2016年7月20日水曜日

容姿の醜さを自覚させる鏡なのか?・洋画の中の日本人



映画「モネゲーム」に出てくる日本人は醜かった

映画配信サイト・ギャオで「モネ・ゲー ム」という外国映画 観ました。


画家モネの偽作品を使った詐欺がテーマ

になった作品で 俳優が立派だったせいか、なか なか良い映

画でした。

しかし、その割には観た後で何か心に引っかかって妙に後味

が悪いのです。理由は映画に出てきた日本人です。

この映画の監督があえて意図したのかどうかは定かではあり

ませんが、5名ほどのグループになって出てきた日本人全員

がすごく醜いのです。


登場場面をコメディ仕立てにしていたのが、何か日本人をバ

カにしたようでもあり、それが醜さを際立たせたのかもしれ

ません。


西洋の映画に出てくる日本人はえてして醜く見えるのです

が、このグループの醜さは群を抜いているようでした。

それ故に「日本人はこんなに醜かったのか?」と、改めて考

えさせられたぐらいです。

ルックスの良い白人の映画スターの中に入っていたことが、

よけいに醜くさせたのでしょう。

私たちは日ごろ日本人の中にいると、自らの醜さについては

ほとんど自覚することはありません。

それは周りがすべて同じだからです。ところが外国映画の中

とな るとそうはいきません。

この映画に登場するのはすべてがルックスの良い欧米人です

から、対比すると一挙に醜さが露呈するのです。

まさに洋画の中の日本人は、日本人の醜い姿を映しだす鏡と

言えるのです。

しかし、同じ人間でなぜこれほどの違いがあるのでしょう

か。


いま、あらゆる国で格差が問題になっていますが、経済格差

はともかく、容姿の格差こそ最大の問題であるような気もし

ます。

とはいえ、醜いのは日本人だけではありません。同じアジア

人である中国人も韓 国人も同じです。

でもこの3国を比べてみますと、韓国人がもっとも自らの醜

さを自覚しているのではないでしょうか。

なぜかと言えば、韓国は世界一の整形大国だからです。

モネゲームという映画を見たばかりに、こんなことをブログ

に書く羽目になってしまいました。


でも我を知ることは大事なことですから、良かったことにし

ておきましょう。

なお、映画「モネゲーム」は今もギャオで配信中ですから、

みなさんもご覧になってみてください。


2016年7月6日水曜日

見たくない ・ 大相撲懸賞金の鷲づかみ



相撲見物は座り心地が悪そう

あと数日したら大相撲夏場所が始まります。

このところ異常と思えるほど大相撲人気が続いていますが、相撲ブーム到来ということで、たぶん次の場所もこのトレンドは変わらないでしょう。

それはさておき、テレビ中継を見ていていつも不思議に思うのは、観客席の人たちの座った様子です。

いま、映画や演劇、それにコンサートなどほとんどが椅子に座って観賞するのが普通です。たぶんそれが一番楽だからでしょう。

でも大相撲は違います。土俵に近い席に椅子席はまったく無く、観客のすべてがフロアに座布団を敷いて座るのです。

こうした観客のほとんどは、家庭では椅子中心の生活が多く、畳の上にじかに座る機会は少ないのではないでしょうか。

それ故に相撲見物で椅子なしで過ごすのは窮屈ではないでしょうか。

しかも相撲見物は長時間に及びますから、窮屈さはひとしおではないかと思うのです。

もしそうなら、相撲見物の楽しさが半減するのではないでしょうか。

最初にこんなことを書いてしまいましたが、これは本日の本題ではありません。

実は本日言いたいことは次のことについてなのです。


懸賞金の鷲づかみは見苦しくないか
このところの大相撲では懸賞金の多さが目立ちます。
ことに横綱が登場する最後の方の取り組みになると、何十本
という数の賞金がかかることも珍しくありません。
1本の中身は3万円ということですから、それが20本だと60
円にもなります。
でも日にちがたつにつれて本数が増え、千秋楽近くになると
50本近くになることもあります。
その50本の束は普通の人では片手では持てないほどの分厚さ
です。
でもお相撲さんの手は大きく、それを片手で鷲づかみすることもできます。
見たくないのはこの懸賞金の鷲づかみです。
なぜ見たくないかと言えば、ほんの1分足らずの勝負に大金
がかかり、その大金の束を無造作に掴んで受けとる姿が見苦
しいからです。
特に受け取る際の鷲づかみが気になります。
普通の人の一か月の給料の何倍ものお金を、たった1分足らず
の勝負でもらうのに、無造作に鷲づかみで受け取ることが感
心できないからです。
また子供に対してこの光景をどう説明していいかも分かりません。
大事な大金ですから、もっと礼儀をこめて丁寧に受け取った
らどうなのでしょうか。

2016年6月28日火曜日

日本プロ野球 Vs アメリカ大リーグ ・ 売上高は「1対8」で縮まるどころか開く一方!



