禄」が650字前後、日経新聞の「春秋」は約550字ということになっています。


こうした数字を知ると、おそらく多くの方が「ふーん、そんなに少なかったのか」と意外に思われるのではないでしょうか。


私個人としては短い理由については、新聞は多くの人が朝方読むことが多いのですが、出勤前のあわただしい時間帯にも関わらず、毎日欠かさず読んでもらうためにはこの短さが非常に大切なことでないかと思うのですが。





2023年9月24日日曜日

近ごろの高齢者は「今の若い者は」と、若者への不平不満を言わなくなった

 

テレビの高校野球中継では、アナウンサーが応援団にインタビューをする場面がよくありますが、それに応じる若者たちが皆ハキハキしていて、理路整然とスマートに応答していることに感心します。

こうした様子から、「最近の若者はしっかりしていて、しかも賢くなっているのではないか、と感じることがあります。

このことに関連して思いついたことは、今の高齢者は「最近の若者は・・・」という若者に対する不平を言わなくなったという点です。

メディアの報道でも「切れやすい老人」というテーマは時々取り上げていますが、「若者への不平、不満」についてはまったく聴きません。

これは最近の若者がしっかりしているので、ことさら不平、不満を言う理由がないからなのではと思うのですが。


豊かになって劣等感がなくなったからなのか

高齢者が若者に不平を言わなくなった原因は何か、と考えてみるといくつかの点が思いつくのですが

第一は今の老人は経済的に豊かになっていて人生をエンジョイしていて、一昔前は感じていた老人ゆえの劣等感も減り、不平、不満の原因が少なくなったからではないでしょか。

こう書くと、気持ちにゆとりができてきたのに何故切れやすいのか、と問われそうですが

切れるのは気が短くなったこと(短気)に由来し、若者に対する不平とは生成理由が異なるのではないでしょうか。


Z世代の若者が立派すぎて口出しできなくなったのか

第二の理由としてあげたいのは、高校生など今の若者は,いわゆるZ世代と呼ばれるカテゴリーに属していて

生まれた時からインターネット社会で育っているため、物知りの上判断力に長けていて、高齢者があえて指摘したくなるような欠点が少ないのではないでしょうか。

要するに今の若者が立派すぎて高齢者が口出しできないのです。


若者ではなく他のことで切れて発散しているのでは


3つ目の理由は別項でも触れている切れやすい高齢者に関係があります。メディアでも時々取り上げられていますが、近頃の高齢者は切れやすいといわれています。


切れる場面はいろいろありますが、多いのは電車などを利用する際、何かといえば駅員に食ってかかることです。


それも酔っ払いなら仕方がない面もあるのですが、酒など飲んでいないシラフの人でも切れることが多いといいます。


これで思いつくことは、他のことで切れることが多いので、高齢者にはもはや若者に対して不平、不満をいうエネルギーが残っていないのかもしれませ





2023年9月21日木曜日

高峰秀子 世紀の大女優がエッセイに書いた「びろうな話」とは

 



高峰秀子がどれほどの大女優であったかをよくご存じでない方は、まずネット検索をしてみてください。


子役時代からの出演歴、出演映画本数、豪華な共演者、名監督など、いずれをとっても、その圧倒されるような凄さに、誰もが驚くことでしょう。


これほどすごい経歴の、しかも美貌の持ち主である大女優となれば、まさに庶民にとっては憧れの的そのものです。


子供の頃、高峰秀子に限らず雑誌のグラビアなどに載っていた美人女優の写真を見てよく思ったものです。


「こんなきれいな女の人なら汚いことは何もしないのではないだろうか」 もちろん便所でオシッコやウンコなどしないに違いない」と。


要するにきれいな映画女優とオシッコやウンコをする姿はどうしても結びつけることはできなかったのです。


そんなふうに思っていた大女優の高峰秀子が、まさかこんな「びろうな話》をエッセイで書くとは思いもよらなかったのです。



ダイヤモンとド(抜粋) 高峰秀子


私は、夫の歴史が刻まれた結婚指輪を大切にしていた。いたというのはへんだが、私はその指輪を、ある時、ある場所の、とんでもないところへ落っことしてしまったのである。ある時というのは昭和四十七年の四月で、ある場所というのは空の上で、とんでもないところというのは飛行機の洗面所のウンコ溜め、である。

