2018年3月13日火曜日

東北弁のインパクトが受賞の決め手になったのか? ・ 書評 芥川賞受賞作  「おらおらでひとりいぐも」 


審査員は味のある東北弁に高い文学性を見出した

いつものことですが文芸春秋3月号には選考委員による芥川賞の選考結果が載っています。

それを読んでみますと、今回の受賞受賞作「おらおらでひとりいくが」は選考委員のほとんどの人が受賞を推しています。

理由はこの作品が持つ高い文学性です。主人公の桃子さんが語る味のある東北弁に純粋な文学性を見出しているのです。

芥川賞は純文学作品を対象にしていますから、これを重視することは理解できます。

でも文学性は小説の面白さとは関係ありません。

はっきり言って、この小説はストーリー性の乏しい面白みの少ない作品です。

したがって面白さを期待した読者は裏切られた思いであるに違いありません。

面白いどころか、極めつけの読みづらさに最後まで悩まされたのではないでしょうか。

珍しい東北弁による面白そうな小説、というイメージだけが先行して、それに多くの人が騙されたのです。

(注)芥川賞審査員(選考委員)は小川洋子、吉田修一、山田詠美、宮本輝、高樹のぶ子、奥泉光、島田雅彦、堀江敏幸、川上弘美の各氏


こんなに読みづらい小説が他にあったか?


しかしこの本を終りまで読み終えた人は立派です。

おそらく多くの人が途中で何度も読むのをやめて投げ出したくくなったはずです。それにもめげず、最後まで読み通した人は称賛に値します。

この難解で読みづらい小説を読み遂げることは、さぞ辛いことだったでしょう。

よく耐えました。多分、芥川賞受賞作品だからというのが励ましになったのではないでしょうか。

こんなふうに言いたくなるほど、この小説を最後まで読み遂げた人を褒めてあげたくなるのです。それほどこの小説は読みづらい作品なのです。

なにが読みづらいかと言えば、第一は今時めったに耳にすることのない東北弁です。方言とは聞きづらく理解しがたいものですが、ここで使われている東北弁ほどわかりづらい言葉はありません。

これはまるで外国語と同じで、まったくチンプンカンプンです。

外国語なら辞書を引けばわかるのですが、東北弁の辞書などネットにも載っていません。これではまったくお手上げです。

第二は74歳の主人公桃子さんの妄想を綴った支離滅裂な文章です。

東北弁だけでも分かりづらいのに、それに輪をかけるよう、文法や語順を無視した半ボケ老女のめちゃくちゃな言葉づかいにはまったく閉口してしまいます。

こんな無茶苦茶な文章を読み続けるのは、苦痛の他の何物でもありません。でも芥川賞受賞作品だから、を唯一の励みに読み続けたのです。


この本が50万冊のベストセラーになるとは驚き!


本が売れない時代に、この本は瞬く間に50万冊も売れてしまいました。これは驚きの他の何物でもありません。よくもまあ、これほど多く売れたものです。

いったいなぜなのでしょう?どう考えてもこれほど売れるほど良い作品だとは思えません。それ以前になぜこの作品が芥川賞なのかが分りません。

こんな疑問を持っている人ははたして私だけでしょうか。

もちろんこの本以外にも、過去の芥川賞では良く売れたものはあります。最近では又吉直樹の「火花」の250万冊という、空前絶後というほどの売れ行きもあります。

しかしあれは例外です。内容が優れていたというより、漫才師が書いた珍しい小説ということで、又吉が所属する吉本興業と本の発売元である文藝春秋が組んだ売り方の戦略が功を奏したからです。断言しますが本の価値で売れたのではありません。