日本プロ野球の売上は10年間横ばいで、大リーグは13年連続で増加!

1500億 対1兆2000億、二つを比べると8倍近い開きがありますが、これがいったい何の数字かお分かりでしょうか?

これだと億の次に人をつけると、1500億人と1兆2000億人になりますから、累計入場者数とも思えないこともありません。

しかし、いかに大リーグとはいえ、これまでに1兆人を超える観客が入場したとは考えられませんから、この答えはノーです。

では正解が何かといえば、両者の年間売上高です。つまり日本プロ野球の年間売上高が1500億円で、大リーグが1兆2000億円なのです。

しかし両社の開きが8倍にも及ぶとは驚きです。

なぜなら日本プロ野球もこのところ入場者数は好調を維持しているように見えるからです。

それをよく示すように、阪神タイガーズを筆頭に広島、巨人、ソフトバンクなど、どの球団のゲームでも、球場はいつも満員に膨れ上がり、よくもこれだけのお客さんが来るものだ、と思わせるほど大盛況だからです。

特に阪神タイガースは、負けが多いにもかかわらず、お客さんの方は一向に減る気配がなく、甲子園球場はいつ見ても人で溢れかえっているではないですか。

こうした様子をみると、タイガースを筆頭にいまプロ野球は大儲けしていると、大方の人が思っているのではないでしょうか。

ところが、年間1500億円の売り上げでも横ばい状態で、10年ぐらい前と大差がなく、それほど良い数字ではないのです。

一方大リーグはどうかといえば、日本プロ野球と大違いで、実に13年連続で売り上げを伸ばしているのです。


チーム数は2.5倍なのになぜ売り上げが8倍にもなるのか?

それにしても8倍とは差があり過ぎます。なぜなら日本プロ野球が12球団で大リーグが30球団ですから、球団数の比較では2.5倍でしかないからです。

したがって売り上げの差が3倍程度なら分かるのですが、8倍にもなるというのはまったく理解の及ばないところです。

やはりこれも日本とアメリカの生産性の違いなのでしょうか。

モノの生産だけでなく、こうしたサービス業においても日本の生産性はアメリカよりうんと劣っているのでしょうか。


日本プロ野球が売り上げを伸ばすために「16チーム4リーグ制」が検討されている

このままでは日本プロ野球は大リーグに差をつけられるばかりです。

何とかその差を縮める方法はないのでしょうか。

そこで検討されているのがエクスパンションといわれる規模の拡大です。

いまの12チームを16チームに増やして、2リーグ制を4リーグ制に変えるのです。

これにより観客数を増やし、さらには低迷を続けるテレビの放送権料を増やせば

今の売り上げを一気に増加することができるのではないかと、関係者はみているのです。



参考記事:「プロ野球16球団4リーグ制」文藝春秋7月号






2016年6月12日日曜日

調理人とトイレに関する新聞記事を読んで、公衆トイレで会った寿司屋のお兄さんのことを想い出した

調理人ならトイレには気をつけて接するべし

下の新聞記事を読んでいてふと思い出したのですが

以前、駅前の公衆トイレで時々いく寿司屋のお兄さんの姿を見かけたことがあります。

夕刻でしたから、店は営業中のはずです。

相手はこちらに気が付いていなかったのですが、小の方の用を足した後、なんと手も洗わずに出て行くではないですか。

これにはまったく驚いてしまいました。

このお兄さんに限らず、公衆トイレで手を洗わずに出ていく男性を見るには珍しくありません。
(男性と限定するのは、公衆トイレでは女性は目にすることができないから)

最近はウォシュレットが普及して清潔なトイレが増えており、それに比例するかように手を洗わない人も増えているのです。

でもいくらウォッシュレットとは言え、トイレはバイキンの多い場所です。

それ故に出るときには手洗いは欠かせません。

ましてや調理関係の人なら、他の人以上に入念に洗う必要があります。

それなのにいくら小の後とはいえ、洗わないで出てしまう寿司屋の調理人を見たのは大きな衝撃でした。

もちろんその店には、それからは二度と行っていません。

「調理人のトイレとの付き合い方」は極めて大切な問題です。

下の記事にもあるように、世のすべての調理人は心してかからなければいけません。

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調理時間中は排便ダメ 給食センター「出勤前に」 

福井(朝日新聞デジタル) 2016-06-10 13:01:00

福井県若狭町で5月下旬に学校給食が原因で発生した集団食中毒を受け、町は給食を調理していた給食センターの衛生管理マニュアルに調理時間中の原則排便禁止を盛り込む方針を固めた。