 そのとき私は、大切な婚約指輪と結婚指輪のふたつを洗面台の奥のほうに置いて手を洗っていた。

「オ、ゆれたな」と思ったとたん、二個の指輪はピョンピョコピョンとジャンプした、アレ!という間にポチャンとウンコ溜めの中へ消えてしまったのである。私は唖然となったが、なんせ「夫の執念のかたまり」の指輪である。私はションボリとしてパーサーに打明けた。パーサーは「ウーン」と唸って天井を睨み、なぜかバケツと大量のオシボリとビニールを持って洗面所に消えた。

 二十分も経った頃、洗面所の扉が開いた。ニッコリと顔を出したパーサーの指先に、二個の指輪が入ったビニールの袋がゆれていた。ウンコ溜めをくぐってきた二個の指輪は、今の私の指輪に光っている。いよいよ夫と私は臭い仲になった、というわけである。


出典:精選女性随筆集 文藝春秋


2023年9月18日月曜日

いまだにロシアを高く評価する国とは

 



もともと厳しいロシアに対する世界の国々の評価だが、1年前のウクライナ侵攻以後は一層厳しさが増していて、世界のほとんどに国が最低レベルの評価を下している。

だが少数とはいえ、こうした傾向に反していまだに高評価を継続している国もあるのは驚きだ。

なかでもインドは群を抜いており、ウクライナ侵攻後も逆に上昇を続けているのだ。これは平和を願う国々にとって驚異の他の何物でもない




          出典:社会実情データ図録

2023年9月16日土曜日

エンタメ小説の書き出し2000字 シリーズ1~8 (その4)

 


書き出しの2000字を読むだけで

「面白いか否か」「読まれるかどうか」「売れるか、売れないか」

がわかる


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(その4) 


下津さんの失敗

    ナイトボ-イの愉楽(part2)


 

 浜田道夫が二十一歳になったその年の七月は何年に一度かというような、すこぶる涼しい夏で、月の終りになっても熱帯夜だとかいう、あのむせかえるような寝苦しい夜はまだ一度もやってきていなかった。


 もっとも週のうち六日間を快適な全館冷房のホテルで過ごす道夫にとっては、その熱帯夜とかもさして気になる代物でもなかったのだが。


 とにかく涼しい夏で、巷ではビアガーデンの客入りがさっぱりだと囁かれていた。


 そんな夏のある夜のこと、道夫は例のごとくまたエレベーター当番にあたっていて、切れ目なくやってくる客を乗せては、せわしげにフロアを上下していた。


 あと十分もすればその当番も終りになる十一時少し前になって、それまで間断なく続いていた客足がやっと途切れ、ロビーに立ってホッと一息ついた。


 エレベーター前から広いロビーを見渡すと、人影はもうまばらでフロント係がボーイを呼ぶチーンというベルの音だけがやけに周りに響きわたっていた。


 十一時か、チェックインあとどれぐらい残っているんだろう。今夜はしょっぱなからエレベーター当番で、まだ一度もあたっていないんだ。十二時まであと一時間の勝負か。たっぷりチップをはずんでくれるいい客に当たるといいんだけど 

所在なさそうにロビーを見渡しながら胸の中でそうつぶやいた。


 二~三度連続して気前のいい新婚客にでも当たらないかなあ。

 またそんな虫のいいことを考えながらさらに二回エレベーターを上下させ、一階に下りてきたときは十一時を三分ほどまわっていた。待っているはずの次の当番、下津の姿はまだなかった。


  「チェッ、下津さんまだ来てない。二~三分前に来て待っているのが普通なのにほんとにあの人はルーズなんだから、来たら文句のひとことふたこと言ってやらなければ」 

そうつぶやいてまた時計に目をやり、道夫が少しいらつき始めた十一時六分すぎに、やっと下津がもう一台のエレベーターから降りてきた。


 「オッ、すまんすまん浜田、さっきチェックインに当たった新婚客が大阪の観光についてねほりはほり聞くもんで、つい説明に手間どってしまって、本当にすまんな、明日仕事が終わったらコーヒーでもおごるからな」 


下津に先まわりされてそう言われ、結局ひとことの文句も言えず、「いいですよ」と心にもない妥協のセリフを残すと、そそくさとロビーの方へ歩いていき、入り口ドアの前の待機場所へ戻ると、そこへいた後輩の小山とともにチェックインの客を待っていた。


二~三分たってから、まず身なりのいい中年の日本人男女、続いてビジネスマン風の浅黒い色をした外人男性の二人ずれと、相次いでタクシーから降りてきた。


 「浜田さん、今日まだチェックインに当たってないんでしょう。あの二組の客のうちどちらがいいですか?まず浜田から先に選んでいいですよ」 客を値踏みしながら小山が殊勝なことを言った。 