本の価値で売れたと言えば、最近では「コンビニ人間」ぐらいです。この本も50万ぐらい売れましたが、こちらは売れる価値のある優れた作品です。


純文学の雑誌は1万冊も売れないのに


この作品が最初に掲載されたのは文藝という月刊誌です。これは河出書房が発行している純文学専門の雑誌です。

同列の雑誌としては、文学界、新潮、群像、すばる、などが挙げられます。

発行元は文学界が文芸春秋、新潮が新潮社、群像は講談社、すばるが集英社となっています。

芥川賞は概ねこれらの雑誌に掲載された作品が対象になります。

受賞が最も多いのが文学界ですが、他はほぼ均等と言っていいでしょう。

ではこうした雑誌の売れ行きはどうかと言いますと、お世辞にもよく売れているとは言えません。

発行部数を見ればよく分かりますが、いちばん多い文学界でもせいぜい1万部程度です。

いま純文学はファン層が薄く人気がないのです。

でもこうした現実の中で、今回の芥川賞受賞作「おらおらでひとりいぐか」が50万部も売れたのは不思議なことです。

なぜならこの作品は純然たる純文学だからです。しかも老女が一人語りする地味な私小説です。

純文学の私小説は面白くない、というのが一般論です。この小説がまさにそれに当たり、ストーリー性が乏しく盛り上がりのない極めて地味な作品です。

ただ主人公の味のある東北弁による語り口に文学性を感じないでもありません。

でもそれだけで50万冊も売れる理由になるのでしょうか。

でも実際に50万冊売れたのです。これはひとえに東北弁の強烈なインパクトがもたらした奇跡としか言いようがありません。




2018年3月9日金曜日

So What? と言わせてはいけない



So What?の意味


・それがどうした? 
・そんなことどうでもいい

So Whatのクールな響きが好き


英語のフレーズで好きなものは何か?、と問われたら、すぐ思いつくものだと第一に挙げるのは Take it easyで、二番目に挙げるのが、今回のテーマである So What?です。

なぜかといえば、このフレーズが持っている独特のクールな響きが何より好きなのです。

何がクールなのかと言えば、相手に迎合せず、逆に突き放すような非情とも言える冷たさが小気味よく感じるのです。

今の世の中、訳もわからず相手に同調するシーンにとてもよく出くわします。

その最たるものはテレビです。

例えば料理番組では、ゲスト出演者は出された料理は何に対しても、おいしい、おいしい と迎合するばかりで、味に対する自分の意見を述べたりして批評することが極めて少なく、出演者同士が身内で同調したり、褒めあったりしてばかりいるのです。

こういうのをポジティブ馬鹿の集まりとでもいうのでしょうか。

テレビに限らず、こうした人たちが蔓延している今の世の中では、相手の発言に対して同調せずに、So What?(それがどうした?)とクールにあしらう態度の方が好感が持てるのではないでしょうか。

例えば、相手が嬉しそうに「ピョンチャンオリンピックで日本が取ったメダルの数凄いね」と言ったとします。

それに対して、So What?(それがどうした?)と反応するのです。

「そうだねえ、13個は立派だねえ」と返さないのが良いところなのです。

「それがどうした?」と言って、クールにあしらうのは、20年も前の長野オリンピックよりたった三つ増えただけじゃないか、

おまけに韓国には大きく負けているし、こんなことでなぜ大喜びしなければいけないの?と、暗に言っているのです。


世の中のポジティブ馬鹿はSo What?と突き放す方がいい


上でも書きましたが今の世の中やたらに他人に迎合したがる人種が多すぎます。

何でもかんでも訳もわからず相手に同調して、そうだね、そうだね、とばかり言っている連中です。

多分テレビの影響なのでしょう。バラエティ番組を見ていると、司会者の発言に対してゲスト出演者は、どんなことでも「すごいですねえ」「うまいですねえ」などと嬉しそうな素振りで迎合ばかりしています。

人としての成長に必要な批判精神などひとかけらも見られません。

こういうふうに、何ごとに対しても、YES,YESと言って喜んでばかりいる人種をポジティブ馬鹿と言われていますが、こういった人たちに対しては冷たくあしらう方が薬になります。