文部科学省健康教育・食育課は「施設の実態に合わせた再発防止策は必要だが、排便禁止は聞いたことがない」と話している。
 若狭町によると、今回の食中毒では、児童や生徒、教職員ら約360人が下痢や腹痛などの症状を訴えた。

 町は調理員からノロウイルスが検出されたことを問題視し、給食を再開させるにあたって、センターの手洗い場を増設し、トイレの手洗い場を自動水栓にした。

 町は、福井県の保健所の担当者も交えて衛生管理マニュアルの改訂案を作成。

「排便は出勤前にし、排便は給食センターでは原則しない」と明記する方針。


 ただし、一切禁止というわけではない。トイレを利用する場合は、出入り口に下げた記録用紙に、各自がトイレの利用時間や健康状態などを記録しなければならない。

調理が終わる前に排便した場合はセンター長(男性)か、衛生管理責任者となっている栄養士(女性)に報告し、調理以外の別の作業にあたるという。小便の場合は、報告は不要。

消毒後にそのまま調理作業に戻る。

2016年6月1日水曜日

消費税増税再延期ではっきり分かった!・ 日本は米国の意見なしではもはや経済運営で何もできない!!

消費税再延期は米国経済学者の意見に影響されたもの

おそらく国民の多くは、今回再び消費税増税が延期されるとは予想していなかったはずです。

でも、安倍総理はこの度、さらに2年半も延期することを決断したのです。

先日のサミットで国際経済の悪化が取りざたされて、日本の消費税アップが国際経済の回復に悪影響を与える、と懸念れたことが延期の一原因にされています。


しかし、本当にそうでしょうか。来年の消費税アップには、安倍総理自身も以前から疑問を抱いていたのではないでしょうか。

それをよくあらわすのは、今年3月に米国の著名な経済学者をわざわざ日本に招いて、消費税の再引き上げについて、意見を聴いたことです。

それも一人ではなく、4名もの学者に当たっているのです。

これは、日本の経済政策は、もはや竹中平蔵氏をはじめとした国内の学者や官僚の意見を聴いただけではカジ取りができなくなっていることを意味しているのです。

日本はいま、世界でも例がないような1000兆円という巨額の財政赤字を抱えています。

内閣が変わるごとにこの赤字を解消するため本格的に財政改革に取り組む、と決意表明がなされますが、いつまでたっても赤字は減るどころか増えるばかりです。

はっきり言って歴代の総理の誰も、手を打とうにも、その方法が見いだせなかったのです。

安倍総理も然りです。強力な経済政策として打ち出したアベノミクスも今のところ大した効果を上げていません。

それゆえに首相自身が弱気になっており、もはや国内の意見に頼っていては駄目だと、ついにアメリカの学者の意見を聴き始めたのです。

今回の消費増税増税の再延期は、米国の学者の意見を色濃く反映した結果なのです。

おそらく、もうしばらくしたら日本の財政赤字についても、同じように彼らの意見を聞きながら処理に当たるのではないでしょうか?


消費税再増税に対する米国の経済学者の意見


●ジョセフ・スティグリッツ氏 反対

「現在のタイミングでは消費税を引き上げる時期ではない」
■プロフィール
コロンビア大学教授。2001年ノーベル経済学賞受賞。世界金融危機(リーマン・ショック)を予言した数少ない経済学者の一人。

●ポール・クルーグマン氏 反対

「消費増税はしないがほういい。金融政策を強化するための財政出動が必要だ」

「すでに消費増税という「自己破壊的な政策」を実行に移したことで、日本経済は勢いを失い始めています。このままいけば、最悪の場合、日本がデフレ時代に逆戻りするかもしれない。そんな悪夢のシナリオが現実となる可能性が出てきました。」
■プロフィール
ニューヨーク市立大学教授。2008年ノーベル経済学賞受賞。新しい貿易理論を提唱し、脚光を浴びる。オバマ政権に対する辛辣な意見が多い。安倍政権のブレーンはクルーグマン信者が多いと言われている。

●トマ・ピケティ氏 反対

「消費税増税は日本の成長にあまり良い結果を生んでいない」
「この方向で良いのか確信できない」
■プロフィール
パリ経済学校教授。著書『21世紀の資本』が大ヒット。資本家への富の集中、不公平な分配から起こる不平等について書いた。アベノミクスに対する言及も多く、富裕層への課税強化、若年層への優遇措置を提唱している。

●デール・ジョルゲンソン氏 必要(時期については明言せず)

「投資から消費に負担をシフトさせるべきだ。消費に対する税を上げなければならない」
■プロフィール
ハーバード大学教授。計量経済学・統計学・数学に関して、経済理論の向上を図るために設立された国際的学会である“計量経済学会”の会長、アメリカ経済学会会長を歴任。統計学を専門として活躍している。