「オッ、そうか。すまんな小山、じゃあ先に入ってきたきた日本人の方」

 「やっぱりねえ、そうだと思いましたよ。あの中年のカップル、身なりはいいし、なんとなく夫婦には見えないし、チップをはずむタイプのですよ、あれは」


 「どうかなあ、でもそうだと嬉しいよ。もっともあの中近東系の二人の外人よりはどう見ても脈がありそうだけどな」 肘で小山のわき腹あたりをつつきながら小声で答えた。


 間もなく鳴ったチーンという音で、「じゃあな」とひと言残し、道夫の方が先に動いた。

 フロントカウンターの前まで進み、「いらっしゃいませ」と普段よりずっと深々とカップルに向かって頭を下げ、フロント係から鍵を受け取り男の客のやや大型の旅行カバンを手にすると、二人を先導してゆっくりとエレベーターへ向かった。


 それにしてもこの二人、どうゆうカップルなんだろう? 

 ついさっき交代したばかりの下津の運転するエレベーターの中で、胸の部分が大きくカットされた黄色の派手なワンピース姿の女性の方へチラッと目を向けながら思った。


 男の方は五十歳ぐだいだろう。白っぽいスーツがバリッと決まっていて、なかなか貫禄があるな。女とは二十歳ぐらいも違うみたいだし、やはりこの二人夫婦じゃない。


 「十一階です。どうぞ」 エレベーターが止まり、下津が客に会釈しながら言った。

 カップルが降りて、道夫も荷物を持ってすぐしたがった。降りぎわに下津が道夫の肩にそっと触れてニタッと意味ありげな笑みを浮かべた。下津がなにを言いたいのかわかっていた。

 彼もこういうカップルのチェックインが大好きなのだ。


 彼はつい三日ほど前にも道夫にこう話していた。 

 「なあ浜田、チップはその日の運ということもあるけど、腕の良し悪しも大きいよ。例えばよくある夫婦らしくないカップルのチェックインに当たった時だ。客としては例え相手がボーイだとはいえ、浮気現場を見られているようなもんだから、なんとなくオドオドしていて、態度がぎこちない。


まずこのぎこちなさを解かなければいけないんだ。こんな客を前にした時、俺はできるだけ明るく振舞う。そしてカップルの女性の方に向かって



2023年9月12日火曜日

「さびしい」と「わびしい」 違いわかりますか

 

よく「日本語は難しい」と言われますが、上の二つの意味の違いを見つけるのがまさにそれで、いったい何がどう違うのか、あなたは説明できるでしょうか。

例えば難関大学の入試で、国語の問題に「さびしい」と「わびしい」の違いを500字以内で説明せよ、とあったとしても、正しく答えられる人はごく少数なのではないでしょうか。

 

(寂しいと侘しいの違い)

侘しい」も「寂しい」も、心細く心が満たされないことをいいます。 しかし「侘しい」には、心細く、みじめでやるせないの意、「寂しい」は、ひっそりとして心細いという意で使われます。 また「寂しい」には、「懐が寂しい」のように、物足りないという意味がある点が「侘しい」と違います。

出典:ことわざと慣用句百科事典

 

2つの違いについての上の説明を読んでも、「うーん、なんともややこしくて難しい」と思うばかりで、すっきり理解することができません。

かろうじて分かったのは、「ふところが寂しい」という表現はあっても、「ふところがわびしい」とは言わないことぐらいでしょうか。

違いをもう少し鮮明にさせるため、例文をつくって比べてみることにしました。



・一人暮らしは 時には寂しさを感じるが、わびしいとは思わない。


・わびしい気持ちは物事を深く考えた時に起きるが、寂しさは不意に感じる。


・「さびしい」と「わびしい」の意味の違いを考えていると、なんとなく「わびしさ」を感じてくる。


・侘しさは 寂しさの一層深刻な状態 のことなのだろうか。


・こんなことをあれこれ考えていると次第にわびしく(さびしくではない)なってくる。


・「懐が寂しい」と言うが「懐がわびしい」とはいわない。(ユーモア)



2023年9月9日土曜日

「なにげに」という言葉がうさん臭くてうっとうしい

 


近ごろ聞いても意味が分からない言葉に「なにげに」があります。この言葉、意味が分からないだけでなく、見ても聞いても語感が悪く、はっきり言ってうさん臭ささえ覚えます。