つまり、この連中に対しては、丁寧な言葉を返すのではなく、「それがどうした?」と突き放すのです。

すると相手は何故だろう。と考えますから、少しは進歩するのではないでしょうか。


So Whatは相手を否定するのではなく、相手に考えるきっかけを与える言葉


So Whatは聞きようによっては冷たい言葉です。それだけでなく相手に生意気で横柄な印象を与えかねません。

したがってそれをじゅうぶん承知の上での発言でなければいけません。

とは言え、言う側の狙いは相手を突き放すことにだけあるのではなく、本心はもっと深いところにあります。

相手の言ったことに対して、「そうだね」と認めたい気持ちは山々でも、それだけではお互いの進歩がありません。

したがって同調できないことに対しては、So What(それがどうした)と突き放すことも必要、と考えた上でのことなのです。

それによって相手は、どうして?と考え、自らの至らぬ点に気付くことができるのです。

2018年3月7日水曜日

趣味は人間観察、という人がいる



若い女性が「趣味は人間観察」と言っていた


何かのテレビ番組で見たことがありますが、駆け出しの女性芸能人が「私の趣味は人間観察です」と言っていました。

それを聴いて、何となく違和感を感じたことを覚えています。

でもなぜなのでしょう?


いま話題の小説「おらおらでひとりいぐも」には人間観察シーンが多い


人間観察と言えばいまベストセラーになっている芥川賞受賞の小説「おらおらでひとりいぐも」が頭に浮かびます。

この小説の主人公である桃子さんという老女は自分でも認めているように友達がいない人です。

何故友達がいないのか、その理由のひとつは彼女の人間観察癖にあります。

小説の中でもしばしば人間観察のシーンが出てきます。

まず病院の待合室では、まわりにいる老人たちを誰それなく観察しまくります。

そして「あの人のあのそぶりがのおかしい」、「その人のあんな行動がへんだ」などと、人の批評は留まることを知りません。

桃子さんは人間観察を始めると時間がたつのも忘れてしまうのです。

これだけでは終わりません。若いころ上京したときに乗った列車の中の回想シーンでは、斜め前に座った中年男性の窓に映った姿を

顔の角度から手の動かし方に至るまで執拗に観察し、その様子を詳しく描写しています。

こうしたしつこいほどの人間観察は、読み手の興味をそそるどころか、反対に違和感を覚えさせます。

この点がこの小説が好きになれない理由のひとつです。


人間観察が好きな人はなぜ友達ができないのか


桃子さんのように人間観察が好きだと友達がいなくなります。でも、なぜ人間観察が好きだと友達がいないのでしょうか。

それを理解するために、自分に人間観察が好きな友人がいる、と思ってみてください。

その友達はあなたを前にしているときは、四六時中あなたを観察します。

そして「君のその癖がどうだ」とか「そんな性格がどうだ」などと批評ばかりするでしょう。

そんな友人に対してあなたはどう思うでしょうか。決して好ましくは思わないでしょう。

それどころかそんなふうに観察されて批評ばかりされれば、そのうち相手のことがうっとうしく感じて会うのも嫌になるに違いありません。

つまり相手のことが嫌いになってしまうのです。