(注)米経済学者の意見はHatena blog「さようなら、憂鬱な木曜日」より引用


2016年5月23日月曜日

100歳以上が6万人を突破したというが ・ 8割が寝たきり老人では素直に喜べない



同じ100才でも日本と米国では大きな違いが

つい数年前に1万人をオーバーしたばかりの100歳の人たちが、その後数が急激に増えて、2015年には、実に6万人にも達したそうです。

この調子だと10万人を超えるのもそれほど先のことではないでしょう。


月刊誌「文芸春秋」はこうした現状をとらえて、2016年6月号で「100歳特集」を組み、100歳にちなんだいろいろな話題を集めた特集記事を載せています。


それらの記事タイトルは

・百寿を達成する12の条件
・ルポ長寿県と短命県は何が違うのか
・百四歳の母を介護して(櫻井よしこ)

などのように、どちらかと言うと100歳を応援するような内容です。

でも、100歳の人たちが増えることは「喜ばしいこと」だけなのでしょうか。

もちろん身内に100歳以上の人が出れば、喜ぶ肉親は少なくないかもしれません。

とは言え、それは健康な状態でこの年齢を迎えた場合に限られるのではないでしょうか。

そうでなく長患いの病気のまま、寝たきりの状態の人が100歳を迎えたといっても、はたして家族は喜ぶでしょうか。

長年の介護に疲れ果てているかもしれない家族や周りの人たちは、そうした100歳を複雑な心境で迎えているに違いありません。


100歳の問題を語るには、日本だけでなく広く世界に目を向ける必要があります。

なぜなら同じ100歳といっても、国によって事情が大きく異なるからです。

例えば米国には日本の倍以上の100歳に達する人たちがいますが事情は日本とは全く異なります。

日本が健康な人が2割程度で後の8割は寝たきりであるのに対して、米国の100歳はほとんどの人が健康で、寝たきりは皆無に等しいのです。

これはなんという違いでしょう。

日本が6万人のうち健康な人は1万人強でしかないのに、米国では、この倍の100歳の人のほとんどが健康な状態なのです。

これなら、本人はもちろん、周りの人も100歳を迎えたことを心から祝福できるのではないでしょうか。

一方、日本の100歳は6万人のうち80%が寝たきりか、それに近い病人なのです。

同じ100歳でも、日本と米国ではこれだけの違いがあるのはいったいなぜなのでしょうか?

大いに考えさせられる問題ではありませんか。

2016年3月20日日曜日

日本人と欧米人の違いがまたひとつ分かった ・ 日本人は厚着、欧米人は薄着

外国人が観察できる機会が増えてきた

外国人観光客が増えたおかげで、以前に比べて海外からやってきた人に接触する機会がうんと増えてきました。言い換えれば外国人を観察する絶好の機会がやってきたのです。

私たちは何事につけ自分たちが普段やっていることに対して何も疑問を感じないことがほとんどです。なぜなら比較するものがなく、良いか悪いか分からず疑問を感じる余地がないからです。

物事は他と比較して初めて評価ができるものですから、比較する材料がなければそれは不可能です。

前置きが長くなりましたが、海外からの観光客が増えてきたおかげで外国人を観察する機会が多くなり、最近ではいろいろなことに気付かされます。

これに関連して昨年このブログに書いたことは、「欧米人は雨が降っていても傘をさす人が少ない」ことでした。

その具体例として日本人の8割以上が傘を手にしている小雨の日に、欧米人は2割しか傘を持っていない、ということを挙げました。

これでわかったことは、日本人に比べて、欧米人は濡れることを気にしたり、恐れたりしない人種だということです。

さて、今回気がついたことがまた一つあります。それは3月17日の昼頃の話です。

私の住んでる町は兵庫県の姫路市です。有名な世界遺産姫路城がある街ですから、このところ外国人観光客は増える一方です。

報道にによりますと外国人だけでも年に30万人が訪れているそうですから、月にすると2万5千人で、1日だと800人以上の外国人が訪れていることになります。

さすがにこれぐらいの人数になると目にする機会が多くなりますから、いろいろと気付くことも多くなるのは当然です。


今回気づいてことは、≪欧米人は日本人に比べて薄着である≫ということです。

17日の昼頃は気温が急上昇して20度ぐらいに達していました。でも日本人の多くは、コート姿をはじめ、まだ冬の装いの人が多いようでした。

ところが目にした欧米の外国人男性は半そでのTシャツ姿なのです。それも一人でなく、300メートルぐらいの間に目にした3人の男性が同じ姿なのです。

その間に目にした多くの日本人はというと、Tシャツどころか、分厚いダウンジャケットをまとった人が多かったのです。

こうした光景を目の当たりにして、日本人は厚着、欧米人は薄着ということがはっきりわかりました。