いったい誰がどのような場合にこの言葉を使っているのか、ネットで調べてみると、主に若者の流行り言葉として使われていることが多く、例文とその説明が次のように出ていました。

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「なにげに」の例文と説明


何気に強いですね

「何気に強いですね」という言葉は、思ったよりも強いという意味です。
たとえば、男性と女性が腕相撲をしたときに、女性が予想以上に強かったら「何気に強いですね」と褒め言葉のように使うことができます。ただし、男性に対して「何気に強いですね」と言ってしまうと、相手によっては侮辱に聞こえてしまうことがあるので注意が必要です。

何気に初めてで不安だな

「何気に初めてで不安だな」とは、今まで見たことはあったけど、実践したことがないときに使う言葉となります。たとえば、一輪車がいい例ですね。
自転車に乗れる技術があれば、基本的に一輪車も乗ることができます。しかし、実際に一輪車に乗ったことがない人は結構多いので、「何気に初めてで不安だな」というのも無理はありませんね。

何気に嬉しいプレゼント

何気に嬉しいプレゼントは、定番のプレゼントを指す言葉となります。もちろん、「そこまで欲しいプレゼントじゃなかったけど、もらえて嬉しかった」と解釈しても間違いではないのですが、そもそも相手が欲しがるようなプレゼントでなければ、嬉しいとは思ってもらえませんよね?ですので、どちらかといえば、何気に嬉しいプレゼントとは「あっ、こんな気の利いたプレゼントをくれるんだ」と驚いているときに使う言葉となります。

何気に楽しみ

何気に楽しみとは、始めは乗る気ではなかったけど、当日が近づくほどに気分が上がってくる状態を意味する言葉です。これは、人間が考える生き物だから起こる現象ともいえます。人間は知らず知らずに脳内で色々なシミュレーションを想像しているため、どんどんワクワク感が増していくんです。そのため、最初は乗る気ではなかった旅行でも、当日が近づくごとに旅行が何気に楽しみで仕方がない人って結構多いんです。

何気に可愛い

何気に可愛いとは、よくよく見ると愛着がわく存在に対して使う言葉となります。たとえば、アニメのキャラクターがいい例ですね。最初はそんなに好きではなかったのに、物語が進んでいくうちにそのキャラクターの言動がいとおしくなり、「何気に可愛い」と思うようになります。ただし、何気に可愛いという言葉は、人間に対して使うと失礼に聞こえるので言わないほうがいいです。
「意外と可愛いね」と言われて嬉しくなる人間は誰もいません

出典:アウトプット通信

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いかがですか、上の例文と説明で「なにげに」という言葉が理解できたでしょうか.この.問いに対して、個人的には「ノー」と答えざるを得ません。5つの例文と説明を読んでも、まったく理解できないばかりか、逆にこの言葉に対するうさん臭さが増してきたぐらいです。

「何気に」は「何気なく」の誤用ではないのか


ネットに「なにげに」の意味は「何気なく」に似ている、と出ていましがが、ひょっとして意味が似ていることを利用して誰かが勝手に作り上げて使い始めた造語なのではないでしょうか。若者言葉にはこうした由緒が正しくない言葉も時々あるのです。ちなみに上の5つの文を何気なくを使って作り変えてみると次のようになります。



何気に強いですね

なんとなく強いようですね


何気に初めてで不安だな

初めてなので何となく不安だな


何気に嬉しいプレゼント

なんとなくうれしい気がするプレゼント


何気に楽しみ

なんとなく楽しみにしている


何気に可愛い

なんとなくかわいく見えるな


上で分かるように5つの文を何気なくを使って作り変えても不自然には感じません。ということは、何気は何気なくを作り変えた造語である疑いは消えません。





2023年9月6日水曜日

エンタメ小説の書き出し2000字 シリーズ1~8 (その3)

 


書き出しの2000字を読むだけで

「面白いか否か」「読まれるかどうか」「売れるか、売れないか」

がわかる


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(その3) 


直線コースは長かった


 桜も散り青葉が目にしみる五月に入ったばかりの月曜日のその日

外には爽やかでこの上なく心地よい春風がふいているというのに、久夫は退社時の夕方になっても

まだむしゃくしゃした気分をもてあましていた。

   

「ちくしょう、あのパンチパーマの野郎め!」

事務所を出て、いつものように駅前のバス停に向かって歩きながらまたこみ上げてくる新たな悔しさから、腹の底から呻くような声でそう呟いた。


ついこの前までは丸裸だった歩道のイチョウの木には、いつの間にかまた青々とした葉が生い茂っており、いつもなら延々とつづくそのイチョウの並木を感慨深く眺めて歩く久夫だが、その日だけはそれもとんと目に入らなかった。


 それにしてもうまく引っ掛かったもんだ。どうだろう、あの見事な騙されぐあいは、いったいあんなことってあるのだろうか?