これで分かるように、人間観察が好きな人は、相手から嫌われます。それ故に友人ができないのです。


人間観察は人の心をのぞき見すること


人には誰にでも心の内側にそっとしまっておきたい事があります。

秘密というわけでもありませんが、できることなら人に知られたくないことです。

ところが人間観察が好きな人は、この心の内側にまで入り込んでそれを知ろうとするのです。

人間観察をする人が嫌われるのは、人が知られたくないと思っている心の中をのぞき見するからです。


履歴書に「趣味・人間観察」と書けば間違いなく落とされる


就職に必要な履歴書には趣味を書く欄があります。この欄を記入するときは誰でも気を使います。

ありきたりなものを書いても相手の気を引かないと思うからです。

それゆえに、相手が注目してくれるような、できるだけユニークなものを上げようとします。

考えに考えた結果、好きなことの一つである人間観察と書くことにしました。

しかしこれを見た面接官はどう反応するでしょうか。恐らく良い印象は持たないと思います。

なぜなら面接した相手に自分が観察されることが嬉しくないからです。

自分が相手を観察するのは仕事だから仕方ないとしても、逆に自分が面接相手から観察されるのは真っ平ゴメンなのです。

ということは、趣味に人間観察と書けば、就職試験で落とされるのは100%確実です。







2018年3月5日月曜日

島国日本では海外旅行に鉄道も車も使えない


日本人の海外旅行は乗り物の選択肢がすくない


日本人が海外旅行で利用する乗り物と言えば飛行機か船に限られています。

とはいえ船を利用する人はほんの一握りに過ぎず、圧倒的大多数の人が飛行機を利用します。

乗り物と言えば、飛行機や船以外にも鉄道や車があります。

国内はともかく、外国へ行くのにも、こうした鉄道や車が使えたらどんなにステキだろう、と思ってる人は少なくないはずです。

でも島国日本の住人には、それがかないません。それだけに憧れはひとしおです。

考えてもみてください。もし海外旅行に鉄道が利用できるのなら、最寄りの駅に行きさえすれば、そこが海外旅行の始発点になるわけです。

飛行場と違って鉄道の駅は家から遠くありません。人によっては歩いて行けるかもしれません。

ということは鉄道が利用できたら海外旅行は国内旅行と同じぐらい手軽に行けることになるのです。

日本のような島国を除けば、世界のどの国でも、海外旅行に列車やバスなどが利用できます。

陸地でつながっている大陸の国々では、列車であろうがバスであろうが、乗りさえすれば簡単に国境を超えることができるのです。


国際列車・タリス

海外では駅で国際列車に乗れば、すぐ外国に行ける


日本にはありませんが、海外には国際列車と呼ばれる国と国をまたいで走る列車があります。

最も発達しているのはヨーロッパですが、アメリカにもアジアにもあります。

国際列車といえば、なんと言っても第一にあげたいのはヨーロッパです。

ヨーロッパは多くの国が隣接しあっているため国と国を結ぶ列車は古くから発達しています。

レパートリーも多彩で、ロンドン、パリ、ブリュッセル、アムステルダム、ケルンなどの主要都市を結ぶユーロシティやタリスなどの高速鉄道をはじめ、夜行列車やローカルの通勤列車まで走っています。

またアメリカではニューヨークからカナダのモントリオールやトロントを結ぶ路線が有名です。

では東南アジアの国はどうでしょう。こちらで有名なのはタイのバンコクからマレーシアを結ぶ線です。

もちろん、列車大国である中国にも様々な国際列車が走っています。

(注)上の写真はフランス、ベルギー、オランダ、ドイツを結ぶ国際列車 タリス


バスやタクシーで隣の国へ行くこともできる


日本人にとってバスと言えば、主に距離の短い近隣エリアを走る乗り物という印象が強く、この乗り物で国境を超えるなど想像もできません。

でも同じアジアでもシンガポールとマレーシアの間ではバスに乗って簡単に国境を越えることができるのです。

もちろんタクシーを使っても可能なことは言うまでもありません。


テレビ番組・「世界の車窓から」を見れば国際列車のことがよくわかる


テレビ朝日の長寿番組「世界の車窓から」を知らない人は少ないはずです。

題名に車窓が付いているとおり、世界の国々を列車で巡る旅を紹介するものです。

これを見ていると列車の旅の良さがしみじみわかります。

それも外国の旅となれば、いっそう旅情をかき立てられます。

日本にはない数々の国際列車が登場しますが、見ている誰もが、一度乗ってみたいと思っているのではないでしょうか。


島国日本と大陸の国々では海外旅行のイメージがまったく異なる


日本人の海外旅行と言えば荷物をたくさん持って飛行機に乗り、何日も泊りがけで出掛ける、というのが普通です。

でも上でも書いたように、国際列車が発達しているヨーロッパでは、それに乗りさえすれば、手軽に外国に出かけることができます。

何しろ国と国が陸地でつながっているのですから、列車で簡単に国境を超えることができるのです。

これだと外国へ行くと言っても、気分的には国内旅行となんら変わりません。

距離が短いの隣の国なら、日帰りでも可能です。

これなら外国へ行くというより、手提げかばん一つさげて手軽な日帰り旅行へ行く、と言ったほうが適当かもしれません。

このように、日本人が考える海外旅行とはイメージがまったくなら異なるのです。



2018年3月3日土曜日

犯罪のカモになりやすい日本人ツアー客 ・ 懐かしのニューヨーク職場日誌(5)


日本人客をめぐるトラブル処理も仕事のうち


私の勤めていたNYのホテルには日本人ツアー客がよく泊まります。

日によって違いますが、平均しても全宿泊客の5%程度は下らなかったようです。

5%と言えば全体の20分の1でしかありませんが、部屋数が2,000もありますから数に直せは100室を日本人が利用していることになります。

これが毎日となると10日で1,000室、1ヶ月だと3,000室になり、これだけの数だと外国人宿泊客としても上位にランクされます。

連日これほどの数の日本人客が訪れてくると、予期しない問題やトラブルが起きることも間々あります。

そうしたトラブルの処理に当たるのもわたしの職務の一つです。なぜなら日本人客のために、言葉が分かるスタッフとして雇われていたからです。

いろいろあるトラブルの中で、今回はある日本人ツアー客が、コールガールに騙されたことについて書いてみることにします。

日本人ツアー客がコールガールに騙された


ある日、ホテルの副支配人マッコイさんから突然電話連絡が入りました。要件は、昨夜日本人男性ツアー客の一人が、コールガールの被害に遭ったので、部屋へ行って事情を聞いてほしい、というものでした。

それを聞いて、私は一瞬、またか!と思いました。なぜならつい2ヶ月ほど前にも同じようなことが立て続けに2件あったからです。

何はともあれ、私は部屋へ出向いて被害者の話を聞くことにしました。

NYのコールガールはカモを求めてホテルのドアをノックする


日本の中部地方から「ニューヨークとナイアガラを巡るツアー」に参加してやってきたという50年配の男性の話によると、コールガールの手口は前回2件のケースとまったく同じでした。

夜の12時ごろ、部屋でウィスキーの水割りを飲んで気分が良くなっていた時、ドアをノックする音が聞こえたそうです。

ニューヨークは事件の多い物騒な街だと聞いていましたから、普通なら不用意にドアを開けたりはしないのですが、なにぶんウィスキーがまわって凄く気分が良かったので、ついドアを開けてしまったのです。