バス停へ向かう道を半分くらいあるいたところで、昨日の競馬場での出来事をまた苦々しく思い出していた。


その日曜日も空は澄みわたっており、風は爽やかだった。

駅前から北へ向かい、街並みが少しだけとぎれて、自衛隊の駐屯所があり、そのちょっと手前に競馬場はある。久夫がそこへ着いたのは昼少し前で、ちょうど場内アナウンスが第二レースの発走まであと五分だと伝えていたときだった。


去年本社のある大阪からこの町の支店に赴任してきて、ここへ足を運ぶのは二度目のことだった。久夫は競馬にかぎらずギャンブルはあまり好きなほうではない。それなのに日曜日のこの日、昼前からここへやってきたのは、朝起きてベランダへ出たとき、空があまりにも青く澄みわたっており、吹く風がこの上なく爽やかだったからだ。つまり、心地よい春の風に誘われてというわけなのだ。


でも、正直いうとそれだけが理由ではない。三ヶ月ほど前、職場の同僚に誘われて、さして気の進まないままここへやってきて、よくわからないまま当てずっぽうで買った第七レースの穴馬券が見事的中して、千円券一枚が九万四千円にもなったのだ。その後のレースで一万円ほど負けたが、その日の儲けは八万円以上あった。


空の青さと風の爽やかさに誘われてやってきたと言えば聞こえはいいが、実のところ、あの日の甘い汁の味も忘れられなかったからなのだ。


入場ゲートを入って観覧席の方へ向かう長い通路を歩きながら久夫は思った。ポケットの五万円、帰るまでにはなんとか倍の十万円にはしたいな、この前のような大穴が当たることはないだろう、所詮あれはビギナーズラック、今日はかたそうな馬券ばかりねらって一レースずつ確実に増やしていこう。それだとこの元手を倍にするのもそう困難なことでもないだろう。


帰りにはこの五万円が十万円になっているか、悪くないな。そうだ、五万円勝ったら今夜またあの店へ行ってみよう。〈涼子〉といったなあの娘、まだいるだろうか? それにしてもあの夜はラッキー続きだったもんだ。


観客席に向かって歩きながら、八万円勝ったあの日の夜のことをさも楽しげに思い出していた。


魚屋町は駅前の大通りを少し北へ進み、最初の交差点を渡ってから三本目の筋を左折したところの一帯にあるこの地方最大の歓楽街だ。半径三百メートルほどのこの一画だけでも、飲食店の数が三千店弱で、人口五十万の都市にしてはなんとも大きな数ではないか。


久夫は、酒は好きなほうだったが、普段はこの街にはあまり出入りしなかった。安月給の身にとって、この街のほとんどの店は懐具合からみて、いささか敷居が高かったからだ。


学校回りの教材のセールスマンになって今年で三年、まだ青二才の久夫が日頃よく行く店といえば、駅前の地下にある安スタンドか、路地裏の赤ちょうちんであり、一回の勘定が三千円を超えないところ、この数年間ずっとそうだった。でも競馬で八万円勝ったその夜は違っていた。


 さてどこへ入ろうか。その街の中ほどまで来たところで久夫は立ち止まってぐるりと辺りを見渡した。三ヶ月ほど前に来た〈ダート〉という店、確かこのあたりのはずだけど、いや待てよ、もう一本向こうに筋だったかなあ。歩いていてふと思い出したその店に行こうときめ、場所もうろ覚えのそのスナックを探して歩いていた。


二月の終りで、まだ時折冷たい北風が吹いているのに、久しぶりに踏み込んだこの街を行き交う人の数は思ったより多く、辺りはかなりの活況を呈していた。やはり今の世の中景気がいいんだろうか?バブルとか何とかで。


次の筋を左に折れると、すぐ左手に見覚えのある茶色っぽいレンガ造りのビルがあった。ああ、あそこだ。確かあの四階だったな。ビルの中へ入り、壁に貼った案内板で念のためフロアを確認してからエレベーターに乗ってボタンを押した。


ダートというあの店の名、ひょっとして競馬のダートと同じ意味なのだろうか。