ドアの外には胸を大きく肌けた背の高い30年配の白人女性が「ハーイ」と言いながら満面の笑顔で立っていました。

酔っていた男性はハーイと機嫌よく応えながら理由がよくわからないまま、その女性を部屋に招き入れてしまったのです。

酔った勢いでコールガールを部屋へ入れてしまったが

コールガールと知ってか知らずか、酔った勢いで女性を部屋に入れてしまった男性は、その後のことはうろ覚えでよく覚えていません。

思いがけず目の前に魅力的な白人女性が現れたことに有頂天になっていたのです。

それからは女性にもウィスキーを勧め、自分もジャンジャン飲んでいまいたが、しばらくすると睡魔が押し寄せてきて、いつの間にか寝てしまっていたのです。

ウィスキーに睡眠薬を混ぜられ、気がついてみると


数時間後、男性が目を覚ました時には部屋に女性はいませんでした。

うろ覚えの記憶をたどってみると、女性と飲みはじめてから、しばらくして途中でトイレに立って、その後も女性に勧められるまま飲んでいたのですが

急に強い眠気に襲われ、ベッドに行く暇もなくソファに座ったまま眠ってしまったのです。

ここまで聴いたところで私はすべて事情が分かりました。急に眠たくなったのは、トイレに行った隙にコールガールがお酒の中に睡眠薬を混ぜたのです。

前回のケースとまったく同じです。

男性は目覚めた後、何気なく部屋を見渡しました。

すると閉まっていたはずのワードローブのドアが開いており、中から半開きのスーツケースがはみ出していました。

不思議に思って近づいて見てみると、スーツケースの中はぐちゃぐちゃになっており、誰かにかき回されたようでした。

コールガールは財布とカメラを盗んで去っていた


さらに中を調べてみると、入れていたお金やトラベラーズチェックの入った財布、パスポート、それに高級カメラがありません。

ここへきて男性は初めて気が付きました。あの女が盗んだのだと。

言うまでもありません。部屋に入ったコールガールは男性がトイレに立った隙にウィスキーに睡眠薬を入れ、男性を眠らせた後、それらを盗んで逃げたのです。

被害額は財布の中身とカメラだけで4000ドル近くにのぼります。

盗まれたもののうちパスポートについては領事館に再発行を手配してあげました。

残りについては警察署へ被害届を出すしかありませんでした。

ポリスの話ではNYにはコールガールが数千人もいて、犯人を捜すのはまず困難ということでした。

被害に遭った男性はすっかり肩を落とし、他のツアー客とは離れて早めに日本に帰っていきました。









2018年3月1日木曜日

断捨離人気で人は捨てることに大胆になった



捨てられる女、捨てられる男 これも断捨離のうちなのか?


断捨離が注目されたおかげで、人々は物を捨てることに次第に慣れてきました。

これまで長い間、捨てることに対して何となく罪の意識のようなものを感じたのですが、断捨離を知ってからは、そうした意識も薄らいできたようです。

こうした風潮の中では捨てることを躊躇なく大胆に、かつスマートに行える人は称賛の対象にさえなります。

それを証明するように、こうした人たちは断捨離のノウハウを本にまとめて出版しているぐらいです。

断捨離はその字と如く、断つ、捨てる、離れる、を意味します。

これを知ればその対象は物だけでないことに気付きます。

つまり関係を断つ、とか相手から離れる、に焦点を当てれば、物だけでなく人にも及ぶことが分かるのです。

ということは捨てられる女や捨てられる男も断捨離の範疇なのです。


要らなくなって捨てられるのは物だけではない


物は使っていると古くなります。古いものは使い勝手が良くないこともあって、だんだん飽きてきて、そのうち使わなくなります。

使わないものは不要物ですから置いておけば邪魔になります。かくして断捨離の決行となるわけです。

古くなって飽きるのは物だけではありません。関わっているヒトについても同じことが言えるのです。つまり、彼氏、彼女、夫、妻などです。

人間だから、と言っても時がくれば飽きはくるのです。

でもこちらの方は物のように簡単に断捨離とはいきません。

下手に決行すれば、後に裁判とか慰謝料とかが付き纏ってくるからです。

それにストーカーになって怖い目に合わされるかもしれません。

そうならないために、ヒトの断捨離には格別の注意が必要です。

とは言え、勇気を出して実行しないと、新しい出会いの機会を失うことになります。


新しいものを手に入れるためには仕方がない


上述のように物と違ってヒトの断捨離は簡単にはいきません。

でも怖がって躊躇していては新しい出会いを得ることができません。

それは断捨離をする人、される人の双方に言えます。

なぜなら捨てる人、捨てられる人のいずれにも新しい出会いが待っているからです。

新しいものを得るために古いものを捨てるのは仕方がないことなのです。


物も人もリサイクルして有効利用した方がいい


人は利用価値を失ったものを捨てます。しかしその人にとって価値がないものでも、人が変われば価値が見いだされることは珍しいことではありません。

それは中古品市場を見ればよく分かります。

ある人に要らないと思って手放された物が、別の人が結構な値段で買っていくのです。

ヒトの場合もまったく同じことが言えます。飽きたと思って捨てた女性が、後に自分より素敵な伴侶と一緒になったというようなケースはざらにあります。

これこそリサイクル市場を上手に活用したおかげなのです。


断捨離は賞味期限前が残っているうちに


食べ物には賞味期限があり、それを過ぎると捨てられます。

食べ物だけではなくヒトにも賞味期限はあります。心身ともに魅力的な期間は限られているからです。

とは言え、その期間は食べ物のように短くはありませんから焦る必要はありません。

でも躊躇ばかりしていつまでも断捨離を行わなければ、そのうち賞味期限切れがやってきます。

そうなるとリサイクルしても、なかなか新しい引き取り手が見つかりません。

そうならないためには、賞味期限前にタイミングよく断捨離を行う必要があります。

読書記録のすすめ ・ 本の読みっぱなしはもったいない


読書記録は読んだ本の記憶にも効果的


本をたくさん読む人は少なくないでしょうが、そうした人たちに向かって

読んだ本の記録をつけているかと問えば、Yesと答える人ばかりではないはずです。

なぜなら多くの人が本を読んだ後で読書日記とか読書記録などを残すことなく読みっぱなしで終わっているからです。

でもこれはもったいことです。読書は読み終わった後で読書記録や読書日記などを書くと、それによって内容を反復することになりますから、本の中身がより記憶に残りやすくなります。

良い本ほど後々まで記憶に留めたいものです。そのためにも読書記録が役に立つのです。

読書記録には様々な形態があります。

一番多いのはノート型のようですが、文章作成にパソコンを使う人が多い昨今では、A4サイズのコピー用紙などに記入してそれをファイルでまとめる形も次第に増えているようです。

ちなみに私は上の写真のようなコピー用紙型を採用しています。


読書記録をネットに残すという手もある


上の画像はインターネットのグーグル画像に載っているわたしの読書記録です。


A4の用紙に平均して5冊の本を取り上げています。こうした記録が現在までに50枚ぐらい貯まっています。

コメント欄があまり広くないため文字数は多くはありません。


でも、それが長続きできる理由かもしれません。書くのにそれほど負担を感じずにすむからです。


グーグルで画像検索すると自分の読書記録が出てくる


グーグルに画像を載せる手順ですが、まずA4用紙の読書記録が完成したら、それをスキャナーでパソコンに取り込んで保存します。

その後ブログを書き、それに添付すればいいのです。

ブログに載せてもすぐにネット上に画像が掲載されることは無理ですが、この作業を何度か繰り返せば、そのうち添付した画像がグーグル画像に掲載されます。

そうなれば後はグーグル画像検索で「読書記録」として検索すれば、パソコンに自分の読書記録が現れるはずです。

私の読書記録はこのグーグル画像に現在のところ4枚載っています。


読書記録は書評を書く訓練にもなる


新聞や雑誌には書評欄というものがあって、新刊の書籍についての読後感想文が書評という形で掲載されています。

この書評は本の宣伝を兼ねていることもあって、ただ闇雲に感想を書けば良いわけではなく、一定のルールにしたがった書き方があります。

その為には慣れが必要になります。読書記録に読んだ本の感想などを記録することは書評を書くための格好な訓練になります。

これで慣れていけば、そのうち抵抗なく書評が書けるようになっていきます。

書評が書ければブログの記事ジャンルが増える


読書記録をつけることによって書評が書けるようになると、それを自分のブログに掲載することができます。

ブログを長く続けていて出てくるのはネタ不足という問題です。

多くのブログが中途で挫折するのは、このネタ不足が原因であることが多いのです。

でも書評がブログのネタとして使えるようになれば、それだけネタのジャンルが増えることになりますから、中途挫折の心配も少なくなります。